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今日から私がマスター

 ようやくか、と言われればその通りだが。ようやくアルバイトをもうひとり雇うはこびになった。
 それというのも、お客さんが増えたことで手が回らなくなってきたのだ。榎本さんにも学生生活があるし、私は楽に稼ぎたい。
 人件費はばかになるものではないので、この件については先代にも相談済みである。むしろ、女手だけなので男を積極的に雇用するようにアドバイスを受けた。
 そういう経緯で張り紙を窓に張って数日、なぜか父親経由で申込者がやってきた。

「安室透と申します。よろしくお願いします」

 小さな喫茶店だし、大それた面接なんてする気はなかったのだが、父親のおすすめで面接をすることになった。「これも練習だ」とのありがたい言葉付きである。
 面接の練習にしては人物像が難しすぎるのではないかといぶかしむ私である。比較的ポアロが暇な時間帯に来てもらった彼だが、履歴書を見ても顔を見ても中々奇特な人物である。窓の日差しを受けて輝く金髪。輝くほほえみ。歯に衣を着せずに言うなら、パリピの外面である。反面、履歴書の内容は薄っぺらいにもほどがあり、30代にして正規雇用に一度もついていない。いや、これは偏見である。こういった目を覚ますために、父親はこの件を私に持ってきたのであろう。そういう、難しさを、感じるのだ。

「えー・・・・・・、安室さんはどういった経緯で本店のことを知ったのですか?」

「ポアロさんの前の道をよく通っていたんですよ。それでその、貼り紙を見まして」

「そうなんですね。あの・・・・・・、このように聞くのは失礼かと思うのですが、父とはどのような知り合いなんですか?」

「それがですね、その、お恥ずかしいのですが。居酒屋で隣の席に座っていたのがマスターのお父様でして。アルバイトを急いで探している、と友人に話しているところを勧誘いただきました」

 正直言って、私の得意なタイプでない。
あなたの輝ける場所はもっと他にあるはずだ。心からそう思う。

「うちは小さい店ですから、基本的にはホールをお任せするんですけれど、調理をやってもらうこともあると思います。得意、不得意はありますか?」

「今までいろんなアルバイトをしてきましたから、どこをやってもある程度のことはこなせると思います。それと料理が得意です」

 はにかむように笑う男の顔がやや空々しく思えてきたが、喫茶店にはうってつけの人材である。よく考えれば私も同じような身の上だ。ありとあらゆるアルバイトを網羅しようと身を粉にしていたのだ、なんだか親近感が沸く。気の持ちようなんて些細なことだった。

「そうですか。安室さんのことをできれば雇い入れたいんですが、シフトに希望はありますか?」

「ありがとうございます! シフトは・・・・・・、ちょっと他のアルバイトも掛け持ちしているので、固定で入るのは難しい、かもしれません」

「わかりました。まあ、なんとかなると思いますので、とりあえず明後日の9時に来てもらっていいですか? 今の段階で予定は入っていますか?」

「大丈夫です! よろしくお願いします」

 そういうわけで、この話しはまとまってしまった。なにせ父の推薦であるし、仕事ができそうな人間の臭いがする。ただ、本当に、この人と上手く仕事ができるのかが不安である。

 不安は的中した。

 榎本さんとの関係は悪くない。私との関係も悪くないし、勤務態度もきちんとしたものだ。悪いのは、いや誰も悪くない。しいていうなら彼の生来の持ち物である顔だろう。
 今までとは違う客層が増えた。女性客だが、誰も彼もが安室さんにくびったけだ。客が増えるのはかまわない。リピーターを獲得するための母数が増えるという、機会が増えたのだから得だ。得なのだが。

「も~! ちょっとお客さんのマナーが悪いですね! 安室さんも笑ってないでちゃんと注意してくださいよ! 」

「さっきはありがとうございました。まさか勝手に写真を撮られるなんて」

「最近、ああいうの多いんですよ! どうにかならないんですかマスター」

 これだ。私は利益を追求すべきであるが、集団の長として毅然とした態度を求められる。本音はかなり面倒くさい。盗撮ってなんだよ、人の店でやるな。

「そうですね、お店のルールを徹底しましょう。ポアロは喫茶店ですが、メイドカフェとは違いますからね」
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