第3話 日常に溶け込んで
テレサは自分の纏うドレスの裾を、柔らかな昼の光に透かしてみた。
真っ白なウエディングドレスのようなパーティードレスは裾にたっぷりのフリルがあしらわれ、まるで主役の女性しか着ることが許されないような豪華なものだった。
本当に私が着ていいのだろうかという困惑と、ずっとずっと憧れていた夢のような素敵なドレスを着られることの喜びが、心の中でせめぎ合っている。
ピンク色の口紅にアイシャドウ。細かいラメがキラキラと上品に光って、見ていると胸がときめく。
緩く巻いた髪を後ろで束ねて、首や顔が隠れないのは落ち着かないけど、大きめのリボンで飾るとすごく可愛くて、つい頬が緩む。
「(…………かわいい…)」
繊細なチュールとレース生地が重なったドレスは、角度が変わるとその生地の緻密さが光を乱反射して薄い桃色にも見える。
「……おい」
「…!」
XANXUSの呼びかける声に、ハッと顔を上げた。つい、立ち止まって綺麗なドレスに見入っていた。
「ごめんなさい……っ」
「……そんなに気に入ったか」
「…っ……、……はい」
なぜか申し訳なさそうに、目を伏せて小さく返事をする。
理性では喜んで良いのか分からない、でも本心ではすごく嬉しいーーそんな葛藤が聞こえてきそうなテレサの表情と仕草。
素直で従順な性格はもう疑いようもないだろう。これが演技なら大したものだ。
「……っふ…」
見え見えなテレサの態度に、思わず笑いが込み上げる。馬鹿にしたような笑いだが、XANXUSが笑うのは意外で、テレサは驚いて顔を上げた。
「…?」
穢れた血族として生まれて、日陰の道を歩かざるを得なかったテレサにとって、着飾ることは許されざることだった。だからあんな黒いワンピースを纏っていた。
こうして惜しみなくテレサの美貌をさらけ出していると、むしろテレサ以外に相応しい女はいないと断言できる。
ーーざわざわ
少し離れたテーブルから、微かに会話が聞こえる。"カリタ"の単語が聞こえて、それはテレサにも届いたらしく、途端に顔に緊張が走る。
ーーカリタに不相応な……ボンゴレの御曹司が一体なぜ……
ところどころ聞こえる会話に、テレサは寂しげに瞳を伏せた。穴があったら入りたいとばかりに、髪を引っ張って顔を隠そうとするような仕草をしたが、結い上げたせいでその手は空を掻いた。
「………XANXUS様、ごめんなさい……」
ぽつりと呟きながら、瞳に涙を溜める。
嬉しくても悲しくても、すぐに濡れるテレサの瞳。別に見て楽しむ分には、どんな理由で濡れようがどうでも良いと思っていた。
だが、なぜかついさっき嬉しそうな顔で泣きそうに潤んだ瞳を思い出すと、暗い顔で俯くテレサの瞳は濁って見えた。
いちいち周りの目に揺さぶられやがってーーそんな呆れと苛立ち。
どうせ、すぐ周りも理解する。今まで侮蔑してきた物が、本当はどんなに稀有な物だったか。
「…………ごめんなさい、私が……わ、私の血が……穢れているから…」
ぽろりと涙が零れる。震える両手を握りしめて、何かに耐えるように手のひらに爪を立てた。
「(……うぜぇ…)」
XANXUSは溜め息を飲み込んで、眉を顰めた。
テレサと過ごした日々を振り返っても、泣かせたことしかない。泣かせる方法は分かっても、泣き止ませる方法なんて分からない。考えたことも無い。
というか、別に泣いても笑っても関係ないか。テレサが何を感じようが、どうでもいい。
ただ、気に食わないのだ。
血がどうのこうのと騒ぐ周りも、それに打ちのめされるテレサも。
血の縛りがなんだ?そんなものひっくり返すくらいの気概が無いものか。
「………くだらねえ。血統など、どうでもいい」
紛れもない本心だった。
小さく重く呟かれたその言葉は、しっかりとテレサにも届いた。
途端に、濁った瞳に光が差して、驚いたような顔でXANXUSを見上げる。何も言えずに、ただ言葉の意味をゆっくりと理解するので精一杯、という様子だ。それくらい、テレサにとってはあり得ない言葉だったのだろう。
「……分かったらもう泣くな。うぜぇ」
軽く睨んで、ふいっと顔を背ける。
素直というか、よほど単純な奴なのだろう。XANXUSの言葉を聞いた途端、みるみるうちに目に光が戻って、体の強張りが抜けていくのが目に見えて分かった。
すぐ泣くのはうざいが、従順さに加え、この物分かりの良さは気に入りかけている。というより、「気には触らない」という言い方が正しいか。
まあなんにせよ、この単純な生き物は、泣かせるのも泣き止ませるのも簡単らしいということは分かった。
呆然と突っ立つテレサの腕を軽く引いて、歩けと促す。
無駄に時間を食ってしまった。少し飽きてきたから、さっさと用事を済ませようと、XANXUSは少し早足に城内へと入った。