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コヨーテの歌

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この小説の夢小説設定
イサコの母方のオバ。転生者だけど原作知識はなし。人間としては割とダメだけど、転生した人間としてはまずまずな性質。
名前
あだ名

 仕事は2週間もすればあっという間に追いついた。追いつかざるを得なかったかもしれない。幸枝は順調に企画と設定を追加していく。電脳空間で生きる生物。自我と成長プログラムを持った生物。現実に存在するものは出来るだけ寄せて、そうでない生き物は0から作り上げる。──なんと心躍ることか。

「幸枝ちゃーん、今日のお昼ご飯は食べたの-?そろそろ2時よーう」

「えっ、もうそんな時間ですか!? 」

 「そうよう、また食べなかったのね」呆れたように言う松川さんに、時計を見た幸枝は思わず頭をかき混ぜた。集中しすぎて周りが見えなくなるのは彼女の悪い癖だった。

「……、まずい。今日は外部の人と打ち合わせがあった…」

「打ち合わせ先でお腹を鳴らしたいなら無理は言わないけど」

「食べます…」

 引き出しの中を漁れば栄養補助食品がいくらか出てくる。自分のロッカーにはもっとあるのだが、そんな時間もやる気も無かった。パッケージをはがして袋を割いて中身をかじる。口の中がぱさぱさになったが、幸枝はそれも含めて結構好ましく思っている。お供はミネラルウォーターだ。

「アー…、たまに人間として食事をしないといけないのが面倒になりますね」

「それはちょっと幸枝ちゃんの感覚が変ねえ。もう少し人間らしい生活をするべきだわ。ここの人は偏りが激しいけど、自分までそうしなくてもいいのよ? 」

「変って松川さんも言いますね。私の場合は趣味が高じてここに就職したようなものなので…仕事の半分は楽しくてたまらないから仕方ないですね」

「そればっかり! 芳野もそう言ってたけど、この職場の就職者ってどうなってるの…? なんで趣味の人が来るのか全然分からないわ…。この会社七不思議にしてもいいくらい」

 ひひひ、と笑いを返せば不満そうな顔の松川も黙る。自分の言葉に首を絞められたのだ。この会社、なぜか入ってくる人間が半分以上趣味やらを追い求めている。「金をもらって好きなことができる」というなら、誰だって入りたい。そういう人間を選んで入れているらしい。なぜ分かるのか不思議である。
 松川もそういう人間の1人である。何故ならこの会社にいる時点でそれは決定している。そういう人間しかここにはいないのだから。

「犬用のモーフの進捗はどうです? 性質はランダムにするっていってましたけど、成長の因子の強さとかって会議を通ったんですか? 」

「やだ幸枝ちゃん。会議が通らなくても実装しないとならない状況にしちゃうのが私の仕事よぉ。性格と性質の変化、しつけと時間の移り変わりをプログラムできるなんて最高よ…」

 ふたを開ければみんな同じ穴の狢なのである。
松川はとろけるような笑顔を浮かべてうなずく。

「コイルスの発明は偉大ねえ。0から10までプログラムしなくても、ある程度は形になるというのは素晴らしいことだわ。中身が全く分からないから人為的に調整しきれないのも、生物の反応として良い物になるし。蓄積されたデータだけだと全く同じ性格の生き物が生まれちゃったりするのよねえ、それが解決されるだけでもすごいわあ」

「アー、大企業ともなるとデータの回収もすごいですしね。電脳ペットの寿命をどうするかで揉めてましたけど、あれってどうなったんですか? 」

「えっ、幸枝ちゃん見てないのお…? 基本的にはナシでいいみたい。リアリティを求める人には「アリ」を選んでもらえばいいんじゃない、ってことに落ち着いたわ。子供の情操教育には「アリ」、年上の皆様には「ナシ」。
コイルスは革新的な発明をしたし、すてきな注文もくれるけど形にするのは中々骨が折れるわあ…」

「まだまだ町中を歩けるような設備が整ってませんしね。家から出ないように組むん…って、時間がきたので…ちょっと行ってきますね」

「いってらっしゃい。気を付けてね。
コイルスの本社の中だけを歩き回るペットは実装したのよお、感想を教えてちょうだいね」

 「了解でーす」っと叫びながらジャケットを羽織り、オフィスを出ていく。仕事用のメガネは良好。資料は全部この中に入っている。外ではまだまだ使い勝手が悪いが、これから向かう先はコイルスコイル社だ。紙の資料は必要ない。
 社用車にはすでに一緒に行く予定だった芳野が来ていた。芳野は幸枝と組んで動くことの多い相手だ。具体的にいうと幸枝は興味のある分野以外の記憶があやふやになる。メモをしても内容を思い出せないレベルになるのだ。幸枝は大いに偏った能力の持ち主である。

「遅れました? 」

「大丈夫っす。幸枝さんこそ忙しそうにしてましたけど、忘れ物とかないっすか? 」

 その言葉に促されて、ポケットに入った名刺を確認した。大事なメガネはつけたままだし、そもそも他に必要な物もない。メガネがあれば打ち合わせを記録出来るのでメモの必要も無い。

「名刺があるから大丈夫です」

「いやー、ホント幸枝さんは割り切ってますよねぇ」

 車に乗り込みながら交わす会話はいつものものだ。初回の打ち合わせで書類一式を忘れた幸枝は、それから毎回芳野と一緒の場合には確認される。当然である。それから、幸枝が必要最低限しか荷物を持たないこともよく知られていた。

「手ぶらで行くの、怖くないですか?」

「怖くない、っていうよりも…必要以上に何を持てばいいのか分からないんですよねー」

 「そういうもんすか」「そういうもんです」と言い合いながら車は出る。社用の車はいい加減に減価償却も終わったようなオンボロだ。みんな気にはしているが、大事に乗るわけでもない。AMのラジオから流行らしいポップスが流れてくる。全国的に明日は晴れるらしい。とりとめない会話をしながら、車はコイルコイルス本社にたどり着く。

「本当に実装されたんですね…電脳ペット…」

「えっ、うわマジっすか!すげえ!」

 ホールに入ってメガネをかければ、そこは外とは明らかに違う空間だった。メガネのあるなしでの情報量が圧倒的に異なる。松川が言っていたように、広いフロアを歩き回る猫の姿。メガネを外せばそこにはなにもいない。生体に反応しているのか、メガネをつけていない人も避けているようである。
 壁際で寝転ぶ猫に近寄って手を伸ばせば、手に反応して顔を寄せてきたり、撫でれば”らしい”反応を返してきた。

「うーん、やっぱりメガネとの誤差が……」

「そうですか? そんなに気にならないような気がしますけど」

「え、結構ありません? 感触がないから余計に感じますけど」

 しゃがみこんで何も無い空間を撫でる大人二人である。メガネを持っていない人からすれば不気味極まりない状況だ。メガネをつけていれば良いのだが、この差異がまだまだ難しい状況である。それから、電脳ペットのこのタイムラグもだ。手元の動きはどうしても細かくなるから、それに対応する器具が必要になるだろう。壁際でうんうん唸る女一名と、何も無い空間を撫でる男一名。

「あっ! 幸枝さんやばい! 時間がまずいっす!」

「おわ! 本当だ!やばいやばい!」

 慌てて受付で入場タグを受け取り、示されたとおりの部屋まで駆けていく二人である。残念なことに、このペアでの行動はいつもこんなものである。なお、いつもバタバタとしながらも必ず約束を破ることがないのも特徴である。

「お久しぶりです。地村さん」

「どうも長い間すいませんでした猫目さん」

 ぺこりと頭を下げれば、コイルスの開発主任である猫目はいやいやと手を振り微笑む。目元がややきついせいで取っつきにくそうな外見なのだが、存外穏やかな性質の男だ。

「進捗については芳野さんから報告を受けていましたし、オリジナルについては地村さんに任せているので、あなたが出してくる企画を楽しみにしているんですよ」

「開発主任にそこまで言われると開き直れそうですね。まあ、今回は大分良いお話しが出来ると思いますよ」

「それは嬉しいお話しです」

「満足いただけるようにお話しいたしますね」

 かけたメガネの位置を直して、椅子に座り直す。コイルスの本社はさすが本社だけあって通信環境が異常に整っている。どこのオフィスにも入り出したメガネと通信システムだが、ここは周りと比べれば笑ってしまうほどに素晴らしい。
 ジェスチャーでコンソールが飛び出て、空間を叩いてやればそれ相応の動きがメガネに投影される。高齢者向けにジェスチャーで動きが補完されるもの、開発者用のものなど研究が進んでいる。驚くような世界だった。社内のどこでも仕事が出来るし、場所も書類もメガネ一つで代用できる。とんでもない世界だった。少なくとも、幸枝の前の人生と比べたら技術の進み方がおかしいくらいに。
 それに、政府もその動きを押していて、日本全国にその情報網を敷くことがもう目前にまで来ていた。そもそもGPSが軍用として開発され、それを使い分けてきたわけである。車道にのみセンサーと乗用車補助のために広げられた通信網があるのだ。これを別の空間としてサーバをつくれば、どちらも一斉に落ちることの無い電脳システムが作れるのである。これで「安全・安心・便利」な世の中が進むのだ。
 幸枝が関わるのはそのもっとも端っこ。なくても困らない。でもあれば人が幸せに暮らせるもの。人が関わらずにはいられず、でも中々手を出すことが出来なかったもの。ペットである。

「今回お話しいたしますのは──」

 ・・・
 ・・
 ・

「で、幸枝さん。言い訳があるなら聞きますけど」

「えっ、これってダメなやつですか? うそ…ボスには上げてたし、良いと思ったんですけどダメなんですか? 」

「はー…」

 諦めたようにため息をつくのは、営業車に戻った芳野である。疲れたように項垂れ、両手で顔を覆ったまま固まってしまった。幸枝は幸枝で判断を誤ったのかと驚いたままだ。

「いいっすか、幸枝さん。戻ってきて2週間で作れるような内容じゃないんですよ、アレは。しかも、コイルスの主任技師とあんなに歓談します? そもそもっすよ、僕らの会社は下請けとして電脳ペットの開発をやってるんすから、求められてる以上のものは必要ないんです」

「ボスが良いって言ったから持ってきたんですけど。あと歓談っていうより、猫目さんの質問に延々答えてただけですけど。メモが追いつかないのは芳野のせいであって私のせいでは無いです」

「いや、うん。そうでしたね、ボスは通ってるんでしたっけ…アレが? 本当にボスは良いって言いました? あれが本当に通ったらうちの負担やばくないすか? 他社と分担したりします? 」

「いや、芳野が何を思っているのか分からないですけど、嬉しいんですよね? 」

 「まさか!」と叫び返した芳野は満面の笑みである。芳野はスケジュールを組むのが大好きなのだ。組むのも、守らせるのも、上役と話しを通すのも芳野は大好きである。色々な企画のスケジュールを任せられているし、外部とのやりとりもかなりやっているがそれでも楽しそうなのだからすごい。幸枝には理解できないことである。いや本当に。

「アレを形にするなら、もう外もメガネに反応する頃になるでしょうし、プレリリースのことなんかも含めるなら早めに出したいところですけど……、いやでもどこの町にタイミングを合わせるかですかね…」

「ミゼットの方はゆっくりで良いと思いますよ。電脳空間に慣れてからの方があの子は売れると思いますし。レネーはできるならコイルス本社のロビーで動かしてほしいですね…出来るだけ早いほうが他のペットの敷居を下げそうじゃないですか? 」

「確かに。…レネーのこと、松川さんに相談してます? 性質モジュール、相当きついのでは? 広告はボスに相談してからになりますけど、それでも日程はかなりきついっすね」

 行きは芳野が運転した車を、帰りは幸枝が運転している。これもいつものことだ。今日の出来事をスケジューリングするのが芳野の役割なので。なので、幸枝と違って芳野は荷物が多い。メガネだけでは外で調整ができなくなるので、どうしても手帳を手放せないからだ。今も隣の席でぺらぺらとページをめくっている。

「でも猫目主任からいい話も聞けましたね」

「イマーゴでしたっけ? いや~、あんなのが形になったらとんでもないと思いますよ。でも、それが形になった世界を見てみたいものっすけど」

「でもきっと、形になりますよ。イマーゴが形になるのなら、もっと出来ることが広がるんですから。……ただ、猫目さんのあの感じ、ちょっと心配ですね」

 「そうすか?」気もそぞろに返された芳野の返事に、幸枝は深く頷いた。猫目主任は追い求める目をしている。幸枝の会社でも似たような目をした人が何人もいる。追い求めることを、自分の力だけでは止められないのだ。

 そもそも、だが。
コイルスの内情に詳しくない幸枝ですら、イマーゴ機能に懸念をもつ。「考えただけ」で制御ができてしまうのなら、どこまで制限がかかるだろうか。どこまで思考を制限するのか。人間の悪意や、無意識の欲望にイマーゴは事細かに反応してしまうだろう。
 それにその話は噂で聞いた話と酷似していた。会社に導入するようになったメガネ、メガネの拡張されていく機能。その中で裏ワザとして存在すると言われていたものだ。制作会社側には未実装の機能、未来に必要な新たな技術革新。技術革新には痛みも伴う。利権も法整備も金だって相当動くのだ。それは到底、個人に負担できることでは無い。

「猫目さんも、引き際を誤らなければいいけど」
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