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今日から私がマスター

 ぴんぽーん。明るい呼び鈴の音。月曜日の昼過ぎ。今日は依頼の予定はなかったはず、と思いながら毛利小五郎は玄関を開ける。

「やあ毛利さん、いま大丈夫かい?」

「やや! これはマスターじゃありませんか、こんな時間にどうしました?」

 扉の外には、よく見知った顔である。一階の喫茶ポアロのマスターだ。そういえば今日はポアロの定休日。わざわざ小五郎の元に来るのだ、なにか大事な話しでも、と心の内に小さな不安がよぎった。

「いやね。うち、店を娘にゆずろうと思いましてね」

「ええ!? なにか、体の具合が悪かったり・・・」

「いやいやいや! そんなんじゃないんですけどね、うちの嫁が本屋をはじめたいと言い始めましてね。そっちをしばらく手伝うことになったもんですから」

「はー、それはまた」

「店もね、ずっと娘に任せるかっていうのはまた後で考えますから、とりあえず今日は挨拶にね」

 ほら、挨拶しな。そうやってマスターの後ろから顔を出したのは、まだ年若い女性。朝野球やら店やらで何度か見ていた子が、もうこんなに大きくなっていたらしい。
 マスターには失礼だが、知的な印象のお嬢さんだった。彼女は丁寧に頭を下げる。

「毛利先生、これからよろしくお願いします」

「まあそういうわけでね、よろしくお願いしますよ。これまでと変わらない経営をやらせますし、私はね、朝野球には変わらず出ますからね!」

「そりゃあ安心ですな! いやー…しかし、本当に大きくなりましたね。うちの娘もそうですけど、子供の成長というのはあっという間ですな」

「そうですよ…毛利先生もうかうかしていると、娘さんはあっという間に結婚しちゃいますよ。うちの娘はそんな心配がまったくないのが逆に心配なところですけれど」

「お父さん! 」

 やべ、という顔をしたのは父も毛利先生も一緒だった。この二人は案外似ているので、毛利先生も似たような状況を経験したことがあるのかもしれない。記憶の中におぼろに存在する娘さんを想像して、同じ娘としての同情がわいた。どうして男親というのはこんなに適当で、デリカシーのない発言をぽんぽんするのだろう。

「はは、まあそういうことですから、今までやってきたことは娘に継いでます。遠慮しないで頼ってやってください」

「いや、でも娘さんとなると・・・」

「遠慮が出ますか? まあそうおっしゃると思いましてね、ちゃんと時期と内容も伝えてますから、必要な時期にうかがわせますからね。そういうことができる自慢の娘なんですよ」

「は、はあ」

 下手くそなウィンクを娘に送る父親。先ほどの失言を取り戻したと思っているかもしれないが、別にうまくもないし必要のない一言だったと娘は思うよ。
 毛利先生の反応が正しくて、ちょっと押しつけがましい変な人みたいになっているから心底やめてほしいな。できるしやるのは間違いないけれども。

「毛利先生、今の状態では頼りないと思われるかもしれませんけど、父からきちんと引き継いでいますのでご安心ください。若輩ですが、店に恥じない店主をやっていきますので」

 そうやって、私の生活は新たになったのだ。
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