『第9章』夏合宿編






秀徳との合同合宿が続き、練習試合が3戦行われた。結果は秀徳が全勝だった。


「やっぱあれじゃないっすかぁ? 予選の時はマグレ、的な」

「負けた理由をマグレで片づけるのは感心せんなぁ。高尾、走って来い」

「げっ」

「それに、やったお前らが一番わかっているはずだ。負けた予選の時より、勝った今回の方が手ごわかった。しかも火神抜きであの強さ。このまま行くと、冬は心してかからねばならんな」


一方、誠凛チームはリコさんのアイシング術で氷に体を埋めていた。

「けど結局、試合は全敗かぁ」

「俺らまさか下手になってる?」

「そんなこと無ぇさ、成長してるぜ? 確実に。自信持てよ! 俺たちは強いぜ!」

『木吉先輩、氷で震えながらでも素敵なこと言ってますね』

「決まらねぇ…。この人はいつも決まらねぇ。絵ヅラだせぇ…」









そして夜、約束通り秀徳さんの分も夕ご飯を作り、みんながお風呂やストレッチ、自主練から戻るまでの間に外を散歩していた。

駐車場には砂浜から片づけたゴールがあり、火神くんが練習をしていた。声をかけようとしたけれど、その前にリコさんが火神くん声をかけ、私は出るタイミングを失い隠れていた。


「ていうかこの合宿。結局俺だけずっと砂浜走ってたんすけど…」

「あれぇ? そうだっけぇ?」

「しかも、帰ったらいつも試合終わってるし。
ったく、何のためにこんな…」

「もう、何よ。自分のこと、まだ気づいてないの?」

「え」

「じゃぁ、教えてあげるわ。ちょっと飛んでみて」


飛べと言われて飛んだ火神くん。
火神くんの飛んだ手の痕は、リングの高さを優に超えていた。
私の前から和成が歩いてきて、一緒にしゃがみ込んで観察していた。

『ちょっと和成、偵察になるじゃんかっ』

「しーちゃん冷たいこと言うなよ。ほら、静かに…」


和成に注意したけど、まぁいっかとまたリコさんたちの方を隠れて見る。


「疲れてるし、今はそんなもんね。じゃぁ、今度は逆で飛んで見て」

「…逆?」

和成が小銭を落としてしまい、拾っている間に逆で飛んだのであろう。ゴールが私たちのところへ衝撃で倒れてきた。


「あっぶねっ」

和成は小声でそういうと、とっさに守るようにわたしの頭に覆いかぶさった。

“どきっ”


…どきっ??




「どぁっ」

「あぁっ、強く叩きすぎよ、バカっ!」

手の痕は先ほどよりもはるかに高い位置についていた。


「わかった? あなたの最大の武器は、ジャンプ力。けど、まだ全てを引き出せてはいないわ。今はとにかく体づくり。そこからどうするかは、自分で考えてね。あと、ゴールはちゃんと起こしときなさいよ」


そう言ってリコさんは去っていった。




「どうも」

『テツヤくん…っ』

「おぉ、何してんの」

「もうすぐ夕食なんで、火神くんを…とりあえず雫さんから離れてください」

「もうそんな時間か。じゃぁうちもそろそろ…あ、頭下げろっ」


わたしを離して立ち上がろうとした和成がまた勢いよくしゃがみ込んだ。
どうやら緑間くんが駐車場を通ったみたいで、火神くんと睨めっこしていた。
それに気づいた和成が、テツヤくんの口をふさぐ。

「静かにしろよっ、面白くなりそうだっ」

「何も言ってませんが…」

そしてまた視線を緑間くんと火神くんに戻した。






「んだよ」

「用など無い。飲み物を買いに出ただけなのだよ」

「飲みモンって…よく夏にそんなもん飲めんな」

「つめた~い、に決まってるだろ。バカめ」

「そういうこっちゃ無ぇ!」

「まったく、お前には失望したのだよ」

「なんだ、いきなり」

「俺に負ける前に、青峰にボロカスに負けたろう」

「っ次は勝つ! いつまでもあの時と同じじゃ無ぇよ!」

緑間くんは、どうやら火神くんが起こしたゴールに付いている手の痕を見て、笑った。

「まさか、空中戦なら勝てる、などと思ってないだろうな?」

「あ?」

「飛ぶことしか頭に無いのか、バカめ」

「あぁ?」

「高くなっただけでは、結果は変わらないのだよ。その答えでは、まだ半分だ。そんなものは、武器とは呼ばん。来い、その安直な結論を、正してやる」




どうやら緑間くんは火神くんの課題に気づいている。それにしても…ヒントを教えてくれるなんて、彼も変わったなぁとしみじみ感じた。


「ただケンカ売ってるっつーより、その前、答えが半分?あのハンパ無ぇジャンプ力には、まだ先があんのかよ」

『…そう、ジャンプ力だけみたら、キセキの世代でも群を抜いているけど…彼に足りないのはスキル…』

「「スキル…」」



涼太くんや青峰ができるような、空中でのスキルが彼には足りていない。
それをリコさんは言いたかったと思うけど、今はまだ気付いていないようだ。




「10本だ。お前がオフェンス、俺がディフェンス。1本でも取れたら、お前の勝ちだ」

「あぁ? どーいうつもりか知んねぇけど、10本連続で防げるつもりかよ!止められるもんなら止めてみやがれ!」

「安心しろ。俺の負けは無い。今日の占い、カニ座の俺は、しし座のお前に対し、順位も相性も完全に上位だ」



緑間くんとのこのゲームで、気付いてくれればいいのだけど…。




「前の試合ではそれほど感じ無かったが、改めて1on1すると、こいつ…!」

「心外なのだよ。まさか俺が、スリーしか取り柄が無いとでも?」

覗き見ている和成も、驚きを隠せないみたいだ。

「緑間がディフェンスもすげぇのは知ってる。
けど、ここまで抑えるかよ?」

そう、もうすでに5本緑間くんが止めていて、今6本目。

「ただ、なんでだ? ふたりの動きに差はほとんど無ぇ。地上戦ならむしろ互角に見える」

理由が、和成もまだわからず、火神くんもわからず、もっともっと高く飛ぼうと、それだけを考えているようだ。でも、高く飛んでも、緑間くんは止めてくる…。

「またこれだ。ジャンプ力は火神の方が上なのに。得意なはずの空中戦で、必ず火神が負ける」

ボールを拾い、もう一本と挑む火神ですが…。

「止めだ。このままでは何本やっても同じなのだよ」

「な、てめっ」

「いい加減気づけ」

「あ?」

「バカめ! どれだけ高く飛ぼうが、止めることなど容易い。なぜなら、必ずダンクが来るとわかっているのだから」

火神くんはようやくやっと気付いた様子。
そして、緑間くんが火神くんから離れた。

「行くぞ、高尾」

「あれっ、バレてたぁ?」


「ウィンターカップ予選で、がっかりさせるなよ」

「…はい」

『…ありがとうね、緑間くん』

「夕食のお礼とでも言っておくのだよ」













そして私たちは宿へ戻り、夕食を食べた。
伊月先輩たちも自主練をしていたみたいで、合宿なのにみんなの意識向上が目に見えてわかった。







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