ミステリー要素ありなので、話が込み入ってきました。最初は夢主の名前を出さないつもりだったので、少し読みにくい部分があるかもしれません。
DC×刀剣乱舞×相棒 越境者
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安室は一刹那、返す言葉が見つからず、沈黙した。
杉下が無表情のまま続ける。
「萩原くんが亡くなった、七年前の高層マンション爆破事件。爆弾のタイマーが止まった後、再度動き出すまで三十分以上の時間がありました。マンション住民の避難を優先させるため、上の判断で解体作業を止めなければ……萩原くんは無事に、爆弾を解体できていたでしょう」
当時の状況を思い出し、安室は奥歯を噛み締めた。
「萩原と渚さんは同級生です。渚さんが高二だったのなら、松田も萩原もまだ学生のはず。警察学校にすら入学していないのに、殉職など」
「渚さんが萩原くんの殉職を予知していたのは、動かしがたい事実です。萩原くんだけではなく、亀山くんの特命係への移動や、三年前に起きた松田くんの観覧車の事件も、渚さんは発生前に知っていました。全て、彼女のノートに記録されていた事件です」
「ノート?」と安室は一刹那だけ、杉下を凝視した。
杉下はいつも通りの、物静かな表情のまま頷く。
「渚さんは、これから起きる数十件の犯罪をノートにまとめていました。細かく経緯が書かれている事件もあれば、ごく短い記述の事件もありました。一昨日、警視庁で発生した立てこもり事件も、 渚さんのノートに記述があります。十二年前に僕が読んだ内容と一昨日の立てこもり事件の経過は、ほぼ一致しています」
杉下の発言に、安室は眉を顰めた。
「一昨日に起きた事件を、渚さんが十二年前に知っていたなど信じられません。数十件も犯罪を予知したなんて……」
「降谷くんの戸惑いは理解できます。日本には超心理学を研究する専門機関がありませんから。日常生活の中で何か奇妙だと思っても、第六感の真偽を測る手段が日本には存在しません。渚さんには申し訳ないのですが、初めてノートを見た時、僕も推理小説の創作案か何かだと思いました」
しかし杉下がノートを読み進めると、認識を改めざるを得ない事件が書かれていた。
渚のノートには、かつて杉下と小野田官房長が関わった極秘案件の詳細が載っていたのだ。
極秘案件の発生時、松田渚の年齢は未就学児だった。
マスコミ向けに公表された経緯と異なり、松田渚のノートには、作戦本部や現場で見ていたとしか思えない内容が記述されていた。
安室の動揺とは裏腹に、杉下が淡々と発言を続ける。
「僕が渚さんに「どうして知っているのですか」と質問すると「理由は自分でも、わかりません。内容の濃淡がありますが、ただ知っているんです」と渚さんは答えました。そして、次のように渚さんは言ったのです」
『同級生の萩原の顔を見ていると、死に方が見えるのです。五年後の十一月、萩原は死にます。警察官になった萩原は高層マンションで殉職する。私は萩原に、バラバラになって死んでほしくない。だから、杉下さんをお尋ねしました。杉下さんは、私が知っている警察官の中で最も信頼できる方だから』
安室は息を呑む。
審神者の匿名掲示板で見た内容を、安室は想起した。
「死相や死期が見える審神者の話が、匿名掲示板にありました。死期が近い人と対面すると、死に方が見える、と。その審神者は、知人や家族の無残な姿を見たくないからと、本丸に籠りがちになったそうです。審神者の掲示板への書き込みは審神者コードと紐づいており、全て未来の政府が把握しているとありました。書き込みの信憑性は高いと思います」
杉下もわずかに瞠目する。
「十二年前の渚さんの発言に、極めて類似する内容ですね。僕が審神者の匿名掲示板を読めないのが残念です。亀山くんが特命係に転属してから、僕は渚さんのノートにある事件との遭遇率が上がりました。亀山くんの命に関わった事件もあったため、渚さんと警視庁で、お話した時もありました」
安室は戸惑い、考え込んだ。
「審神者や刀剣男士の存在は、僕も認めます。審神者の匿名掲示板や、長船や長谷部警部補などの実証がありますから。しかし、超能力は……」
「信じられませんか? ロンドンにいた頃、僕はイギリスの心霊現象研究協会に知人がいました。僕の発言を信じられずとも、警備局にいればオリヴァー・デイヴィス博士の名を耳にした経験はあるでしょう」
安室は瞬きをした。
「イギリスの超心理学者ですね。かつてスコットランドヤードやFBIの捜査に協力した……行方不明者の救出に貢献したと、公安の研修で習いました。超心理学の研究のため、日本に滞在していた時期もあると聞いていますが」
「僕の知人です。デイヴィス博士が日本にいた頃、僕は何度か調査や実験に同行させていただきました。渚さんからの希望もあり、デイヴィス博士にテストしてもらったのですが結果はセンシティブ。つまり、ESP。渚さんは霊感や予知などの超感覚的知覚を持っていると判定が出ました」
安室は公安の研修で習った、超心理学における超能力の区分を思い出す。
「ESPがテレパシーや透視、未来予知など一般人に分からない物事を知覚する能力。PKが物体を動かす念力、の理解で合っていますか?」
「合っています。PKには細かい区分があるのですが、渚さんはPKを保持していないので説明は省きましょう。僕は、審神者が持つ霊力もESPの一種ではないかと考えています。我々の時代では発見できなかった超感覚的知覚が、未来では一般的な能力として認められている。ESPを持つ渚さんに審神者の適性があったのは、僕は妥当だと思いますが」
よどみなく理屈の通る杉下の説明に、安室は沈黙する。
「どうやら、コナンくんの話していない内容が審神者の匿名掲示板にはあるようですね。死期がわかる審神者の他には、どのような内容があったのか。全て話していただけますか」
安室は観念して、一刹那だけ目を伏せた
(杉下警部に話した方がいい……だが、なぜ僕は強い抵抗を杉下警部に感じているんだ? すでに僕の素性は、杉下警部に知られている。今さら、渚さんの件で杉下警部に隠す内情など……)
安室は疑問を持ちながらも、審神者の匿名掲示板で見た内容を全て杉下に話した。
注意深く安室は観察するが、杉下に不審な挙動はない。
安室が話し終えると、杉下が満足そうに微笑んだ。
「非常に興味深い内容ですね。多くの謎が解けました。まず、観覧車で殉職した警官とは松田くんでしょう。殉職したと言っている者と、助かったと言っている者がいる。つまり、松田くんが死んでいる世界と生きている世界が並列して存在していると考えられます」
一度、思考の隅に追いやった推論が、再び安室の中で首をもたげる。
「シュレーディンガーの猫……確率の波、量子力学の多世界解釈ですね。観測して初めて、現実が一つに決まる。箱を開けた時、猫が死んでしまった世界に決まっても、猫が生きている世界も同時にどこかに存在している。松田の生死も同様です」
杉下が笑みを消し、冷徹な表情で頷く。
「正しい歴史を認識する力、と降谷くんは言いましたね。つまり未来では、正しい歴史と偽の歴史が並列して存在すると考えられている。現状から判断すると、未来では松田くんが死んでいる世界が正しい歴史なのでしょう。しかし我々は、松田くんが生きている世界に存在している。だから未来の政府は「殉職」と、松田くんのデータを書き換えた!」
憤りゆえか、杉下の表情が険しくなる。
「マンションの工作も同じ理由です。未来の言葉では、松田くんは死期逸脱者です。二百年後の政府から、犯行が行われています。死亡予定日を過ぎた松田くんを殺すために……我々の世界を、未来にとっての正しい歴史へ戻すために」
安室の中で、ずっと目を逸らしていた不吉な予想が芽吹いた。
冷や汗が噴き出し、安室の首筋や背筋を伝っていく。
ぎゅっと強く、車のハンドルを安室は握り絞めた。
「杉下警部と僕も同意見です……現状から考えて、未来の政府の手足となっているのは警視庁公安部の原子部長と渚さんです。本件の審神者側の現場責任者は渚さんだと、審神者の匿名掲示板にありました。令和の公安と協力して対処するよう、未来の政府から渚さんへ、正式な命令が下ったそうです」
杉下が瞠目し、安室を凝視した。
車外で音を立てて、雨が降り出す。
急速に、窓の向こうの景色がぼやけて行く。
赤信号の光が、濡れて滲んだ窓に灯った。
ワイパーを動かすと、一瞬だけ景色が明瞭になる。
降り続く雨粒が、何もかも塗り潰して行った。
安室はいつも通り丁寧に、車を停止させる。
さすがに安室も動揺しているのか、わずかに車が揺れて停車した。
杉下が悲し気に表情を歪め、何かを考えこんでいる。
「渚さんの誘拐や、長船くん達の姿が消えた理由がわかりました。おそらく渚さんは、未来の政府の命令を拒否した。家族を殺せとの命令には、誰だって抵抗します。だから渚さんの誘拐が発生した」
ほんの一刹那、安室は驚きで息を止めた。
杉下が落ち着き払った様子で推論を述べて行く。
未来の政府が「家族を守る会」の誘拐を利用し、松田渚を現場から遠ざける。
刀剣男士は主に従う存在だ。
大切な主が拉致されれば、刀剣男士たちは主の事件解決を優先せねばならない。
渚から秘密裏に「松田を守れ」と命じられていても、長船達は動けなくなる。
「死期逸脱者の殺害は、未来の政府にとっても外聞が悪いはず。掲示板の審神者たちの中で死期逸脱者は都市伝説扱いだった、と降谷くんは言いましたね。一般の審神者には、死期逸脱者の存在も殺害も、公表されていないのでしょう」
安室は奥歯を噛み締める。
「お言葉ですが、渚さんは政府の命令を拒否しなかったと僕は考えています。匿名掲示板で、渚さんは松田が炭化した部分死体に見えると言っていました。好きになれない、離婚したいと。記憶を消された渚さんに、松田への愛情は存在しない。愛していない男を庇うなど」
杉下が片手を上げ、安室の発言を制止する。
「記憶を無くした渚さんには、松田くんへの愛情は存在しないでしょう。凄惨な遺体に見えているのなら、松田くんとの初対面も渚さんには怖い体験だったはずです。渚さんへの薬物注射も、未来の政府の犯行と僕は考えます。渚さんの解毒薬の服用も、未来の政府にとって想定内だった」
杉下の表情に影が差す。
「審神者の渚さんに死なれては困るが、政府にとって邪魔な記憶や感情は消したい。おそらく渚さんは、政府の行動を察知していたのでしょう。予知による察知か、身の危険を感じる体験があったのかもしれません。だから解毒剤の服用や、僕たちに手掛かりを残した。しかし……」
「未来の政府の冷徹さは、渚さんの予想を超えていた。解毒は失敗し、渚さんは記憶喪失に。拉致され、渚さんの消息も不明。結局、松田も厄介な事件に巻き込まれている……」
安室の鳩尾にジリジリとした不快感が広がっていく。
不穏な赤い光が消え、信号が青に変化する。
安室は車を出した。
強い雨脚のせいで、周囲は夜の如く真っ暗だ。
「未来の政府の犯行は大胆であり、手段を選ばぬ狡猾さもある。戦争状態ゆえか、我々とは価値観や倫理観が異なります。記憶を消されても、病室で渚さんは松田くんを気遣っていました。演技だったのか、本心だったのかはわかりませんが……渚さんが 記憶を無くしてしても、手掛かりはまだ生きています」
一刹那、安室は杉下の意図が分からなかった。
強い音を立てて、車外で突風が吹いた。
降り出した時と同様に、さっと雨が上がる。
暗い雨雲の下から抜けると、車の進路に澄んだ青空が広がった。
行く先に大きな観覧車と、ビル群やヨット型のホテルが見える。
横浜のみなとみらいは、もうすぐそこだ。
「気づきませんか? みなとみらいには、神奈川県警第三交通機動隊の分駐所があります。渚さんが手がかりを送った相手は、萩原くんのお姉さん。萩原千速警部補ですよ」
杉下が無表情のまま続ける。
「萩原くんが亡くなった、七年前の高層マンション爆破事件。爆弾のタイマーが止まった後、再度動き出すまで三十分以上の時間がありました。マンション住民の避難を優先させるため、上の判断で解体作業を止めなければ……萩原くんは無事に、爆弾を解体できていたでしょう」
当時の状況を思い出し、安室は奥歯を噛み締めた。
「萩原と渚さんは同級生です。渚さんが高二だったのなら、松田も萩原もまだ学生のはず。警察学校にすら入学していないのに、殉職など」
「渚さんが萩原くんの殉職を予知していたのは、動かしがたい事実です。萩原くんだけではなく、亀山くんの特命係への移動や、三年前に起きた松田くんの観覧車の事件も、渚さんは発生前に知っていました。全て、彼女のノートに記録されていた事件です」
「ノート?」と安室は一刹那だけ、杉下を凝視した。
杉下はいつも通りの、物静かな表情のまま頷く。
「渚さんは、これから起きる数十件の犯罪をノートにまとめていました。細かく経緯が書かれている事件もあれば、ごく短い記述の事件もありました。一昨日、警視庁で発生した立てこもり事件も、 渚さんのノートに記述があります。十二年前に僕が読んだ内容と一昨日の立てこもり事件の経過は、ほぼ一致しています」
杉下の発言に、安室は眉を顰めた。
「一昨日に起きた事件を、渚さんが十二年前に知っていたなど信じられません。数十件も犯罪を予知したなんて……」
「降谷くんの戸惑いは理解できます。日本には超心理学を研究する専門機関がありませんから。日常生活の中で何か奇妙だと思っても、第六感の真偽を測る手段が日本には存在しません。渚さんには申し訳ないのですが、初めてノートを見た時、僕も推理小説の創作案か何かだと思いました」
しかし杉下がノートを読み進めると、認識を改めざるを得ない事件が書かれていた。
渚のノートには、かつて杉下と小野田官房長が関わった極秘案件の詳細が載っていたのだ。
極秘案件の発生時、松田渚の年齢は未就学児だった。
マスコミ向けに公表された経緯と異なり、松田渚のノートには、作戦本部や現場で見ていたとしか思えない内容が記述されていた。
安室の動揺とは裏腹に、杉下が淡々と発言を続ける。
「僕が渚さんに「どうして知っているのですか」と質問すると「理由は自分でも、わかりません。内容の濃淡がありますが、ただ知っているんです」と渚さんは答えました。そして、次のように渚さんは言ったのです」
『同級生の萩原の顔を見ていると、死に方が見えるのです。五年後の十一月、萩原は死にます。警察官になった萩原は高層マンションで殉職する。私は萩原に、バラバラになって死んでほしくない。だから、杉下さんをお尋ねしました。杉下さんは、私が知っている警察官の中で最も信頼できる方だから』
安室は息を呑む。
審神者の匿名掲示板で見た内容を、安室は想起した。
「死相や死期が見える審神者の話が、匿名掲示板にありました。死期が近い人と対面すると、死に方が見える、と。その審神者は、知人や家族の無残な姿を見たくないからと、本丸に籠りがちになったそうです。審神者の掲示板への書き込みは審神者コードと紐づいており、全て未来の政府が把握しているとありました。書き込みの信憑性は高いと思います」
杉下もわずかに瞠目する。
「十二年前の渚さんの発言に、極めて類似する内容ですね。僕が審神者の匿名掲示板を読めないのが残念です。亀山くんが特命係に転属してから、僕は渚さんのノートにある事件との遭遇率が上がりました。亀山くんの命に関わった事件もあったため、渚さんと警視庁で、お話した時もありました」
安室は戸惑い、考え込んだ。
「審神者や刀剣男士の存在は、僕も認めます。審神者の匿名掲示板や、長船や長谷部警部補などの実証がありますから。しかし、超能力は……」
「信じられませんか? ロンドンにいた頃、僕はイギリスの心霊現象研究協会に知人がいました。僕の発言を信じられずとも、警備局にいればオリヴァー・デイヴィス博士の名を耳にした経験はあるでしょう」
安室は瞬きをした。
「イギリスの超心理学者ですね。かつてスコットランドヤードやFBIの捜査に協力した……行方不明者の救出に貢献したと、公安の研修で習いました。超心理学の研究のため、日本に滞在していた時期もあると聞いていますが」
「僕の知人です。デイヴィス博士が日本にいた頃、僕は何度か調査や実験に同行させていただきました。渚さんからの希望もあり、デイヴィス博士にテストしてもらったのですが結果はセンシティブ。つまり、ESP。渚さんは霊感や予知などの超感覚的知覚を持っていると判定が出ました」
安室は公安の研修で習った、超心理学における超能力の区分を思い出す。
「ESPがテレパシーや透視、未来予知など一般人に分からない物事を知覚する能力。PKが物体を動かす念力、の理解で合っていますか?」
「合っています。PKには細かい区分があるのですが、渚さんはPKを保持していないので説明は省きましょう。僕は、審神者が持つ霊力もESPの一種ではないかと考えています。我々の時代では発見できなかった超感覚的知覚が、未来では一般的な能力として認められている。ESPを持つ渚さんに審神者の適性があったのは、僕は妥当だと思いますが」
よどみなく理屈の通る杉下の説明に、安室は沈黙する。
「どうやら、コナンくんの話していない内容が審神者の匿名掲示板にはあるようですね。死期がわかる審神者の他には、どのような内容があったのか。全て話していただけますか」
安室は観念して、一刹那だけ目を伏せた
(杉下警部に話した方がいい……だが、なぜ僕は強い抵抗を杉下警部に感じているんだ? すでに僕の素性は、杉下警部に知られている。今さら、渚さんの件で杉下警部に隠す内情など……)
安室は疑問を持ちながらも、審神者の匿名掲示板で見た内容を全て杉下に話した。
注意深く安室は観察するが、杉下に不審な挙動はない。
安室が話し終えると、杉下が満足そうに微笑んだ。
「非常に興味深い内容ですね。多くの謎が解けました。まず、観覧車で殉職した警官とは松田くんでしょう。殉職したと言っている者と、助かったと言っている者がいる。つまり、松田くんが死んでいる世界と生きている世界が並列して存在していると考えられます」
一度、思考の隅に追いやった推論が、再び安室の中で首をもたげる。
「シュレーディンガーの猫……確率の波、量子力学の多世界解釈ですね。観測して初めて、現実が一つに決まる。箱を開けた時、猫が死んでしまった世界に決まっても、猫が生きている世界も同時にどこかに存在している。松田の生死も同様です」
杉下が笑みを消し、冷徹な表情で頷く。
「正しい歴史を認識する力、と降谷くんは言いましたね。つまり未来では、正しい歴史と偽の歴史が並列して存在すると考えられている。現状から判断すると、未来では松田くんが死んでいる世界が正しい歴史なのでしょう。しかし我々は、松田くんが生きている世界に存在している。だから未来の政府は「殉職」と、松田くんのデータを書き換えた!」
憤りゆえか、杉下の表情が険しくなる。
「マンションの工作も同じ理由です。未来の言葉では、松田くんは死期逸脱者です。二百年後の政府から、犯行が行われています。死亡予定日を過ぎた松田くんを殺すために……我々の世界を、未来にとっての正しい歴史へ戻すために」
安室の中で、ずっと目を逸らしていた不吉な予想が芽吹いた。
冷や汗が噴き出し、安室の首筋や背筋を伝っていく。
ぎゅっと強く、車のハンドルを安室は握り絞めた。
「杉下警部と僕も同意見です……現状から考えて、未来の政府の手足となっているのは警視庁公安部の原子部長と渚さんです。本件の審神者側の現場責任者は渚さんだと、審神者の匿名掲示板にありました。令和の公安と協力して対処するよう、未来の政府から渚さんへ、正式な命令が下ったそうです」
杉下が瞠目し、安室を凝視した。
車外で音を立てて、雨が降り出す。
急速に、窓の向こうの景色がぼやけて行く。
赤信号の光が、濡れて滲んだ窓に灯った。
ワイパーを動かすと、一瞬だけ景色が明瞭になる。
降り続く雨粒が、何もかも塗り潰して行った。
安室はいつも通り丁寧に、車を停止させる。
さすがに安室も動揺しているのか、わずかに車が揺れて停車した。
杉下が悲し気に表情を歪め、何かを考えこんでいる。
「渚さんの誘拐や、長船くん達の姿が消えた理由がわかりました。おそらく渚さんは、未来の政府の命令を拒否した。家族を殺せとの命令には、誰だって抵抗します。だから渚さんの誘拐が発生した」
ほんの一刹那、安室は驚きで息を止めた。
杉下が落ち着き払った様子で推論を述べて行く。
未来の政府が「家族を守る会」の誘拐を利用し、松田渚を現場から遠ざける。
刀剣男士は主に従う存在だ。
大切な主が拉致されれば、刀剣男士たちは主の事件解決を優先せねばならない。
渚から秘密裏に「松田を守れ」と命じられていても、長船達は動けなくなる。
「死期逸脱者の殺害は、未来の政府にとっても外聞が悪いはず。掲示板の審神者たちの中で死期逸脱者は都市伝説扱いだった、と降谷くんは言いましたね。一般の審神者には、死期逸脱者の存在も殺害も、公表されていないのでしょう」
安室は奥歯を噛み締める。
「お言葉ですが、渚さんは政府の命令を拒否しなかったと僕は考えています。匿名掲示板で、渚さんは松田が炭化した部分死体に見えると言っていました。好きになれない、離婚したいと。記憶を消された渚さんに、松田への愛情は存在しない。愛していない男を庇うなど」
杉下が片手を上げ、安室の発言を制止する。
「記憶を無くした渚さんには、松田くんへの愛情は存在しないでしょう。凄惨な遺体に見えているのなら、松田くんとの初対面も渚さんには怖い体験だったはずです。渚さんへの薬物注射も、未来の政府の犯行と僕は考えます。渚さんの解毒薬の服用も、未来の政府にとって想定内だった」
杉下の表情に影が差す。
「審神者の渚さんに死なれては困るが、政府にとって邪魔な記憶や感情は消したい。おそらく渚さんは、政府の行動を察知していたのでしょう。予知による察知か、身の危険を感じる体験があったのかもしれません。だから解毒剤の服用や、僕たちに手掛かりを残した。しかし……」
「未来の政府の冷徹さは、渚さんの予想を超えていた。解毒は失敗し、渚さんは記憶喪失に。拉致され、渚さんの消息も不明。結局、松田も厄介な事件に巻き込まれている……」
安室の鳩尾にジリジリとした不快感が広がっていく。
不穏な赤い光が消え、信号が青に変化する。
安室は車を出した。
強い雨脚のせいで、周囲は夜の如く真っ暗だ。
「未来の政府の犯行は大胆であり、手段を選ばぬ狡猾さもある。戦争状態ゆえか、我々とは価値観や倫理観が異なります。記憶を消されても、病室で渚さんは松田くんを気遣っていました。演技だったのか、本心だったのかはわかりませんが……渚さんが 記憶を無くしてしても、手掛かりはまだ生きています」
一刹那、安室は杉下の意図が分からなかった。
強い音を立てて、車外で突風が吹いた。
降り出した時と同様に、さっと雨が上がる。
暗い雨雲の下から抜けると、車の進路に澄んだ青空が広がった。
行く先に大きな観覧車と、ビル群やヨット型のホテルが見える。
横浜のみなとみらいは、もうすぐそこだ。
「気づきませんか? みなとみらいには、神奈川県警第三交通機動隊の分駐所があります。渚さんが手がかりを送った相手は、萩原くんのお姉さん。萩原千速警部補ですよ」
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