第1章
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私は空を飛んだ。間違いなく。
「腰を掴んでたから安定感があったはずなんだけど…」
このイケメンは天然なのかしら?その国宝級の顔面がなければぶん殴っていたところよ!
「そういうことじゃない!!!」
「もっとがっしり掴んでおけば…」
「そういうことでもない!!!!!」
彼曰く、森の神殿の入り口は森の賢者サリアちゃんと喋っていた場所から見上げた場所にあったらしい。梯子やロープなどが廃れた森の神殿にあるはずもなく、フックショットという特別な道具を使う以外、行く方法はなかったと弁明された。
いつもなら一人で行く森の神殿。私を連れて行かなければいけないから、二人で行くにはどうしたらと脳内でこっそり悩んだ結果、私を腰を掴んで俵持ちするという答えが出たらしい。
解せぬ。
入り口に行くにはその方法しかなかったということはわかりたいし、結局そうなったこともわかる。でも、前もって説明することはできなかったのだろうか。例えば、今から飛ぶよって。いやいや、やっぱりもっと事前にしっかり説明すべきだ。
しかし、終わったことをグチグチ言うのは性に合わない。それなら真っ直ぐ進むんだと覚悟を決めるべきだ。また空を飛ぶことになっても。
「ところで、スカイ。私達が見つけるべき森の神殿にある石碑は祭壇のところにあるの?」
「え?」
「え?いや、だって神殿って言えば祭壇があって、祀る神がいて…ん?」
首を傾げる彼に私も首を傾げた。
え?私、何か間違ってる…?
「森の神殿に祭壇はない」
私の言葉を一刀両断。
「神殿とは」
「…いや、実際はあったのかもしれないが、何のために使われたのかわからないような部屋ばかりで」
彼は顎に手を当てて考え込む仕草をする。
確かに、祭壇があるような豪奢な神殿は常に人の行き交う場所にあるはずだ。それは街のシンボルにされたり、国の象徴になったり。
人を誘う森の深い場所。そんなところにまで祈りに来るバカは私と彼と好奇心旺盛な調査団以外いないだろう。
「何のために存在していたのかわからない部屋が多い…とうことは神殿内が広い、っていうこと?」
「ああ、二日で回れればいいけど…魔物の数が多ければそれだけ…」
異議あり。
「ちょっと待って。二日って何?」
「え?この神殿内にいる日数だけど」
「聞いてない!お風呂は!?」
「途中で水場があったっけな…」
「着替えは!?」
「たぶん、着替えてる余裕なんてないと思うけど…」
さっきから右に左に新ニュースが飛び交っててわけがわからない。菩薩のような広い心の私もそろそろブチ切れそうだ。突然私の案内を任せられたスカイさんは仕方ないとして、私はゼルダ姫に物申したい。
どうして私に色んなことを教えずに旅立たせたの!!!!!もっと説明するタイミングあっただろ!!一晩止まったんだぞ!!城に!!!!!
「まあ、大丈夫さ。二日くらい一瞬で過ぎ去るよ」
「睡眠は…」
「安心して寝れる場所があったらな」
ゼルダ姫。一生恨みますからね。
「【神託】の続きが書かれてると推測される石碑の場所はまだわかってないんだ。神殿内をぐるりと回るなら2日はかかるし、すぐに見つかればすぐに帰れる。石碑の内容にもよるけれど」
なんということだ。こんなに大変な旅が存在するなんて御伽噺でしか聞いたことがない。彼自身、何事もないように言うのだからこれが普通なのだろう。そう、きっとハイラルではこれがスタンダード。
そもそも、女神ハイリアの神託を読むのが簡単だったら、私がわざわざマーロンからこのハイラルに来る必要もなかったはず。
「とにかく、迷いの森と同じく俺から離れないでくれ」
「はい」
「離れたら守れる保証はないからな」
「わかってます!」
マーロンに生きて帰れたら、高いからと買わなかった服や食べたかった物、飲みたかったお酒、全部買おう。ツケは全部ハイラル城で。
「さあ、行こう。森の神殿へ」
私は大きく頷き息を吸い込む。深い森が嗤う様に葉を揺らした。
森の神殿は名前の通り森に呑まれていた。
伸びた木々の枝葉が天井を埋め、その力に壊れた石壁の隙間からほんの少しだけ光が漏れる。埃が霧のよう世界を白く染め、幻想的に見えたその世界はまた異世界のようだった。
続く道の先、揺らめく四つの炎はいつから燃えていたのだろうか。
「…ギリギリ、だったのかも」
「ああ、そうだな」
いずれこの神殿は森に食われ、人すら立ち入ることもできない場所へと変わっていくことだろう。木々の成長速度は遅い。だけど、この神殿が壊れるのはもうすぐだ、ということくらい私にも理解できた。
「…この森の主、デクの木様が死んでから、森はおかしくなった」
「新たな後継者とかは…いなかったんですか?」
「生まれなかった。残念ながら」
森の神殿は守られてきたはずだ。でなければ、女神のいた時代からここまでその形が遺るはずもないのだから。だけど、その加護も終わりだと壊れた壁が告げた。ゆっくりと伸びていく枝葉に耐えられず天井から割れた小石が落ちてくる。
「森の賢者に…選ばれなかったって」
緑の髪の少女、サリアのことだ。
「ああ、そうだ」
「どういうことなんですか」
「元々、賢者に選ばれるのは神殿に選ばれた者だ」
彼は語る。
そもそも賢者という存在は稀にしか生まれず、大抵は混沌の時代を救うために現れるのだという。だが、事態は急を要した。
魔王ガノンドロフの目覚め。そして、彼を処刑するために必要だった賢者達の存在。神殿が賢者を選ぶまで待てなかった人々。
「必要だったのは…」
神殿に“選ばれなかった”力ある者達。そして、ガノンドロフを滅する未完成の剣。
「だから、ガノンドロフは…」
「どっちにしろ、ガノンドロフはトライフォースに選ばれていたから俺達が叶う相手じゃなかった」
「だけど、それでも…!」
どうしてゼルダ姫は中途半端な賢者を収集したのだろうか。
賢い彼女ならわかりそうなのに…!
だけど、ふと冷静になって気づく。
彼女が王位についたのは“つい最近”だということに。
「前ハイラル王…」
ガノンドロフの悪意に気付けず、聖地ハイラルへの侵入を許してしまった人。狡猾な砂漠の蠍が毒を持っているなんて知らなかった哀れな王。
彼が選んでしまったのだろう。ガノンドロフに恐れをなして。
そして、それが未来のハイラルを脅かすことになるなど知らず…彼は死んだ。
「…だけど、俺達には石碑が残ってる」
彼の言葉にハッとする。
「そしてそれは君にしか読めない。わかるな?」
ゼルダ姫のように賢くもなければ、彼のように腕が立つわけでもない。平凡な国の平凡な街で平凡に生きてきただけ。だけど、この世界の役に立てるなら私は…!
神殿が守られていたように石碑も守られているのなら。
ふとそう思ったとき、女神の加護か、運命の悪戯か、目の前を阻む扉が重々しく音を立て開いた。私とスカイさんはお互いの顔を見て頷いた。
進むべき道は決まった。
私達は誘われるように一番奥へと真っ直ぐに進む。
森の入り口まで私たちを誘ったオカリナの音とは違う何かが私たちを待っている気配がする。
鳥のさえずりさえも聞こえない静寂の世界で私達の足音は酷く響きわたる。彼は私の一歩前を歩いていた。何かから私を護るように。
「…この音…」
太陽の光も届かぬこの神殿の奥底、闇の中からハープの音が聞こえる。呼応するように響く木々の騒めき、どこか懐かしい調べ…。
「森のメヌエット…」
ふと口にした名に彼が目を見開いてこちらを振り返った。
「…なんでそれを、君が?」
まるでこの曲の名前を彼も知っているようだった。
「え、あ、いや、この曲に名前をつけるなら…って」
「……そうか…」
「あの、何か問題でも…」
「いや、ない」
ゼルダ姫もそうだが、彼も秘密を抱えすぎている。
いや、秘密を抱えているのではなく、私が何も知らないだけなのかもしれない。ここにいるのがゼルダ姫なら彼の言葉ひとつひとつを完璧に理解できたのだろうか。彼とゼルダ姫なら…。
勝手にそう考えてギュッと胸が締め付けられた。
この痛みは先への不安だ。きっとそう。
「この奥に何かがあるのは違いないな」
入り口にあれだけ魔物がいたというのに、神殿の中には生き物の気配すら感じられない。だけど、彼は背中に背負っていた剣を抜いた。
私は周りを見渡しても音すらしないのに。
「魔物が?」
「わからない。だが、この先は…」
彼がここに来るのは初めてじゃないことはわかっていた。
だけど、この先に一体何があるっていうの?
ハープの音が壁に跳ね返り、振動させ木霊する。
誘うように、歌うように。
「……うろこ、ここから先は気を抜くな」
「わかってる」
廊下の先は木々の影に覆われ暗い闇が永遠に続くように見えた。だけど闇の間から現れた大きな扉が音を立てて開き光を灯す。
まるで私達が来るのを待っていたかのように。
ケタケタケタケタケタケタ
何かの笑い声が響き、背後に広がる暗闇が迫ってくるような不安を感じた。木々の鳴き声が大木を揺らし深い木管楽器のように震える。
迷わず進む彼に置いてかれぬよう私も後を続く。
なのに。
「っ…」
扉の中に入った途端、迷わず進んでいた足が止まる。私の思考を無視して。
「どうした」
暗闇の奥から見えた赤い光が此方を睨んでいた。
「…!!!!!!!」
だが、それは絵画の中へと消えていく。
「気のせい…?ううん…ちがう…」
今度は背後から馬の蹄の音。
照れずに彼と手でも繋いでいればよかった、なんて。
「うろこ!!!!!!!」
私の体は宙を舞い、彼が伸ばした手は空を切った。
彼が私を助けるには距離が開きすぎていた。
彼の悲痛な表情が遠のいていくのをただ呆然と見るだけ。その瞬間はゆっくりと感じられ、私もまた彼に届かないと分かっていながらゆっくりと手を伸ばした。
なんだか、こんなこと、前にもあったな、なんて思いながら。
「腰を掴んでたから安定感があったはずなんだけど…」
このイケメンは天然なのかしら?その国宝級の顔面がなければぶん殴っていたところよ!
「そういうことじゃない!!!」
「もっとがっしり掴んでおけば…」
「そういうことでもない!!!!!」
彼曰く、森の神殿の入り口は森の賢者サリアちゃんと喋っていた場所から見上げた場所にあったらしい。梯子やロープなどが廃れた森の神殿にあるはずもなく、フックショットという特別な道具を使う以外、行く方法はなかったと弁明された。
いつもなら一人で行く森の神殿。私を連れて行かなければいけないから、二人で行くにはどうしたらと脳内でこっそり悩んだ結果、私を腰を掴んで俵持ちするという答えが出たらしい。
解せぬ。
入り口に行くにはその方法しかなかったということはわかりたいし、結局そうなったこともわかる。でも、前もって説明することはできなかったのだろうか。例えば、今から飛ぶよって。いやいや、やっぱりもっと事前にしっかり説明すべきだ。
しかし、終わったことをグチグチ言うのは性に合わない。それなら真っ直ぐ進むんだと覚悟を決めるべきだ。また空を飛ぶことになっても。
「ところで、スカイ。私達が見つけるべき森の神殿にある石碑は祭壇のところにあるの?」
「え?」
「え?いや、だって神殿って言えば祭壇があって、祀る神がいて…ん?」
首を傾げる彼に私も首を傾げた。
え?私、何か間違ってる…?
「森の神殿に祭壇はない」
私の言葉を一刀両断。
「神殿とは」
「…いや、実際はあったのかもしれないが、何のために使われたのかわからないような部屋ばかりで」
彼は顎に手を当てて考え込む仕草をする。
確かに、祭壇があるような豪奢な神殿は常に人の行き交う場所にあるはずだ。それは街のシンボルにされたり、国の象徴になったり。
人を誘う森の深い場所。そんなところにまで祈りに来るバカは私と彼と好奇心旺盛な調査団以外いないだろう。
「何のために存在していたのかわからない部屋が多い…とうことは神殿内が広い、っていうこと?」
「ああ、二日で回れればいいけど…魔物の数が多ければそれだけ…」
異議あり。
「ちょっと待って。二日って何?」
「え?この神殿内にいる日数だけど」
「聞いてない!お風呂は!?」
「途中で水場があったっけな…」
「着替えは!?」
「たぶん、着替えてる余裕なんてないと思うけど…」
さっきから右に左に新ニュースが飛び交っててわけがわからない。菩薩のような広い心の私もそろそろブチ切れそうだ。突然私の案内を任せられたスカイさんは仕方ないとして、私はゼルダ姫に物申したい。
どうして私に色んなことを教えずに旅立たせたの!!!!!もっと説明するタイミングあっただろ!!一晩止まったんだぞ!!城に!!!!!
「まあ、大丈夫さ。二日くらい一瞬で過ぎ去るよ」
「睡眠は…」
「安心して寝れる場所があったらな」
ゼルダ姫。一生恨みますからね。
「【神託】の続きが書かれてると推測される石碑の場所はまだわかってないんだ。神殿内をぐるりと回るなら2日はかかるし、すぐに見つかればすぐに帰れる。石碑の内容にもよるけれど」
なんということだ。こんなに大変な旅が存在するなんて御伽噺でしか聞いたことがない。彼自身、何事もないように言うのだからこれが普通なのだろう。そう、きっとハイラルではこれがスタンダード。
そもそも、女神ハイリアの神託を読むのが簡単だったら、私がわざわざマーロンからこのハイラルに来る必要もなかったはず。
「とにかく、迷いの森と同じく俺から離れないでくれ」
「はい」
「離れたら守れる保証はないからな」
「わかってます!」
マーロンに生きて帰れたら、高いからと買わなかった服や食べたかった物、飲みたかったお酒、全部買おう。ツケは全部ハイラル城で。
「さあ、行こう。森の神殿へ」
私は大きく頷き息を吸い込む。深い森が嗤う様に葉を揺らした。
森の神殿は名前の通り森に呑まれていた。
伸びた木々の枝葉が天井を埋め、その力に壊れた石壁の隙間からほんの少しだけ光が漏れる。埃が霧のよう世界を白く染め、幻想的に見えたその世界はまた異世界のようだった。
続く道の先、揺らめく四つの炎はいつから燃えていたのだろうか。
「…ギリギリ、だったのかも」
「ああ、そうだな」
いずれこの神殿は森に食われ、人すら立ち入ることもできない場所へと変わっていくことだろう。木々の成長速度は遅い。だけど、この神殿が壊れるのはもうすぐだ、ということくらい私にも理解できた。
「…この森の主、デクの木様が死んでから、森はおかしくなった」
「新たな後継者とかは…いなかったんですか?」
「生まれなかった。残念ながら」
森の神殿は守られてきたはずだ。でなければ、女神のいた時代からここまでその形が遺るはずもないのだから。だけど、その加護も終わりだと壊れた壁が告げた。ゆっくりと伸びていく枝葉に耐えられず天井から割れた小石が落ちてくる。
「森の賢者に…選ばれなかったって」
緑の髪の少女、サリアのことだ。
「ああ、そうだ」
「どういうことなんですか」
「元々、賢者に選ばれるのは神殿に選ばれた者だ」
彼は語る。
そもそも賢者という存在は稀にしか生まれず、大抵は混沌の時代を救うために現れるのだという。だが、事態は急を要した。
魔王ガノンドロフの目覚め。そして、彼を処刑するために必要だった賢者達の存在。神殿が賢者を選ぶまで待てなかった人々。
「必要だったのは…」
神殿に“選ばれなかった”力ある者達。そして、ガノンドロフを滅する未完成の剣。
「だから、ガノンドロフは…」
「どっちにしろ、ガノンドロフはトライフォースに選ばれていたから俺達が叶う相手じゃなかった」
「だけど、それでも…!」
どうしてゼルダ姫は中途半端な賢者を収集したのだろうか。
賢い彼女ならわかりそうなのに…!
だけど、ふと冷静になって気づく。
彼女が王位についたのは“つい最近”だということに。
「前ハイラル王…」
ガノンドロフの悪意に気付けず、聖地ハイラルへの侵入を許してしまった人。狡猾な砂漠の蠍が毒を持っているなんて知らなかった哀れな王。
彼が選んでしまったのだろう。ガノンドロフに恐れをなして。
そして、それが未来のハイラルを脅かすことになるなど知らず…彼は死んだ。
「…だけど、俺達には石碑が残ってる」
彼の言葉にハッとする。
「そしてそれは君にしか読めない。わかるな?」
ゼルダ姫のように賢くもなければ、彼のように腕が立つわけでもない。平凡な国の平凡な街で平凡に生きてきただけ。だけど、この世界の役に立てるなら私は…!
神殿が守られていたように石碑も守られているのなら。
ふとそう思ったとき、女神の加護か、運命の悪戯か、目の前を阻む扉が重々しく音を立て開いた。私とスカイさんはお互いの顔を見て頷いた。
進むべき道は決まった。
私達は誘われるように一番奥へと真っ直ぐに進む。
森の入り口まで私たちを誘ったオカリナの音とは違う何かが私たちを待っている気配がする。
鳥のさえずりさえも聞こえない静寂の世界で私達の足音は酷く響きわたる。彼は私の一歩前を歩いていた。何かから私を護るように。
「…この音…」
太陽の光も届かぬこの神殿の奥底、闇の中からハープの音が聞こえる。呼応するように響く木々の騒めき、どこか懐かしい調べ…。
「森のメヌエット…」
ふと口にした名に彼が目を見開いてこちらを振り返った。
「…なんでそれを、君が?」
まるでこの曲の名前を彼も知っているようだった。
「え、あ、いや、この曲に名前をつけるなら…って」
「……そうか…」
「あの、何か問題でも…」
「いや、ない」
ゼルダ姫もそうだが、彼も秘密を抱えすぎている。
いや、秘密を抱えているのではなく、私が何も知らないだけなのかもしれない。ここにいるのがゼルダ姫なら彼の言葉ひとつひとつを完璧に理解できたのだろうか。彼とゼルダ姫なら…。
勝手にそう考えてギュッと胸が締め付けられた。
この痛みは先への不安だ。きっとそう。
「この奥に何かがあるのは違いないな」
入り口にあれだけ魔物がいたというのに、神殿の中には生き物の気配すら感じられない。だけど、彼は背中に背負っていた剣を抜いた。
私は周りを見渡しても音すらしないのに。
「魔物が?」
「わからない。だが、この先は…」
彼がここに来るのは初めてじゃないことはわかっていた。
だけど、この先に一体何があるっていうの?
ハープの音が壁に跳ね返り、振動させ木霊する。
誘うように、歌うように。
「……うろこ、ここから先は気を抜くな」
「わかってる」
廊下の先は木々の影に覆われ暗い闇が永遠に続くように見えた。だけど闇の間から現れた大きな扉が音を立てて開き光を灯す。
まるで私達が来るのを待っていたかのように。
ケタケタケタケタケタケタ
何かの笑い声が響き、背後に広がる暗闇が迫ってくるような不安を感じた。木々の鳴き声が大木を揺らし深い木管楽器のように震える。
迷わず進む彼に置いてかれぬよう私も後を続く。
なのに。
「っ…」
扉の中に入った途端、迷わず進んでいた足が止まる。私の思考を無視して。
「どうした」
暗闇の奥から見えた赤い光が此方を睨んでいた。
「…!!!!!!!」
だが、それは絵画の中へと消えていく。
「気のせい…?ううん…ちがう…」
今度は背後から馬の蹄の音。
照れずに彼と手でも繋いでいればよかった、なんて。
「うろこ!!!!!!!」
私の体は宙を舞い、彼が伸ばした手は空を切った。
彼が私を助けるには距離が開きすぎていた。
彼の悲痛な表情が遠のいていくのをただ呆然と見るだけ。その瞬間はゆっくりと感じられ、私もまた彼に届かないと分かっていながらゆっくりと手を伸ばした。
なんだか、こんなこと、前にもあったな、なんて思いながら。