ミステリー要素ありなので、話が込み入ってきました。最初は夢主の名前を出さないつもりだったので、少し読みにくい部分があるかもしれません。
DC×刀剣乱舞×相棒 越境者
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助手席で腕組をしながら、沖矢が唸った。
「なるほど……全員の話をまとめると、まず今日の昼頃、松田刑事の奥さまである松田渚さんが何者かに薬物を注射された。渚さんは病院に運ばれたが記憶を失っており、さらに何者かに拉致されてしまう。一方、松田刑事も交番爆破の捜査に駆り出されたが、爆弾犯によって首に爆弾を付けられ……」
沖矢が後部座席のコナンを振り返った。
「コナンくんの手首にも手錠型爆弾を付けられてしまった。爆弾犯の指示に従い、松田刑事とコナンくんは米花サンプラザホテルへ行ったが、今度は写真の女性を殺せと命じられる」
松田刑事はホテルのロビーに行き、写真の女性を発見。
外国人女性は、数人の白人男性と一緒に居たそうだ。
白人男性の一人は、三年前の渋谷の雑居ビル爆破未遂事件の現場にいた男だった。
松田は様子を見るつもりだったが、外国人女性の背後に、千枚通しを持った不審者に気付く。
不審者は爆弾犯と似た、死神のマスクを被っていた。
松田は不審者を爆弾犯の仲間と判断。
やむをえず、松田が写真の女性を確保した場面で、伊達や風見を含む警官隊が突入してしまった。
「同じ頃、コナンくんを残した車には正体不明の犯行グループが乗り込み、コナンくんを拉致。松田刑事が犯行グループの最後の一人と対峙している場面に、我々が合流したわけですね」
「公安部の長船って人たちも問題ね。驚異的な身体能力と、小野田官房長が調べてもわからなかった素性。旦那の顔もわからなかった渚さんが、長船警部と親しげに話していた点が気になるけど……」
灰原がコナンに耳打ちする。
「浮気よ! って言いたい場面だけど、実際どうなの? あなた、もう何か掴んでいそうな雰囲気だけれど」
コナンは呆れて、声を潜める。
「どうしたんだよ、灰原……いつも浮気研究家の私の出番ねって張り切る癖に、今日はしおらしいじゃねえか……」
「心外ね。首に爆弾つけられた人に、これ以上、塩塗ってどうするのよ。私の見解だと、松田刑事は好きな人に捨てられたり、先立たれるとダメになるタイプだし」
運転席から松田の舌打ちが飛ぶ。
「ったく、随分好き勝手言ってくれるじゃねえかガキども。で? 一昨日の警視庁立てこもり事件と、公安刑事をターゲットにした連続殺人事件。しかも亡くなったヒロの旦那が今起きている俺の事件との接点で……何かモヤってる雰囲気だな。安室さんよォ」
スピーカー越しに、安室が息を呑む音が聞こえる。
「お前が自分から話すまで遠慮してたけど……渚の命が掛かってる。アイツは今、この瞬間も、どこで何をしているのかわからねえ。悪いが話してもらうぜ、何に気付いた?」
コナンは咄嗟に、座席から身を乗り出した。
「待って、松田刑事! 安室さん自身、どう説明すればいいかわからないんだと思う。杉下警部、安室さん。今から二人のスマホにURLを送るから、内容を見てほしいんだ」
黒いスマホを操作して、コナンはショートメッセージ画面を呼び出す。
安室と杉下の電話番号を打ち込み、URLを添付した。
『URLを開きましたが、通信状態が悪いのかページが真っ白なままです。コナンくん、URLの内容は?』
杉下の質問にコナンはスレッドの書き込みを思い出す。
(審神者の力がある者しかスレッドを閲覧できないと、掲示板の人たちは言っていた。だったら……)
「杉下警部には読めないんだね。安室さんは? 読める?」
少しの間があり、安室が答える。
『読めるよ。杉下警部に画面を見せてもらった。今は運転中だから、しっかり読み込めないけど……創作かオカルト系の掲示板かな? ちらっと、神隠しって単語が見えたから』
『奇妙ですね。やはり、僕には何も見えません。コナンくん、このURLは渚さんが保護された時に見ていた、匿名掲示板ですね?』
杉下の質問にコナンは頷き返した。
「渚さんが見ていた掲示板は、限られた条件に該当する人しか読めないみたいだ。実際、杉下さんは読めなかったけど安室さんは読めた。灰原たちも画面を見て、どう見えたのか教えてほしい」
コナンは灰原に黒いスマホを渡した。
戸惑った顔で灰原が黒いスマホの画面を見る。
「うっすらと文字が書いているみたいだけど読めないわ……たぶん、日本語みたいだけど……画面全体も、私には灰色に見える。随分、光度を暗くしているのね」
阿笠が驚いた顔をする。
「本当か、哀くん!? ワシには真っ白な画面にしか見えんわい。スマホの光度も、普通に見える」
「では、私にも」と沖矢が後部座席へ手を伸ばす。
阿笠が沖矢へ手渡した。
スマホ画面を見た沖矢の肩が一瞬揺れた。
「画面の光度は普通ですが、文字は……コナンくん、本当に日本語ですか? 私には、日本語らしく見える、意味不明な文字の羅列にしか見えませんが……」
沖矢の不気味な発言に、コナンと灰原は瞠目した。
スピーカーの向こうから安室の、息を呑んだ気配が伝わる。
赤信号になり、がっくん、とやや揺れながら車体が止まる。
沖矢が松田にスマホを見せる。
松田が眉を顰めた。
「見えねぇ。本当に、このスマホ電源入ってんのか? 俺には真っ黒な画面に見える。文字も光度も、何もねぇ」
「どういうこと? どうして、全員の意見が違うの。あなたが言った、条件って何?」
灰原が戸惑いながら、コナンに尋ねる。
松田の答えを聞き、コナンはきゅっと奥歯を噛み締めた。
(やっぱり、松田刑事は死期逸脱者なのか? すでに亡くなっている人間だから、画面の文字が見えないのか?)
コナンは心の中の動揺を押さえながら、慎重に発言する。
「最初に言った通り、このスレッドは特定の条件に当てはまる人しか内容が読めない。でもどうして、昴さんや灰原の見え方が違うのか、オレにはわからない。オレと安室さん、渚さんの共通点はわかっている。たぶん、審神者の力だ」
『審神者?』と安室が聞き返す。
「大半の記憶を無くしても、渚さんには覚えている部分があった。審神者や、長船警部たちとの繋がりだよ」
『まさか、コナンくんは長船たちの素性がわかったのか!?』
驚愕する安室に、コナンは頷く。
「書いていたんだ、渚さんが見ていたスレッドに。審神者も、長船警部たちの素性も……渚さんを浚った人たちも、さっき松田刑事に発砲した人たちも、審神者を知っていた。渚さんが狙われたのは、松田刑事のせいじゃない。審神者だからだ」
車中に静寂と驚きが、さざ波の如く満ちて行く。
安室が瞠目する気配はあったが、杉下が何も言わない。
コナンは一番、杉下と松田の反応が気になった。
後ろの車から、クラクションが鳴る。
松田がハンドルに向き直り、車を出す。
「審神者……たしか、神道用語だったと思うのですが合っていますか? 神と対話し、真偽や真意を判断するシャーマン。巫女や霊媒と違い、自分に神や霊魂を降ろすわけではないと聞いていますが」
「沖矢さんの理解で合ってるぜ。審神者って言葉は、ボウズの盗聴器で俺も聞いた。確かに、渚を拉致した連中が言っていた。刀とか、神隠しって単語と一緒にな」
沖矢の質問に松田が答える。
『神隠し……先ほど、スレッドを見た安室くんも言っていましたね。コナンくん、匿名掲示板では何がわかったのですか?』
杉下の質問に、コナンは口を開いた。
コナンは匿名掲示板で得た情報を、全員に説明する。
22世紀に発明されるタイムマシンと、時間遡行による歴史改変。
歴史修正主義者と審神者の戦い。遡行軍と刀剣男士。
審神者と刀剣男士の関係や、一部の刀剣男士による神隠し。
未来で結成された「家族を守る会」や「晩鐘」、再結成された「赤いカナリア」の活動をコナンは述べる。
「渚さんの拉致と、松田刑事を狙う爆弾犯は別件だよ。二つの勢力が一時的な協力関係になり、互いを利用したに過ぎない。もし昴さんがいなかったら、車の爆破の時に「家族を守る会」の人たちを助けられなかったと思う。レギオンって組織が何なのか、まだわからないけど……」
大人全員の沈黙が続く。
灰原もコナンと黒いスマホを凝視して、考え込んでいる。
「って、いきなり未来とか時間遡行とか言われても、信じられないよね? でも、審神者抜きだと「家族を守る会」の動機も発言も全部あやふやになる。だから……」
「不可能なものを除外していって、残ったものが真相になる。たとえどんなに信じられなくても……だろ? ボウズ」
コナンが顔を上げると、ルームミラー越しに松田と目が合った。
松田はコナンを安心させたいのか、穏やかに微笑んでいた。
灰原も肩を竦める。
「バカね。江戸川くんが今、嘘をつく理由がないもの。実際、博士と杉下警部以外は黒いスマホの画面の見え方もバラバラ……どうして、博士と杉下警部だけ同じに見えるのか謎だけれど」
阿笠が唸る。
「もしかしたら、ワシと杉下警部は同程度の霊力を持っているのかもしれんな。霊力が、今はまだ発見されていない未知の生命エネルギーだとしたら、年齢や性別で平均値があるはずじゃ。ワシと杉下警部は年齢も近い。性別も同じじゃ。霊力の強さでスマホの画面の見え方が変わるとしたら、ワシと杉下警部の見え方に説明もつく」
『タイムマシンについて、阿笠博士はどう思いますか?』
杉下の質問に、阿笠が考え込みながら再度唸る。
「結論から言えば、タイムマシンの発明は可能じゃと思う。二百年もの時間があれば……今の学界にはすでに、タイムマシンの基礎理論と呼ばれる内容はある。アインシュタインの相対性理論や量子力学じゃ。あと二百年でタイムマシンの発明、実用化、普及まで持っていけたらコナンくんの言う通り、歴史改変は充分ありうる」
「歴史改変だけじゃないわ。過去に遡ることが可能になるなら、様々なパラドックスも生まれてくる……実際、江戸川くんを拉致した「家族を守る会」の人々は、元々私たちの時代にいなかったはずの人間。今、私たちが関わっている事件ですら元の形とは大きく変わっているのかも……」
灰原の不穏な呟きに、沖矢が頷く。
「君の意見には、少々ゾッとしますね……未来からの犯罪者であれば、敵があまりに有利過ぎる。犯罪者側は、これから何が起きるのか把握しているのですから。もし我々が敵を逮捕、もしくは排除できたとしても……敵は再び時間に介入し、結果を改変できる可能性がある」
コナンは拳をぎゅっと握りしめた。
「させねえよ、そんな卑怯な改変は! 時間は戻らねえし、過去は変えられねえから積み重ねてきた今があるんだ。タイムマシンがあるからって、やった犯罪がなくなるわけじゃねえし、罪が消えるわけでもない! 絶対、引きずり出してやる。時と言う名のベールを剥ぎ取ってな……!」
スマホの向こうから、杉下が頷く気配が伝わった。
『僕もコナンくんと同意見ですよ。コナンくんからの情報は、非常に興味深い内容です。おかげで、いくつかの疑問も解けました。小野田官房長が長船くん達の素性を掴めなかったのは、彼らが未来から来た存在だから。長船くんの驚異的な身体能力も、彼が刀剣男士であるゆえ。令和の警察内部にいる審神者側の協力者とは、警察庁の金子長官でしょう』
杉下から突然出て来た大物の名前に、阿笠から驚きの声が上がる。
「警察庁長官!? 警察のトップじゃぞ!?」
コナンはスマホの向こうにいる杉下に頷き返す。
「ボクも杉下警部と同じ意見だよ。警察庁長官直々の要望による、刀剣男士の現場投入……風見刑事はきっと、刀剣男士の相談役兼お目付け役だったんだ。でもさっき、米花サンプラザホテルに長船警部たちは来てなかったみたいだけど」
『未来の審神者側に動きがあったのでしょう。渚さんが不在の今も、刀剣男士に指示を出す者がいるはずですから。しかし、いくつか疑問が残る。まず、松田。お前、本当に渚さんが審神者だと気づいていなかったのか? お前ほどの男が?』
安室の質問に松田が苦笑した。
「情けねぇが、気づいてなかったよ。同じ家に住んでいても、ほぼ別々の生活だ。俺は捜査で何日も帰らねえ時もあるし、渚だって小説の締め切りが近くなれば仕事場に泊まり込む。うちは子供もいねぇしな」
コナンは驚愕して、顔を上げた。
「仕事場があるの? なら、仕事場に審神者の資料とか置いてあるんじゃない? 審神者は現世の警察と関わっちゃいけないルールだって掲示板に書いてあった。特に、審神者を知らない過去の時代の警察には。ボクだったら家族に見られたくないものは、家じゃなくて仕事場に置くと思う」
『一理ある。松田、渚さんの仕事場の住所は?』
安室の質問に松田が住所を答える。
『審神者の資料があった可能性があるにも関わらず、気づかなかった……つまり松田くんは、あまり渚さんの仕事場には伺わないのですか?』
杉下から質問が飛んだ。
「行く必要もねぇしな……あそこ、仕事の資料やら参考文献やらごっちゃり詰まってて、たまに足の踏み場もなくなるんだよ。一回、資料の片付け手伝ったけど、陣平ちゃん刑事さんだし、参考文献から私の書いてる本、特定されそう……って出禁にされた」
松田の回想にコナンは呆れる。
(…… 渚さん、理不尽すぎる……大人しそうだけど松田刑事には言うんだな……)
「まぁ、渚のペンネームも見ちまったし。約束破っちまったからな。出禁にされても文句言えねぇよ。片付け手伝うって押しかけたのもこっちだし」
安室の微かな苦笑がスピーカーの向こうから伝わる。
『なるほど……コナンくんからの情報で多くの謎は解けたけど、六年前の反米イスラム過激派テロリスト事件と、捜査員の連続殺人。この二つが、まだ松田とも渚さんの事件とも繋がらない』
安室の指摘に、コナンは考え込む。
「警察内のデータへの不正アクセスは、爆弾犯の仕業だよね。松田刑事を嵌めるための下準備だったんだ。でも、六年前の事件は? 諸伏って人は、どんな捜査をしていたの?」
「いや、問題なのはヒロの旦那じゃねえ。全員だ」
「え?」とコナンは驚いて、松田に聞き返す。
「捜査チームのほぼ全員が変死ってことは、捜査の中で、何か見ちゃいけねえものを見たか、知っちゃいけねえものを知ったっつーことだ。朝比奈圭子だけ、まだ生きてんのにも理由がある。単に運がいいのか、もしくは……」
「敵にとって、まだ利用価値があるのか……朝比奈圭子には、監視を付けた方がいいと思いますが」
コナンはスマホ越しでも、安室の怒気を感じた。
安室が沖矢に怒鳴る前に、杉下の声が飛ぶ。
『着きましたよ。今のマンションです。戻ってください』
安室が車を旋回させる音が、スマホの向こうから聞こえる。
「そういや、ゼロ。お前、今どこに向かってんだ? 町中だし、あんま飛ばすなよ。杉下さんが驚いちまう」
『お前のマンションだ』
松田が眉を顰めるのを、コナンはルームミラー越しに見た。
「は? お前、何やってんだ? 何度かウチに遊びに来てるだろ。道を間違えるなんて……」
『喋りながら運転して大丈夫なのか、松田。車両感覚が掴めないって、だいぶボヤいていただろ』
松田が不機嫌そうに顔を顰めた。
「お前、何年前の話をしてんだ? 捜一にいたら、嫌でも運転は上手くなんなきゃいけねーだろ」
「あら? 松田刑事、今もあまり運転得意じゃないわよね。さっきの赤信号でブレーキかけた時、車体が大きく揺れたわよ」
「そりゃあ、すみませんねぇ」と面白くなさそうに、松田が灰原に返す。
『もうそろそろ目的地に到着します。松田くん、最後に一つ、よろしいでしょうか? 米花サンプラザホテルのロビーで狙撃があったそうですね。伊達くんが言っていました。狙撃は松田への援護に見えた、と。狙撃手に心当たりは?』
「いや……確かにロビーの狙撃は俺への援護だったけど……沖矢さんじゃねえよな?」
松田がチラッと沖矢を見た。沖矢が頷く。
「ええ。我々は米花サンプラザホテルに行っていません。最初はホテルへ向かっていたのですが、我々の到着前にコナンくんが移動したので』
『そうですか。どうもありがとう。では、コナンくん。いつものお小言ですが、何か困ったことがあったら遠慮せずに連絡してください。くれぐれも、無理も無茶もしないように』
ぷつん、とスマホの通話が途切れる。
杉下の最後の言葉に、コナンは我ながら呆れた。
(やっべえ……いつものことながら、オレの性分が杉下警部に見透かされてやがる……)
「学校の先生みたいね、杉下警部って。彼が担任だったら、あなたも丸め込めなさそう。少なくとも、この間の紙飛行機の事件みたいな早退は無理ね」
「やめろよ、灰原。あの人が担任だったら、オレの胃に穴が開いちまう。少年探偵団だって、きっと今みたいには活動できねえぞ」
「顧問になってくれるかもね、杉下警部。小林先生みたいに」
想像したコナンは、思い切り顔を顰めた。
松田が車を止める。
「お喋りはここまでだ。今からは、楽しい楽しい爆弾解体の時間だぜ」
人気のない寂れた路地だった。
近くに大きな倉庫が見えるが、戸も南京錠も錆びついている。
「月見町の工場区域。ここらへんは潰れた工場が多くて、人通りも少ない。ここでボウズの爆弾を解体する。解体道具は?」
松田が助手席の沖矢に尋ねる。
「トランクだ」
「じゃあ借りるぜ」
松田がシートベルトを外し、車外へ出ようとする。
コナンは松田の顔を見て、不安が胃の奥から沸き上がった。
(本当に松田刑事は死んでいる人間なのか? スレッドでは死期逸脱者は言動がおかしくなり、いずれ行方を晦ますと書いてあったけど、松田刑事は違う……言動もしっかりしているし、もう三年も捜査一課にいるんだ。何か異常があれば絶対、刑事の誰かが気づくはず)
コナンは米花薬師野病院での、渚と松田の様子も回想した。
渚を思い起こすほど、違和感がコナンの中に降り積もる。
(本当に、病院で渚さんには松田刑事の顔も見えず、声も聞こえなかったのか? 確かに渚さんと松田刑事は、あまり長い会話をして居なかったけど、でも……)
(もし、渚さんがスレッドにフェイク情報を書き込んでいたとしたら……? ……まさか、犯人側の協力者が審神者内にもいるのか? 死期逸脱者の情報も嘘?)
じっと見つめていたせいで、コナンは松田と目が合った。
松田が、ふっと笑う。
「どうした、ボウズ。そんな心配そうな顔するなよ。安心しな。いつもみてえに三分とは行かねえが……一時間もかからねえから」
コナンの頭を一撫でして、松田が車外に降りる。
「外に出たほうがいいじゃろ。解体作業をするにも、車の中じゃ狭すぎる」
阿笠に促されて、コナンは車外に出た。
車のトランクから工具箱を持った松田が戻ってくる。
コナンは松田が見えやすいよう、右手を出す。
松田が工具を使い、テキパキと手錠の一部を解体し始める。
手錠の外装を外すと、びっしりと細かい配線が現れた。
沖矢がかすかに息を呑む。コナンも奥歯を噛み締めた。
阿笠も唸り、灰原の顔が青白くなる。
(単純な造りに見えて、トラップも多い! 未来で作ったのか、オレの知らねえ技術も使われている……松田刑事が一緒にいてくれてよかった。この手錠型爆弾は、爆弾の専門家じゃねえと解体は無理だ)
おもむろに松田が手を動かす。
ぱちん、ぱちんとリズミカルに配線を切っていく。
動線の一部にストッパーを噛ませ、複雑な手作業を繰り返す。
解体開始から五分程度経った。
松田の手が止まる。
身を屈めて、松田が手錠内部を覗き込んだ。
見えにくいのか、松田が懐中電灯を工具箱から取り出す。
おもむろに、松田が懐中電灯を自分の口に咥えようとした。
慌ててコナンが松田を止め、阿笠に懐中電灯を持たせる。
懐中電灯の白い光が、手錠の内部を照らし出す。
まだまだびっしりと配線やトラップが見え、コナンは唾を飲み込んだ。
「なるほど……全員の話をまとめると、まず今日の昼頃、松田刑事の奥さまである松田渚さんが何者かに薬物を注射された。渚さんは病院に運ばれたが記憶を失っており、さらに何者かに拉致されてしまう。一方、松田刑事も交番爆破の捜査に駆り出されたが、爆弾犯によって首に爆弾を付けられ……」
沖矢が後部座席のコナンを振り返った。
「コナンくんの手首にも手錠型爆弾を付けられてしまった。爆弾犯の指示に従い、松田刑事とコナンくんは米花サンプラザホテルへ行ったが、今度は写真の女性を殺せと命じられる」
松田刑事はホテルのロビーに行き、写真の女性を発見。
外国人女性は、数人の白人男性と一緒に居たそうだ。
白人男性の一人は、三年前の渋谷の雑居ビル爆破未遂事件の現場にいた男だった。
松田は様子を見るつもりだったが、外国人女性の背後に、千枚通しを持った不審者に気付く。
不審者は爆弾犯と似た、死神のマスクを被っていた。
松田は不審者を爆弾犯の仲間と判断。
やむをえず、松田が写真の女性を確保した場面で、伊達や風見を含む警官隊が突入してしまった。
「同じ頃、コナンくんを残した車には正体不明の犯行グループが乗り込み、コナンくんを拉致。松田刑事が犯行グループの最後の一人と対峙している場面に、我々が合流したわけですね」
「公安部の長船って人たちも問題ね。驚異的な身体能力と、小野田官房長が調べてもわからなかった素性。旦那の顔もわからなかった渚さんが、長船警部と親しげに話していた点が気になるけど……」
灰原がコナンに耳打ちする。
「浮気よ! って言いたい場面だけど、実際どうなの? あなた、もう何か掴んでいそうな雰囲気だけれど」
コナンは呆れて、声を潜める。
「どうしたんだよ、灰原……いつも浮気研究家の私の出番ねって張り切る癖に、今日はしおらしいじゃねえか……」
「心外ね。首に爆弾つけられた人に、これ以上、塩塗ってどうするのよ。私の見解だと、松田刑事は好きな人に捨てられたり、先立たれるとダメになるタイプだし」
運転席から松田の舌打ちが飛ぶ。
「ったく、随分好き勝手言ってくれるじゃねえかガキども。で? 一昨日の警視庁立てこもり事件と、公安刑事をターゲットにした連続殺人事件。しかも亡くなったヒロの旦那が今起きている俺の事件との接点で……何かモヤってる雰囲気だな。安室さんよォ」
スピーカー越しに、安室が息を呑む音が聞こえる。
「お前が自分から話すまで遠慮してたけど……渚の命が掛かってる。アイツは今、この瞬間も、どこで何をしているのかわからねえ。悪いが話してもらうぜ、何に気付いた?」
コナンは咄嗟に、座席から身を乗り出した。
「待って、松田刑事! 安室さん自身、どう説明すればいいかわからないんだと思う。杉下警部、安室さん。今から二人のスマホにURLを送るから、内容を見てほしいんだ」
黒いスマホを操作して、コナンはショートメッセージ画面を呼び出す。
安室と杉下の電話番号を打ち込み、URLを添付した。
『URLを開きましたが、通信状態が悪いのかページが真っ白なままです。コナンくん、URLの内容は?』
杉下の質問にコナンはスレッドの書き込みを思い出す。
(審神者の力がある者しかスレッドを閲覧できないと、掲示板の人たちは言っていた。だったら……)
「杉下警部には読めないんだね。安室さんは? 読める?」
少しの間があり、安室が答える。
『読めるよ。杉下警部に画面を見せてもらった。今は運転中だから、しっかり読み込めないけど……創作かオカルト系の掲示板かな? ちらっと、神隠しって単語が見えたから』
『奇妙ですね。やはり、僕には何も見えません。コナンくん、このURLは渚さんが保護された時に見ていた、匿名掲示板ですね?』
杉下の質問にコナンは頷き返した。
「渚さんが見ていた掲示板は、限られた条件に該当する人しか読めないみたいだ。実際、杉下さんは読めなかったけど安室さんは読めた。灰原たちも画面を見て、どう見えたのか教えてほしい」
コナンは灰原に黒いスマホを渡した。
戸惑った顔で灰原が黒いスマホの画面を見る。
「うっすらと文字が書いているみたいだけど読めないわ……たぶん、日本語みたいだけど……画面全体も、私には灰色に見える。随分、光度を暗くしているのね」
阿笠が驚いた顔をする。
「本当か、哀くん!? ワシには真っ白な画面にしか見えんわい。スマホの光度も、普通に見える」
「では、私にも」と沖矢が後部座席へ手を伸ばす。
阿笠が沖矢へ手渡した。
スマホ画面を見た沖矢の肩が一瞬揺れた。
「画面の光度は普通ですが、文字は……コナンくん、本当に日本語ですか? 私には、日本語らしく見える、意味不明な文字の羅列にしか見えませんが……」
沖矢の不気味な発言に、コナンと灰原は瞠目した。
スピーカーの向こうから安室の、息を呑んだ気配が伝わる。
赤信号になり、がっくん、とやや揺れながら車体が止まる。
沖矢が松田にスマホを見せる。
松田が眉を顰めた。
「見えねぇ。本当に、このスマホ電源入ってんのか? 俺には真っ黒な画面に見える。文字も光度も、何もねぇ」
「どういうこと? どうして、全員の意見が違うの。あなたが言った、条件って何?」
灰原が戸惑いながら、コナンに尋ねる。
松田の答えを聞き、コナンはきゅっと奥歯を噛み締めた。
(やっぱり、松田刑事は死期逸脱者なのか? すでに亡くなっている人間だから、画面の文字が見えないのか?)
コナンは心の中の動揺を押さえながら、慎重に発言する。
「最初に言った通り、このスレッドは特定の条件に当てはまる人しか内容が読めない。でもどうして、昴さんや灰原の見え方が違うのか、オレにはわからない。オレと安室さん、渚さんの共通点はわかっている。たぶん、審神者の力だ」
『審神者?』と安室が聞き返す。
「大半の記憶を無くしても、渚さんには覚えている部分があった。審神者や、長船警部たちとの繋がりだよ」
『まさか、コナンくんは長船たちの素性がわかったのか!?』
驚愕する安室に、コナンは頷く。
「書いていたんだ、渚さんが見ていたスレッドに。審神者も、長船警部たちの素性も……渚さんを浚った人たちも、さっき松田刑事に発砲した人たちも、審神者を知っていた。渚さんが狙われたのは、松田刑事のせいじゃない。審神者だからだ」
車中に静寂と驚きが、さざ波の如く満ちて行く。
安室が瞠目する気配はあったが、杉下が何も言わない。
コナンは一番、杉下と松田の反応が気になった。
後ろの車から、クラクションが鳴る。
松田がハンドルに向き直り、車を出す。
「審神者……たしか、神道用語だったと思うのですが合っていますか? 神と対話し、真偽や真意を判断するシャーマン。巫女や霊媒と違い、自分に神や霊魂を降ろすわけではないと聞いていますが」
「沖矢さんの理解で合ってるぜ。審神者って言葉は、ボウズの盗聴器で俺も聞いた。確かに、渚を拉致した連中が言っていた。刀とか、神隠しって単語と一緒にな」
沖矢の質問に松田が答える。
『神隠し……先ほど、スレッドを見た安室くんも言っていましたね。コナンくん、匿名掲示板では何がわかったのですか?』
杉下の質問に、コナンは口を開いた。
コナンは匿名掲示板で得た情報を、全員に説明する。
22世紀に発明されるタイムマシンと、時間遡行による歴史改変。
歴史修正主義者と審神者の戦い。遡行軍と刀剣男士。
審神者と刀剣男士の関係や、一部の刀剣男士による神隠し。
未来で結成された「家族を守る会」や「晩鐘」、再結成された「赤いカナリア」の活動をコナンは述べる。
「渚さんの拉致と、松田刑事を狙う爆弾犯は別件だよ。二つの勢力が一時的な協力関係になり、互いを利用したに過ぎない。もし昴さんがいなかったら、車の爆破の時に「家族を守る会」の人たちを助けられなかったと思う。レギオンって組織が何なのか、まだわからないけど……」
大人全員の沈黙が続く。
灰原もコナンと黒いスマホを凝視して、考え込んでいる。
「って、いきなり未来とか時間遡行とか言われても、信じられないよね? でも、審神者抜きだと「家族を守る会」の動機も発言も全部あやふやになる。だから……」
「不可能なものを除外していって、残ったものが真相になる。たとえどんなに信じられなくても……だろ? ボウズ」
コナンが顔を上げると、ルームミラー越しに松田と目が合った。
松田はコナンを安心させたいのか、穏やかに微笑んでいた。
灰原も肩を竦める。
「バカね。江戸川くんが今、嘘をつく理由がないもの。実際、博士と杉下警部以外は黒いスマホの画面の見え方もバラバラ……どうして、博士と杉下警部だけ同じに見えるのか謎だけれど」
阿笠が唸る。
「もしかしたら、ワシと杉下警部は同程度の霊力を持っているのかもしれんな。霊力が、今はまだ発見されていない未知の生命エネルギーだとしたら、年齢や性別で平均値があるはずじゃ。ワシと杉下警部は年齢も近い。性別も同じじゃ。霊力の強さでスマホの画面の見え方が変わるとしたら、ワシと杉下警部の見え方に説明もつく」
『タイムマシンについて、阿笠博士はどう思いますか?』
杉下の質問に、阿笠が考え込みながら再度唸る。
「結論から言えば、タイムマシンの発明は可能じゃと思う。二百年もの時間があれば……今の学界にはすでに、タイムマシンの基礎理論と呼ばれる内容はある。アインシュタインの相対性理論や量子力学じゃ。あと二百年でタイムマシンの発明、実用化、普及まで持っていけたらコナンくんの言う通り、歴史改変は充分ありうる」
「歴史改変だけじゃないわ。過去に遡ることが可能になるなら、様々なパラドックスも生まれてくる……実際、江戸川くんを拉致した「家族を守る会」の人々は、元々私たちの時代にいなかったはずの人間。今、私たちが関わっている事件ですら元の形とは大きく変わっているのかも……」
灰原の不穏な呟きに、沖矢が頷く。
「君の意見には、少々ゾッとしますね……未来からの犯罪者であれば、敵があまりに有利過ぎる。犯罪者側は、これから何が起きるのか把握しているのですから。もし我々が敵を逮捕、もしくは排除できたとしても……敵は再び時間に介入し、結果を改変できる可能性がある」
コナンは拳をぎゅっと握りしめた。
「させねえよ、そんな卑怯な改変は! 時間は戻らねえし、過去は変えられねえから積み重ねてきた今があるんだ。タイムマシンがあるからって、やった犯罪がなくなるわけじゃねえし、罪が消えるわけでもない! 絶対、引きずり出してやる。時と言う名のベールを剥ぎ取ってな……!」
スマホの向こうから、杉下が頷く気配が伝わった。
『僕もコナンくんと同意見ですよ。コナンくんからの情報は、非常に興味深い内容です。おかげで、いくつかの疑問も解けました。小野田官房長が長船くん達の素性を掴めなかったのは、彼らが未来から来た存在だから。長船くんの驚異的な身体能力も、彼が刀剣男士であるゆえ。令和の警察内部にいる審神者側の協力者とは、警察庁の金子長官でしょう』
杉下から突然出て来た大物の名前に、阿笠から驚きの声が上がる。
「警察庁長官!? 警察のトップじゃぞ!?」
コナンはスマホの向こうにいる杉下に頷き返す。
「ボクも杉下警部と同じ意見だよ。警察庁長官直々の要望による、刀剣男士の現場投入……風見刑事はきっと、刀剣男士の相談役兼お目付け役だったんだ。でもさっき、米花サンプラザホテルに長船警部たちは来てなかったみたいだけど」
『未来の審神者側に動きがあったのでしょう。渚さんが不在の今も、刀剣男士に指示を出す者がいるはずですから。しかし、いくつか疑問が残る。まず、松田。お前、本当に渚さんが審神者だと気づいていなかったのか? お前ほどの男が?』
安室の質問に松田が苦笑した。
「情けねぇが、気づいてなかったよ。同じ家に住んでいても、ほぼ別々の生活だ。俺は捜査で何日も帰らねえ時もあるし、渚だって小説の締め切りが近くなれば仕事場に泊まり込む。うちは子供もいねぇしな」
コナンは驚愕して、顔を上げた。
「仕事場があるの? なら、仕事場に審神者の資料とか置いてあるんじゃない? 審神者は現世の警察と関わっちゃいけないルールだって掲示板に書いてあった。特に、審神者を知らない過去の時代の警察には。ボクだったら家族に見られたくないものは、家じゃなくて仕事場に置くと思う」
『一理ある。松田、渚さんの仕事場の住所は?』
安室の質問に松田が住所を答える。
『審神者の資料があった可能性があるにも関わらず、気づかなかった……つまり松田くんは、あまり渚さんの仕事場には伺わないのですか?』
杉下から質問が飛んだ。
「行く必要もねぇしな……あそこ、仕事の資料やら参考文献やらごっちゃり詰まってて、たまに足の踏み場もなくなるんだよ。一回、資料の片付け手伝ったけど、陣平ちゃん刑事さんだし、参考文献から私の書いてる本、特定されそう……って出禁にされた」
松田の回想にコナンは呆れる。
(…… 渚さん、理不尽すぎる……大人しそうだけど松田刑事には言うんだな……)
「まぁ、渚のペンネームも見ちまったし。約束破っちまったからな。出禁にされても文句言えねぇよ。片付け手伝うって押しかけたのもこっちだし」
安室の微かな苦笑がスピーカーの向こうから伝わる。
『なるほど……コナンくんからの情報で多くの謎は解けたけど、六年前の反米イスラム過激派テロリスト事件と、捜査員の連続殺人。この二つが、まだ松田とも渚さんの事件とも繋がらない』
安室の指摘に、コナンは考え込む。
「警察内のデータへの不正アクセスは、爆弾犯の仕業だよね。松田刑事を嵌めるための下準備だったんだ。でも、六年前の事件は? 諸伏って人は、どんな捜査をしていたの?」
「いや、問題なのはヒロの旦那じゃねえ。全員だ」
「え?」とコナンは驚いて、松田に聞き返す。
「捜査チームのほぼ全員が変死ってことは、捜査の中で、何か見ちゃいけねえものを見たか、知っちゃいけねえものを知ったっつーことだ。朝比奈圭子だけ、まだ生きてんのにも理由がある。単に運がいいのか、もしくは……」
「敵にとって、まだ利用価値があるのか……朝比奈圭子には、監視を付けた方がいいと思いますが」
コナンはスマホ越しでも、安室の怒気を感じた。
安室が沖矢に怒鳴る前に、杉下の声が飛ぶ。
『着きましたよ。今のマンションです。戻ってください』
安室が車を旋回させる音が、スマホの向こうから聞こえる。
「そういや、ゼロ。お前、今どこに向かってんだ? 町中だし、あんま飛ばすなよ。杉下さんが驚いちまう」
『お前のマンションだ』
松田が眉を顰めるのを、コナンはルームミラー越しに見た。
「は? お前、何やってんだ? 何度かウチに遊びに来てるだろ。道を間違えるなんて……」
『喋りながら運転して大丈夫なのか、松田。車両感覚が掴めないって、だいぶボヤいていただろ』
松田が不機嫌そうに顔を顰めた。
「お前、何年前の話をしてんだ? 捜一にいたら、嫌でも運転は上手くなんなきゃいけねーだろ」
「あら? 松田刑事、今もあまり運転得意じゃないわよね。さっきの赤信号でブレーキかけた時、車体が大きく揺れたわよ」
「そりゃあ、すみませんねぇ」と面白くなさそうに、松田が灰原に返す。
『もうそろそろ目的地に到着します。松田くん、最後に一つ、よろしいでしょうか? 米花サンプラザホテルのロビーで狙撃があったそうですね。伊達くんが言っていました。狙撃は松田への援護に見えた、と。狙撃手に心当たりは?』
「いや……確かにロビーの狙撃は俺への援護だったけど……沖矢さんじゃねえよな?」
松田がチラッと沖矢を見た。沖矢が頷く。
「ええ。我々は米花サンプラザホテルに行っていません。最初はホテルへ向かっていたのですが、我々の到着前にコナンくんが移動したので』
『そうですか。どうもありがとう。では、コナンくん。いつものお小言ですが、何か困ったことがあったら遠慮せずに連絡してください。くれぐれも、無理も無茶もしないように』
ぷつん、とスマホの通話が途切れる。
杉下の最後の言葉に、コナンは我ながら呆れた。
(やっべえ……いつものことながら、オレの性分が杉下警部に見透かされてやがる……)
「学校の先生みたいね、杉下警部って。彼が担任だったら、あなたも丸め込めなさそう。少なくとも、この間の紙飛行機の事件みたいな早退は無理ね」
「やめろよ、灰原。あの人が担任だったら、オレの胃に穴が開いちまう。少年探偵団だって、きっと今みたいには活動できねえぞ」
「顧問になってくれるかもね、杉下警部。小林先生みたいに」
想像したコナンは、思い切り顔を顰めた。
松田が車を止める。
「お喋りはここまでだ。今からは、楽しい楽しい爆弾解体の時間だぜ」
人気のない寂れた路地だった。
近くに大きな倉庫が見えるが、戸も南京錠も錆びついている。
「月見町の工場区域。ここらへんは潰れた工場が多くて、人通りも少ない。ここでボウズの爆弾を解体する。解体道具は?」
松田が助手席の沖矢に尋ねる。
「トランクだ」
「じゃあ借りるぜ」
松田がシートベルトを外し、車外へ出ようとする。
コナンは松田の顔を見て、不安が胃の奥から沸き上がった。
(本当に松田刑事は死んでいる人間なのか? スレッドでは死期逸脱者は言動がおかしくなり、いずれ行方を晦ますと書いてあったけど、松田刑事は違う……言動もしっかりしているし、もう三年も捜査一課にいるんだ。何か異常があれば絶対、刑事の誰かが気づくはず)
コナンは米花薬師野病院での、渚と松田の様子も回想した。
渚を思い起こすほど、違和感がコナンの中に降り積もる。
(本当に、病院で渚さんには松田刑事の顔も見えず、声も聞こえなかったのか? 確かに渚さんと松田刑事は、あまり長い会話をして居なかったけど、でも……)
(もし、渚さんがスレッドにフェイク情報を書き込んでいたとしたら……? ……まさか、犯人側の協力者が審神者内にもいるのか? 死期逸脱者の情報も嘘?)
じっと見つめていたせいで、コナンは松田と目が合った。
松田が、ふっと笑う。
「どうした、ボウズ。そんな心配そうな顔するなよ。安心しな。いつもみてえに三分とは行かねえが……一時間もかからねえから」
コナンの頭を一撫でして、松田が車外に降りる。
「外に出たほうがいいじゃろ。解体作業をするにも、車の中じゃ狭すぎる」
阿笠に促されて、コナンは車外に出た。
車のトランクから工具箱を持った松田が戻ってくる。
コナンは松田が見えやすいよう、右手を出す。
松田が工具を使い、テキパキと手錠の一部を解体し始める。
手錠の外装を外すと、びっしりと細かい配線が現れた。
沖矢がかすかに息を呑む。コナンも奥歯を噛み締めた。
阿笠も唸り、灰原の顔が青白くなる。
(単純な造りに見えて、トラップも多い! 未来で作ったのか、オレの知らねえ技術も使われている……松田刑事が一緒にいてくれてよかった。この手錠型爆弾は、爆弾の専門家じゃねえと解体は無理だ)
おもむろに松田が手を動かす。
ぱちん、ぱちんとリズミカルに配線を切っていく。
動線の一部にストッパーを噛ませ、複雑な手作業を繰り返す。
解体開始から五分程度経った。
松田の手が止まる。
身を屈めて、松田が手錠内部を覗き込んだ。
見えにくいのか、松田が懐中電灯を工具箱から取り出す。
おもむろに、松田が懐中電灯を自分の口に咥えようとした。
慌ててコナンが松田を止め、阿笠に懐中電灯を持たせる。
懐中電灯の白い光が、手錠の内部を照らし出す。
まだまだびっしりと配線やトラップが見え、コナンは唾を飲み込んだ。