イサコの母方のオバ。転生者だけど原作知識はなし。人間としては割とダメだけど、転生した人間としてはまずまずな性質。
コヨーテの歌
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〇月×日(月)
勇子がついにリハビリを始めた。長期間の寝たきりの生活は体の筋力を奪うらしい。歩くことも難しい勇子はもどかしそうな顔をしていた。
病室で話す勇子は以前とそう変わらないように見える。でも何を思っているのかわかりきれないから。どうしたらいいだろうか。
夕方に病院に行くと、今日なにをしたのか教えてくれた。簡単なストレッチや食事の内容、看護師さんたちがやさしいこと。早くお家に帰りたい、信彦に会いたいという勇子。「そうだね」と頷いたけど、おかしくなかっただろうか。
小此木医師の後任の先生は、勇子の心が育って、事実を受け入れられるまで待とうという方針を話してくれた。今の勇子では、事実を知ってしまえばまた心を閉じてしまうだろうと。私たちは信彦が死んでいることを知っているけど、勇子の前では意識不明の重体であるふうに思っていないといけない。それは結構、私には難しいことだった。そこそこ生きてきたつもりだったけど、新たな自分の発見といっていいだろう。今じゃなくてもよかったのだけど。
とにかくもどかしい。
・・・
・・
・
勇子が目覚めて少し、幸枝はメガマスから引き抜きの打診を受けた。「才能あふれる地村さんに、うちで潤沢な資金をもって研究と開発をしてもらいたい」そういった内容だった。個人のメールに来るにはあまりに都合がよい内容であるし、勇子と信彦のことがあったばかりだ。幸枝はひらめき的なものでいえば凡才である。幸枝には信じようがなかった。それで隣の松川に聞いたわけだ。
「……ちょっと、幸枝ちゃん。これ、メガマスの正式なアドレスよぉ。なにをしたらこんなに好条件のお誘いが来るのかしらねぇ」
顔をしかめているのは、松川たちにはある程度の現状を話していたからか。今までと同じ仕事が出来ない以上、理解を得るためにも家族のことは話していた。メガマスの信用なんて知ったことではない。
他人から見てもあからさまであるらしい。「口止め」だろう。幸枝は今よりもずっと好条件で働けて、メガマスは幸枝のことを見張る。余計なことさえ発信しなければ、幸枝はずっと物理的に豊かな生活が可能だろう。
「幸枝ちゃんの好きなようにしたらいいと思うけど、……あんまり好感の持てないやり方ねぇ」
「うーん、そうなんですよね。メガマスに転職したい気持ちはあんまりないですし……。でも確かにどれだけ進んでるのかは見てみたいんですよね」
「わかるわあ」と返す松川も同じ穴のムジナなので、最新の技術やら電脳空間の研究レポートやらがあるのならぜひ見たいのは本音だ。だからといってメガマスで働きたいかといえば、それは感情的に"NO"なのだが。
「出向扱いで、うちの会社に在籍したまま働くんだったら最高なんですけどね……」
「やだ。幸枝ちゃんたら強欲。でも素敵。それで返信してみたらどう? 」
「えぇ? さすがに要求しすぎじゃないですか? 」
やさしく微笑む松川だが、妙なすごみがあった。幸枝より生きている分、経験も豊かであるし、これで修羅場を潜り抜けて来たのだそうだ。その松川からすると今回のメールには交渉の余地があり、むしろ大きく吹っ掛けておいた方が都合よく進むだろうと。今回の件は特別な事情がからんでいるからやってみなさいと。そう言うのである。
「どう書けばいいか分からないならやってあげるわよお? 」
「……、いえ。自分でやります」
そして。松川の見通し通りに幸枝の希望はかなうのである。何を考えているのか分からない人事である。幸枝の会社には出向要請がきて、ボスからは意味深な視線をもらう羽目になった。いわく「こんなやり取りの仕方、見たことがない」と。普通はメガマスから出向で降りてくるのであって、まあまあ一般的になってきた電脳メガネの開発系"から"メガマスに出向なんて見たことがないと。
急速にインフラ化した電脳メガネ・電脳空間は、各分野に担当を割り振っている関係で知識に疎い部署にはメガマスから専門の人間が派遣されることがままあるらしい。
ボスと面談して出向の内容が決められた。幸枝の知らないところで、メガマスとやり取りをしたボスの上の役職の人が大変に満面の笑みになったらしい。閑話休題。
それで、幸枝はそれからずっとメガマスで働いているのである。出向という体裁をとっているが、メガマスの社員のように扱われている。元の会社に顔を出すこともほとんどない。出向の意味がないのでは、とも思うが幸枝が所属していたいのはメガマスではないので。案外、自分勝手にできるものだと幸枝は自画自賛したものだった。
じりりりん、黒電話の着信音にはっとした。
電話の相手は別部署の花巻だ。
「地村です。どうかしましたか? 」
『ああ良かった!ちょっとお願いがあるんですけど……、相談窓口に寄せられる苦情が多すぎて処理しきれないので手伝ってもらえませんか? 』
「いつも通りに関連する部署に回せばいいのでは? 」
『それが多すぎるんですよ。というより、各省庁からも上がってきていて報告があげきれないというか……』
「……わかりました。とりあえず行きます」
『助かります!』の一言を最後に電話が切れる。しかし不思議である。相談窓口というか、問い合わせ窓口も仕事をしているのだが。彼らの仕事は上がってきた問い合わせを各担当にあげたり、ふさわしい場所への案内だ。内容は全て記録するし、それが幸枝にヘルプ。よくわからない。
その場にいた同僚に電話の件を伝えると、強い頷きと共に理解を示された。
「いやうん。今年はちょっとバグ的な動きが多いよ。記録を見たらわかるけど、そういう周期みたい。……地村さんに話しがくるのは、うちの連中の中でわりと話が通じるからだと思うね」
さっさと行けと手を払う同僚を横目に、いささか腑に落ちない気持ちの幸枝である。自分が評価されているのか、それとも同部署の人間がけなされているのか。自分の役割以上の仕事をするのにも抵抗があった。
が。うだうだと考えていられたのは道中までで、窓口業務のブースについてからはまるで嵐のような状態だった。なにせ次から次に相談される。ひっきりなしに電話が鳴り続けている。あまりに日常とかけ離れた空間だった。
「地村さん! お忙しいところすいません! 次の件なんですけど……! 」
「はい……」
花巻さんは幸枝と同時期に入社した人だ。とくに電脳メガネに対する知識があるわけではなく、ただメガマスの一般職として働いている。それで知識不足で困っていたところを助けたのが縁で、昼食を一緒にとったりする仲である。
その彼女が鬼気迫った顔で、次々に書類を幸枝に渡してくる。どの内容もクレームに近い。電脳メガネを町中で使った際にエラーが起きたり、ビルの古い空間が大崩壊をしたりと様々である。花巻にとっての問題はどこに届けるべきか、それと見通しである。報告を上げたところでその日のうちにエラーが改善するわけではないのだから。
渡す場所、簡単な見解、改善の見通し。罵詈雑言が飛び出す受話器を握りながら、新たな書類を仕上げていく。手慣れたものだった。
30分もそこにいれば、上がってくる問い合わせの内容も見えてくる。同じような異変が多い。それも電脳空間自体に関するものだ。大黒市は古い空間が多い。他の地域に比べてアップデートが遅れているのかと思えば、施設などによって異なるようである。どうにも一区画だけではなく、市内の複数の場所で異変が起きているらしい。もしくは起きていた。
「いつもこんなに忙しいんですか? 」
「いえっ、こんなのは珍しいですよ・・・・・・」
心底うんざりした顔で花巻は言う。いつもクレームや質問はたしかにあったが、今月に入ってからは段違いに多いという。メガマスの社内では一切起きないバグであるし、担当省が違うこともある。メガマスが最大手でも、開発に携わっていないこともある。クレームには一律のマニュアルがあるし、そう難しい仕事でもないらしい。ただし、メガマスの方針として、クレームの内容と発生場所をまとめておかないといけない。そして、この立て続けのエラー・バグ・電脳空間の接続不良。
「クレームの半分くらいは……、いつもは人為的なバグなんです。電脳空間の知識がある子どもたちが、遊び半分で電脳空間に不正アクセスしたり、変な技術で違法行為を愉快な感じにきめてたり……。
でも、最近の問い合わせはそういう大きさじゃないんですよ」
「はあ」
幸枝の気のない相槌が耳に入っているのか。花巻はコーヒーをあおりながらぷんすかと怒っている。いわく、それで残業時間がかさむこと。他の人もいるのになぜか自分が名指しで注意されること。それもこれも、全部メガマスが調査を適当にしているからじゃないか。先輩がいうに、定期的にこういう状態になるということ。
「ああ、私もそれ聞きました。周期的にバグが増える、ってやつですけど」
「やっぱりー! 研究でそういう話が出るならやっぱりそうなんですね! ということは解決の見通しが……? 」
「いやー、それは分かんないですね。担当省が分かれすぎてますし」
がっくりと肩を落とした花巻は、このクレームの嵐から解放される日が見通せないことを理解したのだった。幸枝は幸枝で電脳空間の周期的なバグの増え方に考えるものがあった。
なぜ周期的にバグが増えるのか。人為的に起きるバグとは異なる増え方である。4年前がその周期にあたるらしいが、その頃の幸枝といえばメガマスに入りたてで周囲を見る余裕がなかった。
定期的に電脳空間にはアップデートが入るが、4年周期というのは長い。その間に何度かアップデートが入るのだから、祭りを起こすようなバグがあるとも思えない。バージョンに合わせて"イタズラ"をする人種に検討はつくが、それでも悪質すぎることはやらないだろう。文字通り違法行為で捕まる。
出向扱いでアクセス権限を上げてもらえない幸枝は焦りがあった。
勇子の事故や、他の子どもたちが遭ったGPS不具合。それらも含めて電脳空間のバグと、それを知っていて修正と公表に踏み切らなかったメガマス。訴えてメガマスを処分するにはいささか証拠がたりない。とくにデータログが足りなかった。電脳空間の基礎から今に至るまで、アップデートを繰り返しているそこへのアクセスログ。勇子の事故の付近で修正や確認が行われたかどうか。電脳空間の成り立ちとその構成。それが分かれば、バグを改善することは可能なのだ。
バグは人間が関わっている以上、必ず生まれるものだ。だがそれを放置して、それが命にかかわるところまできて、それで電脳空間に対する処置をしないならそれは"間違い"だ。リスクとコストを計り違えている。
だけど、もしも。もしも、このバグが大量に起き続けたのなら。幸枝の所属している部署も知らん顔はできない。問題の解決に乗り出さなくてはいけない。少なくとも、幸枝が知っている今の同僚たちには問題を放置して平気な人はいなかった。
データを解析して、問題を洗い出して。バグにはパッチを当てて。そのためにはデータログを見なくてはならない。出向扱いの幸枝でも、人手が足りなければ権限を与えられるかもしれない。
メガマスが利益を重視して電脳空間に比がないことを訴えたように、幸枝も使用者の便利さなんて知ったことではなかった。やることは変わらない。見えない部分がそうなだけだ。嫌気が喉元までやってくるけれど、煮え湯を飲まされたような怒りを思い出せば難しくない。考えなければいい。そのためにここにいるのだから。
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