第1章
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とても広いハイラル草原を端から端まで駆け抜けること数時間。馬の揺れにも慣れ、周りの景色を楽しむ余裕が出てきたころ、それは地平線の先に現れ、徐々に近づいてきた。
誰かを誘うよう不規則に並ぶ木々、それが指し示す一本道。
「ここが…」
「コキリの森の入り口…だけど、入る前に寄りたいところがある」
「え?」
「腹が鳴っては戦はできぬっていうだろ」
「腹が減っては、ね」
「……そうともいう」
全速力で駆け抜けたスピードからまた、城下町にいたときのように緩やかな歩みへと変わる。コキリの森へと続く道を行くのではなく、そこから少し曲がった先に作られた空間。
「ここは…」
「俺の家だ」
「スカイさんの!?」
自然を利用して作ったのではなく、そこの壁を掘り続けて無理やり場所を空けたのは見てすぐにわかった。なぜなら、スカイさんの家を囲う壁は人工的な凹凸で作られていたからだ。
小さな馬小屋と小さな畑を見下ろすように作られたその家は大きな巨木と一体化するように作られており、木に反して小さな扉には梯子がかけられていた。
彼は私の腰に添えていた手をどけ、馬から飛び降りた。そして今度は私が降りるのを手伝うように手を差し伸べる。
馬から降りて見回したその小さな場所は…。
「素敵…」
嵐が来れば吹き飛んでしまいそうな小屋だ、とは思ったけれど、それよりも心の底から思った言葉がポンと口から飛び出した。
「…どこが?」
怪訝な顔をしてこちらを見るスカイさんの視線も気にならないほどに。
「私の国は海にばかり面していて、森のなかにある家って初めて見たの。本や絵なんかで見たことはあるけれど…妖精さんの家みたい!」
「妖精、さん…」
彼は少し眉間にシワを寄せたが、ふっと笑って愛馬を近くの馬小屋へと連れて行く。私はその後を追いながら周りを見渡した。
「何れはココを小さな村にしたいと思っているんだ」
「え…?」
「コキリ族っていうのは、永遠に子供でいる種族。何れ滅んでしまう」
彼は淡々と言葉を続ける。
「彼らがいなくなっても、俺がいなくなっても、この森を守り続ける人間がいなきゃいけない。森の長もずっといるわけじゃない」
彼に撫でられて嬉しそうに嘶く馬は、ブルルと鼻を鳴らした。相反して彼の表情はどこか暗い。まるで嫌な過去を思い出すように。
「その為の第一歩がここだ。けど…」
彼の作った空間は一人の人間が生活するには広すぎる。だけど、村というには狭すぎた。
「村にするのは時間がかかりそうですね」
「…だろうな」
村にするにはまだまだやるべきことが沢山あるだろう。湧き出した水溜まりこそあれど、そこを生活源にするのは厳しそうだ。
それに家だってもう少し立派なものでなくては一生を過ごすのは…。マーロンの家々だってもちろん、何年も持つわけじゃない。だけど、彼の家は風が吹き荒れれば飛んでしまいそうなほどにボロい。
これは改善の余地がありそうだと悩む私の表情を見て彼はまた笑うと、扉にかけてある梯子に手をかけた。
その動作に私は彼の家を見上げた。木の中にある彼の家。
…遠くで見ていたときに思っていたよりも高い場所にあるな。
「とりあえず、昼食にしよう。何があったかな。チーズ、ロンロン牛乳、ああ、それからパンも買ってたはず…」
彼のあとに続いて梯子を登る。木とロープで作られたその梯子は安定性が悪く、登るのに少し苦労はした。だが、最上段までいくと彼が手を差し伸べてくれ、グイッとそのまま引き上げられる。
改めて間近で見る彼の家は遠目で見ていたよりもボロかった。よくこんなところで過ごしているなと感心するほどに。
マーロンでは最近、防犯に備え鍵というものが平民のなかでも使われ始めつつある。だが、ハイラルではまだ浸透してないようで、彼は鍵を探す素振りも見せずドアを開けた。
(まあ、でも、こんなところまでわざわざ盗みに来る人はいないわよね)
ハイラル城下町や近隣の村からも外れた場所にある彼の家。金銭が目当ての盗賊ならココを狙う訳がない。そう言い切れるほど彼の家は思っている以上にボロい。
だが、何の知識もなしに作ったのだとすれば相当褒められるレベルであるのは確かだ。
中に入ってもその外見を裏切らず凹凸が激しい壁と所々抜けている床。生活するにあたって最低限の物と場所さえあればそれでいいという彼の性格も伺えた。
干した洗濯物を畳まず床に投げ捨てているあたりも彼の性格の雑さが出ているのだろう。男性物の下着を見るのが初めてだったわけじゃないし、それだけで赤面する乙女じゃないことが幸いだった。
女の人を自分の家に招いたくせに洗濯物や洗い物がそのままって…なんて少しだけため息を吐きそうになる。
(いやいや、彼は急遽、城に呼ばれて来たの。掃除なんてしてる暇ないに決まってるでしょバカ)
自分の部屋だってそれは汚いときもある。突然の来客に悲鳴を上げて「あと十分待って!!」と言っただって何度あったことか。それも段々、距離が近づく度にコイツなら汚くていいや、なんてごちゃごちゃの部屋に招くことだってあったし……。
(初対面の人が来る時は、流石に最低限の片付けをしてたけど…)
女の私ですらそんなことがありえるのに、イケメンとはいえ家の中にまでその完璧さを求めるのは違うと思う。
それに何度だっていうが彼は突然呼ばれて早朝から城にやってきた。実際、彼と会うのが絶対だったとしても家を片付ける時間すら奪ったのは確かだ。…そもそも彼に片付ける気があったかどうかは後の問題として……。
「チーズは好きか?」
「へ?」
ふとされた質問に変な声で返す。よくないよくない。
「凝った料理は作れない。だから、いつも食べてるようなものをと思ったんだが、前、チーズが嫌いな人間もいることを知ったんだ。だから聞いてる」
「チーズ大好きです!」
「ならよかった。乳製品しかうちは置いてないからな」
彼は大きなチーズの塊を暖炉の中に引っ掛けてある鍋へと放り投げた。それは見事にゴールイン!…そして。
「えぇ!?」
弓を構えたのだ。唐突に。その弓矢の先端は激しく燃えている。
「え、え、どういうこと!?」
シュン。矢が風を切り暖炉に火が灯る。標的が私じゃなくてよかったなんて思いながら。
「火は弓でつけたほうが早いだろ?」
彼は片方の口角を上げて笑う。彼は普通の狩人どころか普通のハイラル人でもないようだ。だって、こんなこと、ハイラル人はしないだろうから。
「いやいや、ありえないです。普通に!!!」
「どうして?」
「そもそもどうやって弓に火が!?」
「そういう仕組みなんだ」
「どういう仕組み!?」
「腹はどれくらい減ってる?」
「スルー!?」
彼は私のツッコミに耳も貸さず戸棚からパンを取り出した。
思っている以上に大きくて太いパン。彼はそれをナイフで分厚く切り落とし、丁寧に皿へ並べていく。
まさか…その上に…チーズをかけるつもりでは…!?
(知ってる。美味しいやつだ…)
彼はまだチーズが完全に溶けきっていないのを確認すると、戸棚から大きな牛乳瓶も取り出した。それをまた別の鍋へと豪快に入れ、今度は釜戸で煮始める。
日の光を浴びてキラリと輝くその牛乳瓶。貼られた紫のラベル。
ねぇ、待ってまさか…!?
「待って。…そのラベル…」
「これか?ロンロン牧場のラベルだけど…」
「ロンロン牧場ってハイラルで最も有名な牧場の…!」
「それは牧場がひとつしかないからだと思うけど…」
「それもプレミア会員しか頼むことができないと言われているシャトー・ロマーニ!?」
「…よく知ってるんだな」
興奮気味に語る私。勢いに押されながらも彼はそう答えた。
いや、確かに引かれても仕方のない熱量だとは思う。だけれども、マーロンに住む者なら必ず私と同じリアクションをするであろうことは容易に想像ができた。何故なら。
「そりゃあもう!ロンロン牧場のチーズ、マーロンでは本当に有名で!海を渡ることができないから牛乳とかは流石に飲めないけど…お酒のツマミとして食べるロンロンチーズは本当に最高なの!」
「ふぅん」
「ハイラルに渡った行商人達がこれ見よがしに見せつけてくる牛乳瓶を子供の頃から何度も見てたのよね。そしてみんなこう言うの。コクと甘みがありながら、サラッとした口当たりで飲みやすいって」
「まあ、確かに」
「ふわぁ!まさかそのシャトー・ロマーニを飲める日が来るなんて…!」
人生でこれほど興奮したことはそうそうない。キラキラと輝くシャトー・ロマーニの瓶は子供の頃からの憧れだった。そんな私の瞳も同じくキラキラしていたのだろう。彼は肩を震わせながら笑うとこう言った。
「……牛乳で喜ぶ人を見たのは初めて」
彼の声に反応し、反射的に見てしまったその表情は、また屈託もない少年のような顔で笑う。僅かに射す太陽の光が彼の瞳に光を映し……真っ直ぐ見つめることができない私は思わず視線を地面に逸らした。
「そう、かな」
カタカタカタカタと鍋が震えた。ミルクが沸騰したようだ。同時にチーズのいい匂いが部屋に充満する。鍋の中を覗くとチーズが溶け始めていた。
彼は出された木のコップにアツアツのホットミルクをコップになみなみと注ぐ。そして、溶けたチーズはパンにこぼれ落ちそうなほどかけられた。
「うわぁ…!」
「熱いから気をつけて」
馬のときは何もいわなかったくせにここでは注告するんかい、とツッコミたくなったが、ぐーぐーと鳴る腹の虫がツッコむ余裕もくれなかった。
「いただきます!」
ガッツクには熱くて、何度もフーフーしたが、思い切ってはふっとくわえたパンをそのまま口で千切って引き延ばす。あつっあつっ、なんて何度も言いながら、何重にも糸を引いて伸びたチーズをこぼさぬよう必死になって食べている私。
それを見て彼はまた笑っている。
しかし、彼の視線など気にしている余裕はなかった。このチーズ、お酒のツマミとして食べることが多かったけれど、溶かしてパンにかけても美味しいだなんて…ともし彼がいなければ心の中だけで留めず、頭を抱えて唸っていたはずだ。
チーズ独特の臭みは無く、後味がサッパリしている。クセがなく食べやすい、というのがハッキリとした感想だ。
チーズが海を渡るには、何日も熟成させたいわゆるハードタイプと呼ばれる物が多い。そういった物は味や匂いに独特の風味が混ざる、クセの強いチーズが一般的で、あっさりした物を求めるならばマーロン内の牧場で取れたものだけだった。
マーロンに牧場がないわけではないし、品質がそれほど悪いわけでもない。だけど、自然豊かなハイラルのチーズに海しか取り柄がないマーロンが敵うわけなどなかった。
私はもぐもぐと一生懸命、口を動かして味を堪能する。
パン自体も日持ちするような普通のパンだったが、サクサクな皮と柔らかな生地がチーズによく合う。
ひと時も休まず口を動かしながら、このパンもハイラル産だろうか…日持ちするならマーロンに帰るときに買って帰ろうかな…なんて思っていたときだ。
「リスみたい」
「っぅぐっ」
こちらを見ていた彼がそう呟いたのだから、口の中のチーズとパンが全部飛び出そうになった。出す前に慌てて飲み込んだので代わりに私は盛大に咳き込む。
「え、あ、大丈夫?」
彼が慌てて渡したホットミルクを勢いよく飲もうとする。
「あっっっっつ!!!!!」
鍋で煮たそれはまだ冷めてはいなかった。
再度咳き込む私に彼が急いで冷たいままのシャトー・ロマーニを瓶から別のコップに注ぎ、私に差し出す。私はそれを勢いよく飲み干して、喉の中で暴れていたチーズとパンを胃の中に押し込めた。
「死ぬかと思った…」
「ごめん、まさかリスみたいって言っただけでそうなるとは…」
「いえ、あの、ごめんなさい」
「可愛くて、つい、言っちゃったんだ」
「…へ…」
か、かわ、え?かわ、え?かわいい…????
彼が、今、私に、可愛いって…い、った…?
誰かを誘うよう不規則に並ぶ木々、それが指し示す一本道。
「ここが…」
「コキリの森の入り口…だけど、入る前に寄りたいところがある」
「え?」
「腹が鳴っては戦はできぬっていうだろ」
「腹が減っては、ね」
「……そうともいう」
全速力で駆け抜けたスピードからまた、城下町にいたときのように緩やかな歩みへと変わる。コキリの森へと続く道を行くのではなく、そこから少し曲がった先に作られた空間。
「ここは…」
「俺の家だ」
「スカイさんの!?」
自然を利用して作ったのではなく、そこの壁を掘り続けて無理やり場所を空けたのは見てすぐにわかった。なぜなら、スカイさんの家を囲う壁は人工的な凹凸で作られていたからだ。
小さな馬小屋と小さな畑を見下ろすように作られたその家は大きな巨木と一体化するように作られており、木に反して小さな扉には梯子がかけられていた。
彼は私の腰に添えていた手をどけ、馬から飛び降りた。そして今度は私が降りるのを手伝うように手を差し伸べる。
馬から降りて見回したその小さな場所は…。
「素敵…」
嵐が来れば吹き飛んでしまいそうな小屋だ、とは思ったけれど、それよりも心の底から思った言葉がポンと口から飛び出した。
「…どこが?」
怪訝な顔をしてこちらを見るスカイさんの視線も気にならないほどに。
「私の国は海にばかり面していて、森のなかにある家って初めて見たの。本や絵なんかで見たことはあるけれど…妖精さんの家みたい!」
「妖精、さん…」
彼は少し眉間にシワを寄せたが、ふっと笑って愛馬を近くの馬小屋へと連れて行く。私はその後を追いながら周りを見渡した。
「何れはココを小さな村にしたいと思っているんだ」
「え…?」
「コキリ族っていうのは、永遠に子供でいる種族。何れ滅んでしまう」
彼は淡々と言葉を続ける。
「彼らがいなくなっても、俺がいなくなっても、この森を守り続ける人間がいなきゃいけない。森の長もずっといるわけじゃない」
彼に撫でられて嬉しそうに嘶く馬は、ブルルと鼻を鳴らした。相反して彼の表情はどこか暗い。まるで嫌な過去を思い出すように。
「その為の第一歩がここだ。けど…」
彼の作った空間は一人の人間が生活するには広すぎる。だけど、村というには狭すぎた。
「村にするのは時間がかかりそうですね」
「…だろうな」
村にするにはまだまだやるべきことが沢山あるだろう。湧き出した水溜まりこそあれど、そこを生活源にするのは厳しそうだ。
それに家だってもう少し立派なものでなくては一生を過ごすのは…。マーロンの家々だってもちろん、何年も持つわけじゃない。だけど、彼の家は風が吹き荒れれば飛んでしまいそうなほどにボロい。
これは改善の余地がありそうだと悩む私の表情を見て彼はまた笑うと、扉にかけてある梯子に手をかけた。
その動作に私は彼の家を見上げた。木の中にある彼の家。
…遠くで見ていたときに思っていたよりも高い場所にあるな。
「とりあえず、昼食にしよう。何があったかな。チーズ、ロンロン牛乳、ああ、それからパンも買ってたはず…」
彼のあとに続いて梯子を登る。木とロープで作られたその梯子は安定性が悪く、登るのに少し苦労はした。だが、最上段までいくと彼が手を差し伸べてくれ、グイッとそのまま引き上げられる。
改めて間近で見る彼の家は遠目で見ていたよりもボロかった。よくこんなところで過ごしているなと感心するほどに。
マーロンでは最近、防犯に備え鍵というものが平民のなかでも使われ始めつつある。だが、ハイラルではまだ浸透してないようで、彼は鍵を探す素振りも見せずドアを開けた。
(まあ、でも、こんなところまでわざわざ盗みに来る人はいないわよね)
ハイラル城下町や近隣の村からも外れた場所にある彼の家。金銭が目当ての盗賊ならココを狙う訳がない。そう言い切れるほど彼の家は思っている以上にボロい。
だが、何の知識もなしに作ったのだとすれば相当褒められるレベルであるのは確かだ。
中に入ってもその外見を裏切らず凹凸が激しい壁と所々抜けている床。生活するにあたって最低限の物と場所さえあればそれでいいという彼の性格も伺えた。
干した洗濯物を畳まず床に投げ捨てているあたりも彼の性格の雑さが出ているのだろう。男性物の下着を見るのが初めてだったわけじゃないし、それだけで赤面する乙女じゃないことが幸いだった。
女の人を自分の家に招いたくせに洗濯物や洗い物がそのままって…なんて少しだけため息を吐きそうになる。
(いやいや、彼は急遽、城に呼ばれて来たの。掃除なんてしてる暇ないに決まってるでしょバカ)
自分の部屋だってそれは汚いときもある。突然の来客に悲鳴を上げて「あと十分待って!!」と言っただって何度あったことか。それも段々、距離が近づく度にコイツなら汚くていいや、なんてごちゃごちゃの部屋に招くことだってあったし……。
(初対面の人が来る時は、流石に最低限の片付けをしてたけど…)
女の私ですらそんなことがありえるのに、イケメンとはいえ家の中にまでその完璧さを求めるのは違うと思う。
それに何度だっていうが彼は突然呼ばれて早朝から城にやってきた。実際、彼と会うのが絶対だったとしても家を片付ける時間すら奪ったのは確かだ。…そもそも彼に片付ける気があったかどうかは後の問題として……。
「チーズは好きか?」
「へ?」
ふとされた質問に変な声で返す。よくないよくない。
「凝った料理は作れない。だから、いつも食べてるようなものをと思ったんだが、前、チーズが嫌いな人間もいることを知ったんだ。だから聞いてる」
「チーズ大好きです!」
「ならよかった。乳製品しかうちは置いてないからな」
彼は大きなチーズの塊を暖炉の中に引っ掛けてある鍋へと放り投げた。それは見事にゴールイン!…そして。
「えぇ!?」
弓を構えたのだ。唐突に。その弓矢の先端は激しく燃えている。
「え、え、どういうこと!?」
シュン。矢が風を切り暖炉に火が灯る。標的が私じゃなくてよかったなんて思いながら。
「火は弓でつけたほうが早いだろ?」
彼は片方の口角を上げて笑う。彼は普通の狩人どころか普通のハイラル人でもないようだ。だって、こんなこと、ハイラル人はしないだろうから。
「いやいや、ありえないです。普通に!!!」
「どうして?」
「そもそもどうやって弓に火が!?」
「そういう仕組みなんだ」
「どういう仕組み!?」
「腹はどれくらい減ってる?」
「スルー!?」
彼は私のツッコミに耳も貸さず戸棚からパンを取り出した。
思っている以上に大きくて太いパン。彼はそれをナイフで分厚く切り落とし、丁寧に皿へ並べていく。
まさか…その上に…チーズをかけるつもりでは…!?
(知ってる。美味しいやつだ…)
彼はまだチーズが完全に溶けきっていないのを確認すると、戸棚から大きな牛乳瓶も取り出した。それをまた別の鍋へと豪快に入れ、今度は釜戸で煮始める。
日の光を浴びてキラリと輝くその牛乳瓶。貼られた紫のラベル。
ねぇ、待ってまさか…!?
「待って。…そのラベル…」
「これか?ロンロン牧場のラベルだけど…」
「ロンロン牧場ってハイラルで最も有名な牧場の…!」
「それは牧場がひとつしかないからだと思うけど…」
「それもプレミア会員しか頼むことができないと言われているシャトー・ロマーニ!?」
「…よく知ってるんだな」
興奮気味に語る私。勢いに押されながらも彼はそう答えた。
いや、確かに引かれても仕方のない熱量だとは思う。だけれども、マーロンに住む者なら必ず私と同じリアクションをするであろうことは容易に想像ができた。何故なら。
「そりゃあもう!ロンロン牧場のチーズ、マーロンでは本当に有名で!海を渡ることができないから牛乳とかは流石に飲めないけど…お酒のツマミとして食べるロンロンチーズは本当に最高なの!」
「ふぅん」
「ハイラルに渡った行商人達がこれ見よがしに見せつけてくる牛乳瓶を子供の頃から何度も見てたのよね。そしてみんなこう言うの。コクと甘みがありながら、サラッとした口当たりで飲みやすいって」
「まあ、確かに」
「ふわぁ!まさかそのシャトー・ロマーニを飲める日が来るなんて…!」
人生でこれほど興奮したことはそうそうない。キラキラと輝くシャトー・ロマーニの瓶は子供の頃からの憧れだった。そんな私の瞳も同じくキラキラしていたのだろう。彼は肩を震わせながら笑うとこう言った。
「……牛乳で喜ぶ人を見たのは初めて」
彼の声に反応し、反射的に見てしまったその表情は、また屈託もない少年のような顔で笑う。僅かに射す太陽の光が彼の瞳に光を映し……真っ直ぐ見つめることができない私は思わず視線を地面に逸らした。
「そう、かな」
カタカタカタカタと鍋が震えた。ミルクが沸騰したようだ。同時にチーズのいい匂いが部屋に充満する。鍋の中を覗くとチーズが溶け始めていた。
彼は出された木のコップにアツアツのホットミルクをコップになみなみと注ぐ。そして、溶けたチーズはパンにこぼれ落ちそうなほどかけられた。
「うわぁ…!」
「熱いから気をつけて」
馬のときは何もいわなかったくせにここでは注告するんかい、とツッコミたくなったが、ぐーぐーと鳴る腹の虫がツッコむ余裕もくれなかった。
「いただきます!」
ガッツクには熱くて、何度もフーフーしたが、思い切ってはふっとくわえたパンをそのまま口で千切って引き延ばす。あつっあつっ、なんて何度も言いながら、何重にも糸を引いて伸びたチーズをこぼさぬよう必死になって食べている私。
それを見て彼はまた笑っている。
しかし、彼の視線など気にしている余裕はなかった。このチーズ、お酒のツマミとして食べることが多かったけれど、溶かしてパンにかけても美味しいだなんて…ともし彼がいなければ心の中だけで留めず、頭を抱えて唸っていたはずだ。
チーズ独特の臭みは無く、後味がサッパリしている。クセがなく食べやすい、というのがハッキリとした感想だ。
チーズが海を渡るには、何日も熟成させたいわゆるハードタイプと呼ばれる物が多い。そういった物は味や匂いに独特の風味が混ざる、クセの強いチーズが一般的で、あっさりした物を求めるならばマーロン内の牧場で取れたものだけだった。
マーロンに牧場がないわけではないし、品質がそれほど悪いわけでもない。だけど、自然豊かなハイラルのチーズに海しか取り柄がないマーロンが敵うわけなどなかった。
私はもぐもぐと一生懸命、口を動かして味を堪能する。
パン自体も日持ちするような普通のパンだったが、サクサクな皮と柔らかな生地がチーズによく合う。
ひと時も休まず口を動かしながら、このパンもハイラル産だろうか…日持ちするならマーロンに帰るときに買って帰ろうかな…なんて思っていたときだ。
「リスみたい」
「っぅぐっ」
こちらを見ていた彼がそう呟いたのだから、口の中のチーズとパンが全部飛び出そうになった。出す前に慌てて飲み込んだので代わりに私は盛大に咳き込む。
「え、あ、大丈夫?」
彼が慌てて渡したホットミルクを勢いよく飲もうとする。
「あっっっっつ!!!!!」
鍋で煮たそれはまだ冷めてはいなかった。
再度咳き込む私に彼が急いで冷たいままのシャトー・ロマーニを瓶から別のコップに注ぎ、私に差し出す。私はそれを勢いよく飲み干して、喉の中で暴れていたチーズとパンを胃の中に押し込めた。
「死ぬかと思った…」
「ごめん、まさかリスみたいって言っただけでそうなるとは…」
「いえ、あの、ごめんなさい」
「可愛くて、つい、言っちゃったんだ」
「…へ…」
か、かわ、え?かわ、え?かわいい…????
彼が、今、私に、可愛いって…い、った…?