ポケモン系SS
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私の記憶はピカチュウからはじまる。私の顔をのぞきこんでやさしく笑う黄色い毛並み。赤い頬、黒く濡れた目。私のはじめての友人。
お母さんはとってもピカチュウが好きで、はじめのポケモンがピカチュウであることを譲らなかったという。わがままじゃん、と言う私にお母さんは、
「愛せると分かっているものしか愛せないと思っていたの」
と懐かしそうに目を細めていた。
※
窓から見える風景にあの日の会話を思い出していた。見渡すかぎりに広がる金の穂。ぽつぽつと降る小雨にもそこなわれずに輝いている。
がたん、ごとん。
ついに目的の駅に到着した。
駅から出れば、まるで時が止まったかのようにあの時と変わらない。ここはいつまでも変わらないのだろうか。
小雨はやんで、鞄の奥から傘を出す必要はなかった。道を思い出しながら家へと向かう。
「ただいま」
家の奥からはご飯のにおいがする。お母さんとお父さんの「おかえり」の声。少し暗い廊下をぬけたリビングには父と母がいる。昔は何度も見ていた光景だ。お母さんが料理をして、それをうかがいながらテレビを見るお父さん。母の好きな黄色がアクセントになった室内。ふたりは少し年をとった。「前」までと何も変わりがなくて、肩に入っていた力が抜ける。たかたかと足下に寄ってきたのは母のピカチュウだ。
「ピカピー! 」
彼の高さに合わせてやると、ハグをしてくれた。短い手を精一杯伸ばして、私の首に抱きつくのが彼のハグ。それにぎゅっと抱きしめ返した。あの時よりも随分と小さく感じる。
「あら、先を越されちゃった」
料理の手を一時中断してやってきた母は、しめった手を伸ばして私をハグする。母からはいつもあまくて懐かしいにおいがする。いつの間にか私の身長は母を越えていた。それは少しだけ怖いことだった。
「さあ、ご飯の準備ももう少しだから荷物を置いてきてちょうだい」
部屋はお父さんが片づけてくれたから大丈夫。そう言って母はぱっと身を離した。足下でおとなしくしていたピカチュウは、私の帽子をくわえて2階に向かう。そこが私の部屋だと覚えているのだ。
※
ご飯を食べて、お風呂に入って。ひとやすみしてもまだ21時を少しすぎたばかり。ここはいつもそうだ。時間がゆっくりとすぎていく。
ベッドに横になってスマホを触る。有名な人のニュース、ポケモンのかわいい話、ゴシップにありふれた恋模様。いくら調べても調べつくせないくらいに情報はあふれている。
そうするとノックの音が2回。その後にピカチュウの声。
「どうぞ」
声を返すと上手にドアを開けて入ってくる。その表情はどこか憤りに満ちている。
「なあに? どうして怒ってるの? 」
ピカチュウは問いに行動をもって答える。一声鳴いてベッドに上がり、私のスマホを小さな腕で強奪した! こういうとき、ポケモンのことがズルく感じられる。だって、私には彼らの言葉がわからない! これってフェアじゃない。彼らの行動から意図を見いだすのはとても難しい。時間をかけて信頼を築いても間違えてしまうときはある。
「・・・・・・スマホをやめて寝ろってこと? 」
大正解らしい。久しぶりに会うのにこんなに理解できるんなんて、私もまだまだ捨てたもんじゃない。ピカチュウもご満悦なお顔だ。いや、でも・・・・・・、
「まだ寝るには早くない? 」
「ピカー!! 」
怒っています! という顔と仕草である。無駄に迫力があって困る。よく考えたら可愛いのに、昔からこの調子で叱られてきているからかどうしても身を縮めてしまう。早く寝ないとダメなんだ・・・・・・? というか、この年にもなって実家のピカチュウに叱られている・・・・・・? そうなのだ。このピカチュウ、私を育てたからか、私のことをとっても子ども扱いする。
「・・・・・・、うん、寝よう。たまにはこういう夜もあってもいいよね。寝よう」
腕を組んで鼻を鳴らす様子のおかしさったら! スマホはピカチュウが責任をもって充電してくれるらしい。私は電気を消して、布団にもぐってよいポジションを探す。私が落ち着いた頃、ピカチュウが首元から侵入してもぞもぞと動く。
ピカチュウはいつも一緒に眠ってくれる。ずっとずっと。私を子どもだと思って、寝かしつけようとしている。
じっとピカチュウを見つめていると、何かを察したのかピカチュウもこちらを見た。ばっちり目線が合ったことに、暗闇の中でもはっきりとわかった。ピカチュウは私の様子を見て何事かを考えたようで、私の頬に手を伸ばす。やさしい手が私の頬を撫でる。小さい手だ。いつもよりやわい声で歌も歌ってくれる。
「ピーカ ピーカ ピーカチュ・・・・・・」
きらきら ひかる よぞらの ほしよ・・・・・・
昔を思い出す。
ずっと昔の、私がまだまだ小さかった頃。あなたは今と同じように私を撫でたこと。まだ歌も知らなくて、お母さんの腕のなかで一緒にきらきら星を覚えた。
思い出す、思い出す。
やわらかい心とやわらかい体を持っていた頃のこと。あなたと駆け回った大地の色、一緒に数えた星の神話。いつか叶えたい夢の話。
やわかった心と体を思い出すと、次第に眠気がやってくる。懐かしい記憶はあの頃の感覚もつれてくる。ずっと忘れていた眠りの気配は、待ちかまえていたように、私を眠りのふちにつれていく。
(ーーー怖い)
眠りに落ちていくのが怖い。
まだ仕事が終わっていない。顧客からのクレーム。同僚が立ち話でしていた会話。疲れてたまらないのに休めない、迷惑そうな上司の顔。誰かが辞めて、埋め合わせをして、もうなにも考えることができない。進むことも戻ることも出来ない、真っ暗な箱の中で時間が進むのだけを観測しているような不安と恐怖がずっとあった。
「・・・・・・ピカ、ピ・・・・・・?」
大丈夫と言うように、ピカチュウが身を寄せてくる。浮き上がりかけた意識は、なだめられて落ち着いていく。昔はあつくて我慢ならなかった体温が、今はこんなにも心地がいい。そうだ、何度眠ったって怖いことはなかった。怖い夢にはピカチュウが付き合ってくれた。大丈夫、だいじょう ぶ。
眠りが私を受け止めてくれるから、何も怖くない。ふわふわと体が沈んでいく。ゆるやかに意識がにじんでいく。
ピカチュウの小さな寝息。やわらかい体。私の小さな友達。
壁に貼ったステッカー。いつかもらった賞状。何度も読み返した物語。お母さんに何度もねだったおやつ。流星群の夜に少しだけ夜更かしした日。
ずっと、そんなものも忘れてしまっていた。
ああ、とても心地が良い。
ここは、安息の地
お母さんはとってもピカチュウが好きで、はじめのポケモンがピカチュウであることを譲らなかったという。わがままじゃん、と言う私にお母さんは、
「愛せると分かっているものしか愛せないと思っていたの」
と懐かしそうに目を細めていた。
※
窓から見える風景にあの日の会話を思い出していた。見渡すかぎりに広がる金の穂。ぽつぽつと降る小雨にもそこなわれずに輝いている。
がたん、ごとん。
ついに目的の駅に到着した。
駅から出れば、まるで時が止まったかのようにあの時と変わらない。ここはいつまでも変わらないのだろうか。
小雨はやんで、鞄の奥から傘を出す必要はなかった。道を思い出しながら家へと向かう。
「ただいま」
家の奥からはご飯のにおいがする。お母さんとお父さんの「おかえり」の声。少し暗い廊下をぬけたリビングには父と母がいる。昔は何度も見ていた光景だ。お母さんが料理をして、それをうかがいながらテレビを見るお父さん。母の好きな黄色がアクセントになった室内。ふたりは少し年をとった。「前」までと何も変わりがなくて、肩に入っていた力が抜ける。たかたかと足下に寄ってきたのは母のピカチュウだ。
「ピカピー! 」
彼の高さに合わせてやると、ハグをしてくれた。短い手を精一杯伸ばして、私の首に抱きつくのが彼のハグ。それにぎゅっと抱きしめ返した。あの時よりも随分と小さく感じる。
「あら、先を越されちゃった」
料理の手を一時中断してやってきた母は、しめった手を伸ばして私をハグする。母からはいつもあまくて懐かしいにおいがする。いつの間にか私の身長は母を越えていた。それは少しだけ怖いことだった。
「さあ、ご飯の準備ももう少しだから荷物を置いてきてちょうだい」
部屋はお父さんが片づけてくれたから大丈夫。そう言って母はぱっと身を離した。足下でおとなしくしていたピカチュウは、私の帽子をくわえて2階に向かう。そこが私の部屋だと覚えているのだ。
※
ご飯を食べて、お風呂に入って。ひとやすみしてもまだ21時を少しすぎたばかり。ここはいつもそうだ。時間がゆっくりとすぎていく。
ベッドに横になってスマホを触る。有名な人のニュース、ポケモンのかわいい話、ゴシップにありふれた恋模様。いくら調べても調べつくせないくらいに情報はあふれている。
そうするとノックの音が2回。その後にピカチュウの声。
「どうぞ」
声を返すと上手にドアを開けて入ってくる。その表情はどこか憤りに満ちている。
「なあに? どうして怒ってるの? 」
ピカチュウは問いに行動をもって答える。一声鳴いてベッドに上がり、私のスマホを小さな腕で強奪した! こういうとき、ポケモンのことがズルく感じられる。だって、私には彼らの言葉がわからない! これってフェアじゃない。彼らの行動から意図を見いだすのはとても難しい。時間をかけて信頼を築いても間違えてしまうときはある。
「・・・・・・スマホをやめて寝ろってこと? 」
大正解らしい。久しぶりに会うのにこんなに理解できるんなんて、私もまだまだ捨てたもんじゃない。ピカチュウもご満悦なお顔だ。いや、でも・・・・・・、
「まだ寝るには早くない? 」
「ピカー!! 」
怒っています! という顔と仕草である。無駄に迫力があって困る。よく考えたら可愛いのに、昔からこの調子で叱られてきているからかどうしても身を縮めてしまう。早く寝ないとダメなんだ・・・・・・? というか、この年にもなって実家のピカチュウに叱られている・・・・・・? そうなのだ。このピカチュウ、私を育てたからか、私のことをとっても子ども扱いする。
「・・・・・・、うん、寝よう。たまにはこういう夜もあってもいいよね。寝よう」
腕を組んで鼻を鳴らす様子のおかしさったら! スマホはピカチュウが責任をもって充電してくれるらしい。私は電気を消して、布団にもぐってよいポジションを探す。私が落ち着いた頃、ピカチュウが首元から侵入してもぞもぞと動く。
ピカチュウはいつも一緒に眠ってくれる。ずっとずっと。私を子どもだと思って、寝かしつけようとしている。
じっとピカチュウを見つめていると、何かを察したのかピカチュウもこちらを見た。ばっちり目線が合ったことに、暗闇の中でもはっきりとわかった。ピカチュウは私の様子を見て何事かを考えたようで、私の頬に手を伸ばす。やさしい手が私の頬を撫でる。小さい手だ。いつもよりやわい声で歌も歌ってくれる。
「ピーカ ピーカ ピーカチュ・・・・・・」
きらきら ひかる よぞらの ほしよ・・・・・・
昔を思い出す。
ずっと昔の、私がまだまだ小さかった頃。あなたは今と同じように私を撫でたこと。まだ歌も知らなくて、お母さんの腕のなかで一緒にきらきら星を覚えた。
思い出す、思い出す。
やわらかい心とやわらかい体を持っていた頃のこと。あなたと駆け回った大地の色、一緒に数えた星の神話。いつか叶えたい夢の話。
やわかった心と体を思い出すと、次第に眠気がやってくる。懐かしい記憶はあの頃の感覚もつれてくる。ずっと忘れていた眠りの気配は、待ちかまえていたように、私を眠りのふちにつれていく。
(ーーー怖い)
眠りに落ちていくのが怖い。
まだ仕事が終わっていない。顧客からのクレーム。同僚が立ち話でしていた会話。疲れてたまらないのに休めない、迷惑そうな上司の顔。誰かが辞めて、埋め合わせをして、もうなにも考えることができない。進むことも戻ることも出来ない、真っ暗な箱の中で時間が進むのだけを観測しているような不安と恐怖がずっとあった。
「・・・・・・ピカ、ピ・・・・・・?」
大丈夫と言うように、ピカチュウが身を寄せてくる。浮き上がりかけた意識は、なだめられて落ち着いていく。昔はあつくて我慢ならなかった体温が、今はこんなにも心地がいい。そうだ、何度眠ったって怖いことはなかった。怖い夢にはピカチュウが付き合ってくれた。大丈夫、だいじょう ぶ。
眠りが私を受け止めてくれるから、何も怖くない。ふわふわと体が沈んでいく。ゆるやかに意識がにじんでいく。
ピカチュウの小さな寝息。やわらかい体。私の小さな友達。
壁に貼ったステッカー。いつかもらった賞状。何度も読み返した物語。お母さんに何度もねだったおやつ。流星群の夜に少しだけ夜更かしした日。
ずっと、そんなものも忘れてしまっていた。
ああ、とても心地が良い。
ここは、安息の地
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