『第1章』入学式と出会い
春…桜も満開をすぎて少し散り始めた季節。
いつもより少し早起きをして、新しい制服に袖を通す。
ライムグリーンのワイシャツに、白色のブレザーを羽織り、深緑の細いリボンを結んで…スカートのひだが寄っていないか全身鏡で確認する。
『うん、なかなかいい感じかな』
ご飯を食べる時気をつけないと、このブレザーすぐ汚れそうだなと思いつつ、初めての“制服”に少しだけ浮かれていた。
まだ教科書もなにもない軽い鞄を持ちながら、二階の自分の部屋からリビングに向かう。
「おはよう雫ちゃん、あらっやっぱり帝光中の制服は可愛いわね〜、雫ちゃんすごく似合ってるわぁ」
『おはようございます、奏さん、ありがとうございます、汚さないかすごい心配ですけど…』
学生の私と兄のために、朝昼晩のご飯の支度と家の家事をしてくれる塩田奏さん、父が3年前から雇っている家政婦さんだ。
初めは塩田さんと呼んで、距離感も少しあったが、今では下の名前で呼び合うくらいになった。
父はいま確かドイツにいるってこの間電話が来たかな…世界各国飛び回っているからたまにしか帰ってこないが、奏さんのおかげでなにも不自由なく暮らせている。
「雫ちゃんも中学生か…あ、泪くんはもう朝練に行っちゃったけど、高校の制服もすごく似合ってたわ」
そう言いながら奏さんは私に朝ごはんの用意をしてくれる。私は朝は少食なので、いつも同じメニューで構わないと言っているけれど、目玉焼きがスクランブルエッグになったり、ハムがベーコンになったり、どことなく変えてくれるのは奏さんの優しさなんだろう。
『あー…確か学ランでしたよね、春休みから部活ばっか行って、入学早々よくやりますね、兄も』
兄の泪は帝光中に入るずっと前から、ストリートバスケのコートで友達や大人とバスケットをしていた。帝光中でもバスケ部に所属していて、確かスポーツ推薦で高校も行っていたはず。
「雫ちゃんもなんだかんだ練習のお手伝いしてたじゃない、泪くんも雫ちゃんとの時間とれなくて寂しがってたわよ」
『ただのボール拾いですよ、まぁ確かに最近泪忙しそうですもんね、私もコンクールありましたし』
中学入る前最後のコンクールということで、ピアノの練習をしていたし、夜ご飯も別だったなとおもった。
『ごちそうさまでした』
「お粗末様でした、今日は入学式だけなのよね?雫ちゃん帰り遅くなるって言ってくれてたから、一応お弁当作ったのだけれど」
『あ、助かります!ちょっと学校広いので色々見学してから帰ろうと思ってて…』
「部活動とか入るのかしら?」
『んー、何かやりたいですけど…今はまだ何も』
ずっと音楽漬けだった幼少期、ピアノ、ヴァイオリン、フルート…なんとなく3年前母が亡くなってからも続けてきたけれど、中学を機に何か他のことに打ち込みたいかなという気持ちと、音楽から離れたいという考えもあった。
父も別に帰ってこないし。
「夢中になれるもの見つかるといいわね」
奏さんも音楽から一度私が離れることを押してくれている。私自身でも感じてはいたが、前よりも楽しくないのだ、音楽が何もかも。
『そうですね、それじゃあ行ってきます』
お弁当を受け取って、家を出た。
雫ちゃんにとっていい中学生活になりますように、そう奏さんが見送ってくれたのを背中に私は学校へ向かった。