第8章 欠かせないもの
長い長い夢を見た。忘れたはずの出来事も、記憶を掘り起こせばどこかに仕舞ってあるものだ。
今となっては見知った薄桃色の髪に、蔓の指輪。
ーーそうか、あの時のアイツは、あの奇妙な男は、テレサの………
あの時殺した男は、テレサの父親だったのか。今になって鮮明に写真の女を思い出す。あれもテレサに間違い無い。まさに今、腕の中に眠るテレサに違いない。
テレサを覗き込むと、辛そうに顔を歪めていた。つう、と涙が溢れて、まるで悪夢でも見ているかのように。
最近はこんなことも減っていたのだが。起きたら体調を崩していたとか、悪い夢を見て眠りながら泣いているとか、そういえば最近は無い気がする。
XANXUSの夢にでも当てられたのだろうか。父親が死ぬ夢でも見ているような、そんな気がした。
「………チッ…」
なんだか顔を合わせたくなくて、テレサが起きないように少し静かにベッドを出た。そして、心のどこかにざわめきを感じながらも部屋を後にした。
それからというもの、テレサはどこか塞ぎ込んでいる。心ここに在らずという感じで、数日もすれば忘れると思っていたが、そうでもないらしい。
テレサにとっては、よほど父親の存在が大きいのだろう。
仕方なく、XANXUSは口を開いた。
「……なに考えてる」
「…!」
ぼーっと窓の外を見つめていたテレサはハッとしてXANXUSを見上げた。
いつものように髪を撫でたり、キスを落としたりがなんだか出来なくて手が止まってしまう。その実、あの夢を見てから調子が狂っているのはテレサだけではない。
「………寂しい夢を……」
やはりか。予想は当たったらしい。
XANXUSの冷静な態度と裏腹に
テレサは少し焦ったように続けた。
「で、でも……っ…、きっと、気のせいで………」
……寂しい夢?
それだけに終わればまだ良いが。
それだけで、なぜ目を合わせない?
何かを隠したいような、どこか焦っているような、その態度はなんだ?
一体、何の夢を見た?
どこまで、見た?
試すように、テレサの頬へと手を伸ばす。
「……っ…!」
一瞬、張り詰めたように体がこわばって、怯えた目をした。
ここ数日、そんな反応ばかりだ。
どこか怯えている、疑っている。
だから触れるのもなんだか嫌になってしまった。
一体、何の夢を見た?
どこまで、知った?
「…………お前、"何の夢を見た"…?」
いつものただ不機嫌なだけの声とは違う。重く這うような、試すような声色。
そのXANXUSの声を聞いていると、嫌な予感がするみたいに頭が熱くなって、心臓の鼓動が痛い。嫌な予感が…、何かが壊れる予感がする。
「…………あ、……父が………殺される夢を……」
「……"誰に"だ?」
嫌な予感がする。
誰にか、なんて、もう分かっている上で、何と答えるか試しているような。
そしてその答えが、真実と言うような、そんな嫌な予感がする。
だから言えない。
だって、あの夢は…
あの夢が真実ならば…
「(………夢の中で父を殺したのは……………)」
だから、言えない…
それが真実ならば、言いたくない。
「………………ほんとう、に………?」
XANXUSの赤い眼が、ゆっくりとテレサの瞳を捉える。
至極冷静なXANXUSの眼。全ての答えを分かっているような眼。
ーー否定してほしいの。何でも良い、馬鹿にして良い、もう嘘でも良いから。
それでも何も言わずに、沈黙と冷たい瞳だけで、肯定する。
「…………うそ……」
ぽつりと、手から滑り落ちるように小さな声で呟く。
どうやら、あの鈍感なテレサも悟ったらしい。
そう、夢の中の出来事が真実だと。
「嘘じゃねえ」
まだ少し期待するような色を含むテレサの瞳を絶望に突き落とすように、言う。
「お前の父親を殺したのは、俺だ」
テレサは瞬きも忘れてXANXUSを見つめていた。
まだ少し、嘘だと言ってくれると期待しているのかもしれない。でもきっと、嘘では無いと、もう悟っているだろう。
XANXUSはテレサの髪を撫でるように指を通した。
「っ……」
テレサはそれにビクッと肩を揺らした。怯えた顔で自分を見上げるテレサに、XANXUSは上機嫌に口の端を上げて言う。
「どうした?てめえの父親は死に際にそんな顔見せなかったぞ?娘がどうのと騒いじゃいたがな」
「(この手が……殺して……本当に…?)」
テレサはその手から逃げるように少し縮こまった。XANXUSの手から逃げたくなるのは初めてだった。
「今までと何も変わらねえだろ。てめえは毎日人を殺した手に抱かれてた…それが親父になった途端にそれか?偽善者が」
淡々と静かに刺すような声で言う。髪を梳く手が遊ぶようにグンッと髪を引っ張ると、テレサは驚いて小さな悲鳴を漏らしたが、怯えて何も言えなくなった。
分からない。何も分からない。頭が真っ白になって、考えられない。
ただ、XANXUSの手が遊び半分にテレサの頬にゆっくりと伸びる。
その手に、恐くなって思わず目を瞑った。
「いやっ……!」
テレサにしては大きな声。
グイッと両手でXANXUSの手を押し返す。
XANXUSの手は、その程度の力ではビクともしなかったが、動きを止めた。
「あ…?」
ゆらりと、XANXUSの瞳に火が灯るように赤みが増した。ギロッと睨まれると、それだけで心臓が止まりそうになる。
「………、……」
テレサは何も言えずに、ただふらりと一歩うしろに下がった。
その青い瞳に疑念を混ぜてXANXUSを見据えた。まるで敵対する者と対峙しているかのようだ。
そんなテレサに、XANXUSは眉を顰めた。
同時に、初めて気付いた。怯えたり怖がったりさせたことはあっても、拒まれたことは無かったのだと。
そして、今初めて、テレサがXANXUSを拒んでいるのだと。
それに気付くと、途端に苛立ちが湧き上がった。なにせ、テレサが反抗したり、拒絶されるなんてことは、想像もしていなかったのだ。
「……来い、テレサ」
怒りの潜んだXANXUSの声。
しかし、テレサは浅い息を繰り返し、首を横に振った。
そこで、XANXUSの苛立ちは頂点に達した。初めて、テレサに拒否されたのだ。普段は自分の意思で行動しろと言い聞かせてはいるが、いざ自分を受け入れないとなると、憎たらしく思えた。
つまるところ、"俺を拒絶するな"––––そんな感覚が生まれた。
「おい」
低い地声にさらにドスを効かせると、それだけでテレサの顔に緊張が走った。
この通りだ。テレサは弱い。弱い奴に、強者に逆らう権利はない。
「誰に逆らってる?来いと言ったのがわかんねえのか」
大股で距離を詰めるXANXUSに、テレサは身を硬くして震えるだけだった。
「てめえの主人は誰だ、言ってみろ」
「っきゃ…!」
その薄桃色の髪を掴んで引き上げた。テレサは慌てて爪先立ちになったが、それでも安定には足りず、XANXUSの服に縋った。
「っいた…、…」
グイッと掴んだ髪を傾けてテレサの顔を上げさせる。
赤みを増した瞳で睨まれると、喉の奥で息が詰まった。震えることもできない程の恐怖は、蛇に睨まれた蛙より酷い、ライオンに食われる寸前の仔犬だ。
初めてテレサに向ける本気の怒り。
誰を拒絶している?
裏切るつもりか?
「…ちっ……」
テレサが何も言えなくなったのを悟った。
そんな態度にもイライラする。爪先立ちしたくらいですぐ限界を迎えて震える脚にも苛立った。
ああ、もうこの愚図で虚弱な生き物が、癪に触って仕方が無い。
「………てめえが歯向ったのが誰なのか……分からせる必要があるみてえだな」
XANXUSは、そんなことを考えるのは初めてだった。気に食わなければすぐに消していたからだ。
いつもの従順なテレサに戻れば、まだ見逃してやらなくも無い、と。この時点では、そう少しは思っていた。
「お前の分際で、俺に逆らって良いとでも思っているのか?」
「……!」
分かりやすく傷付いた顔をする。
それもそのはずだ。テレサがXANXUSを心底信頼しているのは、XANXUSがテレサの身分を一切気に留めていないと、知ったからなのだから。
まるで、無理やり従わせるような、血統でコントロールしようとするような、そんな扱いは、テレサにとってはあまりにも悲しいものだった。
なによりも、信頼しているXANXUSにそうされるのは、辛いほど、悲しくて…。
しかし、衝撃を受けるテレサに追い打ちをかけるように、XANXUSは続けて言った。
「忘れるんじゃねえ……てめえに流れる下劣な血を」
テレサは息を飲んでXANXUSを見上げた。
「………ぇ……」
耳を疑いたくなるような言葉だった。
頭が真っ白になって、何も考えられない。それなのに、悪寒だけは足先から這い上がってきて、血の気が引いて眩暈がした。
ぞわっ、と、血が汚らしい虫に変わり、血管の中を這い回るかのような感覚に、全身が冷たくなった。
ーーーー唯一自分を受け入れてくれたXANXUSが、本当は常にそう思っていた?
事実だから仕方ないけれど、確かにXANXUSは否定してくれたはずだ。「血統なんてどうでもいい」と、言ってくれた。
それも嘘だったのだろうか?その落差とショックに、体が震えた。
「(……それでも、それが本当だとしても…)」
ーーーーあなたが好きだから…恋しているから。
「……………………あなた、だけは………………」
ーーーーそれを言わないで……
ぽろぽろと、テレサの瞳から涙が溢れる。震える声を絞り出す姿に、いつもの反射で涙を拭う手がぴくりと反応した。しかし、その涙を拭うことは無かった。
傷つけることなどわかっていた。積み上げてきたものを壊す行為に等しいことも。それでも、テレサの手が––––空を映し、陽も雨も嵐も雷も霧も在るが儘に受け止めてしまう海のような両腕が、自分を拒んだ……その事実に怒りが抑えられなかった。
そんなことも初めてだった。こう見えても、駆け引きもなしに怒り散らしたことなど無い。それが自分のマイナスになるようでは、滑稽も良いところだ。"恐怖を与える存在"と"ただのガキ"は紙一重であった。
しかしテレサに限っては、その心も体も、自分のモノにしないと気が済まなかった。
片手で鎖骨を押すと、テレサの体は簡単に突き飛ばされて後ろの壁に背中を打ち付けた。
「ぁっ……」
ドン、と横に手を付くと、テレサはビクッと肩を跳ねさせて、怯えた顔でXANXUSを見上げた。
そして目を逸らさないようにテレサの顎を掴んで、痛いほど真っ直ぐ届くように、低い声で言った。
「忘れるんじゃねえ、テレサ……てめえに流れる下劣な血を」
「……!!」
テレサは息を詰まらせた。
ぞわっ、と、血が汚らしい虫に変わり、血管の中を這い回るかのような感覚に、全身が凍りつくような感じがした。
ーー唯一自分を受け入れてくれたXANXUSが、本当は常にそう思っていた?
事実であるから仕方ないけれど、確かにXANXUSは否定してくれたはずだ。それも嘘だったのだろうか?
「(……それでも、それが本当だとしても…)」
ーーあなたのこと、好きだから…恋しているから。
「……………………あなた、だけは………………それを言わないで……」
ぽろぽろと、テレサの瞳から静かに涙が溢れる。
その雫はXANXUSの指に触れて、僅かな暖かさを残した。
テレサの涙を見るのが、やけに久しぶりな気がする。もともと怖いだの驚いただの、どうでもいいことで泣く女だったが、最近はXANXUSもそういう脅威を予測できるようになって、テレサが恐怖を感じないように先回りできていたからか。
傷つけることなどわかっていた。積み上げてきたものを壊す行為に等しいことも。それでも、テレサの手が––––大空さえも受け止めてしまう海のような両腕が、自分を拒んだ……その事実に怒りが抑えられなかった。
そんなことも初めてだった。こう見えても、駆け引きもなしに怒り散らしたことなど無い。それが自分のマイナスになるようでは、滑稽も良いところだ。"恐怖を与える存在"と"ただのガキ"は紙一重であった。
「チッ…!」
今までに無いくらい傷付いた顔でXANXUSを見上げるテレサに、なんだか無性に苛立ちが込み上げる。
ーーバシッ!
「っ…!」
つい、つい手が出た。もちろん最低限の手加減はしたとしても、XANXUSに頭を殴られてテレサは床に倒れ込み手をついた。
何が起きたのか分からなかった。でも側頭部に鈍い痛みが尾を引いて、殴られたのだと理解した。
頭がクラクラして、目を開けることができない。そんな最中にも、再び頭に衝撃が走った。
「いたっ…!」
「立て」
今度は頭を蹴られたのか分からないが、革靴の硬い感覚が残った。
ただXANXUSの声だけが頭に響いて、恐怖に突き動かされるままに壁に手を伸ばして、無理やり体を起こした。
XANXUSはテレサの腕を掴むと、力づくで引っ張って寝室に向かった。
テレサはどこに連れて行かれるのかも分からないまま引き摺られて、寝室に入るとベッドに投げ捨てるように突き飛ばされた。
「きゃっ…!」
「るせぇ!!」
声を荒げると、テレサは怯えてさらに涙が溢れ出た。
「いちいち喚くんじゃねえ。…うるせえ」
「っ…ご、ごめ、なさ…」
恐怖のせいで呼吸が浅くて、うまく言葉が出ない。
そんなテレサに無性に腹が立つ。
縋るような瞳も、怯えた顔も、震える体も声も、全てに腹が立つ。
ーークソが。クソが。何の役にも立たねえ、テメェもカスだ。
ーーバシッ
「っ…!」
テレサの頬を殴る。衝撃でベッドに這うように倒れ込んだ。
今度は悲鳴を押し殺したのか、喉の奥から吐息が漏れるだけだった。
「…ごめんなさ…っ…ごめ、なさいっ…」
テレサは倒れ込んだまま顔も上げずに声を絞り出す。表情は見えないが、シーツにポツポツと赤い滲みが出来ていくから、殴った頬の皮膚が裂けて出血しているのは分かった。
そんなことに構わずに、テレサの肩を引いて仰向けにさせると、横に手をついて押し倒す。
案の定、テレサの頬には血の筋が出来ている。瞼は何かに耐えるように固く閉じられていた。その瞼の間からさえ涙が次から次へと溢れ出る。胸の前で祈るように握られた両手は小さく震えていた。
こんなテレサを見るのは初めてだった。どことなく扇情的で、加虐心を煽られるような。
さすが、昔から虐められてきただけあるのか、諦めが早いらしく顔や仕草からは一切の抵抗の意思を感じない。
「もうテメェに用はねえ……消えろ」
テレサの心臓の上に指先を当て、グッと力を込めて押す。薄い胸は耐えられず、ヤワな骨がわずかに軋んだ。
テレサは苦しげに顔を歪め、小さな咳を溢した。
ーーボウッ…
XANXUSの手に憤怒の炎が宿る。
光球状の炎がテレサの胸の上で弾けた。
と、その瞬間ーーテレサの淡い桃色の炎が、XANXUSの炎を飲み込んだ。
テレサの髪と同じ薄桃色の炎は、ゆったりと、どこか品のある、まるでテレサのような仕草で、XANXUSの荒々しい炎を包むように打ち消したのだった。
「…!」
「!!…そうだったな、曲がりなりにも、テメェは…」
テレサ自身も驚いたようだった。
カリタの慈愛の炎は謎に包まれていて能力は不明なところが多いが、どうやら他の炎を打ち消す能力でもあるらしい。本人の意思と関係無く、細々と受け継がれる慈愛の炎が自我を持って、まるでその血の宿主を守ろうとせんばかりに、立ち上がったのだった。
それでもなお、XANXUSの気持ちは変わらない。塵も残さず消したかったが、仕方が無い。なんにせよ、テレサの細い首を折るのなんて、片手で足りる。
XANXUSはテレサの首に手を伸ばすと、まるで遊ぶような仕草で鎖骨に触れた。
ーー最後に犯すか。
このまま嬲り殺そうと思っていたが、少しは役に立つ使い道を見つけた。と、XANXUSは少し楽しくなって、テレサの服に手をかけた。柔らかい絹の服をいとも簡単に引き裂かれて、テレサは驚いたように目を開けた。
「…っ…XANXUS…様……?」
テレサも何となくこれから起こることに勘付いたのか、サーっと血の気が引いてXANXUSを見上げた。
「鈍感なテメェでも流石に分かるか?」
「っ…!」
こんな状況で、乱暴にされるのは明らかだったから、テレサは恐怖感に苛まれた。
「…っい、いや…!」
テレサが抵抗しようと手を浮かせた瞬間、XANXUSはその手首を掴んでそれを封じた。
「……XANXUS様…そんな、…っ……」
テレサはすぐに抵抗を諦めて、腕は力無く垂れた。その代わりに涙が溢れ出て、懇願するようなか細い声を絞り出した。
こんなにも不安で、腕も頭も痛くて、怖くて、無理強いのようにされるのは初めてで、やめてほしいというのがただただ本心だった。
「黙れ」
XANXUSは冷ややかな視線で見下すだけで、全く聞き入れる様子はなかった。
XANXUSはテレサの片足を上げさせて、割れ目に自身を当てる。少しも濡れていないそこは滑りが悪いだろうが、関係無い。
「まって…っ、」
テレサは逃げようと腰を引いたが、XANXUSに太ももを掴まれて少しも距離を取ることができなかった。
一息に、奥まで貫かれる。
「いたッ…あ…!」
一瞬体に電流が走ったかのようにビクンッと体が跳ね、悲鳴のような声が響いた。
濡れていない中を擦られるのは痛くてたまらない。緊張で中も広がらないのか、いつも以上に圧迫感があった。涙が溢れて、苦痛で顔が歪む。
「痛いッ…XANXUS様、おねがい…っします…やっ、やめ……」
XANXUSはもうテレサの両手を拘束してすらいないのに、どう足掻いてもXANXUSの力から逃れることは出来ない。そもそもテレサの両手を拘束したところでプラスはない。腕を掴まれようが体を押されようが力負けすることはあり得ないし、好きに抵抗させておけばいい。むしろ、今は嫌がる仕草を無視して無力感を与えることが快感にさえ感じた。
「どうでもいいんだよ、てめぇが嫌かどうかなんてな…。その分際で、人並みの扱いを受けようなんざ、思い上がるな」
「……っ…ごめんなさい………ぅ…」
抵抗を諦めて泣くだけのテレサに少しは満足した。
テレサも、そんな顔で泣けたのかと思った。ただ怖いとか嫌だとか、今まで見てきた顔じゃなく、傷付いた顔。心ある生き物が、心を壊された時の顔で。
毎日少しずつ、少しずつ、解いてきたテレサの心。今やすっかりXANXUSを信頼し切って、テレサがどこまでも純粋に想いを寄せている事も知っている。そんな一途な心を土足で踏み躙るような行為も快楽に感じた。
「(どうして…っ…)」
いつも、あんなにも優しく触れてくれるのに。泣いてしまったら涙を拭って、震えていたら抱きしめてくれて、撫でて、キスしてくれた。こんなに痛くて怖いのは初めてで、いつものように優しく触れてほしくて…。
「XANXUSさまっ…お願い…っやさしく、してくださ、っ…」
奥を突かれるたびに小さな体は揺れ、テレサの言葉が途切れるが、何を言いたいのかは分かった。
優しくだと?何を勘違いしているのか。と、XANXUSはつい笑いが込み上げた。
「俺がテメェを本気で抱いたことなんて、一度もねぇよ。犯されるしか能の無いカスが…勘違いしてんじゃねえ」
「っ…!!………ぅ…っ…」
その言葉に、一瞬目の前が真っ白になるほどの衝撃が走った。
テレサとて、自分がXANXUSのそばにいれることが嘘のように感じている。なぜそうなったのかはわからず、XANXUSなりの理由があるのだろうという結論しか出せなかった。
それでも、"XANXUSにとって何か少しでも良いことがあるからだと思わせて欲しい"と、気が緩んだ事後には考えてしまうのだ。抱かれることに、安心と幸福さえ感じてしまうのだ。
たしかに時々には扱いが雑なこともあるが、テレサにとっては他人の体温を感じること自体奇跡のようで、まして女の悦びなんて。
毎日少しずつ、少しずつ、受け入れてきたその幸福。自分には相応しくないと分かっているけど、毎日のように触れてくれるXANXUSの指を、少しずつ、本当に少しずつ、好きになっていった。
これまでの奇跡は、全てXANXUSにとっては"犯すこと"だったのだろうか。頬を撫でる手に、幼い頃父にされたような懐かしい優しさを感じたのも、静かな眼差しの中眠りにつくことに、まるで見守られているかのような安心感を包まれるのも、全て…。
大切な感情が崩壊していくのを感じていると、腹の奥に温かいものが流れ込む感覚がした。
精を吐いて、またすぐに動き出す。
生理的に少しは濡れてきたが、それでも痛みが強かった。
「いたいっ…!」
膣だって臓器なのだ。眼球を乾いた指で擦られるように、痛みもあれば血も出る。それだけではなく、狭い穴が無理やり広げられ、裂けるような感覚がした。
強い振動でテレサの体がまるで物のようにズレるたび、ウエストを締め上げるほどの力で掴んで引き戻される。
「(私………お…犯されてる…の…?)」
行為の快感は、思い出そうとしても思い出せない。う、う、と口からは痛みに耐える苦しげな声しか出なかった。
あの永遠とも思えるような愛撫をしてくれる人と、ぎゅっと抱きしめて絶頂を見守ってくれるあの人と、本当に同じ人なのだろうか?
「(っいたい……苦しい……)」
まるで欲を発散するだけの物のような扱いに、テレサはひたすら苦痛に耐えるように、震える手でシーツを握った。
「(…………XANXUS様は、最初からそうだったって………)」
ーー今までの行為全て、愛なんて無くて、ただ満たすためだけに…?
「(………どうして……どうして…私、間に受けてしまったのかしら………もっとちゃんと、XANXUS様の気持ちを考えていれば、分かるのに………私がちゃんと、自分の身分を忘れてないで、いれば………)」
ーー誰が私みたいな、穢れた存在を受け入れてくれるというの。
「………っXANXUS様……い、……いや……私っ……こんなの、嫌……」
最後のお願いだった。今までに無い、はっきりと「嫌だ」と意思表示をする言葉。
テレサの口から初めて聞いたその言葉に、XANXUSはもう怒りを通り越して、頭の奥に冷たい氷の塊が生まれるような心地がした。
皮膚の表面にザワザワと虫の走るような感覚がして、頭に血が昇って一瞬瞼の裏が真っ白になるほどだった。
テレサに馬乗りになって冷ややかに見下ろしたまま、その傷の出来た頬を手で包む。
「……嫌なら、死ね」
ぐっ、と傷口に親指の爪を食い込ませる。
「ッいたい…!!」
堪らず、XANXUSの指から逃げるように顔を背ける。
テレサは恐る恐るXANXUSを見上げる。氷のように冷たい赤い瞳で、XANXUSは静かにテレサを見据えていた。
「(…あ………傷……)」
XANXUSの顔や体には、濃く広く古傷が浮かび上がっていた。
血で赤く染まった瞳は、ここで死ぬんだと、本能が理解するような瞳だった。あまりの恐怖に足先から冷たくなっていき、痺れるような感覚がした。
それでもそんなことよりも、何よりも、XANXUSをそこまで悲しませてしまったのだと思った。
怒りの根底にあるのは、きっと悲しみだと思うから。なぜだろう、なんだろう。私の何が、とテレサは恐怖で鈍った頭で必死に考えた。
「(……なんて悲しい、瞳……)」
もう目を合わせるのも恐いけれど、XANXUSの赤い瞳の底に、なぜだろう、悲しみの色を見た。それは、人一倍悲しみに敏感なテレサだからこそ、見つけられたのかもしれない。
こっちまで悲しくなってくるような。深い怒りと、それだけじゃなくて何か、失うことを恐れるような。
ーーそんな悲しい顔、しないで……
私はどこにも、行かないから…
無意識に、その瞳に手が伸びていた。
テレサの指先が、XANXUSの頬に触れる。
まるで、受け入れるように、抱き締めるように、テレサは両手をXANXUSに差し伸べた。
「………何のつもりだ…?」
ガッと手首を掴まれる。力が込められると、思わず痛みで顔が歪んだ。
「………ごめんなさい……私、今まで……気付かなくて、ごめんなさい……」
テレサは大粒の涙を止めどなく流しながら、遺言かのように言葉を紡いだ。
「本当は、……………愛されてなかったって…………」
恋していたのは、愛していたのは、私だけだった。
馬鹿だから、気付かなかったのね。ごめんなさい。
私だけが気付かなかったの。あなたはいつでも、私のこと全て分かってれたのに。私だけが、あなたの気持ちに気付かなかったの。
「………"愛"……?……っふ……ははッ…」
XANXUSは笑いが堪えきれないという風に噴き出した。
「そんなもの、ハナから何処にもねぇよ」
「……………」
テレサはもう、傷付く心さえ無いのだろうか。表情も変えずにただXANXUSを見上げていた。
XANXUSは、感情が抜け落ちたように濁った青い瞳に少し満足した。呆然とするテレサの腕を掴んで起き上がらせた。
「あっ…」
テレサの体は人形のように軽くて、意のままに扱える。まるで心が抜け落ちたように、軽い体。
テレサの背中をドンと押してベッドに這いつくばらせると、腰を高く持ち上げた。物のように目まぐるしく体勢を変えられてしまい、テレサはクラッと目が回るほどだった。
後ろから双丘を欲望のままに揉んだ。重力も手伝って普段より少し大きくなった柔らかい胸は、XANXUSの意のままに形を変えた。今までされたことのない力加減に、つんと痛みが頭を貫いた。
「………っぃた…」
「あ?何か言ったか?」
黙れ、と言うようにギュッと胸を掴まれる。
その痛みに、先ほどより少し大きい声が出た。
「……XANXUS様…………ごめんなさい………今までずっと……ごめんなさい………」
声を震わせて静かに呟かれたその言葉に、XANXUSは眉をしかめ、一層深く強く貫いた。
「うぜぇ」
「きゃぅッ…!!」
これまでには聞いたことのないほどのテレサの悲鳴。楽器の弦が切れるかのような、悲痛な響きだった。
最奥を突かれて、ビリビリとした痛みが全身に響いた。快感は感じなくて、痛みだけに支配されていた。
ガクガクと腰が痙攣し、視界に火花が散った。
テレサとバックで交わるのは数えるほどしか無い。顔が見えないと不安なのか濡れにくくなるから、思い返せば結局いつも正常位に落ち着いていた。
テレサの背をベッドに押し付けるように押さえると、息が出来ないのか、苦しそうな咳を一つ溢した。
「っけほ……」
テレサの手が何かを探すようにもがいて、シーツをぎゅっと握りしめる。足が滑って腰が落ちた。やはりこの姿勢はテレサの筋力では維持できないようだ。
腰を掴んで強制的に持ち上げ、XANXUSのやりやすい高さにすると、テレサにとっては息苦しいほどになった。細い腰は掴みやすくて、軽くて骨格の細身な体は扱いやすく、道具としては最適だ。飽きるまでは玩具として置いてやっても良いかもしれない、とXANXUSは少し思った。
「ハッ…テメェにこんな使い道があったとはな」
もう何が本当で、何が嘘なのか分からない。いっそのこと何も考えないで、何も感じないで、思考も感覚もどこか遠くに行ってしまえば良いのに。
そう考えると、本当に感覚が鈍くなったような気がする。いつの間にか涙は止まっていて、痛みも困惑も少し遠くに感じる。
体の力が抜けてきて、呼吸が浅くなっていく。海の中にいるみたいに音が曇って聞こえる。五感が遠くて、体に薄い膜が一枚張って世界と隔てられているような、なんだか懐かしい感覚。これが、心が閉じる感覚なのかもしれない。
「………………また、海……行きたい」
小さく小さく呟く。
初めてXANXUSと海に行って、初めて体を重ねたあの夜の、大切な思い出。いつでも胸の中に大事にしまっている記憶。あの場所が大好きで、あの時間を思い出すだけで、恐怖も苦痛も少し遠のいた。
XANXUSには聞こえないほどのその言葉は、誰に聞かれるでもなく、岩に当たって砕ける波のように、どこかに散っていった。
テレサの体は面白いくらいに、痛みと恐怖で震えている。上手く酸素を取り込まないのか、下手な呼吸を必死に繰り返して、たまに咳き込んでいた。
どんな顔をしているのかと、気まぐれに体をくるりと返して顔を覗く。
「っは………は、はぁ…っ……」
予想通り、恐怖で引き攣った泣きそうな顔をしていた。テレサはあまりに恐怖を感じると体が固まって息も出来なくなるらしい。
そんな顔を見ると、少しは気分が清々する。XANXUSはそんなテレサを鼻で笑った。
中は少しも濡れないどころか、どんどん冷たく強張っていくような感じで、ここまで気分と連動するのがもはや感心するくらいだ。
一層強く最奥に欲をぶつけると、びくんっ、とテレサの体が跳ねた。
「っひ、ん……!」
ようやく生身の人間らしい反応が返ってきて、ついXANXUSは動きを止めた。
次の瞬間には、その理由が分かった。
シーツに広がる真っ赤な鮮血が目に入った。テレサの秘部から流れるそれは、想像以上の血溜まりを作った。
濡れない中を無理に動いたせいか、中のどこかが切れたらしい。その痛みに反応して悲鳴をあげたのだろう。
「チッ…」
不快だ。
穢れた液体にしか見えない。その赤は、XANXUSに苛立ちをもたらした。
「おい……」
テレサの髪を掴んで起き上がらせると、その血を見せつけるようにグッと下を向かせた。
「クズが、汚ねえモン撒き散らしやがって…」
「………!」
シーツに広がる赤い血は、自身の下半身を伝うように濡らしていた。
それが目に飛び込んできてテレサは驚いて息を呑んだ。呼吸のたびに自身の秘部から溢れ出るその赤に、たい息を止めた。
そして途端に申し訳なくて、恥ずかしくて堪らなくなった。
「……………ご、ごめんなさい……」
泣きそうな顔で俯いて、震える声を絞り出した。
「……汚くて、ごめんなさい……ごめんなさい…」
壊れた人形のように、ごめんなさいと繰り返すだけのテレサに、途端に飽きが来た。
「黙れ」
「っ…!」
激情のままに、テレサの頭を殴って、髪を放った。ベッドに倒れ込むと、また腹に力が入ったのか、血が噴き出した。
想像以上に出血が重かったのか、そのままふらりとテレサの体が崩れる。
「(………あ……くらくらする……)」
目が回るような感覚がして、やがて目の前が真っ暗になると、意識は沈んでいった。
「あ?…死んだか」
いや、テレサの背中から微かな鼓動が伝わる。気を失っただけらしい。XANXUSも、少しは気が済んだと納得すると、どんどんテレサから興味が失せていき、その血に対する嫌悪感と共に盛大な舌打ちをした。
うつ伏せに突っ伏したまま気絶するテレサの顔は見えない。もうどうでもいい。他の女と同じ、道具にしか見えない。
XANXUSはテレサへの興味が失せると、穢れた血を流そうと浴室に向かった。