第2話 彼女のペース
テレサを拐ってもうすぐ半月が経つ。
だいたいどんな生き物か分かった。
そして、XANXUSとは至極相性が悪いことも分かった。原因は一つで、テレサの体質に他ならない。
その夜、XANXUSは微かな咳の音で目が覚めた。いや、目を覚まされた。
「……っけほ……けほ…」
腕の中に抱いたテレサは、弱々しく咳をしていた。
またか、とXANXUSは思った。テレサが来てからというもの、こんなことが時々ある。
喘息持ちなのか、何が原因か分からないが咳が出始めるとしばらく止まらなくて、煩くて仕方が無い。それも寝ている間に始まることが多くて、睡眠を邪魔されるのが最大の不快点だった。
咳だけじゃなく、しょっちゅう熱を出した。調子の悪くない時の方が少ないほどで、起きた時に腕で感じる体温で、その日のテレサの体調が図れるようにまでなってしまった。
「……はぁ…は、っけほ」
「………」
だんだん酷くなって、苦しげな呼吸が混ざる。当然だが放っておいたら悪化する。起こされた上に、どんどん酷くなる咳の音に、苛立ちは一瞬で沸点を超えた。
「……うるせえ」
テレサの腹を蹴って、ベッドの外へと突き落とした。
「きゃあっ…!」
テレサの悲鳴と共に、どすんと床に落下する鈍い音が響いた。ううっ、と小さな呻き声が聞こえたが、背を向けるように寝返りを打った。
「ごめんなさ、っこほ……」
それでも文句も出ないのだから大したものだ。それどころか、のろのろと立ち上がって、部屋を出ようと扉の方へ向かう。物分かりの良さだけは褒めてやっても良い。
しかし…
「(あ……開かない………)」
寝室に限らず、XANXUSの部屋の扉は厚くて大きい鉄の扉で、なかなか開けるのが難しかった。特に体調が悪い時は体に力が入らなくて、開けることができなかった。
体重をかけて押してみても少しの隙間しかできない。体に力を込めたせいか、咳が込み上げる。
「っん……けほ、けほっ…!」
思わずしゃがみ込んで、扉に手を付く。
苦しくて俯いていると、不意に扉が開いた。
同時に背中に衝撃が走って、前のめりに転んでしまった。
「うるせえ!」
真後ろでXANXUSの怒鳴り声が響いた。扉を開けたのはXANXUSで、蹴り飛ばされたのだと理解した。
テレサを外に放り出して扉を閉める。
ようやく静かになった寝室で、XANXUSは一人分スペースの空いた広いベッドに満足げに横になった。
翌朝、XANXUSは目覚めてもしばらくはベッドの上でゴロゴロしていた。
テレサが来てから半月足らずとはいえ、ほとんどの夜は何かしらの理由でベッドから追放している。部屋の外に閉め出す時もあれば、床に転がしておく時もあった。それでもテレサは文句一つ無いようで、何も無く過ごせた夜には、犬のように引っ付いて眠る。
そういえば昨夜は外に蹴り飛ばした気がする、とXANXUSはぼんやり思い出しながら、ようやく体を起こした。
スクアーロが文句を言いに来る前に、扉の前のテレサを回収しておくかと、渋々ベッドから出た。
鉄の扉を片手で開けると、当然ながらすぐそこにテレサがいた。壁際に寝転んで眠っているのか、扉が開いても反応は無かった。
「おい、起きろカス」
眠っていようともお構いなしに、腕を掴んで寝室に引き摺り込む。流石に髪を引き摺る癖は無くなってきたが、やはり手荒には変わりない。しかし、それもXANXUSにとっては通常運転のようなもので、直す気すら無いのだが。
「……っう…」
しかし、その日は少し様子が違った。
テレサは苦しそうな呻き声を上げると、ぐったりと倒れ込んだ。
「…?」
明らかに生きが悪いテレサに、XANXUSは違和感を覚えた。
いつもはこれで目を覚まして後をついてくるか、扉が閉まるのに間に合わなければ寝室に閉じ込められて終わるのだ。
もう死ぬのか?とテレサの肩を抱き上げて起こすと、その体は震えていて冷え切っていた。
ロクに眠れない日々をもう半月も送っているのだから、いつかは体力の限界が来るとは思っていたが、今日がその日らしい。
「……チッ」
XANXUSは仕方無く、テレサの体を抱き上げると、ベッドに寝かせた。おそらく体力が底を尽きて、このまま放っておいても自力でベッドに入ることすら出来ないだろうから。今回キリだ、と仕方無く。
少ししたらメイドが来て、何かしら世話を焼くだろう。XANXUSは気怠げな足取りで、ひとり寝室を出た。