『第8章』IH予選後の軌道修正
プルルルルル…プルルルルル
「はい」
『ごめん、いま…平気?』
「…問題ないよ、報告かな?」
『もうもしかしたら知ってるかもしれないけど…IH、行けなかった…青峰にも、負けた…』
「…そうか、会えないのは非常に残念だが、まだ夏も迎えていない。一年は始まったばかりだからな」
『え…』
征十郎からそんな言葉が聞けるなんて…。まるで昔の征十郎のような…優しい言葉…
「まだ冬がある。今回はどうなるかわからないが、冬の方が真太郎やテツヤともやれる可能性はあるだろう」
『うん…っ、私諦めない…征十郎と試合して勝てるように、冬までにできることを精一杯するよ…っ』
「…そうでなくては面白くないからな。期待して待っているよ、雫…」
『征十郎はきっとIHいくよね…見に行けたらいいけど…』
「もし来るようであれば僕は確実にお前を見つけることができるだろうな」
『…なにそれ、見つけられないかもしれないじゃない…そんなに言うなら行くときは連絡しないでいくからね…』
「あぁ、いいだろう。受けてたつよ…。しかし意外だったな、お前のことだ、負けたIHに行かないことになれば、連絡は避けてくると思ったが…」
『…うん、すこし連絡するの怖かったんだけど…支えてもらって、なんとか立ち上がれたよ…っ』
「……そうか」
…征十郎の声音が変わった…?
「…お前は僕のものだと言うことは忘れるな、もし他の者がお前に手を出したなら、僕は決して許しはしない」
『え、うん…分かってるよ…?』
「ならばいい、では切るぞ…何かあれば連絡を取ろう」
そして私たちは挨拶をして電話を切った。
もっとズタズタになにか言われるとおもったけど、意外と大丈夫だったな…。
それにしても手を出すってどういうことだろう?
どこから手を出されてるに入るのか、わからないな…
『冬…か…、切り替えよう!私にできることをしないといけないよね…』
雫から電話が来たとき、すでに青峰に負けたことはリーグ戦の結果を見て分かっていた。
それに落ち込んだ雫が、僕に冷たく見放されてしまうと懸念して電話をしてこないかもしれないと可能性も考えていた。
だから僕はあえて優しくした。
そこで突き放したら、次いかなる時も連絡をよこさなくなっては困るからだ。
僕としてもこの遠距離のなか、声が聞けなくなるのは避けたい。
ただ、落ち込んだ雫の声音でも、すこし吹っ切れたような感覚があった。
他者では気づかないだろうが、僕にはわかる。
彼女がどん底に落ちた時に、誰が支えたのか?
以前はもちろん僕だった。
僕…もしくはもう1人の僕だ。
なのに今は近くにいてやれないせいで、他の者が彼女を引き上げたということが無性に気が立って仕方がない。
テツヤか…?新しい光の男…?幼なじみのあいつに、黄瀬もいる…
雫に手を差し出すような輩が多すぎて、考えようがない。
彼女は僕の言っている“手を出す”もいう概念を理解しているのか?
僕はもう彼女には誰一人触れることすら許したくないのに。
好きだの、愛してるだの、愛の言葉を吐けば彼女は理解してくれるだろうか?
触れさせるな、目を合わせるな…なんて言ったところでそんなの縋る情けない半端な男がすることだ。
…馬鹿らしい。
僕にはそんなもの必要ない。
僕がいない間にたとえ他の男どもが彼女にちょっかいを出そうと、結果がすべてだ。
たった一年、そんだけの淡い幻想に抱いていればいい。彼女は自分のものになるかもしれないと、勘違いしておけばいい。
冬に彼女が来ようが来ないが構わないさ。
終わればもう彼女は僕の元へ来る。
誰も知らない土地で、僕だけを見て依存させることができる。
だから、今のうちだけだーーーーーーーーーー。
「征ちゃん、なんだか複雑そうな顔をしているわね…」
「あぁ、そうだな…。結果がすべてで、勝つのはわかりきっているのだが、その経過に腹立って仕方ないんだ」
「…経過にまだこだわりたいほど、その勝負に執着しているのね」
「そうかもしれないな」