ミステリー要素ありなので、話が込み入ってきました。最初は夢主の名前を出さないつもりだったので、少し読みにくい部分があるかもしれません。
DC×刀剣乱舞×相棒 越境者
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あ、コナン君! よかった、合流できて。今から探しに行くところだったのよ。事情聴取はもう終わった?」
病室から出てきた蘭が、コナンに駆け寄ってくる。
いつの間に来たのか、毛利小五郎も一緒だ。
コナンは驚いて、蘭と毛利を見比べた。
「蘭姉ちゃん、おじさんも……どうして? いつ来たの?」
「おめーが勝手に救急車に乗っちまったから、迎えに来てやったんだろうが!」
毛利がコナンの服を掴み、ぐっと引き寄せる。
「蘭の奴、えらく同情してんだよ。ほら、前に自分も記憶喪失になった経験があるから……」
毛利の耳打ちに、コナンは納得した。
当時、蘭が巻き込まれた事件を思い出し、コナンはわずかに顔を顰める。
毛利がコナンの服を引っ張った。
「お前の事情聴取ももう終わったんだろ? だったら、帰るぞ。今日は午後からヨーコちゃんのワイドショーがあるんだよ」
「でも」
「いいから、子供が首突っ込むな。なんだかイヤーな感じもするしな」
毛利が風見や長谷部をチラッと見た。
コナンは息を呑む。
(おっちゃん、まさか公安案件だと気づいて)
コナンは身をよじり、毛利の手から抜ける。
蘭がコナンに手を伸ばした。
「あ、コナン君!」
「僕、まだ奥さんに挨拶してない! ちょっと会ってくる!」
コナンは蘭の手もすり抜け、病室に駆け込んだ。
病室には四人の大人がいた。
特別室なのか、大人四人が入ってもまだまだ余裕がある。
広々としたベットに、ソファにテレビ。右奥のドアは浴室、奥のドアはトイレだろう。
室内にはコナンも顔を見たことがある、公安警察が二人。
ベッドの上には上半身を起こした女性。
今回の被害者、松田の妻だ。松田と話しているが、女性の表情はぼんやりしている。
薬の影響か、視点が定まっていない。反応も鈍い気がする。
松田はベッドの側に座り、女性の手を握り締めていた。トレードマークのサングラスを松田は外し、かすかに雰囲気がピリついている。
(奥さんが被害にあったんだ。イラつくのも、当然。松田刑事にしてみれば、公安が捜査一課の事件に口出ししてきたのも、気に入らないんだろう)
松田がコナンに気付く。
「お、メガネの坊主。どうした?」
「松田刑事、こんにちは。奥さんはもう大丈夫?」
ベッドの上の女性がコナンを見た。女性と目が合う。
女性は微笑んでいたが、濡れた虚ろな眼差しだった。
コナンは息を呑み、女性を見つめ返す。
(なんだ、この人……目が。なんて深い絶望、悲しみ。虚無とありったけの絶望を煮詰めた目をしている。ポアロの前で会った時と違う。記憶を無くしたせいか? 雰囲気も別人みてえな……)
「こんにちは。ええと……」
女性の目が周囲をさまよい、松田を見る。
コナンはぞっとした。
女性は松田を見ているようで、見ていない。
微妙に松田から、女性は視線を外していた。
松田は気づいていないのか、女性の肩を抱き寄せた。
「コナンだよ。江戸川コナン。おめーがフラフラしてんのを見つけてくれた……」
「だから一度、会ったような気がしたんですね。コナン君、こんにちは。それから、初めまして。助けてくれてありがとう。ごめんなさいね、目の前で倒れてしまって。驚かせたでしょう」
「あ、ううん……大丈夫。この町、事件多いから。それより、何か思い出した?」
女性が目を瞑り、首を横に振る。力のない表情だ。
「何も……」
「松田刑事のことは? 旦那さんだよね?」
女性が悲しそうに、本当にとても悲しそうな顔をする。震えそうなのか、松田の手を握り締めていた。
女性の眼には、涙の薄い膜が張っている。
「そうみたい。でも……」
「覚えていらっしゃいませんか」
杉下の声が急に割って入る。コナンは病室の入り口を見た。
神戸がドアを閉めていた。何食わぬ顔をして、安室も入室している。
安室は松田を観察していた。
佐藤刑事や目暮警部は外でまだ、風見や長谷部と話している。
女性が不思議そうに杉下を見た。
「あなたは……?」
「初めまして。警視庁、特命係の杉下です。こちらは僕の部下の神戸君。あなたと、あなたのご主人には何度かお会いしています」
女性が確認するように、松田を見た。
松田が頷く。
「杉下さんには何度も世話になってる。特に三年前……あの観覧車の事件では、杉下さんがいなきゃ俺は死んでいた。命の恩人だ」
女性が目を見開き、何かを言おうとした。
発言する前に、病室のドアが開く。
入ってきたのは長船と、艶やかな黒髪をポニーテールにした青年と、黒髪の少年だった。
二人とも、とても目を惹く容姿だ。
揃いの浅葱色の眼がコナンの印象に深く残る。
青年は背に楽器ケースを背負っている。
女性を見て、青年がぽつりと言った。
「随分と派手にやられたみてえだな」
気安い言い方に、コナンは不信感を持つ。
安室もかすかに顔を顰めていた。
松田が不快そうに、席から立とうとした。
「誰だ、お前ら。コイツの知り合いじゃねえな」
「あ」と小さな声を上げ、女性が松田の腕を引いた。 思わず、と言う様子だ。
松田が女性を振り返る。
女性が首を横に振った。
松田が身体から力を抜き、拳を解く。
コナンは疑問を抱いた。
(どういうことだ? この二人は、奥さんの知り合いか? だが松田刑事は知らない……奥さんは松田刑事を静止し、二人を庇っている。いったい、どんな関係だ?)
「高校生か、大学生かな? この病室は今、警察関係者以外立ち入り禁止だけど」
神戸が青年に話しかける。
「神戸さん、確認は不要です。警備担当として呼んだ、こちらの応援です」
長船が発言する。
松田がぎょっとして、椅子から立った。
「お前……!?」
「おや、私が何か? 初対面ですよね? 捜査一課の松田刑事……」
コナンは長船に疑問を感じる。
(なんだ? 長船さん、さっきと口調が全然違う……わざと話し方を変えた? だったら、その理由は? 何か、松田刑事に知られたくない事情があるのか?)
長船が松田に握手を求めた。
「初めまして、公安の長船です。奥様の事件を刑事部より引き継ぎます。警備担当として、室内に二人、病院内にも数名の人員を配置しました。貴方は安心して、一課の職務を遂行してください」
「長船ねぇ……あんた、東京と神奈川の間辺りに親戚はいねえか? 萩原っつう苗字の」
話しながら、松田が握手する。
「いえ、東京に親戚はいませんね。なぜです?」
「あんたの声がよく似てるんだよ……七年前に吹っ飛んじまった、俺の親友にな」
長船が微笑み、肩を竦めた。
「なるほど。しかし、残念ながら他人の空似でしょう」
二人の手が離れる。奇妙な一刹那が過ぎた。
少年が何かに反応して窓を見た。
青年が女性の位置を確認し、出口を見る。
長船が柳眉を寄せ、四方に目を配った。
一拍遅れて、ドン、と大きな爆発音が遠くから聞こえる。
着信音が室内と廊下で響いた。
長船がスマホに出た。
目暮警部の話し声が外から聞こえる。
(今の音は爆弾だ。まさか、長船さんたちは音がする前に気付いた?)
長船が苛立った舌打ちをし、スマホに叫ぶ。
「交番で爆発だと!? 被害は」
コナンは息を呑む。杉下と神戸の顔色も変わった。
「交番が爆発!?」
目暮警部が慌てて駆け込んでくる。
「大変だ、松田くん! 今、交番が爆破されたと連絡が入った! 場所は、この病院の近く! 本庁に、他の交番にも設置したと犯人から連絡が入ったようだ。この場は公安に任せ、特殊犯係の応援に入るように、と上から指示が出ている」
松田が鋭い舌打ちをした。
「やっぱ普通じゃねえな、この町」
松田が女性の手を握り、ひどく辛そうな顔をする。
「悪い、行かなきゃいけねえ」
女性が首を横に振った。
松田の頬に右手を添え、とても大事そうに撫でる。
しかし、相変わらず女性の目の焦点は松田を見ていない。
「私のことは心配しないで。貴方は警察官です。どうか、ご自分の職務を優先して」
松田が瞠目する。ほんの一瞬だけ、固く女性を抱擁した。
女性も松田の背に腕を回し、抱きしめ返す。
神戸が「うわ、熱烈……」と言い、杉下が「おやおや」と呟く。
「必ず帰ってくるから、お前の元へ。忘れるんじゃねえぞ」
女性が何とも言えない顔で笑った。泣き笑いに似た顔で手を振る。
「いってらっしゃい」
足早に松田刑事が廊下に出ていく。
「高木君は、松田君のサポートを。佐藤君は白鳥君と組み、引き続き四件の通り魔事件を……」
目暮警部の声が遠ざかり、他の一課の捜査員も駆けていく。
長船が女性にハンカチを差し出した。
「あーあ、奥さん置いて行っちまいやがって。もうちょっと、ごねると思ったんだけどな」
「私たち、もうアラサーだから。いつまでもヤンチャはできないの」
「嫌だねえ、年食うってのは」
長船と女性が笑う。女性が長船からハンカチを受け取り、目元を押さえた。
女性はしばし、無言だった。
長船が仕方ない、という顔で女性の背を撫でる。
「随分、落ち着いていらっしゃるんですね。旦那さんが側を離れたのに。それに、公安警察の方々とも面識があるようだ。貴女、何者ですか?」
安室の顔には警戒と不信が浮かんでいる。
女性が、ハンカチから顔を離した。
すでに女性の悲しみは形を潜め、何を思案しているのかわからない。凪いだ目をし、安室を凝視した。
にっこりと仮面じみた笑みを女性がした。
安室が瞠目し、女性を凝視する。
コナンも瞠目し、女性を見た。
(なんだ、今の笑み……なんとなく、何か……メッセージみたいな感じが……)
「失礼します、もうそろそろ主治医による問診の時間です」
看護師が入室した。中年の看護師が警察関係者一人一人を見渡し、平坦な声で言う。
「注射痕の経過も見ますので、男性は退出してください。患者さんは問診の準備を」
「問診ですか? 病院に運ばれてから一度、行われたのでは?」
杉下が看護師に尋ねる。看護師が尋ね返した。
「親族の方ですか?」
「ええ、一応」
「ちげえな。アンタは、この人の旦那の同僚だろ。赤の他人だ」
ポニーテールの青年が反論する。看護師が杉下を睨みつけた。
「本当ですか? 個人情報保護の観点から検査結果などは、ご家族にしか開示できません」
「検査結果ってことは注射された薬物が何か、わかったの?」
コナンが看護師に尋ねる。
「ボク、この患者さんとどんな関係? まさか子供とか言わないよね?」
看護師の目に不信が滲んでいる。
「みなさん、警察関係者です。この子は私の第一発見者。この子のおかげで私、助かったんです」
女性がコナンの頭を撫でた。優しい手つきだ。だが、どこか裏があるとコナンは見抜く。
(間違いない……この人は何か隠している。だが、それはなんだ? なぜ警察に隠す?)
ドアが開き、初老の医師が入ってきた。メガネの男性だ。困惑した顔でコナンたちを見る。
「あれ、まだ事情聴取ですか?」
「先生もお忙しいんです! 次の患者さんもいますし。退出してください」
神戸が杉下に耳打ちした。
「杉下さん、ここはいったん……」
「ええ、出直しましょう。では、松田さん。また来ます」
杉下が女性に目礼する。
「待って。待ってください、杉下さん」
女性が杉下の袖を掴んだ。
「杉下さん、あの人を頼みます」
杉下が足を止め、女性に向き直る。
「あの人、とは松田刑事のことですか?」
「はい。きっと私は、三年前も貴方に松田を頼んだ。違いますか?」
コナンと安室が息を呑む。杉下が頷く。
「萩原くんのことも頼まれていました。しかし……」
「萩原は救えなかった。そうですよね?」
安室が念を押す。杉下が頷いた。杉下の静かな声が響く。
「申し訳ないことに、僕の力が及ばず……殉職させてしまいました」
「事を譲るは人に在あり、事を成すは天にあり」
女性の発言に、安室が息を呑む。杉下が「おや」と言った。
「三国志を引用するとは、珍しい。諸葛孔明の言葉ですね。この天地には、どんなに努力しても報われないことがある。しかし、努力が足りなかったのではなく、天地の気まぐれで起きてしまうもの……という意味の」
女性が頷く。
「この言葉の通りだと、私は考えています。人事を尽くして天命を待つ。萩原の際も、杉下さんに力を尽くしていただいた。松田も助けてくださいました。本当に感謝しています。また杉下さんにお願いするのは、申し訳ない。でも、どうか、あの人を助けてください」
杉下が女性の手に触れ、自分の袖からそっと離す。
「微力を尽くします。しかし、松田くんは僕が守らねばならないほど、弱い人ではありません。生きるためにアクセルを踏むと、彼は三年前約束してくれました。彼は、その約束を守り続けてくれています、今でも。覚えていませんか?」
女性が目を閉じて、首を横に振った。
「民間人の貴方は、彼の帰りを待つしか術がありませんが……貴女に注射をした犯人は、必ず捕まえ、法の裁きを受けさせます。今起きている、交番爆発事件も松田くんなら解決できるでしょう。今はご自分の体を労り、養生してください」
杉下が女性の肩を、励ますために軽く触った。女性が頷く。
しかし、女性の目には涙が揺れていた。
よほど松田が心配なのか、納得できていない様子だ。
長船が困った顔で女性を見て、心配そうに松田の駆けて行った方向を見た。
コナンは長船の様子にも違和感を持った。
(さっき、長船警部と松田刑事は初対面だったんだよな? なのに、随分と親しそうな……)
「引き留めてしまって、すみません。お見舞いに来ていただき、ありがとうございました」
女性が杉下と神戸に頭を下げる。
特命係の二人が出ていく。
看護師がイライラした様子で、安室とコナンを睨みつけた。
「コナン君、僕たちも行こう。毛利先生たちが待ってる」
安室がコナンに声をかける。
「でも……」
コナンは不和と焦燥を感じていた。
(あの看護師と医師、明らかにタイミングが良すぎる。交番での事件といい、まるで誰かに意図的に遮られているような……せっかく松田刑事の奥さんと面会しても、ほとんど情報を引き出せてねえ。本当に今、この場から立ち去って、この人は大丈夫なのか!?)
「コナン君も来てくれて、ありがとう」
女性がコナンの頭を撫でた。その手つきに慈しみと、何らかの感謝をコナンは感じ取る。
(感謝? なぜだ?)
「またね」
女性の手が離れた。コナンは女性の袖をつかんだ。
「また絶対、お見舞いに来るから! 絶対元気になってね!」
塩らしいことを言いながら、コナンは発信機付き盗聴器を仕込む。カーディガンとパジャマの間だ。
女性が柔らかく微笑んだ。
「ありがとう」
コナンは安室に目で合図する。仕込みに安室も気づいたのか、頷いた。
「では、僕もまた来ます」
「ありがとうございました」
「じゃあ、俺らも退散しよっか」
長船が警護二人に声をかけた。少年が頷く。
「そうですね、では」
女性が少年に頷いた。女性が看護師に問いかける。
「問診の前に、お手洗いに行ってもいいですか?」
「いいですよ」
「すみません。問診の後、患者さんの経過を私どもの方で聞くのは可能ですか? この人の旦那さん、事件が起きて捜査に駆り出されてしまって」
長船が看護師に問いかける。会話を背に聞きながら、安室とコナンが退出した。
病室から出たとき、長谷部と風見が何か話していた。安室に気付いた風見が、こちらを見る。
風見とすれ違う瞬間、「風見」と身も凍るような安室の低語が聞こえた。
風見の顔が真っ青になった。風見が何かに気付いた顔で、スマホをズボンから取り出す演技をする。
「上からの連絡だ。少し席を外させてもらう」と、風見が長谷部へ言った。
病室から出てきた蘭が、コナンに駆け寄ってくる。
いつの間に来たのか、毛利小五郎も一緒だ。
コナンは驚いて、蘭と毛利を見比べた。
「蘭姉ちゃん、おじさんも……どうして? いつ来たの?」
「おめーが勝手に救急車に乗っちまったから、迎えに来てやったんだろうが!」
毛利がコナンの服を掴み、ぐっと引き寄せる。
「蘭の奴、えらく同情してんだよ。ほら、前に自分も記憶喪失になった経験があるから……」
毛利の耳打ちに、コナンは納得した。
当時、蘭が巻き込まれた事件を思い出し、コナンはわずかに顔を顰める。
毛利がコナンの服を引っ張った。
「お前の事情聴取ももう終わったんだろ? だったら、帰るぞ。今日は午後からヨーコちゃんのワイドショーがあるんだよ」
「でも」
「いいから、子供が首突っ込むな。なんだかイヤーな感じもするしな」
毛利が風見や長谷部をチラッと見た。
コナンは息を呑む。
(おっちゃん、まさか公安案件だと気づいて)
コナンは身をよじり、毛利の手から抜ける。
蘭がコナンに手を伸ばした。
「あ、コナン君!」
「僕、まだ奥さんに挨拶してない! ちょっと会ってくる!」
コナンは蘭の手もすり抜け、病室に駆け込んだ。
病室には四人の大人がいた。
特別室なのか、大人四人が入ってもまだまだ余裕がある。
広々としたベットに、ソファにテレビ。右奥のドアは浴室、奥のドアはトイレだろう。
室内にはコナンも顔を見たことがある、公安警察が二人。
ベッドの上には上半身を起こした女性。
今回の被害者、松田の妻だ。松田と話しているが、女性の表情はぼんやりしている。
薬の影響か、視点が定まっていない。反応も鈍い気がする。
松田はベッドの側に座り、女性の手を握り締めていた。トレードマークのサングラスを松田は外し、かすかに雰囲気がピリついている。
(奥さんが被害にあったんだ。イラつくのも、当然。松田刑事にしてみれば、公安が捜査一課の事件に口出ししてきたのも、気に入らないんだろう)
松田がコナンに気付く。
「お、メガネの坊主。どうした?」
「松田刑事、こんにちは。奥さんはもう大丈夫?」
ベッドの上の女性がコナンを見た。女性と目が合う。
女性は微笑んでいたが、濡れた虚ろな眼差しだった。
コナンは息を呑み、女性を見つめ返す。
(なんだ、この人……目が。なんて深い絶望、悲しみ。虚無とありったけの絶望を煮詰めた目をしている。ポアロの前で会った時と違う。記憶を無くしたせいか? 雰囲気も別人みてえな……)
「こんにちは。ええと……」
女性の目が周囲をさまよい、松田を見る。
コナンはぞっとした。
女性は松田を見ているようで、見ていない。
微妙に松田から、女性は視線を外していた。
松田は気づいていないのか、女性の肩を抱き寄せた。
「コナンだよ。江戸川コナン。おめーがフラフラしてんのを見つけてくれた……」
「だから一度、会ったような気がしたんですね。コナン君、こんにちは。それから、初めまして。助けてくれてありがとう。ごめんなさいね、目の前で倒れてしまって。驚かせたでしょう」
「あ、ううん……大丈夫。この町、事件多いから。それより、何か思い出した?」
女性が目を瞑り、首を横に振る。力のない表情だ。
「何も……」
「松田刑事のことは? 旦那さんだよね?」
女性が悲しそうに、本当にとても悲しそうな顔をする。震えそうなのか、松田の手を握り締めていた。
女性の眼には、涙の薄い膜が張っている。
「そうみたい。でも……」
「覚えていらっしゃいませんか」
杉下の声が急に割って入る。コナンは病室の入り口を見た。
神戸がドアを閉めていた。何食わぬ顔をして、安室も入室している。
安室は松田を観察していた。
佐藤刑事や目暮警部は外でまだ、風見や長谷部と話している。
女性が不思議そうに杉下を見た。
「あなたは……?」
「初めまして。警視庁、特命係の杉下です。こちらは僕の部下の神戸君。あなたと、あなたのご主人には何度かお会いしています」
女性が確認するように、松田を見た。
松田が頷く。
「杉下さんには何度も世話になってる。特に三年前……あの観覧車の事件では、杉下さんがいなきゃ俺は死んでいた。命の恩人だ」
女性が目を見開き、何かを言おうとした。
発言する前に、病室のドアが開く。
入ってきたのは長船と、艶やかな黒髪をポニーテールにした青年と、黒髪の少年だった。
二人とも、とても目を惹く容姿だ。
揃いの浅葱色の眼がコナンの印象に深く残る。
青年は背に楽器ケースを背負っている。
女性を見て、青年がぽつりと言った。
「随分と派手にやられたみてえだな」
気安い言い方に、コナンは不信感を持つ。
安室もかすかに顔を顰めていた。
松田が不快そうに、席から立とうとした。
「誰だ、お前ら。コイツの知り合いじゃねえな」
「あ」と小さな声を上げ、女性が松田の腕を引いた。 思わず、と言う様子だ。
松田が女性を振り返る。
女性が首を横に振った。
松田が身体から力を抜き、拳を解く。
コナンは疑問を抱いた。
(どういうことだ? この二人は、奥さんの知り合いか? だが松田刑事は知らない……奥さんは松田刑事を静止し、二人を庇っている。いったい、どんな関係だ?)
「高校生か、大学生かな? この病室は今、警察関係者以外立ち入り禁止だけど」
神戸が青年に話しかける。
「神戸さん、確認は不要です。警備担当として呼んだ、こちらの応援です」
長船が発言する。
松田がぎょっとして、椅子から立った。
「お前……!?」
「おや、私が何か? 初対面ですよね? 捜査一課の松田刑事……」
コナンは長船に疑問を感じる。
(なんだ? 長船さん、さっきと口調が全然違う……わざと話し方を変えた? だったら、その理由は? 何か、松田刑事に知られたくない事情があるのか?)
長船が松田に握手を求めた。
「初めまして、公安の長船です。奥様の事件を刑事部より引き継ぎます。警備担当として、室内に二人、病院内にも数名の人員を配置しました。貴方は安心して、一課の職務を遂行してください」
「長船ねぇ……あんた、東京と神奈川の間辺りに親戚はいねえか? 萩原っつう苗字の」
話しながら、松田が握手する。
「いえ、東京に親戚はいませんね。なぜです?」
「あんたの声がよく似てるんだよ……七年前に吹っ飛んじまった、俺の親友にな」
長船が微笑み、肩を竦めた。
「なるほど。しかし、残念ながら他人の空似でしょう」
二人の手が離れる。奇妙な一刹那が過ぎた。
少年が何かに反応して窓を見た。
青年が女性の位置を確認し、出口を見る。
長船が柳眉を寄せ、四方に目を配った。
一拍遅れて、ドン、と大きな爆発音が遠くから聞こえる。
着信音が室内と廊下で響いた。
長船がスマホに出た。
目暮警部の話し声が外から聞こえる。
(今の音は爆弾だ。まさか、長船さんたちは音がする前に気付いた?)
長船が苛立った舌打ちをし、スマホに叫ぶ。
「交番で爆発だと!? 被害は」
コナンは息を呑む。杉下と神戸の顔色も変わった。
「交番が爆発!?」
目暮警部が慌てて駆け込んでくる。
「大変だ、松田くん! 今、交番が爆破されたと連絡が入った! 場所は、この病院の近く! 本庁に、他の交番にも設置したと犯人から連絡が入ったようだ。この場は公安に任せ、特殊犯係の応援に入るように、と上から指示が出ている」
松田が鋭い舌打ちをした。
「やっぱ普通じゃねえな、この町」
松田が女性の手を握り、ひどく辛そうな顔をする。
「悪い、行かなきゃいけねえ」
女性が首を横に振った。
松田の頬に右手を添え、とても大事そうに撫でる。
しかし、相変わらず女性の目の焦点は松田を見ていない。
「私のことは心配しないで。貴方は警察官です。どうか、ご自分の職務を優先して」
松田が瞠目する。ほんの一瞬だけ、固く女性を抱擁した。
女性も松田の背に腕を回し、抱きしめ返す。
神戸が「うわ、熱烈……」と言い、杉下が「おやおや」と呟く。
「必ず帰ってくるから、お前の元へ。忘れるんじゃねえぞ」
女性が何とも言えない顔で笑った。泣き笑いに似た顔で手を振る。
「いってらっしゃい」
足早に松田刑事が廊下に出ていく。
「高木君は、松田君のサポートを。佐藤君は白鳥君と組み、引き続き四件の通り魔事件を……」
目暮警部の声が遠ざかり、他の一課の捜査員も駆けていく。
長船が女性にハンカチを差し出した。
「あーあ、奥さん置いて行っちまいやがって。もうちょっと、ごねると思ったんだけどな」
「私たち、もうアラサーだから。いつまでもヤンチャはできないの」
「嫌だねえ、年食うってのは」
長船と女性が笑う。女性が長船からハンカチを受け取り、目元を押さえた。
女性はしばし、無言だった。
長船が仕方ない、という顔で女性の背を撫でる。
「随分、落ち着いていらっしゃるんですね。旦那さんが側を離れたのに。それに、公安警察の方々とも面識があるようだ。貴女、何者ですか?」
安室の顔には警戒と不信が浮かんでいる。
女性が、ハンカチから顔を離した。
すでに女性の悲しみは形を潜め、何を思案しているのかわからない。凪いだ目をし、安室を凝視した。
にっこりと仮面じみた笑みを女性がした。
安室が瞠目し、女性を凝視する。
コナンも瞠目し、女性を見た。
(なんだ、今の笑み……なんとなく、何か……メッセージみたいな感じが……)
「失礼します、もうそろそろ主治医による問診の時間です」
看護師が入室した。中年の看護師が警察関係者一人一人を見渡し、平坦な声で言う。
「注射痕の経過も見ますので、男性は退出してください。患者さんは問診の準備を」
「問診ですか? 病院に運ばれてから一度、行われたのでは?」
杉下が看護師に尋ねる。看護師が尋ね返した。
「親族の方ですか?」
「ええ、一応」
「ちげえな。アンタは、この人の旦那の同僚だろ。赤の他人だ」
ポニーテールの青年が反論する。看護師が杉下を睨みつけた。
「本当ですか? 個人情報保護の観点から検査結果などは、ご家族にしか開示できません」
「検査結果ってことは注射された薬物が何か、わかったの?」
コナンが看護師に尋ねる。
「ボク、この患者さんとどんな関係? まさか子供とか言わないよね?」
看護師の目に不信が滲んでいる。
「みなさん、警察関係者です。この子は私の第一発見者。この子のおかげで私、助かったんです」
女性がコナンの頭を撫でた。優しい手つきだ。だが、どこか裏があるとコナンは見抜く。
(間違いない……この人は何か隠している。だが、それはなんだ? なぜ警察に隠す?)
ドアが開き、初老の医師が入ってきた。メガネの男性だ。困惑した顔でコナンたちを見る。
「あれ、まだ事情聴取ですか?」
「先生もお忙しいんです! 次の患者さんもいますし。退出してください」
神戸が杉下に耳打ちした。
「杉下さん、ここはいったん……」
「ええ、出直しましょう。では、松田さん。また来ます」
杉下が女性に目礼する。
「待って。待ってください、杉下さん」
女性が杉下の袖を掴んだ。
「杉下さん、あの人を頼みます」
杉下が足を止め、女性に向き直る。
「あの人、とは松田刑事のことですか?」
「はい。きっと私は、三年前も貴方に松田を頼んだ。違いますか?」
コナンと安室が息を呑む。杉下が頷く。
「萩原くんのことも頼まれていました。しかし……」
「萩原は救えなかった。そうですよね?」
安室が念を押す。杉下が頷いた。杉下の静かな声が響く。
「申し訳ないことに、僕の力が及ばず……殉職させてしまいました」
「事を譲るは人に在あり、事を成すは天にあり」
女性の発言に、安室が息を呑む。杉下が「おや」と言った。
「三国志を引用するとは、珍しい。諸葛孔明の言葉ですね。この天地には、どんなに努力しても報われないことがある。しかし、努力が足りなかったのではなく、天地の気まぐれで起きてしまうもの……という意味の」
女性が頷く。
「この言葉の通りだと、私は考えています。人事を尽くして天命を待つ。萩原の際も、杉下さんに力を尽くしていただいた。松田も助けてくださいました。本当に感謝しています。また杉下さんにお願いするのは、申し訳ない。でも、どうか、あの人を助けてください」
杉下が女性の手に触れ、自分の袖からそっと離す。
「微力を尽くします。しかし、松田くんは僕が守らねばならないほど、弱い人ではありません。生きるためにアクセルを踏むと、彼は三年前約束してくれました。彼は、その約束を守り続けてくれています、今でも。覚えていませんか?」
女性が目を閉じて、首を横に振った。
「民間人の貴方は、彼の帰りを待つしか術がありませんが……貴女に注射をした犯人は、必ず捕まえ、法の裁きを受けさせます。今起きている、交番爆発事件も松田くんなら解決できるでしょう。今はご自分の体を労り、養生してください」
杉下が女性の肩を、励ますために軽く触った。女性が頷く。
しかし、女性の目には涙が揺れていた。
よほど松田が心配なのか、納得できていない様子だ。
長船が困った顔で女性を見て、心配そうに松田の駆けて行った方向を見た。
コナンは長船の様子にも違和感を持った。
(さっき、長船警部と松田刑事は初対面だったんだよな? なのに、随分と親しそうな……)
「引き留めてしまって、すみません。お見舞いに来ていただき、ありがとうございました」
女性が杉下と神戸に頭を下げる。
特命係の二人が出ていく。
看護師がイライラした様子で、安室とコナンを睨みつけた。
「コナン君、僕たちも行こう。毛利先生たちが待ってる」
安室がコナンに声をかける。
「でも……」
コナンは不和と焦燥を感じていた。
(あの看護師と医師、明らかにタイミングが良すぎる。交番での事件といい、まるで誰かに意図的に遮られているような……せっかく松田刑事の奥さんと面会しても、ほとんど情報を引き出せてねえ。本当に今、この場から立ち去って、この人は大丈夫なのか!?)
「コナン君も来てくれて、ありがとう」
女性がコナンの頭を撫でた。その手つきに慈しみと、何らかの感謝をコナンは感じ取る。
(感謝? なぜだ?)
「またね」
女性の手が離れた。コナンは女性の袖をつかんだ。
「また絶対、お見舞いに来るから! 絶対元気になってね!」
塩らしいことを言いながら、コナンは発信機付き盗聴器を仕込む。カーディガンとパジャマの間だ。
女性が柔らかく微笑んだ。
「ありがとう」
コナンは安室に目で合図する。仕込みに安室も気づいたのか、頷いた。
「では、僕もまた来ます」
「ありがとうございました」
「じゃあ、俺らも退散しよっか」
長船が警護二人に声をかけた。少年が頷く。
「そうですね、では」
女性が少年に頷いた。女性が看護師に問いかける。
「問診の前に、お手洗いに行ってもいいですか?」
「いいですよ」
「すみません。問診の後、患者さんの経過を私どもの方で聞くのは可能ですか? この人の旦那さん、事件が起きて捜査に駆り出されてしまって」
長船が看護師に問いかける。会話を背に聞きながら、安室とコナンが退出した。
病室から出たとき、長谷部と風見が何か話していた。安室に気付いた風見が、こちらを見る。
風見とすれ違う瞬間、「風見」と身も凍るような安室の低語が聞こえた。
風見の顔が真っ青になった。風見が何かに気付いた顔で、スマホをズボンから取り出す演技をする。
「上からの連絡だ。少し席を外させてもらう」と、風見が長谷部へ言った。