ポケモン系SS
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きらきらと光る窓。音と声に満ちた街並み。この豊かな人々を愛していたはずなのに、今はどこか空虚だ。
(でも、その理由もわかってる)
雑にまとめた髪をはらって、目的地もないまま歩き続ける。あの頃とは違って、身を分けたいほど必要とされることもない。やりたいことも――失った。
脇を通りすぎていくポケモンも人々も、幸せそうな顔をしている。ひとが一人いなくなったところで何も変わらない。ため息ばかりが口から飛び出していく。
「ありゃ? オリーヴじゃね? 」
人波から顔を出したのは、オリーヴがかつて大学に通っていた頃の知人だ。能天気な顔をしているが、化学系にはめっぽう強くて、それが信じられない馬鹿みたいな顔で笑っていた。
「オリーヴでしょ? ……アンタ、飯食った? まだならちょっと付き合ってよ」
それは今も変わらないらしい。化粧っ気のない顔、短く切りそろえた爪先。歩きやすいスニーカーに、薄手のシャツを重ね着している。時々、こっちを振り返っては面白そうな顔をするので、だんだんと腹が立ってきた。
「アー、ここ、ここ。アタシのオススメのお店」
かろん。軽やかな音を立てたドアベル。路地の中の路地を入ると見つかるような立地。彼女がいかにも好きそうなロケーションだ。知った人間じゃないとここにはたどり着けなさそうだ。周りの店もそういうタイプなのだろう。この街でこんなに人を見ないのも珍しい。
「なに頼もっかー? 」
店の人間とも顔見知りなのだろう。軽い会釈で、空いてる席まで勝手に進んでいく。柔らかい照明に当たった背中を追いかけるだけでせわしない。今は席についてパラパラとメニューをめくっているが、人に選ばせる速度ではない。
しかし、いい店だ。長居をさせる気のある店は珍しい。
「うーん? じゃあ飲み物から決めるー? 」
ペロっとめくってこっちにメニューを投げかける。雑なやり方だ。こんなに素敵な場所なのに、この女がいるだけで雰囲気がおかしくなる。どうせなら、どうせなら――、と。
馬鹿な考えね、オリーヴ。ぎゅっと手に力を入れたら、その感覚で一気に現実が戻ってくる。一番初めに目に入ったメニューを頭の中で読み取った。
「なら、このワインでもお願いしようかしら」
「いいね~。じゃ、適当に注文すんねー」
テーブルにお酒と、それから腹に溜まりそうな食事とが並んでしばらく。とりとめのない話題に尽きた頃だった。急に静かになった彼女はじっとこっちを見つめて言った。
「オリーヴさあ、さっき死にそうな顔 してたよ」
アルコールに顔を赤くして口調は軽く、目はまっすぐにこっちを射抜いている。この目にオリーヴは見覚えがあると感じた。いつのことだろう。そう遠い昔ではない。喉元がつっかえたような気持ちだ。
「聞いてるー? もうちょっとさー、オリーヴは気を抜いて生きた方が絶対にいいんだってー。頑張りすぎだよ。そこがいいとこでもあるけどさ」
「……前にも同じことを言わなかった? 」
「えっ、うそ。言ったの……?」
「まだ私がヒールを履く前よ。あの頃は、」
そうだ。あの頃も私はうまくいっていなかった。研究室の人員は辞めていって、結果も芳しくなく。ローズ委員長がいらっしゃる少し前のことだった。もう少しでラボ自体がなくなる、なんて話も聞いたばかりで。データさえそろえば未来につながる研究になると、そう言っても誰も信じてくれなかった。そういう時に街をフラついていたら、同じようにこの人が話しかけてきたんだった。
『久しぶりじゃーん! 覚えてる? ご飯食べた? 一緒に行かなーい?』
矢継ぎ早な質問と、返す暇すら許さない強制的な連行だった。すぐ近くの酒場に連れられて入ったのだ。あの時はすでに彼女は出来上がっていたから、半分以上の会話は成り立っていなかったけれども。でも。
『オリーヴはさぁ、もっと派手な服でも来てさ、気を抜いて好き勝手にやればいいんだよ。絶対ね、タイトスカートとか似合うじゃん…、リップは真っ赤なやつ。その方が強そう。たっかいヒールとか履いてさ、周りのくだらない人間なんて蹴散らしてやれ!』
きっと私の話なんて聞いていなかっただろうけど。ローズ委員長に出会って、イメージチェンジが必要と悟った時に彼女の言葉を思い出したのは確かだ。
「寒い日で、あなたはホットワインを飲みながら、ポケモンと人、自然の共存について熱烈に語ってたわ」
「やべー…、恥ずかしいやつじゃん。思想がダダ漏れじゃん……。オリーヴ、最後まで聞いたのソレ」
「いいえ。途中であなたは私の専門分野について見解を示したので」
「……攻守が反転した感じ? 」
「そうね。あなた、最後まで楽しそうに笑ってたけれど」
長いため息をついて、顔を覆ってしまった彼女だけど。こういうのも悪くない、そういうのが分かってきた。彼女、お酒が強くないのにたくさん飲んで、酔いつぶれると眠ってしまう。眠る直前のことはほとんど覚えていない、ってゼミの時に誰かと話していた。ずっと変わっていないみたいでおかしいわ。
「……えー、はずかし。アタシもちょっとは覚えてたけど、そんな感じだったとは」
肩をすくめて返せば、アルコールじゃない頬の赤みが増した。口をとがらせて、つまみのチーズをつつきながら彼女は続ける。
「じゃあ、オリーヴ博士! 現在のキョダイマックスのポケモンへの影響と、ワイルドエリアでの分布変化について教えてくださーい!」
「……、"キョダイマックス"とあなたは言いましたが、これは限定的なダイマックスを指す言葉であり、影響を語る上では"ダイマックス"と言う方が正しいでしょう。現在の…、 …… 、」
「あ~さすがだなぁ! オリーヴ、死にそうな顔だったけど、変わらず面白そうな研究してるじゃん」
ゆるゆるに笑った赤ら顔に「当然」と返してやると、それは嬉しそうにゲラゲラと笑う。サルかしら。
「なんだか安心したなー・まだ大丈夫だよオリーヴ。まだ楽しいことはいっぱいあるじゃん」
かろり。
テーブルに頭を寝かせて、私を見上げて、幸せそうにしている。この女、いつもこうだ。
「よーし! じゃあこのへんで終わりにしとこっかー! アタシも寝そうだし! ここはアタシのオゴリね!」
突如体を起こしてグラスを持ち上げてコールを乞う。何杯目か分からないワイングラスを、彼女のグラスにそっとぶつける。
「「あなたの未来に」」
グイっと飲み干した私に、とりわけ嬉しそうなあなた。前に飲んだとき、彼女はそうコールしてたから。なんだかムズがゆい気持ちだけど悪くない。そんなに気持ち悪い顔で笑わなくてもいいんじゃないかしら?
「はーい! お会計はアタシでーす!」
「ねえ、前も出してもらったんだから半分出すわよ」
「いーいの! ガラルのオリーヴ様を独占したんだから」
「……。じゃあ、ツケておいてくれる?」
「えぇ?」
「今度は私がおごるわ」
ドアをくぐる私の後ろで、キャーキャーとやかましい声。そうだった。彼女といるときはいつもこんな感じだったわ。もう、迷いはない。明日やるべきことが頭の中に羅列されている。やるべきことも、残りの時間もはっきりしている。あとは私が進むだけ。そこに至るだけでいい。
「あれー? オリーヴ様ったら笑ってんじゃん」
「ツケだけど、今度あなたの職場にお邪魔することに、今決定したわ。追って連絡するから逃げないでちょうだいね」
「は? ……、なんて?」
(でも、その理由もわかってる)
雑にまとめた髪をはらって、目的地もないまま歩き続ける。あの頃とは違って、身を分けたいほど必要とされることもない。やりたいことも――失った。
脇を通りすぎていくポケモンも人々も、幸せそうな顔をしている。ひとが一人いなくなったところで何も変わらない。ため息ばかりが口から飛び出していく。
「ありゃ? オリーヴじゃね? 」
人波から顔を出したのは、オリーヴがかつて大学に通っていた頃の知人だ。能天気な顔をしているが、化学系にはめっぽう強くて、それが信じられない馬鹿みたいな顔で笑っていた。
「オリーヴでしょ? ……アンタ、飯食った? まだならちょっと付き合ってよ」
それは今も変わらないらしい。化粧っ気のない顔、短く切りそろえた爪先。歩きやすいスニーカーに、薄手のシャツを重ね着している。時々、こっちを振り返っては面白そうな顔をするので、だんだんと腹が立ってきた。
「アー、ここ、ここ。アタシのオススメのお店」
かろん。軽やかな音を立てたドアベル。路地の中の路地を入ると見つかるような立地。彼女がいかにも好きそうなロケーションだ。知った人間じゃないとここにはたどり着けなさそうだ。周りの店もそういうタイプなのだろう。この街でこんなに人を見ないのも珍しい。
「なに頼もっかー? 」
店の人間とも顔見知りなのだろう。軽い会釈で、空いてる席まで勝手に進んでいく。柔らかい照明に当たった背中を追いかけるだけでせわしない。今は席についてパラパラとメニューをめくっているが、人に選ばせる速度ではない。
しかし、いい店だ。長居をさせる気のある店は珍しい。
「うーん? じゃあ飲み物から決めるー? 」
ペロっとめくってこっちにメニューを投げかける。雑なやり方だ。こんなに素敵な場所なのに、この女がいるだけで雰囲気がおかしくなる。どうせなら、どうせなら――、と。
馬鹿な考えね、オリーヴ。ぎゅっと手に力を入れたら、その感覚で一気に現実が戻ってくる。一番初めに目に入ったメニューを頭の中で読み取った。
「なら、このワインでもお願いしようかしら」
「いいね~。じゃ、適当に注文すんねー」
テーブルにお酒と、それから腹に溜まりそうな食事とが並んでしばらく。とりとめのない話題に尽きた頃だった。急に静かになった彼女はじっとこっちを見つめて言った。
「オリーヴさあ、さっき死にそうな顔 してたよ」
アルコールに顔を赤くして口調は軽く、目はまっすぐにこっちを射抜いている。この目にオリーヴは見覚えがあると感じた。いつのことだろう。そう遠い昔ではない。喉元がつっかえたような気持ちだ。
「聞いてるー? もうちょっとさー、オリーヴは気を抜いて生きた方が絶対にいいんだってー。頑張りすぎだよ。そこがいいとこでもあるけどさ」
「……前にも同じことを言わなかった? 」
「えっ、うそ。言ったの……?」
「まだ私がヒールを履く前よ。あの頃は、」
そうだ。あの頃も私はうまくいっていなかった。研究室の人員は辞めていって、結果も芳しくなく。ローズ委員長がいらっしゃる少し前のことだった。もう少しでラボ自体がなくなる、なんて話も聞いたばかりで。データさえそろえば未来につながる研究になると、そう言っても誰も信じてくれなかった。そういう時に街をフラついていたら、同じようにこの人が話しかけてきたんだった。
『久しぶりじゃーん! 覚えてる? ご飯食べた? 一緒に行かなーい?』
矢継ぎ早な質問と、返す暇すら許さない強制的な連行だった。すぐ近くの酒場に連れられて入ったのだ。あの時はすでに彼女は出来上がっていたから、半分以上の会話は成り立っていなかったけれども。でも。
『オリーヴはさぁ、もっと派手な服でも来てさ、気を抜いて好き勝手にやればいいんだよ。絶対ね、タイトスカートとか似合うじゃん…、リップは真っ赤なやつ。その方が強そう。たっかいヒールとか履いてさ、周りのくだらない人間なんて蹴散らしてやれ!』
きっと私の話なんて聞いていなかっただろうけど。ローズ委員長に出会って、イメージチェンジが必要と悟った時に彼女の言葉を思い出したのは確かだ。
「寒い日で、あなたはホットワインを飲みながら、ポケモンと人、自然の共存について熱烈に語ってたわ」
「やべー…、恥ずかしいやつじゃん。思想がダダ漏れじゃん……。オリーヴ、最後まで聞いたのソレ」
「いいえ。途中であなたは私の専門分野について見解を示したので」
「……攻守が反転した感じ? 」
「そうね。あなた、最後まで楽しそうに笑ってたけれど」
長いため息をついて、顔を覆ってしまった彼女だけど。こういうのも悪くない、そういうのが分かってきた。彼女、お酒が強くないのにたくさん飲んで、酔いつぶれると眠ってしまう。眠る直前のことはほとんど覚えていない、ってゼミの時に誰かと話していた。ずっと変わっていないみたいでおかしいわ。
「……えー、はずかし。アタシもちょっとは覚えてたけど、そんな感じだったとは」
肩をすくめて返せば、アルコールじゃない頬の赤みが増した。口をとがらせて、つまみのチーズをつつきながら彼女は続ける。
「じゃあ、オリーヴ博士! 現在のキョダイマックスのポケモンへの影響と、ワイルドエリアでの分布変化について教えてくださーい!」
「……、"キョダイマックス"とあなたは言いましたが、これは限定的なダイマックスを指す言葉であり、影響を語る上では"ダイマックス"と言う方が正しいでしょう。現在の…、 …… 、」
「あ~さすがだなぁ! オリーヴ、死にそうな顔だったけど、変わらず面白そうな研究してるじゃん」
ゆるゆるに笑った赤ら顔に「当然」と返してやると、それは嬉しそうにゲラゲラと笑う。サルかしら。
「なんだか安心したなー・まだ大丈夫だよオリーヴ。まだ楽しいことはいっぱいあるじゃん」
かろり。
テーブルに頭を寝かせて、私を見上げて、幸せそうにしている。この女、いつもこうだ。
「よーし! じゃあこのへんで終わりにしとこっかー! アタシも寝そうだし! ここはアタシのオゴリね!」
突如体を起こしてグラスを持ち上げてコールを乞う。何杯目か分からないワイングラスを、彼女のグラスにそっとぶつける。
「「あなたの未来に」」
グイっと飲み干した私に、とりわけ嬉しそうなあなた。前に飲んだとき、彼女はそうコールしてたから。なんだかムズがゆい気持ちだけど悪くない。そんなに気持ち悪い顔で笑わなくてもいいんじゃないかしら?
「はーい! お会計はアタシでーす!」
「ねえ、前も出してもらったんだから半分出すわよ」
「いーいの! ガラルのオリーヴ様を独占したんだから」
「……。じゃあ、ツケておいてくれる?」
「えぇ?」
「今度は私がおごるわ」
ドアをくぐる私の後ろで、キャーキャーとやかましい声。そうだった。彼女といるときはいつもこんな感じだったわ。もう、迷いはない。明日やるべきことが頭の中に羅列されている。やるべきことも、残りの時間もはっきりしている。あとは私が進むだけ。そこに至るだけでいい。
「あれー? オリーヴ様ったら笑ってんじゃん」
「ツケだけど、今度あなたの職場にお邪魔することに、今決定したわ。追って連絡するから逃げないでちょうだいね」
「は? ……、なんて?」