第1章
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「……え、あの…」
火照った顔が熱い。可愛いとか、そんな真顔でいうの反則じゃない?
イケメンは女慣れもしてるわけ?それとも…本気で…。
「…あー…昔、可愛がってたリスによく似てた」
「…あっ、そう」
ああ、そういう意味ね。ちょっと期待した分、ガックリと肩を下げた。……って、何を私、期待したの!?馬鹿なの!?
ダメダメダメダメ。顔に騙されてる気がする。どれだけ顔がよくっても中身が伴ってないのなら意味はないってこの身をもってよーく知ってるじゃない。
おばか三銃士の1人と呼ばれるうちの領主の馬鹿息子!生まれも顔も王子様なのに中身はクズすぎるあのクソ男!
世の中にはああいう男もいれば、ブスでも心がまるで聖人のように清らかな人だっているのよ。ハゲも磨けば宝石のように輝くんだから!
「…ちょっと不機嫌?」
「別に!不機嫌じゃないです。ちょっとムカつく奴を思い出しただけで…」
そう。彼は別に悪いことは何ひとつ言ってない。私が勝手に期待しただけ。さっきのことは忘れよう。気持ちをリセットするのよ。怒らない、なんて思ってるのに…。
「…誰を思い出したって?」
彼は磨かなくても輝く宝石のような蒼い瞳でこちらをジッと見つめてきた。占い師の水晶玉のように何でも見抜かれてしまいそうで。
「…私の村を領地としている侯爵様の息子のことを…」
「関係性は?」
「普通に領主の息子ってだけで…」
「でも、思い出しただけで腹を立てるくらいには会ったことはあるんだ」
ちょっと、怒ってる…?
「まあ、色んな場所で仕事をしてたから、そりゃ、彼の領地だし買い物に来たら相手にしなきゃいけないときが何度もあって…」
なんでこんなに聞いてくるんだろう。思い出すと腹が立っちゃうから、話したくないんだけどな。
「何がそんなに腹立つの」
「品がないとか、女らしくしろとか、色々、馬鹿にされるのもムカつくというか…」
ああ、イライラしてきた。あのクソ野郎に殴ることはおろか、暴言を吐くことすらできない己の職業「平民」が嘆かわしい!けれど、私の怒りに彼は平淡と答えを述べた。
「品があるとかないとか、そういうのはわかんないけど…」
彼は煌めく睫毛をそっと下げて、また開く。
「十分、女らしいと思うけどな」
「へ」
「嬉しそうに笑うところも、初めての馬にビビってガシッとしがみついてくるところも、美味しそうにパンを頬張るところも、ほら、こうしてすぐ照れるところも」
彼は私の顔を指差して笑った。顔の温度が急上昇していくのを感じる。インフルだろうか。今年はみんなが手洗いしてたから鎮静化してるって聞いたけど、ハイラルに来て伝染ったのかも。
そう、そうだ。絶対そう。
「照れてるんだ」
「だーー!!!!やめて!もうやめて!!!!」
「何を」
今度は真顔で言うもんだから、こっちが黙ってしまう。
私のHPはもうゼロよ!!これ以上、何を減らせばいいっていうの!?死ねってか!?死ねばいい!?イケメンに褒められていい人生だった!!じゃあな!!!!
「…まあ、女の子にたくさん褒めろって言われたから言うんだけどさ」
「…え…?」
心臓の高鳴りが急に静まっていくのを感じる。
「ロンロン牧場で時々エポナの様子を見てもらってる子の話。髪の毛を切ったとか、笑うエクボが可愛いとか、そう言うのをいちいち褒めないとダメだって懲りるほど言われた」
「…なる、ほど」
なるほど。私への言葉は特別な想いがあったわけでも、特別な言葉でもない、ということね。指摘されたことがあったから、気を使っただけ、と…。
「…あんまり言いすぎても、ダメな気もします…」
「…マロンは喜ぶって言ってたけどな」
多分それ、マロンちゃん、貴方に気があるんじゃないでしょうか…と言いたくなった。って言うかマロンって…あのロンロン牧場の看板娘マロンちゃん!?かなりの美女だということはよく知っている。
「…あの美人で可愛くてどんな動物もあっという間に手懐ける牧場の聖女マロンちゃんのことですか…」
「って、最近は言われてるみたいだな」
「なんとも思わないの?」
「アレのどこが聖女なんだ」
「え」
「大人になって随分大人しくなったけど、じゃじゃ馬姫なのは今も昔も変わらない」
ということは、彼とマロンちゃんは子供の頃からの幼馴染…ってこと。そりゃ、長年一緒にいる幼馴染と商売相手である私たちに見せる表情は違って当たり前。それに、貴方にしか見せない顔があるならそれは恋する乙女の証だと言うのに……ズキリと痛む胸が彼に真実を伝えるなと告げた。私ってなんて酷い女。
「しょっちゅう、会うんですか?」
何を聞いてるんだろう、私。
「…1週間に一度会うかどうかだな。それこそ乳製品を買うときに牧場に顔を出すから、そのときに顔を合わせるだけ」
「話はしないの?」
「あっちは色々と聞いてくるけど、面倒だから全部、適当に答えてる」
「何を聞かれるの?」
「覚えてない」
彼女の片想いなんだと気づいてほっとしている自分がいることに罪悪感を感じた。幼馴染の長い片想いなんて、マーロンで人気の恋愛小説でお決まりの展開だな、最後は結局結ばれちゃうんだっけ、なんて思いながら。
明らかにテンションが下がっていると彼が気を使うだろう。初対面で、この旅が終わったら関わらない存在。私はいつかマーロンに帰る。
ひと時の恋情…みたいなものに惑わされちゃダメよ。いい、絶対に。
そんな私の心情を聞いたかのように彼は唐突に話題を変えた。
「これから行く森の神殿について詳しく知っているか?」
会ったこともない女の子に対して抱いた罪悪感に俯きかけていたが、聞かれた問いに明るく答えなければいけないと思い私は顔を上げた。
「ううん、全く」
私は素直に首を横にふる。
「ゼルダ…姫はなにも?」
「本当は一緒に旅をする調査団の人たちが教えてくれる予定だったから…実際、森の神殿へ向かって何をすればいいのか、全くわからない状態で」
私の話を聞きながら彼はパンをペロリと平らげてしまうと、手を舐め、伸びをする。そして私に視線を合わせるとゆっくりと話し始めた。
「ハイラルの各地には神殿と呼ばれる場所がある。森の神殿、炎の神殿、水の神殿、闇の神殿、魂の神殿。神殿に選ばれた賢者の守護のもと誰にも存在を認知されずただ在るだけ…だった」
彼は私から視線を逸らさない。見つめているのが恥ずかしくて食べることに集中した。
「大魔王ガノンドロフ」
違和感があった。大盗賊、大悪党、そういった名前で罵られてるのは聞いてきたが、大魔王は聞いたことがない。
「奴の処刑の日に、賢者の一人が殺された」
「え!?」
「奴の最後の抵抗で殺されたんだ。その日から、均一されてきた神殿の結界が壊れ、異変が起き始めた」
現在、ゲルド族の長を名乗るナボールの協力のもと、砂漠にある処刑場にてガノンドロフの死刑が執行された。だが、それも名ばかりだったと彼はいう。
「奴はその手に力のトライフォースを持っていた」
「力の、トライフォースって…え!?」
「ああ、伝説のトライフォース、創生の三女神のうち力のディンの加護を得ていたってことだ」
目を点にさせた。聖地を乗っ取ろうとした大犯罪者がトライフォースに選ばれたってこと!?神様ってなんて意地悪なの…!…いや、でも…。
「トライフォースに選ばれたはずなら、知恵と勇気は、何処に…?」
私の疑問に彼は初めて視線を逸らした。そして、彼は私の質問には答えず、話を続ける。
「力のトライフォースに選ばれた奴を殺すことは誰もできなかった」
彼はその両の手を握りしめた。逸らした視線の先は青い空。
「ハイラルに古くから伝わる伝説。影の世界の話。賢者の1人を殺されたことに動揺した賢者たちは咄嗟にその世界へと封じたんだ」
封じた。それは完全なる死とは違う。
「そして、奴がまた戻ってくることを俺たちは知っている」
俺たちは知っている。その言葉には私も含まれているのだろうか。
ハイラルの使者がマーロンに持ってきた石板の内容。
女神ハイリアの【神託】。抗うことのできない未来。
古のハイリア人たちが生きた世界、その混沌の時代に生まれし邪悪なる存在【終焉の者】。
石板の前半内容はその者の魂の封印と目覚め、神々に選ばれし勇者によって鍛えられた退魔の剣「マスターソード」によって永遠の眠りについたことを簡略的に書かれていた。その後、空に逃げていた人々が大地に戻ってきたこと。
平和な世界が永遠に続く、そんな気がしていたことも。
彼女はある日夢を見る。それこそが石板の後半部分。
【ハイラルの大地に生まれし邪悪なる者の新たな目覚め】
おおよその内容から見てガノンドロフのことを書いているのはよくわかった。
黒き影を背負う砂漠の大地に生まれし盗賊の長、その魔力を用いてハイラルに混沌を招く者。ハイラルの賢者たちによって行われるその者の封印。
分裂する未来のなかでいずれ【影に覆われる世界】への伝言。
勇者に選ばれし者の死。世界を覆う影。彼女はそれを止めてくれと言う。
「ガノンドロフは…また、ハイラルに戻ってくると…?」
「ああ」
「でも、どうやって」
「…普通の人間ならできないさ。だが、奴は…」
力のトライフォースに選ばれし者。
彼は言葉を続けなかったけれど、なんとなくそう言いたかったのだと思う。これほどまでに美しいハイラルの大地を覆うという影。その脅威と向き合わなければならないという真実。この重圧を彼は気づいているのだろうか。
「でも、こうも書いてましたよね。【悪しき者を封印するための術、それは空の勇者によって世界の各地に。ひとつは深き森の奥に、ひとつは高き山のなかに、ひとつは暗き水の底に、ひとつは魂眠る死者たちの腕に、ひとつは乾いた砂漠に佇む女神の胸に、最後は時の狭間に】」
「つまり、それぞれの神殿のどこかに、ってところだな」
「でも、希望はあるわけでしょう?」
「…そう、だといいけれど」
彼は左手の甲をチラリと見た。
「とにかく、まずは深き森の奥【森の神殿】で、何があるのか確認をするべきだ。昨日、怪我を負って帰ってきた調査団が誰にやられたのかも気になるしな」
「そうですね」
「森の奥にエポナを連れて行くことはできない。別れの挨拶をしてくる」
「あ、はい」
彼は使っていた皿を桶に突っ込むとそのまま扉から出て行ってしまった。取り残された私は冷めたチーズに頬張りつく。
不安をかけた天秤の皿がまた落ちていくのを感じた。
火照った顔が熱い。可愛いとか、そんな真顔でいうの反則じゃない?
イケメンは女慣れもしてるわけ?それとも…本気で…。
「…あー…昔、可愛がってたリスによく似てた」
「…あっ、そう」
ああ、そういう意味ね。ちょっと期待した分、ガックリと肩を下げた。……って、何を私、期待したの!?馬鹿なの!?
ダメダメダメダメ。顔に騙されてる気がする。どれだけ顔がよくっても中身が伴ってないのなら意味はないってこの身をもってよーく知ってるじゃない。
おばか三銃士の1人と呼ばれるうちの領主の馬鹿息子!生まれも顔も王子様なのに中身はクズすぎるあのクソ男!
世の中にはああいう男もいれば、ブスでも心がまるで聖人のように清らかな人だっているのよ。ハゲも磨けば宝石のように輝くんだから!
「…ちょっと不機嫌?」
「別に!不機嫌じゃないです。ちょっとムカつく奴を思い出しただけで…」
そう。彼は別に悪いことは何ひとつ言ってない。私が勝手に期待しただけ。さっきのことは忘れよう。気持ちをリセットするのよ。怒らない、なんて思ってるのに…。
「…誰を思い出したって?」
彼は磨かなくても輝く宝石のような蒼い瞳でこちらをジッと見つめてきた。占い師の水晶玉のように何でも見抜かれてしまいそうで。
「…私の村を領地としている侯爵様の息子のことを…」
「関係性は?」
「普通に領主の息子ってだけで…」
「でも、思い出しただけで腹を立てるくらいには会ったことはあるんだ」
ちょっと、怒ってる…?
「まあ、色んな場所で仕事をしてたから、そりゃ、彼の領地だし買い物に来たら相手にしなきゃいけないときが何度もあって…」
なんでこんなに聞いてくるんだろう。思い出すと腹が立っちゃうから、話したくないんだけどな。
「何がそんなに腹立つの」
「品がないとか、女らしくしろとか、色々、馬鹿にされるのもムカつくというか…」
ああ、イライラしてきた。あのクソ野郎に殴ることはおろか、暴言を吐くことすらできない己の職業「平民」が嘆かわしい!けれど、私の怒りに彼は平淡と答えを述べた。
「品があるとかないとか、そういうのはわかんないけど…」
彼は煌めく睫毛をそっと下げて、また開く。
「十分、女らしいと思うけどな」
「へ」
「嬉しそうに笑うところも、初めての馬にビビってガシッとしがみついてくるところも、美味しそうにパンを頬張るところも、ほら、こうしてすぐ照れるところも」
彼は私の顔を指差して笑った。顔の温度が急上昇していくのを感じる。インフルだろうか。今年はみんなが手洗いしてたから鎮静化してるって聞いたけど、ハイラルに来て伝染ったのかも。
そう、そうだ。絶対そう。
「照れてるんだ」
「だーー!!!!やめて!もうやめて!!!!」
「何を」
今度は真顔で言うもんだから、こっちが黙ってしまう。
私のHPはもうゼロよ!!これ以上、何を減らせばいいっていうの!?死ねってか!?死ねばいい!?イケメンに褒められていい人生だった!!じゃあな!!!!
「…まあ、女の子にたくさん褒めろって言われたから言うんだけどさ」
「…え…?」
心臓の高鳴りが急に静まっていくのを感じる。
「ロンロン牧場で時々エポナの様子を見てもらってる子の話。髪の毛を切ったとか、笑うエクボが可愛いとか、そう言うのをいちいち褒めないとダメだって懲りるほど言われた」
「…なる、ほど」
なるほど。私への言葉は特別な想いがあったわけでも、特別な言葉でもない、ということね。指摘されたことがあったから、気を使っただけ、と…。
「…あんまり言いすぎても、ダメな気もします…」
「…マロンは喜ぶって言ってたけどな」
多分それ、マロンちゃん、貴方に気があるんじゃないでしょうか…と言いたくなった。って言うかマロンって…あのロンロン牧場の看板娘マロンちゃん!?かなりの美女だということはよく知っている。
「…あの美人で可愛くてどんな動物もあっという間に手懐ける牧場の聖女マロンちゃんのことですか…」
「って、最近は言われてるみたいだな」
「なんとも思わないの?」
「アレのどこが聖女なんだ」
「え」
「大人になって随分大人しくなったけど、じゃじゃ馬姫なのは今も昔も変わらない」
ということは、彼とマロンちゃんは子供の頃からの幼馴染…ってこと。そりゃ、長年一緒にいる幼馴染と商売相手である私たちに見せる表情は違って当たり前。それに、貴方にしか見せない顔があるならそれは恋する乙女の証だと言うのに……ズキリと痛む胸が彼に真実を伝えるなと告げた。私ってなんて酷い女。
「しょっちゅう、会うんですか?」
何を聞いてるんだろう、私。
「…1週間に一度会うかどうかだな。それこそ乳製品を買うときに牧場に顔を出すから、そのときに顔を合わせるだけ」
「話はしないの?」
「あっちは色々と聞いてくるけど、面倒だから全部、適当に答えてる」
「何を聞かれるの?」
「覚えてない」
彼女の片想いなんだと気づいてほっとしている自分がいることに罪悪感を感じた。幼馴染の長い片想いなんて、マーロンで人気の恋愛小説でお決まりの展開だな、最後は結局結ばれちゃうんだっけ、なんて思いながら。
明らかにテンションが下がっていると彼が気を使うだろう。初対面で、この旅が終わったら関わらない存在。私はいつかマーロンに帰る。
ひと時の恋情…みたいなものに惑わされちゃダメよ。いい、絶対に。
そんな私の心情を聞いたかのように彼は唐突に話題を変えた。
「これから行く森の神殿について詳しく知っているか?」
会ったこともない女の子に対して抱いた罪悪感に俯きかけていたが、聞かれた問いに明るく答えなければいけないと思い私は顔を上げた。
「ううん、全く」
私は素直に首を横にふる。
「ゼルダ…姫はなにも?」
「本当は一緒に旅をする調査団の人たちが教えてくれる予定だったから…実際、森の神殿へ向かって何をすればいいのか、全くわからない状態で」
私の話を聞きながら彼はパンをペロリと平らげてしまうと、手を舐め、伸びをする。そして私に視線を合わせるとゆっくりと話し始めた。
「ハイラルの各地には神殿と呼ばれる場所がある。森の神殿、炎の神殿、水の神殿、闇の神殿、魂の神殿。神殿に選ばれた賢者の守護のもと誰にも存在を認知されずただ在るだけ…だった」
彼は私から視線を逸らさない。見つめているのが恥ずかしくて食べることに集中した。
「大魔王ガノンドロフ」
違和感があった。大盗賊、大悪党、そういった名前で罵られてるのは聞いてきたが、大魔王は聞いたことがない。
「奴の処刑の日に、賢者の一人が殺された」
「え!?」
「奴の最後の抵抗で殺されたんだ。その日から、均一されてきた神殿の結界が壊れ、異変が起き始めた」
現在、ゲルド族の長を名乗るナボールの協力のもと、砂漠にある処刑場にてガノンドロフの死刑が執行された。だが、それも名ばかりだったと彼はいう。
「奴はその手に力のトライフォースを持っていた」
「力の、トライフォースって…え!?」
「ああ、伝説のトライフォース、創生の三女神のうち力のディンの加護を得ていたってことだ」
目を点にさせた。聖地を乗っ取ろうとした大犯罪者がトライフォースに選ばれたってこと!?神様ってなんて意地悪なの…!…いや、でも…。
「トライフォースに選ばれたはずなら、知恵と勇気は、何処に…?」
私の疑問に彼は初めて視線を逸らした。そして、彼は私の質問には答えず、話を続ける。
「力のトライフォースに選ばれた奴を殺すことは誰もできなかった」
彼はその両の手を握りしめた。逸らした視線の先は青い空。
「ハイラルに古くから伝わる伝説。影の世界の話。賢者の1人を殺されたことに動揺した賢者たちは咄嗟にその世界へと封じたんだ」
封じた。それは完全なる死とは違う。
「そして、奴がまた戻ってくることを俺たちは知っている」
俺たちは知っている。その言葉には私も含まれているのだろうか。
ハイラルの使者がマーロンに持ってきた石板の内容。
女神ハイリアの【神託】。抗うことのできない未来。
古のハイリア人たちが生きた世界、その混沌の時代に生まれし邪悪なる存在【終焉の者】。
石板の前半内容はその者の魂の封印と目覚め、神々に選ばれし勇者によって鍛えられた退魔の剣「マスターソード」によって永遠の眠りについたことを簡略的に書かれていた。その後、空に逃げていた人々が大地に戻ってきたこと。
平和な世界が永遠に続く、そんな気がしていたことも。
彼女はある日夢を見る。それこそが石板の後半部分。
【ハイラルの大地に生まれし邪悪なる者の新たな目覚め】
おおよその内容から見てガノンドロフのことを書いているのはよくわかった。
黒き影を背負う砂漠の大地に生まれし盗賊の長、その魔力を用いてハイラルに混沌を招く者。ハイラルの賢者たちによって行われるその者の封印。
分裂する未来のなかでいずれ【影に覆われる世界】への伝言。
勇者に選ばれし者の死。世界を覆う影。彼女はそれを止めてくれと言う。
「ガノンドロフは…また、ハイラルに戻ってくると…?」
「ああ」
「でも、どうやって」
「…普通の人間ならできないさ。だが、奴は…」
力のトライフォースに選ばれし者。
彼は言葉を続けなかったけれど、なんとなくそう言いたかったのだと思う。これほどまでに美しいハイラルの大地を覆うという影。その脅威と向き合わなければならないという真実。この重圧を彼は気づいているのだろうか。
「でも、こうも書いてましたよね。【悪しき者を封印するための術、それは空の勇者によって世界の各地に。ひとつは深き森の奥に、ひとつは高き山のなかに、ひとつは暗き水の底に、ひとつは魂眠る死者たちの腕に、ひとつは乾いた砂漠に佇む女神の胸に、最後は時の狭間に】」
「つまり、それぞれの神殿のどこかに、ってところだな」
「でも、希望はあるわけでしょう?」
「…そう、だといいけれど」
彼は左手の甲をチラリと見た。
「とにかく、まずは深き森の奥【森の神殿】で、何があるのか確認をするべきだ。昨日、怪我を負って帰ってきた調査団が誰にやられたのかも気になるしな」
「そうですね」
「森の奥にエポナを連れて行くことはできない。別れの挨拶をしてくる」
「あ、はい」
彼は使っていた皿を桶に突っ込むとそのまま扉から出て行ってしまった。取り残された私は冷めたチーズに頬張りつく。
不安をかけた天秤の皿がまた落ちていくのを感じた。