短編・ネタ
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「兄ちゃんを見捨てたのか義勇!」
「…」
「答えろ!」
「そうだ…錆兎は、帰ってこない」
「なんでだよ…! なんで、」
少女の目からぼろぼろと零れる涙。掴みかかられた腕をそのままに、冨岡義勇は情けなさに唇を噛んだ。自分が不甲斐ないばかりに錆兎は死んだ。
憤りが炎のように燃える。少女の心は自分で扱いきれない程に大きく、熱く、激しかった。自分の炎で自分を焼き殺すほどに。
「兄ちゃんが、死ぬなんて…」
うっかりうっかりばんばん☆
みなぎる怒りに怒髪が天☆過去の記憶がインしてしまった! 今はどこ、私は誰? 目の前の人間、やたらと見覚えがあるな…? 大人気少年コミックに出てきませんでした?言葉が不自由なちょうつよい水の人。その人の胸倉を? わしづかみ? 大丈夫? 私?
私、1人で帰ってきた冨岡義勇に罵声を浴びせたよね? なん? おっ、悲しみがすごい。今は大正で鬼が出る世界で、兄ちゃんは錆兎で死んで、私は妹なんだな? オーケーオーケー。私は冷静を気取っている。腹の中の怒りがやばい。口が勝手に動く。全然意味がわからない。やべーところが焼き切れたんじゃない?
「なんで助けてくれなかったんだ…! 」
傷ついた顔をする冨岡義勇に、私だって泣きたいんだが? となる本日。転生一時間目。こんなことを言ったって仕方ないことは分かっている。なんでこんなことになってるんだよ。
そばで見つめてた鱗滝さんが冨岡さんのことを抱きしめたから、私の手のひらは胸倉から解放されました☆よかったね。私の腕、冨岡さんのことをねじ切りたがっているような動き方してたよ。なんでわかるかって? 分かるから分かるんだよ。私は私だからじゃないかな!裏山のウサギを絞め殺すときと同じ動き方だったもんね。
まあでも、再会を喜ぶ鱗滝さんの気持ちは鱗滝さんのものだから、私にはどうにもできないでしょ?だって、兄ちゃんのことを悲しんでるのは鱗滝さんも一緒。知ってるの。だから、私は───どうして兄ちゃんが死ななきゃならないんだ…?、義勇は帰ってきたのに…!どうして!鬼が、あいつらがいなければずっと幸せだったのに…!許さない許さない許さない!絶対に許さない…!!
わんわんと声が響いている。
どうしたんだっけ?
*****
鱗滝左近次は、帰ってきた弟子の片割れの帰還を喜んだ。最終試験に挑んだのは2人、帰ってきたのは1人。涙の出るような結末だった。
義勇は「錆兎に助けられた」と言ったっきり暗い顔をしているし、錆兎の妹である名前は泣いて泣いて手がつけられないほど取り乱した。鱗滝の弟子達はみんなそうだ。最終試験を乗り越えられるものは片手に満たない。
名前も可哀想に、鱗滝のところに来なければもっと兄と長くいられたかもしれない。でもそれはあったかもしれない「もしも」だ。
兄が死んだことに対する悲しみと、鬼への憎悪で名前はすっかりとおかしくなってしまった。あの日からボタンを掛け違えたようにぎくしゃくとしている。名前は布団にくるまったまま動かない1日の後、立て板に水を流すようにしゃべり出したり、反対に黙り込んでうずくまるような日が続いた。義勇はひたすら剣を振るっている。
「裏山の子ウサギはどうして食べちゃったの? 」
「兄ちゃんは、義勇は、なんで…鱗滝さん 」
日本語として定かではない言葉を吐き出す度、鱗滝は情けなくてどうしようもなくて名前の頭を撫でてやるしか無かった。けたけたと笑い声を上げ、山の中でウサギをとってきた頃とはえらい違いだった。悔しくて悲しくて、稽古すらつけていなかった名前の幼さと、その身に詰まった悲しみを思った。
そして三日後。名前は昼に目を覚ました。前日の夕方に眠って、それ以来ずっと眠っていたのだ。長い眠りだった。普段の名前なら日が昇る前から起きていたし、そうしなくては鱗滝に叩き起こされていた。
そうやって目覚めた名前は、すっかり今までのことを忘れていた。
全部を全部忘れたわけじゃあない。だが、この三日間のことも、それより前のことも、全部全部おぼろげにしか覚えていなかった。
「おはよう鱗滝さん、ちょっと寝すぎちゃったな」
にこにこと笑う名前は、三日より前と同じ顔だった。てきぱきと布団を片付けて、顔を洗いに沢まで歩いていく。心配した鱗滝にも「平気」だと言いながら動くものだから、心配もろくに形にできない。
名前は兄である錆兎をとても好いていた。ふたりの過去にどんなものがあったのか鱗滝は知らない。だが分かることがある。それは錆兎は妹の名前を大事にしていたし、名前も兄をよく慕っていたということだ。たった二人の残された家族であると、錆兎は鱗滝に語った夜があった。
名前は小さな体でよく動いた。錆兎は名前に鬼殺の道を取らせるのを嫌がった。だから、体が成長するまでは稽古をつけずに体力をつけた。野山を駆け、獣を狩り、飯を食った。彼女が選ぶのは錆兎と同じ年になったとき。名前はそれを嫌がったが、兄のたっての願いだったからそれを認めた。いつか兄と肩を並べて鬼を狩るのだと瞳を輝かせていた。
「ねえ鱗滝さん
兄ちゃんが死んだから、約束も終わりでいいでしょ?兄ちゃんはずっと年をとらなくなったんだから、私も鬼を殺さなきゃ。ねえ鱗滝さん、稽古をつけてよ」
昼飯を作る鱗滝の背中に向かってその声がしたとき、「これは駄目な声だ」と鱗滝は思った。目覚めた時からじりじりと火の熾きるような匂いがしていた。それを知らないふりをしていた。だが、これは「業火」の予兆だ。冷えた汗が背中を伝った。鬼を前にした時のような恐怖ではない。これは、もっとなにか違うものだ。鱗滝はこの感情の名前をはっきりと知らない。ただ、近しい言葉を使うのならそれは恐怖だ。
「名前、約束は約束だ。ちゃんと守ってやらないとだめだ」
「どうして? 兄ちゃんはもう約束を守ってくれないよ? 兄ちゃんは私を守ってくれないんだから、私は自分を守らなきゃならないでしょ? そうしたら、鬼を斬ることになるでしょう…? 鬼を殺さなきゃいけないんだから技を身につけなくちゃいけないでしょう!?」
「約束を守ったって兄ちゃんが戻らないなら!私は鬼を殺すしかないじゃないか!!」そう激昂する名前は今までとは明らかに質が異なった。確かに子供らしい感情の起伏はあったが、ここまでの激しいものだったか。
鱗滝は反射的に名前を庵の外に投げ飛ばした。
鱗滝の下にやってきた子供たちは、一番初めに鱗滝に芯まで打ち据えられる。鬼に家族を殺され悲しみに沈む子供、激しい憎悪に復讐を望む子供。それぞれをまともにするために、こてんぱんに伸してから修業が始まる。
「…いいだろう。名前、その気があるなら稽古はつける。だが、それは今日一日、日が暮れるまで組稽古に着いてこれたらだ。一度でも諦めたら約束を守れ」
返事はこぶしの殴打。外に出てきた鱗滝に向かってなんのためらいもない打撃が向かう。鱗滝は細い腕を握って放り投げる。背中から落ちた人の体は、腹に音が反響する。そうなったら痛みが強くなる。一度でもそれをやったなら諦めるだろう。そう思った鱗滝は目を疑うことになる。名前はそれは美しいお手本のような受け身をとったのだ。そのまま体を起こして鱗滝を目指して駆けてくる。
そうだなと思い出すのは、名前は「稽古をつけていない」だけであってずっと見ていたということ。錆兎と義勇が鱗滝に投げ飛ばされるところも、彼らが二人で練習をするところも、上手に動けるようになったところも。だから名前は知っているのだろう。
*****
やあ!みんな元気に生きてるかな?私?私は元気だよお!今?なにしてるの、って?鬼の首を刎ねたところ!やったね!あのね。私、無事に鬼殺隊になっちゃったんで!だからこれ、ちゃあんとした任務なんで。そうなの、もうね、ずーーっと死ぬんじゃないか?っていう稽古を受けて兄ちゃんと同じ年になった年に最終試験に挑んで無事に帰ってきたの。そうなの。命を大切にした結果が今なの。だからね、鬼を殺せるんだよね!
「ねえ今どんな気持ち? 食い物にしていた人間に殺されるってどんな気持ち? 」
ほろほろと崩れていく鬼の頭に話しかければ、鬼はひるんだ眼をしてこちらを見る。時々こういう顔とか目を向けられるんだけど、本当によくわからないですよね。単純に疑問じゃん? 私は思うよ。狭霧山のウサギに自分の首が斬られたらさ。
「信じられない? 許しがたい? まだ、生きたい? 」
「でも残念なことに私は人で、あなたは鬼だから仕方ないね」誰にも分らない私の心に対する返答に、鬼は確かな恐怖を浮かべて消えていった。体毛の一つも残さず消える鬼は不思議な生物だな。斬った瞬間には付いていた血も全て消えていく。蒸発するような動きなのが本当に意味不明。血液は熱いのか?空気に触れた瞬間に高温になるのか?
「鱗滝名前!任務完了!」
空をうるさく飛び回る烏が任務の完了を告げる。この烏ともそこそこの付き合いになる。最終試験を受けて1年半。入れ替わりの激しい鬼殺隊ではそこそこ優秀な部類だ。傷は負っても四肢の欠損はないから、まだ大丈夫まだ大丈夫と鬼を斬るために動き回っている。まあ、ぜんっぜん階級が上がらないんですけどね!!どうしたことか途中から階級がまっったく上がらない!鱗滝さんのところに定期的に帰ったりもするけど、本当に申し訳なくて階級の話だけは毎回できない。どういうことなんだろうね、鬼殺隊ね。今の私?庚ですぅ!上から4番目なの!もう半年くらいこのままなの!
愚痴はともかく、任務が終わったら早急に帰るべきである。こんな気の休まらないところで愚痴を言うよりもずっといい。その辺の藤の家にでも入れてもらおう。そうだそれがいいだろう。
森の木をへし折ったし、鬼が根城にしてた家もぼろっぼろだけどまあなんとかなるよね!森の入り口の方から隠の人たちが来るのが見えるし、彼らが何とかしてくれるよ!もう嬉しいもんね、鬼の首も斬れたし、いつもよりも早く終われたし、前情報が間違ってなかったからある程度罠も張れたし!なんにもまずいことなんてなかったもん。
「この後はよろしくおねがいしますね!」
元気に挨拶することが社会人の基本だった気がするの!だから毎回どんな人にも元気に挨拶はするんだけど、あんまり素敵な反応が返ってきたことがないね!あれかな、やばい人かな…?やばい人だと思われちゃうかな…そうだよね、鬼の首を斬った後に爽やかな挨拶はまずいか…次回から気をつけよ。
2週間ぶりの鬼殺で、事前情報が十分なんて好条件はもうありえない。次がいつになるだろうか。
なーーんて思いながら歩いてたら追加の指令が入りましたよね!正気か? 私の疲労そこそこありますが? まーーーーでも人が悪戯に死ぬよりはいいよね。死ぬ可能性が下がるもんね!私が死ぬかもしれないけど!
「西ノ街道ォ! 3名ガ戦闘中ゥ! 鬼ハ腕ガバラバラァ!」
「は?血気術の情報それだけか?[[rb:利賀彦>とがひこ]]、本当にそれだけか? それで私に戦えって言ってる?」
「コレダケェ!頑張レェ!」
鬼って本当に自由な力を持ってるから嫌なんだよ。人間より強い力を持ってて、それが一切分からない。それで戦って勝てるのは柱の同等の力を持つ奴だけだ。ただの人間は力を合わせるしかない。それだってすぐに顔触れが変わるんだからやってられないだろ?
腹の中からふつふつと沸きあがってくるものを感じる。足は烏の先導に従って駆ける。頭の中はいつも通り、荷物の中に入ってる物資と人数と自分に何ができるか。冷静に考えなくてはならない。命の切れ目は冷静さに担保される。判断をできるだけ早く的確に下すことが、それだけ生命を生き永らえさせる。間違えてはいけない、3名と情報を共有してそれで確実に殺さなければならない。
「……あとどれくらい? 」
「コノママダトォ、5分ッテトコォ!」
真上にかかっていた月も少しずつ傾いてきた。名前の視界には戦いの痕跡が入り始めた。どうやら街道の東から西に向けて移動しながら戦闘があるらしい。所々に血痕や布の切れ端、街道が削れた部分が見て取れる。戦ったのは分かるがどういう相手なのかは全く分からない。鬼の血は蒸発するから、痕跡が残らないからクソ。
うっすらと耳には剣が硬質なものとぶつかる音がする。本当に意味が分からない。今回の鬼、手が吹っ飛んで手が固い奴なんじゃないの。ロケットパンチか?ここで浪漫を追い求めなくてもよくない?視界に切り結ぶ鬼と人の姿が目に入る。腹の底が熱くなる。鬼も人も焦っている。鬼は夜明けが近づいていくことに、人は長い時間を戦っていることに。鬼の爪が人の首に伸びて、すっぱりと切れる。その腕に切りかかった刃は風か、激しい軌跡を描いて腕を縦に割り切った。
あーあ、本当にヤになっちゃいますよねえ。こんなに、こんなに頑張って生きている人間を、簡単に殺しちゃう鬼ってやつは本当に
「許しがたい!!」
水の呼吸 壱ノ型 水面斬り
血しぶきを見た瞬間に、腹の底からごうと炎が沸き上がったようだった。笑えるくらい強い憎悪だ。鬼を見ると、私の体はそれが全て仇に見える。腹の底が温まれば体も上手く動くのだ。おかしい、おかしい。おかしいのは生物の理を守らぬ鬼だ。
一息に飛び上がれば、突然現れた私に驚いた鬼は視線を逸らした。悪手である。私の進行方向、奥から木に身を隠していた男が一歩踏み出す。風の呼吸の使い手は刀に腕が食い込んで動けない。後ろに下がるべきだ。それを無理やり突きにして、鬼の首に叩きつける。
私の呼吸は水の呼吸。柔らかく、変幻自在に鬼の首を斬るべきである。一撃は鬼が下がったことで躱され、突きは刺さることなく、背後の刃は腹を突っ切ったが致命傷にはならない。この鬼、戦い慣れている。それも対人のステゴロ。
水の呼吸 参ノ型 流流舞い
水のエフェクトと共に打ち込む技に初めは驚いたものだが、それも悪くない。水の様子を見れば調子がわかる。今日は───最低だ。
腹に力を入れたまま動いた鬼は流石としかいえない。刀を失えば隊士は大した力も持たない。筋肉の収縮で取り上げられた刀に、茫然とした顔をする隊士だが…それは悪手だ。
「下がれェ!」
口から洩れる呼吸音にも慣れたものである。びっくりするくらい体が動くようになる。わかるか、この、前世で運動音痴だった自分がこれだけ動けている喜びと、動かなくてはならない腹の立ちようが。
鬼の右手はまだ刀に付いたまま、左の剛腕が地を割る。今までに見なかった痕跡である。この期に及んで真の力を開放か?死ね。
「さっさと死ね、三度死ね!三途の川で溺れ死ね…!」
「ざぁんねんだけど俺は死なねぇなあ。死ぬのは姉ちゃんの方さぁ。野郎より食いでのあるやつが来てくれて、オレァ嬉しいよ」
目の前で人のことを馬鹿にする鬼に出会った瞬間のこの腹立だしさがわかるか? 腹の中が沸きに沸ききってもう余白がないくらいに燃え滾っているのがわかるか? おちょくったように、人が、女であるだけで喜ばれる気持ちが分かるか。なあ兄ちゃん。私は学んで正解だっただろう?
チーム3人中1名は死亡。1名は刀をロスト。1名は気迫はあっても実質的な攻撃は不可。は? 実質私ひとりじゃねぇか殺すぞ。
水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き
「ハッハー!軽いねえ!姉ちゃん、そんな軽さでオレを殺そうってンのかい?こりゃあ…死んでやる方が難しいなあ!」
遮蔽物が少ない街道、転がってるのは木片と死体くらいしかない。腹に刀を忘れた男は森の中に入った後どうなったのか分からん。距離を取りたくて突きを繰り出したところで、目の前の鬼の左手も硬質だということが分かった程度だ。いい加減に風の呼吸の奴も腕をどうにかして合流してもらいたい。
切り返した刀が触れたと思った瞬間に、剛腕に振り払われ、常識をはるかに凌駕した速度で地面に叩きつけられる。受け身を取ろうにも最後まで腹に拳があったなら受け身は取れない。懐かしいな、鱗滝さんの稽古を思い出す。本当に最悪だ。
「ハー…」
土煙が上がるほどの威力。私の腹は無事か?無事なわけがないよな。稽古をしていてよかったな。ぎりぎり致命傷はよけたもんな。腹から異音がするけどな、多分あばらがイカれた。今回は何本かな。
どうも私の視界が消えてる間に、風の呼吸の人が後ろから切りかかったらしいな。刀にかかった腕はどうなったんだ?そもそも──あれが消えていないのはおかしい。
「いやあ姉ちゃん、あんた結構頑張るねえ。オレの拳を受けて生きてるなんて珍しいことだ」
にやにやと面を歪めて笑う鬼が本当に気持ち悪い。心の奥底から死んでほしい。逆にこの運命が逆接して彼がここにいた事実をなかったことにしてほしい。生まれないでほしかった。そのヤニ下がった顔が生理的に無理。人間とは違う肌の色合いが無理。変質した人とは違う形が無理。なんで緑の肌なの? 先進的すぎるだろ。なんでロン毛なの? 趣味なの? 鬼の髪の毛は時間で伸びるものなの? 気持ち悪い。
「ただまあ、姉ちゃんは運が悪かったなあ。オレじゃねぇ鬼と戦ってたら勝てたかもなあ!」
ガチガチという音と共にどこからか飛んできた右手が腕と繋がる。ロケットパンチか?いい加減にしろ。死ね。
「まあオレァおめえらみてぇのを10人は喰ったからなあ、しかたねぇさ!」
「クソが!地獄で詫びろ!!」
水の呼吸 参ノ型 流流舞い
繰り出される拳打を避け、腕を切り伏せても鬼の再生力ですぐに回復する。返す峰で攻撃を仕掛けても致命傷には届かない。時間が過ぎれば体は疲労する。水の呼吸の技をいくらだってプレゼントしよう。それで首が切れてくれるならいいが。これはそういうタイプじゃない。一番むかつくタイプだ。
「姉ちゃん楽しいねぇ、オレと朝焼けまで踊ってくれんのかい? 」
「鬼なんざ一人で死ね!」
ゲラゲラと笑いながら軽く落とされた拳が四肢に触れたなら、その瞬間にはじけ飛ぶほどの重さがあるだろう。先ほどの腹への殴打は遊びに近い。ていうか風の呼吸の人はどうしたんだよ。つま先を擦るように、止まらないように。鬼の攻撃をよけて反撃をすればいい。柔らかく受け流して、その隙に切りつければいい。戦いに酔った頭を斬り飛ばせればそれでいい。
土くれはそう効かないが、煙幕はそこそこ鬼にも効くことが分かっている。
鬼は人と違い不老で死も簡単なものではない。だが、生きているのだから痛みを感じる。
懐から煙幕を取り出して投げつけてやれば「勝負に無粋なもんを持ち込むじゃねえか」という声と共に腕が伸びてくる。余裕に満ちた声がことさらに腹立だしい。鬼が叩き潰したのは一番初めに死んだ男の死体。その斜め後ろから、首に向けて薙ぐ一撃。それも首の3分の1で止まる。クソほど固い。弱点なんだからさっさと斬れろよ。
だが刺さったことを確認して私はさっさとその場を離脱する。急がなくてはならない。少なくとも森の中に一人はいるだろうからそいつは回収しなくては。腹も手足も無事とはいえない。最速でも普通の人と同じ程度だ。できるだけ、遠くに。運が良ければアイツを殺せる。刺さった刀には爆薬が。
トンネルの掘削に使う程度の爆薬であるが、そこそこの威力でうまく爆発したようだった。すさまじい音がしたので、このあとの隠には申し訳ないがなんとかしてほしい。とりあえず逃げて情報を持ち帰らなくてはならない。速度と距離からするとややこちらに近かった。私の足音を聞いて追いかけてきていたんだろう。本当に準備のない戦いはやりたくない。
森の中で転がっていた男2名は悔し気な顔をしているが、四肢に損傷はなくて本当によかったな、という気持ちになる。
「よかったですね。また戦えますよ」
首根っこを掴んで大分離れたところで言えば、今日殺した鬼と同じような目でこっちを見た。なんだというんだろうね。よかったじゃないか、また鬼を殺せるかもしれないのに。それだけのものが残っているのに。どうしてそんな目をするの?
「名前さん、あの、アイツは…、アイツの遺体はどうなりましたか? 」
「あのクソ鬼に破損された。回収は不可能。そもそも鬼の死亡を確認できていない。本当ならもっと離れたほうがいいくらいだよ」
「………アンタ、なんで最後まで戦わなかった?アンタなら!勝てたかもしれないじゃないか!」
「逆にあんたこそなんで途中で退場したんだ? 手数を減らせばそれだけ不利になる。私はあの鬼を絶対に殺す。何日かけたって絶対に殺す。それに何か文句が?」
途中で戦線離脱したのを許されるのは腹を刺したやつだけで、風の呼吸の人になにを言われる所以があるのか全く分からないね!どう考えても今日は状況が悪すぎる。傷を負った鬼が狂暴化するだろうし、人喰いも増えるだろうが、それでも調子を整えて明日頑張った方が殺せる。
「アンタ、アイツを囮にしただろ」
囁くような声で告げられたのは事実でしかない。もう死んでるのにそれをどう使おうがいくない?鬼に喰われるより良くない? 拳圧で爆散してたから服くらいしか残らないと思うけど。と、いうかですね。笑えるのはですね、そんな私に助けられたってことですよね。言いませんけど。私は人生二回目なので、言っちゃいけない言葉は知っているんですよね!
ぎらぎらとした目で見上げる風の呼吸の人。仲が良かったのか知らないけど、この人は強くなりそうな気がするね。具体的にいうと私よりも位が上がりそうですぅ。
「鬼を殺すために鬼殺隊に入ったんじゃないの? 」
*****
「父さま、この鱗滝名前という方、討伐数と階級が合わないようですが… 」
「ああ、気になるかい? その子は中々の悪評持ちでね。悪い子じゃないんだけど、ちょっと急ぎすぎているだけなんだ」
「だから、これ以上おかしなことにならないように止めている」と言って産屋敷輝哉は小さく笑った。鬼と命を懸けた戦いをしているのだから、と臆することなく輝哉の前で述べた彼女を思い出すと微笑ましい。彼女の奥底にあるのはその身を焼き切るような復讐心だ。方向性を決めてやれば彼女はとってもよく働く子。他の人間とは違う価値観で動いている子供。でもそれだって輝哉からすれば可愛い子供である。
鬼の討伐数で柱にもなれる隊則を持っているのに、彼女だけ上がれないというのはおかしな話なのだ。それでもそれを通さなくてはならない。輝哉は心配だった。彼女がどうやって生きていくかが。
1/3ページ