第1章
夢小説設定
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揺らめく水底に映る微かな光。私は呆然とそれを見ていた。
響く誰かの声……。
「なあ、勇者様。何時になったらワイを迎えに来てくれるん」
何処かで聞いたことのある女の声は、白い光を見つめながら呟く。
「こんなに想っとるのに」
彼女は何を……いや、誰を見つめているのだろう。
私は其れを覗き込むようにその光へ顔を近づけた。
その光に映ったのは鮮烈な緑……。
「うろこ!!」
「はぇ!?」
ボスッ…痛くはなかったものの顔を覆い被さる毛布は私を夢から現実へ引き戻した。あともう少しで何か見えそうだったのに…なんて夢に浸る暇さえもなく響く姐さんの声。
「うろこ、いつまでも寝てるんじゃないよ」
毛布をどけて寝惚け眼で見た姐さんは呆れた顔をしてこちらを見ていた。後光のように差す太陽の光に何度か瞬きをし、その景色を呆然と眺めた。姐さんの背後に広がる青い空と生い茂る緑の草花。
ただただ広がる広い平野。
「あれ、もうハイラル!?」
「あんたが寝て何時間経ったと思ってんだい」
「だって…馬車の揺れてる感じと日差しが…ね!」
「ボケッとしてないで身なりを整えな。折角、美人だと言われるあのゼルダ姫に会えるってのに、あんたそんな寝癖だらけじゃ笑われちまうよ」
「わっ、ごめん」
目を覚ますべく顔を何度か叩き、カバンから鏡を出すと飛び出た髪の毛を押さえるように櫛で梳かした。ふと、馬車の外に目をやると何処までも続く草原と雲ひとつない空が私を歓迎してくれている。
ハイラル王国。不思議な森と輝く湖、灼熱の砂漠に燃える火山。
創生の女神達が最初に舞い降りたため別名聖地ハイラルと呼ばれている。大きな門をくぐり城下町に入ると人々が賑わう平和な国に見えるが、城壁についた傷はまだ生々しい事件を鮮明に思い出させた。
城下町以外の村々はまだ復興途中だという。
6年、いや7年前だろうか。
今はハイラルとされるその砂漠がまだゲルド族という異民族の住処とされ、どこの国にも属していなかった頃。当時のゲルドの長、ガノンドロフが魔物を引き連れハイラル城を収奪
その事件は私と同世代でありながら聡明だったゼルダ姫の阻止により失敗。そのままゲルド族の長は捕らえられ、聖地ハイラルを守る賢者たちの手によって彼は別の世界へ封印された……というのが私のいる国の見解。
だけど、ココに来て改めて思う。その策略は確かに失敗したけれど、被害がなかったわけじゃない。燃えたハイラル城下町の復興は今も尚、続いている。
その事件の後、ゼルダ姫はゲルド族だけでなく、私の住む隣国マーロンとの友好条約を結んだ。そして年に一度、友好の証として互いの使者がそれぞれの王城に特産品を献上する取り決めをした。
それが私と姐さん、そして姐さんの旦那さんが今、ハイラルにいる理由のひとつでもある。
「遠方からの旅、疲れたでしょう。よく来てくれましたね」
永遠に広がるように感じた平野からも見えた高く美しい城。数々のステンドグラスが並ぶ美しい螺旋階段の道。その最上階に君臨するこの国の姫、ゼルダ。
マーロンの使者になるにあたって、城からやってきたマナー講師にビシバシと1ヶ月、礼儀作法を叩き込まれたわけだが、それが全部吹っ飛ぶほどゼルダ姫は美しかった。
「うろこ!!」
「え、あ!」
姐さんに頭を叩かれ、私はやっと頭を下げる。
「まあ、そんなに畏まらなくていいのに…頭をあげて頂戴」
「ゼルダ姫、本日はマーロンでとれる珊瑚をあしらったネックレスとイヤリングをお持ちしました」
強盗が来たときも、下品な客が来たときも、偉そうな貴族が来たときだって凛として対応していた姐さんとその旦那さん。二人の声は緊張で震えていた。
そりゃそうだ。なんて私も震えながら考える。
マーロンの暖かな潮風が吹く下町とは違う冷ややかな空気。静かに鳴り響くオーケストラの音に整列して動かない人形のような兵士たち。豪奢に飾り付けられた赤い椅子に優雅に座る絶世の美女!
もし私が貴族だったとしても変わらず震えただろう。
「まあ、素敵」
「マーロンでは予約が殺到しているほど、有名な職人が手がけたものでして…デザインは未だ見たことないアシンメトリーのイヤリング。派手ではないのですが、繊細なデザインを施した職人技が光る一品となっております」
「あら、本当に見たことがないデザインだわ。今までは大きな宝石で派手派手しく飾り付けることやシンメトリーで対照的なバランスを取るというのが流行りだったけれど、これはこれでとっても素敵。これからハイラルの流行を作る素晴らしい作品だわ。それに見て、この美しいピンクの宝石を。マーロンは海に面しているからハイラルにはない素敵なもので溢れているのね。これが水の底にあるモノなんて信じられる?いいえ、信じられないわ」
震える手で渡した宝飾品は近くに従事者に渡され、そしてやっとゼルダ姫の元へと行く。壊れやすいガラス玉を持つように優しく、そして優雅にアクセサリーを持ち自らに当てるその一連の動きで育ちの良さがわかる。ただ宝石を持っただけでバックに花が舞っている…そんな風に見えるのは私だけ!?なんて。
姫の言葉を聞いてこちらに視線を送ってきた姐さんに私はハッとした。危ない。忘れるところだった。
マーロンとハイラルでは使われる言語が違う。お貴族様からすれば一般教育として受けるハイラル語だが、私達みたいな平民がハイラル語を学ぶチャンスは一度だってない。…のだけど、私だけは何故か、ハイラル語を完璧に聞き取ることができた。
だからハイラル語がわからない姐さん達には私の通訳が必要なのだ。私がにっこりとして微笑み、ゼルダ姫の言葉を伝えると、二人はほっと胸を撫で下ろした。
…このように通訳するのも私の仕事ではあるけれど、それだけで国を繋ぐ使者という重要な役目に平民を選ぶ理由にはならない。今回、私達…いや、厳密にいうと「私が」使者に選ばれたのには理由があった。
「ところで」
ゼルダ姫は眺めていた宝石を臣下達に渡し、王座から立ち上がった。
「…うろこ様。このハイラルに来てくれた、ということは私の頼みを引き受けてくれる、ということでいいのかしら」
私は彼女を見て大きく頷く。
「…はい。そのつもりで来ました」
私の返事に微笑むゼルダ姫。百合の花びらが散った。
「危険な旅路になるかもしれません」
「覚悟をしてきました。大丈夫です」
「…ありがとう。うろこ様。感謝してもしきれません」
「そんな…」
「今日の夜、迷いの森を調査している調査団が城へと戻ってきます。彼らとともに迷いの森へ行き、森の神殿で調査に加わっていただきます。その後、カカリコ村へ行き……」
長々と続く説明に何度か相槌を打ちながら忘れないように心の中で反芻をした。知らない世界を旅することへの好奇心と希望、それ以上の不安。
未知なる世界での冒険に震えながら私は彼女の青い瞳を見つめた。
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