第1章
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馬に乗ったその化け物は私を掴みながら絵画の中を走り続けた。
その世界は狂っていた。紙のように薄っぺらい木々が覆う道は筆で描いた跡が遺り、道の先は何もないようにすら見えた。広い広い茜の空に滲む絵の具の跡が異様で気味が悪かった。
こわい。
両手が震えていた。このまま殺されてしまうかもしれない。
化け物に掴まれた腹は鎧が刺さっているのではないかと思うほど強く捕まれ、呼吸することさえままならなかった。
人は死ぬ前に走馬灯を見るというが、それは嘘だ。死への恐怖と現実を受け止めきれない脳がパニックを起こし、思考は停止しているも同然。走馬灯を見る余裕などどこにあっただろうか。
〜うろこ…〜
刹那、誰かが私を呼んだ。
〜うろこ…!〜
腹以上の痛みが頭を殴った。殴ったといわれても化け物どころか、誰一人、私を傷つけてなどいなかったのだが。それは電流のように激しく、痛みで瞑った瞼の先に私は光を見た。異常なまでにクリアで、黄泉の国かと疑うほどに。
「………、本当にそれが必要なの?」
木々の隙間から私は誰かを覗いていた。日の光を受け輝く金髪の少女が海に尋ねる。
「えぇ、必要よ」
少女が問うた先は海かと思われたが、どうやらそこに人がいたようだ。岩陰に重なってよく見えない……。
「いずれ来る未来のために、リンクのために」
「でも、そんな未来が来るなんて私は…」
「信じられないかもしれない。でも絶対来る未来なの」
痛みが私を呼ぶ。私は木々の隙間から声の主を見た。
「手遅れになる前に…!!!」
バチっと光った視界の奥で彼女は此方を見ていた。顔をハッキリと捉える前に視界が暗転する。同時に私を呼ぶスカイさんの声。
「うろこ!!!!!!」
突如、腹を締め付けていた痛みが消え、ふわりと体が宙に浮く。耳元で化け物が痛みに叫んでいるのを聞いた。次いで私をガッシリと掴むたくましい腕。衝撃に耐え、薄らと目を開ける。動揺した青い瞳がこちらを見ていた。
どうやら痛みと酸欠で苦しんでいる間に彼が化け物から私を救ってくれたようだ。
「スカイ」
「……間に合った…」
「私……」
「絵画の中に連れて行かれたんだ。もし、あいつが君を連れて戻ってこなかったらと思うと…」
抱きしめる腕に力が入る。頭の中を占めていた痛みも和らいでいくのを感じ、呼吸が自然と楽になっていった。死から解放された安心からか、涙腺が緩みそうになり下唇を噛み締めた。
だが戦いはまだ終わっていない。
彼は横に突き出た槍を刃で受け止めた。抱き留めた私をくるりと背にやり、また来る斬撃を刃で交わす。
彼は私を背に庇っているからか、思ったように動けないようだ。せめて邪魔にならなよう安全地帯に行くべきだと判断し、私は慌てて後ろを振り返る。だが、扉は固く閉ざされていて逃げ場などない。
「くそ…」
彼の攻撃を躱すたびに宙を駆ける馬の蹄。
その音が部屋を揺らすほど響き渡り、嫌な緊張感が背筋を凍らせた。素早く駆け走る馬に合わせ此方を狙う矛先。防戦一方のスカイさんに余裕を見せた化け物は低い声で笑った。
(せめて私にも戦う武器があれば…!!!)
黒い甲冑に覆われたその騎士に隙はない。下手に動いたところでさらに彼の足を引っ張るだけだろう。だからといってこのまま守られているだけでは、現状を打破できない。
(祈ることしかできないの!?)
鋭い槍が肉を割く音。
「くっ」
彼の腕から流れた血が床を濡らした。
突如、パニックに陥っていた先ほどとは違って、頭が冷えていくのを感じた。体を巡る温もりすら冷たくなっていくほどに。
部屋を鳴らす蹄の音に交じる微かな波の音。私は耳を澄ました。それは凍えるような冬の寒さではない。だが、それよりも深く暗い底の静けさ…。
波の音から深く潜った先で彼女が手招く。
〜力を使うときは具体的なイメージをするの〜
また頭に痛みが襲う。先ほど聞いた女の声と同じだ。
海の底に眠る女の声…!
〜ある時は剣のように鋭く、弓のように速く…!〜
手を覆う冷たさは刃のように鋭く尖る。
飛び出そうなそれを敵に向けた。
〜彼をお願い〜
馬のいななき…。
「今のは…」
化け物を狙ったのだが、的が外れたようで。
痛みを知った馬が暴走し、また絵画の中へと走り去っていく。
馬を制御しきれなかった化け物は床に転げ落ちた。
「…今のは一体…!?」
「わからない…」
もう、手を凍えさせるほどの冷たさは感じない。波の音も幻聴だったかのように消えた。蹄の音も消え去った今、部屋がしんと静まり返る。
一度っきりの魔法だったのだろうか。
だが、この一撃は状況を変えた。
今度は彼が余裕の笑みを浮かべる。
「ファントムガノン、これで一騎討ちできるな」
残された黒い騎士は紅い目を光らせて此方を睨んだ。
(どうして彼は、敵の名前を知っているの…?)
スカイさんは剣を握り直すと膝を軽く曲げ、戦闘態勢に入る。転がり落ちたファントムガノンも体制を立て直しゆらゆらと揺れた。
互いを睨み合う時間はあまりにも静かで、永遠に続くかのように感じた。互いの視線が交わり、相手の次を探ってる。呼吸の音、筋肉の動き。
だが、終わりは突然。
「………ぜぇあああ!!!!」
すれ違った矛と剣。金属が落ちる音。
高い音を立てて転がり落ちたのは槍だった。それと同時に化け物は膝から床に崩れ落ちる。次いで、カタカタカタと鎧は揺れ、まるで着ていた実体は風になって消えたように、鎧はバラけて散らばった。
「……終わったの…?」
静まり返った世界で私の声は異常に大きく聞こえた。
だが、彼が振り返って微かな笑みを浮かべる。戦いは終わったのだ……!私は心の底から安堵の息を吐いた。
「…怪我はないか?」
「私は、大丈夫。でも……!」
スカイさんの腕を抉った傷跡が服の隙間から見えた。
彼は強い。剣を持つ手も立っている足も傷の痛みに震えることはない。まるで、怪我の痛みなど知らぬように。それが私の胸を痛めつけた。
「…これは大丈夫だ。妖精がいれば……」
「とにかく、止血しましょう」
「放っとけば…」
「だめ!!!!!絶対に!!!」
私は簡易的な医療キットを腰につけたポシェットから取り出した。本来なら清潔な水で洗い流したいのだが、ここには水がない。私は諦め包帯を取り出すと彼の腕を掴んだ。
ラッキーなことに包帯を巻くことに慣れていた。働いていた酒場は荒くれ者たちが来れば乱闘騒ぎ。喧嘩の度に人の傷を癒してきた。
「…上手いな」
「慣れてますから」
「…そうか」
包帯を巻いても血は滲んだ。痛々しいその様子に心臓が張り裂けそうになる。彼1人でいればこんな傷がつくこともなかっただろうに。ごめんなさい。私がもっと強ければ…!
だけどいうべき言葉がごめんじゃないってことくらい、わかる。
「ありがとう」
「…え」
「守ってくれて」
彼は少しだけ目を見開くと、次に笑みを浮かべた。
「まさかうろこに魔法が使えるとはな」
「いや、あれはたまたまっていうか、ラッキーっていうか、もう使えないっていうか……」
「森の神殿の加護だろうか。それともうろこの祖先の血か?」
「さぁ…祖先に魔法使いがいたって話は聞いたことがないし…森の神殿の加護…というのもなんとなく微妙っていうか…まあ、ラッキーってことで!」
帰ったら、速攻でちゃんと傷の手当てをしよう。コキリの村には医療キットがあるだろうか?もしくは彼の家にくらい……いや、放っとけばとかいう男の家にちゃんとした医療セットがあるわけがない。
「それにしても、ファントムガノンと一戦交えたっていうのに、目的の物が何処にあるのかヒントすらないなんて」
彼は深くため息を吐いた。だが私は、首を振る。
「ううん。スカイ。私、もしかしたらって思う場所があるの」
「え?」
私は絵画を指さした。絵画の中に入った経験からか?それともやっぱり魔法使いの血が混じっているのか?予感ではなく、確信を持って言った。
「いや、絵の中に入るって……」
其処にあるという謎の自信はゼルダ姫の前で誓ってもいい。
絵画の向こうにあるのだと私は何故か知っている。
……確かに、絵画に入ったときに思ったただの勘で何もないなんて結果もあり得る。
だが、問題はそこだけじゃない。
「ファントムガノンじゃないんだし」
「…そうなんだよね……」
そもそも、私が絵の中に入れたのはファントムガノンに掴まれていたからだ。その本人は鎧だけ無惨に散らばし塵ひとつ残っていない。
近づいて絵にふれてみたが、腕がすり抜ける…なんてこともなかった。
「確かに、この中にあるのに……」
「見たのか?連れ去られたとき」
「いや……そうではないんだけど…」
でも確かにこの中にあるのだ。絶対に。
「……まあ、うろこの直感を信じるよ。異国人なのに古代文字を読めたんだ。何かに呼ばれてるのかもしれない」
何かに私は呼ばれているのだろうか……。
さっき見た、海の中の少女、もしかして私を呼んでいるのは彼女…?
突然、背後から馬がいなないた。化け物が乗っていたあの馬の声だ。私がそれを理解するよりも速く、スカイさんが剣を振りかざした。だが、その剣は馬を切る既で止まる。
「……は?」
「え?」
次に私も振り返った。そしてまたいう。
「え?」
振り返った先にいたのは、化け物が乗っていた黒い馬ではない。水のように美しい淡いブルーの体に白い毛を靡かせた……だが、武装した鎧の形は化け物の馬と全く同じ。
その馬は私に擦り寄って、にこやかに頬擦りをする。ブルルルと喜びの声をあげると、私を主だと認めたかのように寄り添った。
私はもう一度、言う。
「え?」
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