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第1話 目を奪われる



まずは見た目をどうにかしなければならない。髪も服もそうだが、近くで見ると化粧さえしていないようだった。
XANXUSはテレサの顔にかかる髪を払うように手ですいた。触れているのは XANXUSの方なのに、なぜかテレサが申し訳なさそうな顔をする。

「その服はてめえには似合わねえ」
「はい…」

テレサとて、自分に選ばれてしまったこの服に同情する気持ちは常にあるので、意外な言葉でも何でもなかった。
ただ、昔年頃に一度、白と淡い桃色の服を着た時に、同年代の子達から怒られたりなじられたりして、それ以来黒以外着ることはできなかった。
父が似合うと買ってくれたその服は破かれてしまい、二度と着ることはできなくなってしまった。父にはなんとかごまかしたが、本当の事に気づいていただろうと思うと心が痛む。あの時、抵抗してでも服を守ればよかったと、時々思い出して未だに後悔するのだ。それで、テレサは少し切なげに眉尻を下げた。
XANXUSはテレサの顔が曇る理由は正確にはわからなかったが、少なくとも似合わないと言われたことで落ち込んだのではないとは思った。うぜえからハッキリ言えとうんざりしながら、気にせずに続けた。

「髪もどうにかしろ」
「っごめんなさい…」

どうにかしろ、と言われてもテレサは戸惑うだけだった。ただ不快な思いをさせているということだけはわかり、俯きながら謝った。

「その目をそらす癖も治せ」
「…っ…はい……」

顎を掴んで顔を上げさせると、テレサは目に涙をためてひどく不安げな顔をしていた。XANXUSは、意外にもこういう態度に慣れが無く、わずかに眉根を寄せるとパッと手を離した。
ヴァリアー幹部は暴力に対し怒ったり楽しんだり喜んだり、変人揃いなので当然かもしれないが、とにかくテレサのようにある意味真っ当な反応をする奴など一人もいない。その他の隊員やメイドも、怯えることはあれど泣きそうになったりはしない。そんなわけで、ほんの一瞬とは言え”戸惑った”のだ。




何とかしろ、と言ったXANXUSが最初に連れてきた先はヘアサロンだった。この国でも評判なその店は、半年前から予約しないと入れないはずであり、受付に予約の確認をされたが、XANXUSが一言告げると受付の顔が変わり、速やかに通された。予約をしているとは思えないし、一体何を言ったのだろうとテレサは不安になった。
アップにするように美容師に短く告げると、美容師はかしこまりましたと言ってテレサを席に誘導した。

「え……?あの……」
「なんだ」
「…私が……?」

XANXUSは思わず顔をしかめた。

「てめえじゃなかったら誰だ」

肩を掴んで身体を反転させ、軽く押すとテレサは前によろけた。少し目線を泳がせると、オロオロしながら席に着いた。
それを見届けて、XANXUSは待合室に向かった。


しばらくして、スタッフから声がかかり、仕事のために出していた端末をしまい、腰をあげる。
部屋の外に出ると、テレサが気まずそうに美容師のとなりに突っ立っていた。
アップにさせたのは横顔の美しさを生かすためだった。今、美容師によって計算された最も均整が取れた位置で結ばれ、横顔はどこかの国のコインの彫刻になってもおかしくないほど美しくなった。前髪も切り、目を遮るものは無くなった。光が遮られることなく届く青い瞳は、ますます透明度を増していた。

「少しはマシになったか」
「………、……」
「……何だ」
「…あの………お、落ち着かなくて……その…お目汚ししてしまわないでしょうか……」
「人の話を聞いてろ」
「は、はい……」
「触るんじゃねえ」

癖なのか、髪を触ろうとする手を掴んで制止する。困ったように口元を手で隠し俯く顔に、XANXUSは小さく笑う。

「次だ」



次に訪れたのはメイクアップステーションだった。。
その店は評判とスタッフの経歴で選んだ。このようなものは値段が張れば張るほど良いというものでもなく、高いのは化粧品を少しでも多く売りつけることを目的としている場合が多い。しかしスタッフの経歴をみれば、プロ意識がうかがえるというものだ。利益より一つの作品を完成させることに目的があり、最善のメイクを選べるのは後者のような店だ。
ヘアサロンと同じような受付の流れを踏んだところで、個室に通された。担当となったスタッフは、テレサを一目見ると、目が光り、さっそく会話を始めた。少し話すと、テレサにも笑顔が見えた。一芸術家としては、テレサのような美しい女を相手にするのは腕がなるところだろう。
その様子を部屋のドアの近くで見て、外に出た。

程なくして、メイクも終わった。ほとんど手をつけず、紅と眉とファンデーションくらいのナチュラルなものだった。しかし大げさなメイクよりよほど似合うし、元がいいテレサには十分なものだった。化粧品を一式揃え、城へ郵送の手続きをすると、店を出た。
次はいよいよ服だ。

「……、……」

テレサは時々何か言いたげにXANXUSを見上げては、口をつぐんだ。何を言いたいかは大方想像がついたのでXANXUSは放っておいたが。

「てめえはなぜそれしか着ないんだ」
「……ダメだと、思って…」

誰に、何を––––XANXUSにとっては謎に包まれた言葉だった。面倒なので突っ込まなかったが。

「それ以外は」
「あの……同じものを5着持っていて」
「……はあ」

XANXUSはため息をついた。
どうやらこの服以外には持っていないらしい。確かに上質な服ではあるが、いくら気にいっていても似合っていないのでは意味がない。
洋服店に入ると、個室に通され、幅広いジャンルの服が用意された。それにアクセサリーもいくつか。
スタッフの説明のあとに、XANXUSはまじまじと隣に座るテレサの身体を見た。ただでさえ小さいのに、テレサの座高がよほど低いのか、座っても目線が近づいた気はしなかった。背が低いのは致命的な欠点だが、成長期の栄養不足か心的なストレスが原因だろう。幸い姿勢はいいので上品に見える。身長の件は、高いヒールで嵩増しすることにした。
そして、服の襟を掴み下げてみたり、スカートの裾をめくってみたりした。テレサは両手をぎゅっと握って身を強張らせるものの、XANXUSの手を掴んだりして物理的に制止する様子もなく、拒むということがプログラムされていないかのようだった。それはXANXUSには信じられないことで、こいつには命がねえのか?などと、再度、非現実的なことを思いながら続けた。
細い腰も、薄い腹も、締まったウエストも、手で確認する。さすがに胸に触った時は、顔を青くして何か言いかけたが、どうせろくなことではないので聞かなかった。黒い服で引き締まって見えるのか、仕草で隠されているのか一見目立たないが、胸を触ってみると痩せ型にしては大きい方な膨らみがあった。身体中の肉がそこに吸い寄せられでもするのか、知れば知るほど不思議な体だ。とは言っても平均と比べたら小さいし、それにXANXUSの手は大きいし、満足のいくサイズではなかった。
と、左の中指に指輪が目に留まった。これで普段は炎を封印しているのだ。他人の炎に意図せず反応してしまう時のための万が一の措置であるのに、その一を偶然にも引いてしまうとは。テレサの運の悪さに、XANXUSは少し笑えた。
それは、植物のツルのような真鍮製の指輪だった。年代物だろうか、すっかり古美となり、光ることも忘れていた。緻密な作りではあるが、テレサにもこの服にも似合わなかった。

「この指輪も似合わねえな」
「…父の形見でもあるんです」
「まあいい」
「…………」

テレサにしては食い気味に聞いてもいないことを説明し、自分でも戸惑ったのか、焦ったような顔で俯いた。
そこで、反対の手を見た時、XANXUSは眉を顰めてテレサの右手を掴み上げた。

「……おい、なんだこれは」

右手の親指の付け根に一筋の傷痕があったのだ。何年も前のものだろう。XANXUSの傷痕より古いかもしれない。
白く柔らかく、すすり泣くようにしっとりと濡れたような瑞々しい肌に、そこだけが欠点となっていた。刃物か何かで付いた切り傷のようだが、ろくな処置もしなかったのだろう、レーザー治療でも綺麗に消えるかはわからない。

「……幼い頃に、割れたグラスを拾おうとして………」
「…………」

その鈍臭さに苛立って毒づきたくなったが、テレサが思いがけず泣き出しそうに眉尻を下げたので、XANXUSは口を結んで眉根を寄せるだけだった。
代わりに、その妙な間を埋めるようにテレサの手を払った。

「……オフショルダーにして鎖骨を見せろ」
「え…?あの、それは……そのような醜いものを晒すのは申し訳なく……」

テレサは顔を赤くして視線を迷わせた。
やっと意思を示したな、とわずかに満足げに言う。

「てめえの鎖骨が気に入った」
「……っ!」

テレサが軽く目を見開いた。困惑したような顔で、XANXUSの胸元を遠慮がちな上目遣いで見上げた。

「なんだ」
「…そんなことを言われるのは、初めてで…」
「そもそも見せねえからだろう」
「それは…こんなものを……」
「俺が気に入ったものを否定するのか?」
「!…………すみ、ません……」

テレサは謝りつつも、初めて自分の体の一部を"悪いもの"と感じる気持ちがほんの少しだけなくなった。

「さっさと選んでこい」

腰を押してやると、触れたことに驚いたのか、ひゅっと息を飲んで、弾き出されたように立ち上がった。
しかし、褒められることに対してスマートに返事もできないのには呆れたものだが、とXANXUSは思った。
XANXUSは、テレサがスタッフと会話しながら服を決めていく様子を眺めていて、自分と話す時より大分落ち着いているのに気づいた。テレサにとってはXANXUSが何より畏怖する存在なのだろう。

30分ほどすると、スタッフが何着か手に持ってXANXUSに声をかけた。
無言のままにフォーマルなワンピースを奪うと、テレサに当てがってみた。
……が、どれも違う気がした。

「……別のにしろ」

ずっとマシではあるが。
ダメ出しを受けて、スタッフは頭を下げるとワンピースを受け取り、戻っていった。
XANXUSの頭の中には、あの光景が思い浮かばれたのだ。ひどく優しげで、穏やかなあの空間が。
そこで合点がいった。
あの時のテレサと今のテレサとは、表情が全く別人のようであったのだ。
愛想の良さそうな笑顔で会話をしてはいたものの、緊張からか少し違和感のある顔は、あの時の慈愛に満ちた笑顔ではなかった。

「………俺が選んでやる」

小さくため息をつくと、あの光景を思い出しながら服を見渡した。
そして何着か選ぶと、試着させることもなく決定した。サイズ直しをし、後日発送される予定だ。
それ以外に、今着るための服も買うと、店を出た。
外に出ると、XANXUSはテレサを見た。
髪を整え、化粧をし、服も変えた。首元が寂しいが、相応しいアクセサリーが無かったのだから今は仕方ない。
テレサは見違えるように美しくなった。先日のように、身の程知らずな男に目をつけられることももう無いだろう。容易に近づける者は誰もいない。これで自信さえあればいいのだが。

「だいぶマシになったな」
「…………」

テレサが何か言いたげに俯く。そこには悲しさを感じることができて、XANXUSは眉を顰めた。

「なにが言いたい」
「………あの…………やっぱり私、こんな……相応しくありません………」

そうして両手で顔を覆い、俯く。

「だったらその顔を隠す癖をやめろ」
「………あなたには……わからないわ」

XANXUSは少し驚いた。いや、テレサが口答えしたことではない。それをなぜか、苛立ちや怒りではない感情を持って聞いたことに。それがテレサの成長で、"あの光景"に繋がるもののように感じた。
テレサの表情は手に覆われて見えないが、肩はか細く震えていた。テレサはすぐに正気に返って、自分が何た吐いたのか…心臓が止まった心地がした。

「あ、の…申し訳ございません……私、なにを…」

XANXUSは顔を覆う両手を掴むと、ゆっくり引き剥がした。
その顔を無言で見下ろす。
そして、口付けた。
ぷるっと弾力のある小さな果実に触れていると、つい甘噛みしたくなった。
数秒のうちに唇は離れてしまった。周りの人も恋人同士だと思っているのか、特に気にすることなく流れていく。
テレサはなにが起こったかわからず、ただXANXUSを見上げていた。

「…、」

XANXUSは何か言おうと思った。思ったことを告げようとした。しかし、頭には何も浮かばなかった。
テレサはXANXUSに触れられる意図がわからず、ただ戸惑うだけだった。

(……だって、私は……誰よりも…醜い人間なんだわ……)

涙が頬を流れた。
カリタファミリーが歩んできた歴史を考えれば、そう思い込むのも無理はなかった。どこにいても無条件に愚かなファミリーの一族、汚れた血として扱われれば。

(とうとう泣きやがった…)

青い瞳からぽろぽろと溢れる涙が神秘的で目を奪われ、ただ後先考えず手を伸ばした。
しかし、その硝子細工のように美しいテレサは、触れたら砕けてしまいそうで、指で涙を拭ってやる、なんてことは思い付きもしなかった。触れることさえ、出来なかったのだから。


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