慟哭の宇宙
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ミーティングルームには、作戦に参加するメンバーがすでに集まっていた。
なまえはミゲルとニコルの間に納まり、スクリーンを見ている。
泣いたせいで、なまえの眼の辺りが赤くなっていた。
なまえの目が、イザークと合った。
すぐに視線を逸らされる。
イザークは抑えきれず、なまえの肩に掴みかかった。
「貴様ぁ! なんだその態度は、あくまでも俺を無視するつもりか!?」
「やめろ、イザーク! 失礼だぞ、もうミーティングも始まる!」
ニコルの右隣にいるアスランが、文句を言ってくる。
イザークはなまえから目を逸らさなかった。
なまえが嫌そうな顔をして、顔を逸らす。
ミゲルがイザークの手首を掴んだ。
「やめろイザーク、席に座れ。今は仕事の時間だ」
「だが!」
「はいはい、そこまで。ほら、こっち座れよ」
ディアッカに肩を掴まれ、イザークはなまえから引き離された。
ミゲルがなまえにを気遣っているのが見える。
「大丈夫か?」
「平気……ありがと」
ミゲルとアイコンタクトをした、なまえが微笑む。
イザークは強烈な不快感を胃の辺りで味わった。
(グリマルティ戦線で一緒だった? アカデミーで同期だった!? 今までは、俺がなまえの隣にずっといたのにィーーー!!)
クルーゼ隊長が入ってきて、スクリーンの前に立つ。
イザークはさすがに気持ちを切り替え、作戦内容に集中した。
中立国オーブのコロニー、ヘリオポリス。
連合とオーブは互いに不干渉のはずだが、連合の機動兵器が秘密裏にヘリオポリスで開発されているとの情報がある。
万が一、連合もモビルスーツを戦線に投入してくるとなれば、見過ごせない。
ザフトの被害は拡大し、戦争もさらに長期化する。
情報によれば、連合が開発した機体は五機。
アスラン、イザーク、ニコル、ディアッカ、ラスティが分隊を率いてコロニー内へ潜入。
母艦であるヴェサリウス、ガモフが陽動として、派手にコロニー外で戦闘を行う。
コロニーの駐留軍の注意を引き付けている間に、イザークたちが機体を強奪する作戦だ。
イザークはクルーゼ隊長の話を聞きながら、ヘリオポリス内部のマップを頭に叩き込む。
(なまえは陽動役……コロニー外での戦闘を行うのか……)
イザークは、ちらりとなまえの顔を盗み見た。
なまえは平然とした表情で、じっと作戦内容を聞いている。
態度に怯えも焦りもない。
いかにも熟練の兵士の様子に、イザークは苛立った。
(こいつのこんな顔は知らない。俺の母上の言葉がなければ、コイツはザフトに入らなかった。軍に入らせてしまった、俺自身がふがいない)
イザークたちコーディネーターは、ナチュラルより格段に優れた能力を持っている。
だが、いかに優れていようがナチュラルの数は膨大で、戦場には常に危険がある。
連合の戦死者よりは少ないが、ザフトの戦死者も増えている。
戦闘により失明や、手足を失うザフト兵士も多い。
たいていの傷跡は整形手術で消せるが、失った手足や目は戻せない。もう二度と。
イザークは胃の辺りが寒くなった。
ミーティングが終了し、解散となる。
なまえが何か話しながら、ミゲルと共にミーティングルームを出て行こうとした。
イザークはとっさに、なまえの腕を掴んだ。
なまえが困った顔をして、眉を下げた。
また泣きそうなのか、なまえの瞳が揺れている。
イザークはなまえの腕を離しそうになり、奥歯を噛み締めた。
何も言うべき言葉が見つからず、イザークは沈黙する。
ディアッカが、イザークに苦言を呈す。
「おい、イザーク。お前、いい加減にしろよ。もう作戦が始まる。気持ち切り替えろって」
「一度、イザークと話さないとダメね。あなたたちは先に行って、すぐに済む。イザークだって、今が重要な時間だってわかってる」
なまえがディアッカに話しかけた。
ディアッカが驚いた顔をした。
ミゲルも口を開こうとする。
なまえが困った顔をして、ミゲルに微笑みかけた。
歴戦の戦友ゆえか、目線のみでなまえとミゲルの間で何か話が決まる。
ミゲルが肩を竦め、イザークを見る。
「作戦前出し、あんまなまえに時間取らせんなよ。ほらディアッカも、行くぞ」
「えっ、ちょ、ミゲル!」
ミゲルがディアッカを連れて行き、ミーティングルームから出ていく。
「……何?」
顔を伏せたまま、なまえが言った。
イザークを一瞥しようともしない。
いつもと全く異なる、明確な拒絶にイザークはたじろぐ。
「……母上が、その」
「今、時間がないから、その話はしたくない。作戦前だし、動揺したくないの。要件だけ言って」
「しかし!」
なまえがイザークの手を振りほどく。
ミーティングルームの出入り口の方へ、なまえが体を向ける。
「嫌なの。結婚とか婚約とか、話すなら出ていく」
イザークは舌打ちをした。
自室から持って来た小さな袋を、イザークは出す。
イザークは、袋をなまえの手に握らせた。
袋の中身が分かったのか、なまえが目を見開く。
「持っていけ。オーブ産の勾玉水晶だ。まさかナチュラルに負けるとも思わんが、お前に持っていてほしい」
イザークは気まずくて、目を伏せる。
「どうせ、お前のことだ。前に渡したお守りは、怒りに任せて捨てているだろう。ペンダント状にしたから、パイロットでも身に付けられる。厄除けだ。危ない時は、身代わりになってくれると聞いた。気休めに過ぎないが……今度は捨てるなよ」
ふんと鼻を鳴らし、イザークは両腕を組む。
なんとなくなまえの表情を見るのが怖くて、イザークは顔を逸らした。
視界の端で、なまえが動く。
ふわり、と柔らかな匂いが鼻先を掠った。
何かをなまえがイザークの首に掛ける。ペンダント状にした小袋だ。
顔を上げると、なまえが悲しそうな顔のままイザークを見ていた。
小袋の中で、ころんと土鈴が鳴る。
イザークは小袋の中身がわかり、息を飲んだ。
「新しいのをくれるなら、前のお守りはイザークが持っていて。捨ててないよ。前にもらった、身代わり鈴。グリィマルティ戦線でも北アフリカでも、ずっと守ってくれた。今度は、イザークが守ってもらって」
なまえのほっそりとした手が、イザークの頬を撫でる。
作戦に緊張しているのか、なまえの指先は冷たかった。
柔らかな感触を残し、なまえの手が離れて行く。
とっさにイザークは、離れ行く指先を掴んだ。
「母上の言った話だが、俺の本意ではない! 俺の考えは違う! 俺は、お前が」
「聞きたくない!」
なまえがイザークの手を振り払い、背を向ける。
「今は、自分の気持ちでいっぱいいっぱいで……ジュール議員の言葉は、事実だもの。プラントには、婚姻統制があるから。子どもができないカップルは結婚できない。社会の中だと、意味がない。私はプラントの中だと、イザークと結婚できない。わかってる、そんなの!」
「聞け、俺は!」
「作戦が始まるの!」
イザークに背を向けたまま、なまえが叫ぶ。
なまえの声は震えていた。
「私なんかより、自分の任務に集中して。イザークたちは、生身で敵地に潜入する。陽動役の私より、イザークは、ずっと危ない」
イザークはカっと、頭に血が上るのを感じた。
なまえの手首を掴み、無理やりこちらを向かせる。
「貴様ァ! その言い草、まるで俺がナチュラルに負けると言いたいようだな!」
「戦場では、弱い奴から死ぬ!」
なまえがイザークの襟元を掴み、怒鳴る。
気迫に飲まれ、イザークは一瞬、沈黙した。
体を押され、イザークの身体は無重力下を漂う。
イザークの背が壁にぶつかった。
なまえが冷徹な目でイザークを睨んだ。
「イザークが自分に自信があるのは知ってる。実力があるのもわかっている。でも傲慢な奴は、戦場では弱者だ。私は山ほど見てきた。敵をバカにするやつから死んでいく!」
イザークの心臓の辺りを、なまえがドンッと拳で殴った。
なまえがイザークの顔を見上げて、睨んだ。
眉が吊り上がっていても、なまえは可愛いとイザークは思う。
互いの顔が至近距離になり、イザークの鼓動が早くなる。
「ナチュラルに殺されるなんて、許さないから。もし帰還できない時は、私がイザークを殺す」
なまえがイザークの服から手を離す。
すっと顔から怒りを消し、イザークの横を通ろうとした。
イザークは手を伸ばし、なまえを思い切り抱きすくめた。
華奢な体だ。なまえはイザークより背も低い。
突き飛ばされるかと思ったが、なまえは抵抗しなかった。
「……痩せたな。俺はもう少し、ふくよかな方が好きだ。お前はストレスがかかると、食べなくなるから気になる」
「いい気にならないで。他人の体形に口を挟むのは、セクハラよ。あんたが私に口を出すなら、私ももう少し、胸板がある人が好き」
イザークはなまえを抱きしめたまま、笑った。
「ふん、善処してやる。だが、他に目移りは許さん」
「……私に太れって言いたいの?」
「好きにしろ。食事はちゃんと摂れ。パイロットは体が資本だ」
イザークは微笑んだまま、なまえから体を離す。
なまえの頬にイザークは口づけた。
いつも、出かける時に母がイザークにしてくれる、大事なおまじないだ。
ちゃんと、帰ってきますように。
大事なこの子が、危ない目に遭いませんように。
頬へのキスに驚いたのか、なまえの挙動が固まる。
瞠目しているなまえに、イザークは小気味よさを感じた。
(ふん、今までの仕返しだ!)
壁を蹴り、イザークは出入り口へ向かう。
なまえの左手首を掴んだまま、イザークはミーティングルームを後にした。