第7話 与え与えられる関係
XANXUSは、珍しく眠りと覚醒の間をたゆたっていた。いつもなら無防備な半覚醒などすっ飛ばして覚醒するのだが。それから目を開けたり起き上がったりするかどうかは別の話として。
そしてそのどっちつかずの意識に浮かんでくるのは、あの女ーー母親のことだった。
数年に一回くらいは母親のことを一瞬だけ思い出した。懐かしいとか会いたいとかではない。行方も知らない彼女の存在を心の中で思い出す時、母親だのという言葉は登場せず、"死んだのだろうな"という疑問のような決めつけのような、思考と言えるレベルの言葉までは伴わない塊が、脳の中心から外れた所で生まれてすぐ消えるだけだった。
しかし、今回は少し違っていた。
まるで夢のように、あの気の触れた母親との記憶が脳に流し込まれた。もうとうに忘れたと思っていた記憶が。
虚言癖や妄想癖のあった彼女は娼婦だった。昼は店で、夜は家で客を取った。XANXUSと暮らしていたスラムの掘っ建て小屋は2部屋しかなく、薄い仕切りはゆうに声を通し、その品のない子守唄はXANXUSをなかなか寝かせてはくれなかった。
見え透いた嘘を誰彼構わず言い散らすため、XANXUSをも巻き込んで周囲の人間から疎まれ、親しい人などいた覚えはない。ただでさえこの目つきの悪さに、血の色が透けた赤い瞳は不気味な印象を持たれていたというのに。
おかげで幼少期に喉を使ったことがほとんど無い。それが今の寡黙な人格を形成した要因の一つかもしれない。
ロクでも無い母親だった。金が入ればすぐ薬や酒に使うので、結局日銭は自分で稼いでいた。ヒステリーを起こすとすぐにXANXUSを部屋から引きずり出し当り散らした。酒瓶で殴られ頭から血が噴き出ても、薬を吸わされ意識が混濁しても、金切り声が脳を縛り上げるようにキンキン響き、内臓が掻き乱されたようにぐちゃぐちゃになり、吐き気がした。
自分のことしか頭に無いような女だった。身篭った命を堕とさなかったのも、本気で9代目との子だと信じていたからだろう。XANXUSが物心つき、手から炎が出せると知った時、積年の妄想はいよいよ彼女の足を突き動かし、9代目のもとへ向かわせた。娼婦の子供がボスの実子として生きるとは、今となってようやく少しは喜劇に感じる。
それでも子供心というのは残酷なもので、嘲笑の対象となる彼女に同情する心が、母親に悪意を抱く人間を敵対する心が、血の繋がった子供には僅かにも宿るものだった。
それ故か、母親が我が子に関心が無いのに気づいた時、心に穴が空いたかのようだった。
ボンゴレの城で暮らすようになって、母親がXANXUSをボスの子というフィルター越しでしか価値を感じていなかったということに気づいた時、その穴は底が無くなり胸を貫いたかのようだった。
周りの人間がXANXUSを"9代目の実子"として、利益だけを動機に近づいては離れる様や、あからさまに敵対心や悪意を剥き出しにする人達を見て、その穴はどんどん大きくなっていった。
ティモッテオが忙しい合間を縫って一緒に食事したり、他愛ない会話をしようとしたりする程度の愛では、穴は埋まらなくなってしまった。
結局、母親の愛を求めていたのだろう。だから幼いXANXUSは心底母を恨むことはできなかった。