『第10章』IH会場にて







IH会場にて、もちろん優勝候補の京都の強豪校…洛山高校もこの会場にきていた。
キセキの世代同士の試合を見ようと、会場には桐皇と海常の試合を見にたくさんのギャラリーが来ていたが、終わった後のコンコースでは少し騒がしくなっていた。






“海常の黄瀬涼太が女の子と抱き合っていた”


“黄瀬涼太の彼女はセーラー服の可愛い女の子”





そんな噂がガヤガヤとコンコースで賑わっており、そのことはコンコースを丁度通っていた洛山の主将…赤司征十郎にも聞き及んでいた。





「え!?あのキセキの世代の黄瀬って彼女いんの!?みたいみたい!どこだ!?」


「ちょっと小太郎、これから試合に向けて調整ミーティングあるんだから、どっかフラフラしたら征ちゃんに怒られるわよ!?」


「ぷは〜っ、食った食った、俺はいつでも試合OKだぜぃ!」


「なぁなぁ赤司!?黄瀬の彼女ってどんな…!?」


葉山小太郎が赤司の顔を覗くと、怪訝な顔をした不機嫌なオーラの赤司に気づいた。


「…征ちゃん?どうかしたのかしら…?」


「…少しその、涼太の“彼女”という者に会ってこようと思う。玲央、ミーティングの指揮をしばらく頼む」






そうして赤司征十郎はコンコースの奥の方は去っていった。







「…赤司のあんな機嫌悪いの初めてみたかも…」


怒りをオーラに現わにすることはあったが、あんなに私情で不機嫌丸出しの赤司を見るのは初めてだった。



「…もしかして…、征ちゃんが言っていた子がその噂の子と同じだとしたら…」


人一倍感の鋭い実渕玲央は、その想像にゾッとした。
これは彼女の一挙一動で、我がキャプテンの機嫌が大きく左右されるからだ。



「…恐ろしいわね…」














涼太のことだ、人の少ない場所へ移動することが考えられる。そしてこの会場で人目に見にくく、コンコースから近い最短の場所は…ここの外の裏口付近だ。





そしてそれは当たり、涼太と、ずっとこの約5ヶ月間顔を見たくて触れたくて仕方のなかった、彼女の姿が見えた。
どうやら2人で会場の中に戻るところだったみたいだ。



先を歩く涼太が、いち早く僕に気づく。




「…赤司っち…お久しぶりっスね」


「っ!…征十郎…」









「涼太、そして雫、久しぶりだね…ずいぶんと派手な噂になっているようだが…人前で抱き合っていたなんていうから驚いたよ」




このひとことで、明らかに涼太の後ろにいる雫が一瞬震えたのがわかった。




「…あーあ、赤司っちにこんなすぐバレちゃうなんてついてないっス。でもオレは宣戦布告したつもりっスよ?卒業式でも、いまこの瞬間も」



「…そうか。だが雫がこちらにいるのはあとおよそ半年だ。その間だけの淡い幻想にすぎないな」



「今日は負けたっスけど、次は勝つっス…青峰っちにも、赤司っちにも…ね?」



「それは楽しみにしているよ…さて…」



征十郎の視線が私に向く。




「久しぶりの彼女との再会なんだ、涼太、少し席を外してもらえないか?」


「…無理…と言っても、その感じ、ほとんど命令じゃないっスか…」


「大丈夫、今日はお疲れ様涼太くん、また冬に会おうね」


雫っちはオレをこの場から離れるよう促す。でないと赤司っちがオレに対してなにかアクションをすると、踏んでの行動だろう。少し震えているが、覚悟を決めたみたいだ。




「…赤司っち、またWCで…」


















涼太くんが去り、あたりがまた静かになったところで征十郎が話を切り出した。



「伝えておきたいことは山ほどある…が、まずは涼太との距離感を考えろということから言わせてもらおうか?」


『…ごめんなさい。涼太くんはモデルで有名だもの、噂になったら困るよね…考えなしだった』


「…まさかその理由で僕がこの件で追及していると思っているのか?」


『…私、征十郎の気持ちがわからない…どうして私を縛ろうとするの?2年前、付き合った時からこの関係は変わってしまった…だから私は、征十郎の恋人だと、自信を持って言えない………っ!』


伝えた瞬間、彼は私の腕を取り、抑え込むように壁際で追いやった。
少しだけ力が入っているようで、簡単には振り解くことは出来なそうだ。



「何を言っている?それは心変わりしたということか?……だがしかし、そんなものは関係ないな。お前は僕のもので、WCが終わり次第お前の今の温い環境もなくなる、その瞳には僕しか映らなくなるだろう」



彼は私の顎を親指と人差し指で掴み取り、視線を無理やり合わせる。
彼の左右の違う瞳と見つめ合うようになり、私も負けじに強く見つめ返す。



『誠凛は負けない…っ、それに、涼太くんも変わったもの、私の好きなチームプレーを重んじるようになった…。だからきっといまのあなたより強くなる』


「だが涼太は大輝に負けた。それがどういうことかわからない訳ではないだろう?」


『涼太くんはそのせいで負けた訳じゃないことも分かっているくらい大人だよ、今の征十郎にはわからないよ』


その瞬間、唇に柔らかい感触がしっかりと伝わった。彼が私に覚えさせるように角度を変えて、何回も這わす。
酸素を吸い込もうと開いた唇に、すかさず彼の舌が入るのがわかった。貪るように、何ももう言わせないとばかりに深く口付ける。



『んっ……はぁ……ふっ……ーーっや』


離れた瞬間貪るように私は酸素を吸い込んだ。うまく呼吸ができず、腰が抜けても座り込むことをさせない手首の圧力が大きく私を締め付けた。涙目になってしまったのが自分でもわかる。



「…っ、なぜお前は涼太を分かろうとする?なぜ今の僕に縋らない?なぜ僕を通して以前の僕を探している?それが気に食わない。お前のその感情を引き出したのは紛れもない、僕だ。その感情を他の者に向けるなど許せるはずがない」



『ちがうよ征十郎、私のこの感情を引き出してくれたのは前の仲間想いの優しい征十郎だよ、私を愛してくれたのも、彼だよ…っ』



征十郎は少し感情を露わにし、私の左頬を思いっきり平手打ちした。
征十郎にひどく乱暴にキスや愛撫をされたことはあったが、暴力を振るわれたのは初めてだった。
またそして知ってしまった。前の彼との“大きな違い”を。



「お前は自分のことや身内のことも知ろうとしないくせに、僕や周りの干渉には忙しいみたいだな」


『…そんなこと…』


「僕はお前を愛してるよ雫、…こんな言葉が欲しいならいくらでも伝えよう。近くにいるだけで必要とされている涼太とは違う。僕はお前を離しはしないし、今どれだけ惑わされていたとしても僕のものなのは関係ない」


『…どうしてそんな言い方するの?…涼太くんは私にいつも真っ正面から向き合ってくれる、好きと伝えてくれる…。前の征十郎もそうだった…。今の征十郎の私への接し方は、異常よ…っ』


「…いくら言ってもわからないのであれば仕方ない。涼太に口付けでもされたのであろう?あんまり僕のものに易々と手を出されては黙っていられないからな…」



そう言って征十郎は首元と肩口の二箇所に跡を残すように吸い付き、噛みつき、そこから出た血をなぞるように舐め上げた。


『っ痛っ…やめてっ……いた……っあぁ』



「せっかく会えたのに、こんな結果で残念だよ雫…。優しく愛してあげようと思っていたのだが…これも涼太から受けた寵愛の罰だ」













そして反対側にも同じ鬱血と噛みつき跡を残し、貪るように口内に荒々しくキスをして、腰抜けた私を置き、彼は会場に戻っていった。







これが高校初めての再会で、優しい電話の彼との再会を夢見た私は、今の征十郎の現実を叩きつけられたのであった。






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