第2話 ふたりの日常
その後、二人は少しだけ会話をしながら全ての片付けを終えた。
部屋を復元するとリラは音も立てずに部屋を出たが、残されたテレサはどうしようか迷った挙句、寝室の扉の横に立って朝を待つことにした。
もちろんXANXUSは外の気配に気づいていた。だがテレサなら警戒することもない。いつも通り、浅い眠りについた。
ふと目が覚めたのは、2時間も経っていない頃だった。睡眠時間は短くても問題ないが、目覚めた理由に問題があった。
なぜか、あの白いナイトドレスを纏い佇むテレサの姿が浮かんだのだ。性格はあれでも、姿形は抜きん出ているから、確かに似合ってはいた。テレサは意識していないのだろうが、胸の下の位置に手を置くことで身体のラインが強調され、立ち姿にさえ美しいフォルムが生まれていた。
XANXUSは仕方なくベッドから出て扉を開けた。ハッとした顔でこちらを振り向くテレサの腕を掴んで部屋に引きずり込むと、そのまま腕に閉じ込め横になった。
小さな体は、別に用意した女物の石鹸を使っているからか、芳香が漂った。
「XANXUS様…っ…」
「暖を取るだけだ。大人しくしてろ」
青い顔をして、また触ったらどうのこうの言うつもりなのだろうから、先に封じておいた。外の冷気に曝されていた体は、逆にXANXUSの体温を奪っていったが。
テレサはそれを真に受けて、自分に使い道があるということに少なからず安心したが、やはり緊張してその晩は眠れなかった。
そんな眠れない晩が2日も続いた時だった。
XANXUSはテレサの具合が明らかに悪いのに気づいていたが、寝不足が原因であることもわかっていたので、限界が来れば嫌でも眠って解決するだろうと、何も処置はしなかった。
その日、異変は起きた。XANXUSが部屋に戻ると、いつもの場所にテレサがいない。逃げる事は恐らく無理だし、城で迷子になっているのでなければ、寝てるのだろうと思った。
どちらにせよ、XANXUSには関係ない。ただ、自分から始めたくせに半端してんじゃねえと、いないならいないで頭に来つつ、いつも通り風呂場の扉を開けた。
「……」
脱衣室へと続く廊下に、見慣れたピンク髪が倒れていた。シャワーまでは済ませたようだ。
反射的に、足が出かけた。
よく殴って失神したスクアーロを蹴って部屋の隅に寄せるのだ。その癖が出そうになったが、なんとかこらえ通り過ぎた。
浴室から出る時もテレサはぶっ倒れていたが、今度はスルーしなかった。今日はテレサにも仕事があるのだ。
まだ夜の方を覚えさせる気は起きなかったが、口でさせようと思っていた。テレサと過ごしてわずか2日程度だが、一晩でその顔や肌触りや匂いを覚えてしまい、今まで性欲を満たすために使っていた娼婦や愛人がとんでもない醜女に見えてきて、触れられるのも気色悪くなったのだ。テレサで済むなら移動の面倒も無くなるし、それに越したことはない。
腕を掴んで持ち上げると、テレサの目が重たげに開いた。
「起きろ、カス」
「…!」
テレサは自分が眠っていたのだと気づくと、冷やりとして一瞬で目が覚めた。XANXUSの前髪が下りているのを見ると、シャワーを浴びるのに一度ここを通ったのだとわかった。
XANXUSは、テレサが自力で立ったのを確認して、手を離しリビングへ向かった。
テレサは風呂場のドアの横で立ち止まろうとしたので、「来い」と言うと素直に付いてきた。XANXUSがソファに座ると、戸惑いがちに床に膝をついた。
まあ、その体勢がちょうどいいかとXANXUSは思った。
「舐めろ」
テレサは、舐めるとは何のことかわからなかった。
小首を傾げすまなそうに見上げるテレサに、そうだった、とテレサが全く物を知らないということを思い出す。
腕を引いてXANXUSの足の間に移動させると、首に手を添え、下身に顔を近づけるように引っ張った。少し前屈みになったテレサは床に手をついた。まるで犬のおすわりのようだ。
「…?」
困惑して見上げるテレサに、まだわからないのかと苦い思いがした。
テレサの右手を取って、少し反応している自身にあてた。
「っ…!」
テレサは息を飲んで身を固めた。
フリーズしてしまったテレサに、XANXUSは一気にめんどくさくなって、自分で物を取り出すと、テレサの頭を引き寄せて唇に先端を押し当てた。薄く開いた唇を割って歯に当たると、テレサは慌て口を開いた。柔らかい舌がXANXUSの物を迎え入れる。
「…ちっ…」
口が小さい。ほぼ亀頭部しか入らない。しかし、顔が小さい分、顎が小さいのも当然かと納得して、すぐ諦めた。
テレサは大いに動揺していたが、少しも抵抗することなく口を開けていた。むしろ、XANXUSに全て任せるつもりだった。もちろん触れることに遠慮はあったが、XANXUSが望むなら拒否はできなかった。
「おい、動け」
「…?」
瞳だけで困惑が伝わった。
テレサには、どのように動けばいいのかわからなかったのた。ただ、先ほどの舐めるというワードを思い出し、とりあえず口の中で、先端をぺろりと震える舌で舐めた。そしてXANXUSをちらりと見上げ命令を待った。
「……もういい。覚えろ」
このポンコツに何を言ってもわからなそうだと判断したXANXUSは、テレサの頭を掴むと、ゆっくり前後に動かした。
テレサはXANXUSがどう感じているかはわからなかったが、歯が当たったら痛いのではないかと思い、なるべく当てないようにしていた。
やがて手を離すと、一度止まったが、今度は自分でぎこちなくも動き始めた。
空いた手でテレサの右手を取り、根元の方を握らせた。手首を掴んで何度か動かしてみると、テレサの添えるだけの力加減は扱くと言うより撫でるであり、何の快感ももたらさなかった。
手を上から包み、力を加えてやる。離すと、その力加減を引き継いで動かし始め、快感が生まれた。
手と口の出し入れ…取り敢えずは大枠だけでいいだろう。なにかと要領の悪いテレサは、一度に教えてもこなせるはずがない。技術的なことは、これから調教していけばいい。
しかし遅い上にテクニックも何も無いので時間がかかる。何分か続けると、唾液を上手く飲み込めなくなってくる。
「んふっ…」
唾液が喉に流れ込んできて軽い咳をすると、口から溢れそうになり、思わず動きを止めた。咥えたまま唾液を飲み込み、急いで再開した。
そんなテレサの様子に、XANXUSはなぜか興奮した。技術も工夫も無く、手使いもぎこちないが、一生懸命な顔で自身を舐めるテレサの姿に、自身は膨らみを増した。
テレサの手の中で、体積を増したXANXUSの物がかすかに脈打つ。頭を動かして舌で必死に舐めながら、さらに10分ほど経った時。
「口はもういい。手は続けろ」
簡潔な指示のあと、口を離す。顎に痛みが残った。
手を動かし続けていると、ドクン、と一際大きく脈打つ。
なんだろう、とXANXUSの首元を視線だけで見上げる。
「…出すぞ」
テレサは驚いたような顔をして、慌ただしく視線をXANXUSの物と顔の間で往復させる。
「え…、あっ……」
時間が無いと思い、焦って顔を近づけた。
しかし、射精には間に合わなかった。
右目から口までの一線に白濁液がかかり、その後で先端を口に含んだ。
XANXUSはその奇行に面食らいながらも、目を離せなかった。避けろという意味だったのだが。
やがて口の中に出し終わりテレサの口から引き抜くと、少し糸を引いた液が顎に垂れた。
テレサは舌の上に出された液をどうしていいかわからず、口を開けたまま薄く目を開けてXANXUSを見上げた。上向きにカールした長いまつげに白い液が乗って、眼球への侵入を防いでいた。
口を手で覆う寸前、唾液と混ざって体積を増し、狭い口の中に入りきらなかった混合液が端から漏れるのを見た。XANXUSはなんだか楽しくなって、笑いながら言葉を投げる。
「それで、どうするんだ?」
「……っ、」
吐き出すことなど到底出来るわけもなく、口を閉じると、こくん、こくん、と2度に分けて飲む。顎に付いたものも口に押し込むが、想像以上に粘り気があり、石鹸で顔を洗わないと取れないだろうと思われた。それに動揺し、頬のものにも触れると、余計に付着面積を広げてしまった。
その様子に、XANXUSはとうとう笑いだした。馬鹿にしたような笑いではあったが。
「流してこい」
「……すみません」
テレサは頭を下げて浴室に向かった。自分がひどく馬鹿だと言うことをさらに色濃く思い知らされたかのようだった。
顔を洗って寝室に戻ると、XANXUSはすでに酒を飲んでいたが、テレサの気配に目を開ける。
テレサは途端に緊張して、すすっと扉の横に移動した。
「…今更だろ。隣に来い」
「……はい」
素直にXANXUSの元へ来たが、予想通り床に膝をつこうとしかけたテレサの腕を引き、自身の隣に座らせる。
XANXUSは、瓶ごと飲んでいたウイスキーをテーブルに置いた。
「酌をしろ」
「はい」
気色悪いのは、娼婦や愛人に、メイドも同様だった。
XANXUSはテレサがまともに出来るのとは思っていなかったが、取り敢えずはどうするのか観察していた。
「……あの、お水は…」
テレサは、XANXUSが先程はストレートで飲んでいたのはわかっていたが、リラがいた時は水割りだったと覚えている。XANXUSは無言で頷いた。
テレサはメイドの用意したショットグラスに口一杯まで氷を入れ、ウイスキーを入れてマドラーで混ぜ、ウイスキーとグラスを冷やした。XANXUSは、やり方は知っているのかと少しの驚きを持って、その控えめな氷の音を聞いていた。
そして、溶けた分の氷を足して水を入れた。確かリラが注いでいた時は、ウイスキーと水は4:5ほどだったと思い出しながら。
XANXUSは、一応まともには出来るらしいと感心した。いや、むしろ単純な動作に品性が隅々まで行き渡り、つい目で追ってしまう。
この感覚には覚えがあった。時々、ベルがそうだ。8歳まで王家で躾けられてきただけあって、ふとした仕草に出る品の良さ。それを隠そうとわざと肘をついて食べたり、音を立ててカップを置いたり、粗雑な動作をするのもXANXUSは気づいている。
テレサにも、そういう"根っからの品性"をよく感じる。それを見ているだけで酒が旨くなる気さえした。これからは酒も夜もテレサで済みそうだと、XANXUSは機嫌よく笑った。
ちらっと横のテレサを見ると、わずかな異常に気づいた。目が潤み、少し顔が赤い。まさか匂いだけで酔ったわけではあるまい。
そういえば、睡眠不足による食欲不振のせいか、いつにも増して食べていない。悪条件が揃い、熱でもあるのだろう。
グラスが空になると、すぐ次を注いだ。だいぶストレートで飲んでいたので、それで瓶は空になってしまった。なんだかテレサの仕草をもう見れないのが惜しくて、別なのを開けようかと思った時…
––––とす、
XANXUSの肩に、テレサの頭が乗ってきた。ソファも手伝い、居心地よく固定された。
眉を顰めて目をやると、テレサは寝ていた。
XANXUSは流石に笑えてきた。テレサの馬鹿さ加減に。夜勝手に眠らないのと、酌をしている時に居眠りするの、どうやらテレサにとっては後者の方が失礼がないらしい。
酒を飲んだのとテレサの意外な出来を見たのとで、少しは上機嫌だったXANXUSは、テレサを抱いて寝室へ向かった。
肩に頭を預けて眠るテレサの寝顔の穏やかなこと。XANXUSは、やはり緊張していたり怯えている顔より、そういう顔の方が似合うと思った。もっと言えば、笑っていればいいものを、と。