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今日から私がマスター

 からころ、入店のチャイムが鳴る。手が空いていれば目線を向けて、忙しければ言葉だけで「いらっしゃいませ」をお客様に伝わるようにする。

「いらっしゃいませ」

 今日は手が空いている日で、かつ店番が私だけだった。ここ最近では珍しいことだ。お客は毛利探偵事務所の娘、毛利蘭さん。そして友人の鈴木園子さんだ。
 彼女たちはだいたい奥のテーブル席に座るのだが、今日はカウンター席に座るらしい。

「めずらしいですね? ご注文はどうしますか? 」

 お冷やを出しながら、まだ決まっていないだろうとわかっているのに聞いてみる。なにか目的があるのは園子さんの顔を見ればわかる。

「今日ってぇ~、安室さんのシフトじゃないんですかあ~? 」

「うふふ、見て分かるとおりです。あとシフトの情報はお伝えすることができません」

 「ちぇ~」なんて口をとがらせる少女のかわいらしさ、ありがとうございます。しかし、この手の質問はかなり頻繁にあり、こちら側としてはかなり鬼門である。従業員の安全を守るのも、経営者の、お仕事。

「園子、あんまり失礼なことしちゃだめよ」

「う、わかってはいるんだけどね。どうしてもあの顔が見たくて・・・」

 たしなめる蘭さんの正しいこと。本当にありがたい。園子さんも経営側の一族であるから、わかってはいるだろう。でも、この年頃の好奇心やらなんやらが歯止めをかけられないんだろう。わかる、わかるよ。

「今日は私ひとりですからね、外は暑いですしご注文いただかないで涼んでいってもらってもかまいませんよ」

「そういうわけには・・・」

「えー! マスターちゃんたらどうしたの? いつもは損益計算してるみたいなぎらついた目をしてるのに!」

「あら、そんな目をしていましたか? お恥ずかしい」

 本当に恥ずかしい。お客さんが時々、客単価に見えるんだ。表に出てるなんて本当に未熟だし嫌だなあ。まだまだ研鑽がたりていない。客商売のよくて悪いところってこういうところだろう。距離感の難しさを感じるようになってきていた。

「冗談冗談。それじゃ、あむぴサンドって食べられない感じ? 」

「あむぴがいないので、あむぴサンドにはならないですが・・・レシピは共有しているので、提供することはできますよ」

「じゃあお願いします! マスターちゃんのあむぴサンド、ドリンクセットでメロンソーダ!」

「園子ったら、もうすいません。私は本日のケーキセット、アイスコーヒーでお願いします」

「かしこまりました」

 本当に元気がいいんだ、女子高生ってやつは。ずっと元気でいてほしいな。

 それでまた日が過ぎて、今度はコナン君と女の子がひとり。少年探偵団単位でよく見かける歩美ちゃんじゃない。

「いらっしゃいませ」

 ちいさく会釈をして、ふたりはカウンター席に座る。女の子は顔をうつむかせて、落ち着かない様子だ。コナン君、無理につれてきたのだろうか? 慣れない子に、純喫茶さながらのポアロは敷居が高かろう。

「あの、今日は安室さんは? 」

「あー、従業員のシフトについてお伝えすることはできないのですが、本日は見ての通りです。が? コナン君もあむぴサンドが目的でしたか?」

「違うよー! こっちの、友達の灰原に美味しいコーヒーを飲んでほしくて!」

「・・・・・・灰原哀です」

 大人しげな少女の名前は灰原哀さんというらしい。大人しいし、大人びている。小学一年生というにはあまりに落ち着いた目だ。

「ポアロのマスターの2代目、をやらせてもらっております。よろしくお願いしますね。
 では、お二人ともコーヒーでよろしいですか? ホットで? 」

 こくりと頷く様子は頭が重そうでかわいらしい。精神の熟成と身体の成長が比例しないことはままある。そういう子供は中々に世間が鬱陶しいものだが、まあ上手くやってほしいものである。
 お湯を沸かしてコーヒーフィルターを折る。店のこだわりによって入れ方は様々だが、ポアロでは円錐型のドリッパーを使ったハンドドリップがメインだ。何度入れても同じ味にならない。よくわからない。
 規定量のコーヒー豆をミルで挽いて、少しだけぬらしたフィルターの中に入れる。ふわりとコーヒーの香りがする、この瞬間は好きだ。
 コーヒーの抽出には熱湯を使わない。80度後半あたりがいいとされている。が、それも人の好みによる。父に何度もやらされたが、なんとなくしか理解できていない。
 はじめは20CCほど。コーヒー豆にお湯が行き渡るくらい。20秒待って、今度は円を描くようにお湯を注ぐ。同じ速度で、コーヒーがフィルターの中で偏らないようにする。増えて、減ってを繰り返して、カップを満たす量になったらそれで終わりだ。

「お待たせいたしました。ブレンドです。クッキーは私からのサービスです。ぜひご贔屓に」

 じっと手元を見つめていた子供達のかわいらしさって、独特なものがある。集中しているんだよね。きゃあきゃあわいわいしている少年探偵団たちとは違うかわいさ。
 コナン君は慣れているものの、コーヒーを入れるところは見てしまうんだろう。渡すと我に返って嬉しそうに飲むので、ブラックで飲める大人の味覚に毎回びびってしまう。見た目と感性のアンバランスさを感じてしまう・・・。
 灰原さんはというと、私の手元を見つめていたけれど、関心とは別の視線だったように思えた。あまり熱を感じなかったので、作業を視界に収めているだけだったのかも。それでもコーヒーを含んで、ほうっと息をついたあの瞬間は良かった。誰であろうと満足げな様子は嬉しい。

「おいしい・・・」

「だろ。なにが違うんだろうな」

 視線を合わせながらのわずかなやりとりに、心の中でのにんまりがとまらない。勘で入れてるのでなにも言えないだけだが。
 器具を片づけ、小さなお客様たちの会話を思考の裏で軽く聞く。今日はグラスがよく出たから、磨いておかないとお客さんが来たときに困ってしまうな。ぴかぴかなグラス、つやつやのコーヒーカップ。銀色に光るカトラリー。そういうものが喫茶店の美しさだと思う。

「マスターさん! 」

「はあい、なんでしょう? 」

「あの、安室さんがこない日って教えてもらうことはできる? 」

 ははあ、これは珍しい。安室さんが働き始めてからこんなことを聞かれることがあっただろうか。ああ、でも、こない日の反対は来る日だからな。

「従業員のシフトについては教えられないのですが、なにか理由でもあるんですか? 」

「あの、灰原は男の人が苦手で・・・」

「灰原さんが・・・」

 ちらと目をやると、灰原さんは目を伏せた。コーヒーは大変お気に召したようだったが、そういう理由があるとは。
 迷いどころだ。気持ち的には教えてあげたいけれど、たった一つの例外が雪崩のように問題に発展することがありえる。

「うーん、それじゃあコナン君にコーヒーを入れてもらいましょうか。それが美味しかったら教えます。それでどうですか? 」

「えっ」

「さあさあ、やりましょう。火傷しないでくださいね」

 きょとんとした二人を置き去りに、器具をカウンターに出す。1カップあれば三人で一口ずつ飲めるだろう。
 コナン君には簡単な指示をする。といっても、お湯と挽きたてのコーヒー豆があれば難しいことはない。規定の豆の量、規定の温度、規定の手順。それで形になる。

「・・・やっぱりマスターのコーヒーの方がおいしい」

「そうですか? コナン君のコーヒーも美味しいですよ? 」

「本当ね、同じように入れているのになぜかしら」

 味が違うらしい。私には大差ないように感じるが、好きな人には違うのだろう。頭をひねりながらテイスティングしている小学1年生。味覚が小学1年生に負けている気がしてきた。ただまあ、経験だけはあるからわかることもある。わかるから、コナン君にコーヒーを入れてもらった。

「でも失敗ではないでしょう? コナン君はきちんと指示どうりにできていました。でも味が違う。失敗ですか? そうでもないですよね。ただ最適ではなかっただけです」

「最適?」

「そうです。最適。この状況だとお湯の温度くらいしか考えられませんが。
 ま、そういうことで最適な答えを出しましょう。これが今月のシフト表です。あなた方なら問題なさそうですが、外部に漏洩しないでくださいね」
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