第2話 彼女のペース
XANXUSは目を覚ますと、カーテンの隙間にちょうど月が浮かんでいるを見た。月が真上に登る頃、それはこの城ではもはや寝過ごしたくらいの時間だ。よほど深く眠ったらしい。久しぶりに良く眠って気分も良い。
腕の中のテレサを見下ろす。眠る前に見た景色と同じ、まだ眠っている。ただ、XANXUSの胸板に頬を寄せて。
XANXUSは起きる気にもならず、ただ目を瞑った。そのうちに無神経なスクアーロがずかずか入ってくるかもしれない。自室に他人が踏み込むのを嫌いとわかっていて、自ら地雷を踏みにくる。たいていそうだ、スクアーロは。
ーー噂をすれば。
自室の扉の前に、微かな人の気配と靴の音に勘付き、XANXUSは顔を顰めた。いつもの調子なら、無遠慮に寝室まで入ってくるだろう。
なぜかテレサを見せたくなくて、XANXUSは舌打ちをしながらテレサの肩を押して剥がすと、起き上がって寝室を出た。
スクアーロが扉を開けた瞬間に、机の上に置きっぱなしだった酒瓶をぶん投げて、いつものようにスクアーロが吠えるのだった。そしてまたいつもの騒々しい1日が始まった。
時計の針が一周した頃、XANXUSは自室に戻った。酒でも飲むか、と気紛れに考えながら、ふと、テレサの姿が無いことに気づいた。
「………」
まさか、と思い寝室に向かった。
予想は当たった。
テレサは寝室で眠っていた。今朝見た時と同じ服で、きっと一度も起きていないのだと直感した。
「(………死んだのか?)」
そう本気で思い、側に立ってテレサの肩を引いて仰向けにさせた。数秒の沈黙の後に、テレサの胸が静かに動く。
一応生きてはいるらしい。薄い薄い呼吸で、よく換気が間に合うなと、見ている方は思う。
「…何時間寝るつもりだ…?」
最後に起きているテレサを見たのはいつだ?たしか昨日の朝は、起きたというか、突き飛ばして起こされたテレサと短い会話をしたのが最後だ。
もしかして、丸一日、24時間近く眠り続けているのか?
コイツは拐われた自覚が無いのか?と、無神経なのか鈍感なのか、何を考えているのかよく分からないテレサの態度を理解ができなかった。客人だってここまでくつろがないだろうに。
むしろ拐った本人が持て余している状況だ。ただいたずらに野に咲く花を摘み取って、花瓶に生けて飾っておくのに似ているか。飽きて放置して、知らないうちに枯れて死んでいるのではないか。
「……おい、良い加減起きろ」
テレサの髪を掴んで無理やり起き上がらせる。
テレサの顔が少し歪んで、震える瞼が開いた。
「っ、いた…」
ああ、そうだった。つい長い髪を見ると、どこぞの鮫と同じ扱いをしてしまう。あの針のようなストレートの銀髪と違って、テレサの髪は柔らかくて砂のように解ける。あまり強く掴むと、千切れてしまうかもしれない。
「……るせぇ。人様の部屋で寝腐りやがって」
軽い力でテレサの頭を押しながら髪を離す。すると、寝起きで余計に力が入らないのか、テレサの軽い体はべしゃりとシーツに沈んだ。
「きゃ…っ…」
なかなか慣れるまでは加減が難しそうだ。テレサは何が起きたのか分からないのか、戸惑って頭にハテナを浮かべながら起き上がった。
「……あの……ごめんなさい……。よく、何日も眠ってしまうことがあって……」
しゅん、と花が萎むように俯く様子を見るに、少しは申し訳なく思っているらしい。
「…はぁ?」
眠り姫にでもなったつもりか、と舌打ちをしてテレサのそばに座る。足を組んで横目に睨むと、テレサの顔が少し強張った。
まあ、この鈍感そうな女が絵本のようにキスごときで目が覚めるとも思えないが。
XANXUSの訝しげな目線を向けながらも、テレサは昼の光に包まれて、その柔らかな肌は透けそうなほどに白く見えた。
「……?」
ただ無言で見つめるだけで、何も言わないXANXUSに、テレサは首を傾げた。
髪を引っ張り起こされて、払い倒されて、そんな扱いに文句ひとつも出ないんだろうか。到底理解はできないが、大して気にもしてなさそうなテレサの態度になんだか毒気を抜かれて、XANXUSは気紛れにテレサを抱き寄せて、ベッドに横になった。
「…!」
テレサは驚いて息を呑んだが、少しも抵抗することなく大人しくしていた。
テレサの肩口に顔を埋めると、ふわりと香る桃のような芳香。やはり、いつか昔に嗅いだことがあるような気がする。あれはどこの、何の花だったか。思い出せないが、懐かしくて眠気を誘うような。
XANXUSが眠るつもりなのだと気付いたテレサは、つられて目を瞑った。
あっという間に眠りに落ちたテレサに、XANXUSはつい笑いが込み上げた。どんな状況でも、横に倒されれば眠れるんじゃないか、と。
そういう生態の生き物なんだろうと、そう納得することにして、XANXUSも瞼を閉じた。
テレサの体は冷たくて触れると気持ちいい。肌は柔らかくて潤んでいて、人工物にはとても出せない不思議な質感で、触っていて飽きない。
鈍臭いし喋ればごめんなさいばかりで苛立ちを感じるが普段は黙っているし、性格はすこぶる従順で何か抵抗したりもしない。
最も、それが全て演技で、本性を隠して逃げる機会を伺っているだけかもしれないと、まだ少し疑っているが。
普通より容姿も整っているし、枯れるまで飾るくらいは、許容しても良いか、とXANXUSは考えた。その前に飽きなければの話だが。