第4話 動き出す恋心





XANXUSはドライバーに地名を短く告げると、自分は腕を組んで目を瞑った。
テレサは行き先も分からないままに、XANXUSをちらりと見たが、今にも眠りそうなXANXUSの様子に、尋ねるのは諦めて車窓の外に視線を移した。

もう夜の10時だ。今日は満月の前日で、月明かりに満ちた森を眺めるのは少し楽しかった。城下の森を抜けると、イタリアの夜中の街並みを小一時間走ったところで、また人気の無い田舎の道になっていく。そして…

「(………海……)」

遠くに海が見えてきた。
テレサは海に憧れていた。実は一度しか近くに行ったことがなくて、その時にすごく楽しかった記憶があった。母は海が好きで、よく2人で海に行ったんだと、父に聞いたことがある。テレサを産んですぐに亡くなってしまった、写真でしか見たことのない母は、絵画のように綺麗な人だった。

丘を越えると、海辺に一軒の屋敷があるのが見えた。それ以外は何も無いから、きっとあの屋敷に用事があるのだろうと察した。それが別荘だとは、まだ分からなかった。

屋敷の近くに車が停まり、扉が自動で開くと、XANXUSはあくびを一つして気怠そうに車を降りた。テレサも慌てて後を追う。
中に入ると、数人のメイドがXANXUSを迎えた。きっとXANXUSがここの主なのだろうとテレサはようやく確信した。

小高い丘の上に建ったその屋敷は、かすかに波の音が聞こえる。数十メートル下に続く石畳の階段を辿ると、白い砂浜と海が広がっていた。

正面のホールの奥には大きな窓があり、海と、そして月が窓枠いっぱいに映っていた。XANXUSにとっては見慣れた景色だったから、特に気にも留めず窓の横の階段を登って部屋に行こうと思っていたのだが…

「……おい、何してる」

後ろからヒールの音が途絶えた、と思い振り返ると、テレサは窓の前で佇んで外を眺めていた。
聞こえていないのか、まさか無視しているわけではないだろうけど、夢中になっている様子のテレサに、XANXUSは眉根を寄せて仕方無くテレサの方に引き返した。

外は月明かりだけで十分に明るい。
寄せたり引いたりする波はキラキラと輝いて、微かに聞こえる波の音が心地よい。テレサは美しい風景に涙が出そうなほど感動してしまった。

「(こんなもの、デケェ水溜まりが揺れてるだけじゃねえか)」

何がそんなに良いんだか、とXANXUSは理解に苦しんだが、呆れてテレサの顔を見たときに、その瞳がわずかに濡れて揺れているのを見て、それがとても綺麗だと思った。

「…そんなに良いモンか」

XANXUSは少し笑って、テレサを見下ろした。
テレサはそんなXANXUSを見上げると、ふわりと微笑んだ。

「………はい。こんなに綺麗なところに連れてきてくださって…ありがとうございます、XANXUS様…」

そして伏し目がちに、一瞬迷ったように目を泳がせてーー

ーーきゅっ

遠慮がちに、テレサはXANXUSの左腕に抱きついた。
そのままXANXUSの肩に頭を寄せると、ふわりと香るテレサの芳香。柔らかい体が布越しに伝わる。穏やかに、そして恋する少女のように頬を染めて微笑むテレサは、今までのどんな表情よりも………

「(…………クソッ)」

XANXUSはつい頭に浮かんだその言葉を打ち消すように心の中で毒付いた。
金縛りに負けじと動くかのように、右手でテレサの頬を包み、こちらを見上げたテレサの唇を奪った。ただ合わせるだけの口付けの途中で、テレサの手がつい緩む。それを良いことに、XANXUSはテレサの腰に手を回し、引き寄せた。

「……っ、…ん」

唇を離すと、今度はテレサを軽々と抱き上げる。

「きゃっ……」

突然地面から遠のいて驚いたテレサは、咄嗟にXANXUSの肩に掴まった。どきどきと打つ鼓動が聞こえてしまいそうだ。

ーー今夜なら、喰ってやってもいい。

XANXUSはそんなことを、ふと思い付いた。
そう、今夜はやけにテレサが素直に笑ったり甘えてくるからだろうか。白いワンピースはいかにも処女の純潔を象徴するかのようだ。肩紐が綺麗なリボン結びで、それさえ誘っているように見えてきた。テレサの処女なら悪くないかもしれない、と思えたのだ。

XANXUSは静かに口角を上げると、テレサの頬にリップキスを一つ落として寝室へ向かった。



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