第2話 彼女のペース
「ーー様、テレサ様」
リラの声が聞こえてテレサは目を覚ました。
自分は眠っていたらしい、と思い出すのと同時に、今は何時だろうと思った。
起きた時は夕日がまだ見えていた頃だった。今は、外は真っ暗で時間を推し量ることはできない。
確か、一度リラに起こされて、薬をもらったんだった。それで咳も熱もすごく楽になって、また眠りについたのだった。
「テレサ様、そろそろ何か召し上がられては…?」
リラはどこか心配そうな顔でそう言った。そういえば、今日はまだ何も食べていない。
ここに来てから緊張もあって、あまり食べられない。朝の立ちくらみがいつもより酷いのは、そのせいもあるのだろう。
「……ありがとうございます、リラさん」
眠っていてください、とリラはテレサの手を取ってベッドに誘導した。テレサはそれに甘えることにして、ベッドのクッションに背をもたれて横になった。こうして重力に逆らわずにいるのが一番体が楽だった。
リラを待っている間にも眠りそうになったが、瞼を閉じるだけに留めるようにした。
10数分後に、リラは再び部屋に来て、サイドテーブルに果物とカップに入った紅茶を置いた。そして果物ナイフで桃を切り始めた。
特に具合が悪い時の食事は、あいていいつもこんな感じだった。
初めて食事を用意する時、なにか好きなものはあるかと尋ねると、テレサはなぜかとても恥ずかしそうな顔をして俯きながら、桃と蜂蜜が好きだと言った。
まるで花の蜜を吸って生きる蝶のようだと思った。そしてなぜか、「やっぱりね」と思った。なんだか、テレサ自身が桃のようだからだろうか。好きだと思ったのだ。
薄桃色の髪は言うまでもない。肌も桃のようにピンク味を帯びた白で、心なしか桃の果肉のような香りがする。鼻を近づけたことがあるわけではないから確かめることはできないけども。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
テレサは紅茶に口をつけると、なんだかすごく安心した。温かくて、ほんのり蜂蜜の風味がする。お腹が暖かくなって、体全体も温まってきた。小さめのカップに入る量も丁度良かった。
「果物、召し上がりますか?」
リラは器用に剥いた桃を皿に並べて、空になったカップを受け取った。
「………ありがとうございます」
テレサは2切れ食べると、申し訳なさそうに、もうお腹いっぱいだと言った。スープもあったとはいえ、合わせても拳二つ分も食べていないから、XANXUSやヴァリアー隊員の食事量に慣れていたリラは拍子抜けだった。
こうして少しずつ、一つ一つテレサの生態を理解していくのは嬉しかった。なにせ、XANXUSという主からテレサの世話を任されたのだから、食事を把握するのは必須だ。
「テレサ様、お疲れのところ恐縮ですが、もう入浴の時間ですので」
リラは食器を片付けながら言った。
テレサはそんな時間なのかとようやく分かった。
また参ります、と言い食器を持ってリラは出て行った。テレサはようやくベッドを出ると、浴室へと向かった。浴室には広い浴槽があるが、テレサは湯に浸かる習慣が無いので手短にシャワーを浴びた。
脱衣所にはリラが一度来てくれたのか、着替えが準備されていた。音も気配も無かったから少し驚いた。着替えて化粧室に行くと、リラが待っていてくれた。誘導されるままに鏡の前に座ると、リラはドライヤーで髪を乾かした。柔らかくて艶々した髪を痛めないように細心の注意を払いながらも、そのさらさらとした感触を味わえるのが内心とても幸せだった。肌には最低限の化粧水を付けて終わり。テレサの肌は赤子のようにふっくらとしていて、きっと余計なことをしない方が良いのだろうと思った。
ふと鏡の中のテレサを見ると、目を瞑って少し眠そうにしていた。すでにだいぶ寝ていたはずだけど、とリラは驚いた。
「……寝室に行かれますか?」
「…!す、すみません…つい」
「いえ」
リラは少し笑って、テレサを寝室まで送った。不思議だけど、これがテレサのペースなのだろう。
自分もXANXUSと鉢合わせる前に退散しなければ。主人は、メイドとはいえ部屋に他人がいると機嫌を損ねるから。
リラはベッドの横のテーブルに水とグラスと薬を置いて、足早に部屋を出た。