第1章
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「…といってもわざわざコキリの森に来るやつはほとんどいない」
彼は前を見ながら淡々と語る。
「各神殿に用があるからと調査団が作られたのはここ数年の話で、俺の案内無しに迷いの森や他の場所を歩くことはできない」
鼻で笑ってそういった彼があまりにも寂しげに見えるのは気のせいだろうか。
「コキリ族と貴方は仲がいいの…?」
「……それなりに、ね」
「それ、なり…」
「森の神殿に選ばれた賢者はコキリ族の少女なんだ。彼女と……」
彼は何かを話しかけて、やめた。
賢者に少女が選ばれたなんて話、聞いたことがあったっけ…?
「…いや、彼女が俺のことを信用してくれているから、コキリ族も俺のことを信用してくれている。それは勿論、森の長も」
「じゃあ、調査団の人達と行くにしても、貴方と会うことは絶対だったのね」
私がそういうと彼は驚いた様子で私の方を振り返った。突然重なった視線に耐えられず地面に俯き、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「…えっと、だってそうでしょう?」
疑問形で返す私に答えることもなく彼は少し口角を上げて首を縦に振った。
「そうだな。こうならずとも出会っていた。そう思うよ」
なんだか私の言いたいことと少し違うような気もしたけれど、私はコクリと頷いた。彼はそれを見るとまた前を向き歩き出す。迷路のような道もやがて開けてきて、城門が見えてきた。
「ハイラル城からコキリの森に行くまで、最短でも丸一日かかる」
「そんなに遠いの!?」
「だから、馬を用意した」
城門の近くにいる兵士たちが私たちを…いや、彼をみて敬礼をする。普通の狩人ではないということだけは私にもわかる。軽く手をあげて挨拶をする程度に留めた彼は兵士の横をそのまま通り過ぎたが、挨拶された方の兵士たちはどことなく嬉しそうだった。
そのまま城門を通り過ぎると馬の嗎が聞こえ、反射的にそちらを見る。鳴いたのは輝くような茶色の毛並みを持つ馬で、主人であるスカイさんと再会したことを喜んでいる様子だったが、ふと、その後ろに続く私を「誰こいつ」なんて不思議そうな目でジッと見つめてきた。
「馬に乗ったことは?」
「ありません。マーロンでは馬車で移動するのが普通だったので…」
「じゃあ、手を貸そう」
手を貸そう?なんて?なんて疑問を口にする前にエポナ、おいで、なんて彼は優しくその馬に声をかけた。嬉しそうに鼻を鳴らす馬——-エポナもこちらにゆっくりと歩み寄ってきた。そして、彼はそのまま勢いをつけて颯爽と馬に乗る。
「ほら、そこに足をかけて」
「え」
「ここに、手を貸して」
馬に乗る彼に見惚れていたのも束の間。
言われるがままに鞍に片足をかけて手を出した。アンバランスな姿勢に思わず崩れそうになったが、出した手を強く握られ、そのまま引っ張り上げられる。宙に浮かぶ感覚に戸惑っていたが、彼はもう片方の腕で私を抱きとめ、グイッと引っ張っては私を馬に座らせた。
おぉ、すごい、なんて少し喜んでいると。
「しっかり掴んでて」
「え!?」
突如、馬が走り始めた。ありえないほどの速度で。悲鳴も出ないほど早く流れていく景色のなかで私は反射的に彼の服をギュッと掴んでしがみつく。
目を閉じ激しい揺れに耐えるよう、揺れに身を任せていた。馬車に乗っているときも野盗に遭ったときなどは馬を走らせたけれど、大きな荷物を背負った馬とそうでない馬では速さが違うのだと知った。
二人用の鞍にしてあるのは座っただけでわかったが、それでも上下左右に揺られる不安定な場所なのは変わらない。
一歩間違えれば振り落とされる。馬から落馬して死んだなんて話を今、思い出すなんて……。馬に初めて乗るのかとわざわざ聞いたくせにこんなにも早く走るのはおかしいじゃないかと余裕のない頭で文句を垂れた。
しかし、それは長く続くことはなく、突如馬はゆっくり止まった。
「さすがに城下町は走れないか…」
ハイラル城には二つの城門がある。ひとつは先ほど通ってきた城本体の真ん前にある大きな城門。そしてもうひとつがその門から一本道を下った先にある城下町をもぐるりと囲う大きな城壁。その城壁にある唯一の出入口を開閉する橋。それが第二の門だ。
昨日、ハイラル城に来た際、その大きな橋が上下に動き、門にもなることを知って少し感動していたのを覚えている。
門から城までは一本道。その橋を通るには必ず城下町を通って行かなければならない。流石に城下町のなかを全速力で走るほど彼は酷い人ではなかったようだ。
(よかった…ずっとあのスピードで揺られてたら死ぬところだった)
ほっと胸を撫で下ろして景色を見ようとする。そこで私はハッとした。あれ、私、今、何に顔を突っ込んで、何にしがみついているんだろう。
「わ、わ、わー!!」
慌てて彼から手を離した。そのまま仰け反ってしまったのでバランスを崩す。ゆっくり歩いているとはいえ馬の背、地面に叩きつけられると覚悟したとき、彼はグイッと片腕で私の腰を掴み。そのまま自身の方へと引き寄せた。
「危ないから暴れないで」
「…す、すみません」
冷静な対応に火が出るほど顔が赤くなっていくのを感じる。再度、密着した彼から太陽に干された服の匂いと男の人独特の匂いが混じり込んでいるのに気づく。それがまた私の脳内を麻痺させていった。
彼から感じる僅かな体温もまた私の熱を上昇させる要因のひとつとなる。
(やばい。走っているときの方がマシだったんじゃないの)
馬の揺れに耐える為、しがみついているしかないこの状況。足も長い彼だが、座高も私より高いのは、今の私にとって唯一の救いだった。彼の胸に顔を埋めていれば真っ赤なこの顔を見られなくて済むだろうから。
彼にしがみついて通った城下町は昨日と違い静寂に包まれていた。
冷たい空気と風の音、そのなかで響くのは硬い道を踏み締める馬の蹄。揺れるたびに擦れる互いの衣服の音。
静寂に耐えきれず私は言葉を発した。
「天下る何処かに黄金の力あり。触れそめし者の望み……」
「神に届かん」
私が最後の言葉を発するよりも早く彼が答えた。
「…やっぱり有名な伝説なんですね」
彼は答えなかった。
「ときどきね、私の村に来るハイラルの行商人たちが教えてくれたの。古の時代から、今も尚、血眼になって探す人が沢山いるんだって」
彼は私に答えることはなかった。
「子供のときはいいなぁって思ってました。でも…」
視線を外に向けた。ハイラル城下町の景観は整えらえ、規則正しく並ぶ家々と花壇は太陽の光を受けて眩しく輝いている。誰もいない広場で水を噴く噴水もキラキラと光っているように見えた。
何もかもが宝石のように美しいこの世界。
だが、未だに修繕されていない場所、残されたその傷跡は…。
「ガノンドロフは…」
彼は静かに言葉を紡いだ。
「結局、トライフォースを見つけることはできなかった」
「そう、ね」
「それを全ての答えにするべきだと、姫はいう」
私は答えず、彼の言葉を待った。
「でも、それで終わらないことを、俺たち は知っている」
彼は此方を見ずに真っ直ぐ前を見つめている。私も彼の顔を見ることはできず横に流れる景色をただ茫然と見つめていた。
「ガノンドロフは、王の謀殺を企て、失敗した。賢者達の力によって封印されたというが、必ずヤツは戻ってくる」
まるで、ガノンドロフに会ったことがあるような口ぶり。仇敵の名を呼ぶように丁寧に。だけど、私はそれがあの神託が描かれた石板を見たことがあるからだと、その時は思った。
ハイラルの使者がマーロンに持ち込んだ石版。古代ハイリアの文字が刻まれたそれの内容は「神託」。この地を守る女神ハイリアからのお告げだった。
古の時代、黄金の力…即ちトライフォースを巡る長い戦いがあった。人間側であった女神ハイリアは終焉の者と呼ばれる、恐ろしい魔王と戦い、長い時を経て、その者を滅した…と語り継がれているのがマーロンでもよく聞くハイラル伝説。
だが、事実上はそうではない、と石版は私たちに告げた。
“悪しき心を持つ者の目覚め。其れは必ず訪れる。《私》が封印することしかできなかったように、何れ来たるその時も彼を完全に滅することはできないだろう。必要なのは「緑の衣に選ばれし勇者」と「鍛えられし退魔の剣」“
悪しき者をあの大盗賊ガノンドロフだとするならば、彼が暴れたその時代に勇者も退魔の剣も現れることはなかった、ということになる。
つまり女神ハイリアのお告げを正しいとするなら、彼を完全に滅することはできなかった、ということだ。
スカイさんは私と同年代に見える。
ガノンドロフが捕らえられたとき、彼も幼かったに違いない。それはつまり…。
(彼は燃え盛る城下町のなかにいたのかもしれない)
遠くの国にいた私が見たわけじゃないが、何故か其の様子を色鮮やかに思い浮かべることはできた。
血塗れの兵士
逃げ惑う人々
炎に包まれた城
…あれ、なんでお城が燃えているの…?
城は、無事 だったんだけどな。
「さあ、しっかり掴まってろ」
「へ?」
「エポナ、行くぞ」
間の抜けた私の声など聞こえていないようで、愛馬にそう告げた彼は馬の腹を蹴った。悲鳴をあげる余裕もなく私はまた、彼にしがみつく。
人生で初めて馬車や船に乗ったとき、乗り物酔いに遭ってこれ以上に酷いものは無いと思っていたが、それ以上にひどい揺れがあるもんなんだなと余裕のない脳みそで考えた。
酔いを感じている暇はないが、馬鹿みたいなことを考える余裕はあるらしい。むしろ命の危機がなかった船の方が幾分かマシに感じた。
グラグラと揺れながらしがみつく私に揺さぶられることもなく真っ直ぐ座り続ける彼は、こういったことに慣れているんだろう。
狩人というくらいだから、馬に乗りながら狩りだってするに違いないし、案内をすることもあるのなら、私以外を馬に乗せて走ることもあっただろう。
そう考えたのは自分自身のくせにチクリと胸が痛んだ。
(何、勝手に想像して傷ついてるのバカ)
私と同じように抱きしめられ座る女を思い浮かべて勝手に嫉妬する私はなんて愚かだろう。
きっとこれはキラキラしている舞台俳優を遠くから眺めているような感覚と同じで、恋ではない。恋であってはいけない。
だって、彼はハイリア人で、私はマーロンに帰るのだから。
急接近している今、彼の鼓動が微かに聞こえる。規則正しくゆっくりと鳴り響く音は心地がいい。目を閉じてその音を聞いていると、流れていく風の速さも消えていくように感じた。
微かに目を開いた先は青々とした草原が広がっている。ところどころに魔物達も見えるが、彼はそれに追いかけられないルートを知っているようだった。
(随分、冒険に慣れている人なのね)
頻繁に外に出るハイラルの行商人ですら、きっとここまで真っ直ぐに、だけど魔物に追われることがないルートは知らないだろう。
彼は謎で溢れている。
普通の人間が立ち入ることのできない森を自由に行き交うことができ、ゼルダ姫から「唯一の友人」と呼ばれ、一介の兵士からも信頼が厚い。
そして今回の神託の件にも関わることが許されたヒト。
(普通の狩人じゃないことくらい、私にだってわかるわ)
彼は前を見ながら淡々と語る。
「各神殿に用があるからと調査団が作られたのはここ数年の話で、俺の案内無しに迷いの森や他の場所を歩くことはできない」
鼻で笑ってそういった彼があまりにも寂しげに見えるのは気のせいだろうか。
「コキリ族と貴方は仲がいいの…?」
「……それなりに、ね」
「それ、なり…」
「森の神殿に選ばれた賢者はコキリ族の少女なんだ。彼女と……」
彼は何かを話しかけて、やめた。
賢者に少女が選ばれたなんて話、聞いたことがあったっけ…?
「…いや、彼女が俺のことを信用してくれているから、コキリ族も俺のことを信用してくれている。それは勿論、森の長も」
「じゃあ、調査団の人達と行くにしても、貴方と会うことは絶対だったのね」
私がそういうと彼は驚いた様子で私の方を振り返った。突然重なった視線に耐えられず地面に俯き、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「…えっと、だってそうでしょう?」
疑問形で返す私に答えることもなく彼は少し口角を上げて首を縦に振った。
「そうだな。こうならずとも出会っていた。そう思うよ」
なんだか私の言いたいことと少し違うような気もしたけれど、私はコクリと頷いた。彼はそれを見るとまた前を向き歩き出す。迷路のような道もやがて開けてきて、城門が見えてきた。
「ハイラル城からコキリの森に行くまで、最短でも丸一日かかる」
「そんなに遠いの!?」
「だから、馬を用意した」
城門の近くにいる兵士たちが私たちを…いや、彼をみて敬礼をする。普通の狩人ではないということだけは私にもわかる。軽く手をあげて挨拶をする程度に留めた彼は兵士の横をそのまま通り過ぎたが、挨拶された方の兵士たちはどことなく嬉しそうだった。
そのまま城門を通り過ぎると馬の嗎が聞こえ、反射的にそちらを見る。鳴いたのは輝くような茶色の毛並みを持つ馬で、主人であるスカイさんと再会したことを喜んでいる様子だったが、ふと、その後ろに続く私を「誰こいつ」なんて不思議そうな目でジッと見つめてきた。
「馬に乗ったことは?」
「ありません。マーロンでは馬車で移動するのが普通だったので…」
「じゃあ、手を貸そう」
手を貸そう?なんて?なんて疑問を口にする前にエポナ、おいで、なんて彼は優しくその馬に声をかけた。嬉しそうに鼻を鳴らす馬——-エポナもこちらにゆっくりと歩み寄ってきた。そして、彼はそのまま勢いをつけて颯爽と馬に乗る。
「ほら、そこに足をかけて」
「え」
「ここに、手を貸して」
馬に乗る彼に見惚れていたのも束の間。
言われるがままに鞍に片足をかけて手を出した。アンバランスな姿勢に思わず崩れそうになったが、出した手を強く握られ、そのまま引っ張り上げられる。宙に浮かぶ感覚に戸惑っていたが、彼はもう片方の腕で私を抱きとめ、グイッと引っ張っては私を馬に座らせた。
おぉ、すごい、なんて少し喜んでいると。
「しっかり掴んでて」
「え!?」
突如、馬が走り始めた。ありえないほどの速度で。悲鳴も出ないほど早く流れていく景色のなかで私は反射的に彼の服をギュッと掴んでしがみつく。
目を閉じ激しい揺れに耐えるよう、揺れに身を任せていた。馬車に乗っているときも野盗に遭ったときなどは馬を走らせたけれど、大きな荷物を背負った馬とそうでない馬では速さが違うのだと知った。
二人用の鞍にしてあるのは座っただけでわかったが、それでも上下左右に揺られる不安定な場所なのは変わらない。
一歩間違えれば振り落とされる。馬から落馬して死んだなんて話を今、思い出すなんて……。馬に初めて乗るのかとわざわざ聞いたくせにこんなにも早く走るのはおかしいじゃないかと余裕のない頭で文句を垂れた。
しかし、それは長く続くことはなく、突如馬はゆっくり止まった。
「さすがに城下町は走れないか…」
ハイラル城には二つの城門がある。ひとつは先ほど通ってきた城本体の真ん前にある大きな城門。そしてもうひとつがその門から一本道を下った先にある城下町をもぐるりと囲う大きな城壁。その城壁にある唯一の出入口を開閉する橋。それが第二の門だ。
昨日、ハイラル城に来た際、その大きな橋が上下に動き、門にもなることを知って少し感動していたのを覚えている。
門から城までは一本道。その橋を通るには必ず城下町を通って行かなければならない。流石に城下町のなかを全速力で走るほど彼は酷い人ではなかったようだ。
(よかった…ずっとあのスピードで揺られてたら死ぬところだった)
ほっと胸を撫で下ろして景色を見ようとする。そこで私はハッとした。あれ、私、今、何に顔を突っ込んで、何にしがみついているんだろう。
「わ、わ、わー!!」
慌てて彼から手を離した。そのまま仰け反ってしまったのでバランスを崩す。ゆっくり歩いているとはいえ馬の背、地面に叩きつけられると覚悟したとき、彼はグイッと片腕で私の腰を掴み。そのまま自身の方へと引き寄せた。
「危ないから暴れないで」
「…す、すみません」
冷静な対応に火が出るほど顔が赤くなっていくのを感じる。再度、密着した彼から太陽に干された服の匂いと男の人独特の匂いが混じり込んでいるのに気づく。それがまた私の脳内を麻痺させていった。
彼から感じる僅かな体温もまた私の熱を上昇させる要因のひとつとなる。
(やばい。走っているときの方がマシだったんじゃないの)
馬の揺れに耐える為、しがみついているしかないこの状況。足も長い彼だが、座高も私より高いのは、今の私にとって唯一の救いだった。彼の胸に顔を埋めていれば真っ赤なこの顔を見られなくて済むだろうから。
彼にしがみついて通った城下町は昨日と違い静寂に包まれていた。
冷たい空気と風の音、そのなかで響くのは硬い道を踏み締める馬の蹄。揺れるたびに擦れる互いの衣服の音。
静寂に耐えきれず私は言葉を発した。
「天下る何処かに黄金の力あり。触れそめし者の望み……」
「神に届かん」
私が最後の言葉を発するよりも早く彼が答えた。
「…やっぱり有名な伝説なんですね」
彼は答えなかった。
「ときどきね、私の村に来るハイラルの行商人たちが教えてくれたの。古の時代から、今も尚、血眼になって探す人が沢山いるんだって」
彼は私に答えることはなかった。
「子供のときはいいなぁって思ってました。でも…」
視線を外に向けた。ハイラル城下町の景観は整えらえ、規則正しく並ぶ家々と花壇は太陽の光を受けて眩しく輝いている。誰もいない広場で水を噴く噴水もキラキラと光っているように見えた。
何もかもが宝石のように美しいこの世界。
だが、未だに修繕されていない場所、残されたその傷跡は…。
「ガノンドロフは…」
彼は静かに言葉を紡いだ。
「結局、トライフォースを見つけることはできなかった」
「そう、ね」
「それを全ての答えにするべきだと、姫はいう」
私は答えず、彼の言葉を待った。
「でも、それで終わらないことを、
彼は此方を見ずに真っ直ぐ前を見つめている。私も彼の顔を見ることはできず横に流れる景色をただ茫然と見つめていた。
「ガノンドロフは、王の謀殺を企て、失敗した。賢者達の力によって封印されたというが、必ずヤツは戻ってくる」
まるで、ガノンドロフに会ったことがあるような口ぶり。仇敵の名を呼ぶように丁寧に。だけど、私はそれがあの神託が描かれた石板を見たことがあるからだと、その時は思った。
ハイラルの使者がマーロンに持ち込んだ石版。古代ハイリアの文字が刻まれたそれの内容は「神託」。この地を守る女神ハイリアからのお告げだった。
古の時代、黄金の力…即ちトライフォースを巡る長い戦いがあった。人間側であった女神ハイリアは終焉の者と呼ばれる、恐ろしい魔王と戦い、長い時を経て、その者を滅した…と語り継がれているのがマーロンでもよく聞くハイラル伝説。
だが、事実上はそうではない、と石版は私たちに告げた。
“悪しき心を持つ者の目覚め。其れは必ず訪れる。《私》が封印することしかできなかったように、何れ来たるその時も彼を完全に滅することはできないだろう。必要なのは「緑の衣に選ばれし勇者」と「鍛えられし退魔の剣」“
悪しき者をあの大盗賊ガノンドロフだとするならば、彼が暴れたその時代に勇者も退魔の剣も現れることはなかった、ということになる。
つまり女神ハイリアのお告げを正しいとするなら、彼を完全に滅することはできなかった、ということだ。
スカイさんは私と同年代に見える。
ガノンドロフが捕らえられたとき、彼も幼かったに違いない。それはつまり…。
(彼は燃え盛る城下町のなかにいたのかもしれない)
遠くの国にいた私が見たわけじゃないが、何故か其の様子を色鮮やかに思い浮かべることはできた。
血塗れの兵士
逃げ惑う人々
炎に包まれた城
…あれ、なんでお城が燃えているの…?
城は、
「さあ、しっかり掴まってろ」
「へ?」
「エポナ、行くぞ」
間の抜けた私の声など聞こえていないようで、愛馬にそう告げた彼は馬の腹を蹴った。悲鳴をあげる余裕もなく私はまた、彼にしがみつく。
人生で初めて馬車や船に乗ったとき、乗り物酔いに遭ってこれ以上に酷いものは無いと思っていたが、それ以上にひどい揺れがあるもんなんだなと余裕のない脳みそで考えた。
酔いを感じている暇はないが、馬鹿みたいなことを考える余裕はあるらしい。むしろ命の危機がなかった船の方が幾分かマシに感じた。
グラグラと揺れながらしがみつく私に揺さぶられることもなく真っ直ぐ座り続ける彼は、こういったことに慣れているんだろう。
狩人というくらいだから、馬に乗りながら狩りだってするに違いないし、案内をすることもあるのなら、私以外を馬に乗せて走ることもあっただろう。
そう考えたのは自分自身のくせにチクリと胸が痛んだ。
(何、勝手に想像して傷ついてるのバカ)
私と同じように抱きしめられ座る女を思い浮かべて勝手に嫉妬する私はなんて愚かだろう。
きっとこれはキラキラしている舞台俳優を遠くから眺めているような感覚と同じで、恋ではない。恋であってはいけない。
だって、彼はハイリア人で、私はマーロンに帰るのだから。
急接近している今、彼の鼓動が微かに聞こえる。規則正しくゆっくりと鳴り響く音は心地がいい。目を閉じてその音を聞いていると、流れていく風の速さも消えていくように感じた。
微かに目を開いた先は青々とした草原が広がっている。ところどころに魔物達も見えるが、彼はそれに追いかけられないルートを知っているようだった。
(随分、冒険に慣れている人なのね)
頻繁に外に出るハイラルの行商人ですら、きっとここまで真っ直ぐに、だけど魔物に追われることがないルートは知らないだろう。
彼は謎で溢れている。
普通の人間が立ち入ることのできない森を自由に行き交うことができ、ゼルダ姫から「唯一の友人」と呼ばれ、一介の兵士からも信頼が厚い。
そして今回の神託の件にも関わることが許されたヒト。
(普通の狩人じゃないことくらい、私にだってわかるわ)