第1話 目を奪われる




リラは、ボンゴレに拾われて10年以上、メイドとして仕えていた。この城のメイドの中では1番の古株だ。たいていは3年も持たずに辞めるか、消されるか。なんならXANXUSのことは10代の頃から知っている。XANXUSがメイドを認知しているかは知らないが。
元が賢いリラは上手くやっていた。両親に売られた訳アリでも食い扶持があるのは有り難いことだ。とにかく感覚がおかしくないとここに居られないのは、隊員もメイドも同じなのだ。
XANXUSは気分屋で、正直今も生きているのは悪運の強さゆえ。しかし、オッタビオの時代と比べて、「何が禁忌か」分かりやすい恐怖政治は、肝の座ったリラの性に合っているような気がしている。

そんな日々に、本当に突然に、テレサが現れた。

XANXUSはリラに、「叩き起こして風呂に入れておけ」と短く命令して部屋を出ていった。
寝室には、1人の女性がベッドに座って俯いていた。その人は、リラが部屋に入る音でどうやら目を覚ましていたらしく、叩き起こす役を買わずに済んだことに少し安心した。リラが声をかけると、その女性はハッと顔を上げた。

「わあ………」

余計な事を喋らないこと。それがここで生き残るのに必要な事だ。それが骨の髄まで染み付いたリラでさえ、感嘆の声が漏れた。
月の薄明かりに照らされたその女性は、どこからか迷い込んでしまった天使のように綺麗だった。黒いワンピースに身を包んでいたけれど、天使だと思った。

「…メイドの、リラです。以後お見知り置きを」

まるで金縛りに合ったような感覚。それを振り解くように声を絞り出して、深々と頭を下げた。
テレサはそんなリラの態度に、慌ててベッドから立ち上がった。

「……テレサと申します」

テレサは頭を下げて目を逸らした。正直、リラの丁寧な態度と落ち着いた声にすごく安心した。同性というのも大きい。このヴァリアーは圧倒的に男が多いし、女だとしても荒くれ者しかいない。
テレサは体の線が細くて、白い肌に淡い桃色の髪がひどく儚げで、小さな声で囁く声は小さな鈴が鳴るようだ。

「不躾で申し訳ありませんが。XANXUS様の命令で、入浴の準備が出来ています。こちらへ」
「あ、すみません…ありがとうございます」

扉を開けてテレサを待つと、彼女は急いでリラの後に続いた。


テレサがシャワーを浴びている間に、XANXUSが床に投げ置いたワンピースを用意した。XANXUSの意図を汲むなら、これはテレサに向けたものだろうと確信していた。触るだけで分かる上質な生地に、鎖骨が開いたデザインに、なにより白くて可愛らしい雰囲気がテレサに良く似合うと思ったから。

テレサがなぜここに来たのかは分からないし、この先も知ることは無いだろうが、この城の主はテレサを長く連れ込むのだろうということは推測できた。
程なくしてシャワーの水音が止んだ。扉が開く音がして、リラはちょうど収納が終わったところで、テレサの元へ戻った。

「テレサ様、失礼します」
「…!」

一言声かけして浴室に入ると、濡れた体をタオルで隠したテレサと目が合った。驚いた様子のテレサに、リラは自分が少し大胆なことをしてしまったかと、内心少し焦った。

「申し訳ありません…でも、服を」
「あっ…いえ、ありがとうございます」

リラは新品のワンピースをテレサに渡すと、脱衣所を出た。
程なくして、かたりと扉が開き、テレサが戸惑った顔で現れた。膝丈のスカートがふんわりと広がり、まるでドレスのようで、テレサにとても似合っていた。

「……っあの…これ、本当に私に……?」
「はい。XANXUS様から」
「………そう、…なんですね………」

戸惑ったような、でも少し嬉しそうな複雑な顔で俯いた。テレサのことも二人の関係も良く知らないリラは、テレサの態度に疑問を抱いたが、まあいいかと流した。
そして化粧台に誘導し、椅子に座らせると、ドライヤーで髪を乾かした。ブラシで髪を梳かすとさざ波のように揺れて、絹のように輝いた。

「(………綺麗な髪。昔、母さんに貰った人形の髪みたい)」

薄桃色の髪にブラシを通すたびに、リラの心はなぜかとても満たされた。本当に何故だろう。リラ本人も理由は分からなかった。ただ、何故かその時間はとても癒しになった。
生まれてこの方、語れるような波乱なんて無いけれど。いつでも死なないだけに必死で、安心できる場所なんて無くて。友達が出来たこともあったけど、2年前に突然消息を絶った。その数日後に、消されたと噂だけ聞いた。ここから逃げようとした者の末路はそんなものだ。
でもそんな人なんて、この業界にはたくさんいるのだ。自分が特段不幸なわけでも、苦労をしているわけでも無い。それでも、本当はもっと幸せに生まれたくて。
そんなことを考えて、リラはなぜか泣けてきて、ブラシを握る手が震えた。

「……?あの…」

何か違和感に気づいたのか、テレサがリラに振り向いた。

「…!」

リラの涙に気づいたテレサが、驚いて、そして戸惑った。自分が何かしてしまったのだろうか。

「……リラ様…?」
「いえ、申し訳ありません。様、なんてやめて下さい。……名前だって、誰も覚えていませんから」

テレサはなんだかすごく寂しい気持ちになった。リラの気持ちが移ったかのように。

「………リラ、さん。これは…誰にも言わないでいてくれますか…?」
「…?」

テレサは優雅な手つきで自身の指輪を外し、化粧台に置いた。
そして、両手で水を掬うように手を差し出す。リラが不思議に思っていると、テレサの両手に優しく炎が灯った。

「え…!」

それは、テレサの髪のような薄桃色の炎だった。
優しく、優雅にゆらゆらと、のんびり揺れる炎はまるでテレサそのものだ。

もちろん、リラは死ぬ気の炎のことは知っていた。桃色の炎は初めてみたが、特別な種の炎なのだろうと思った。

「…こんなことしか、できないけれど…」

どうぞ、と言うように差し出す。
リラは、そーっと炎に触れた。
テレサと同じ、ゆっくりと気品のある仕草で、炎はリラの手を包んだ。

じんわりと心に沁みいるような暖かさ。まるで嵐の夜に、暖かい家の中で暖炉の炎を眺める時間のような、安堵を感じた。
寂しい、怖い、孤独。硬く固くなって心の底に沈んでいた岩のような感情が、柔らかく解けていくような。そしてぽろぽろと涙になって流れていくような。

きっとこれが、テレサの炎の力なのだろう。
癒す炎?どんな感情なのかはリラにさえ分からないけど、そこはかとない安心感と、記憶も微かな母に抱きしめられて眠る夜のような、幸せな気持ち。

止まっていた時間が動き出したような感覚が戻ってきたところで、テレサの炎が消えた。
幸せな幻想がマッチの炎と共に消えるかのように、ようやく現実に戻った。でもマッチ売りの少女と違って、次のマッチが無くったって、心が温かい。

「………テレサ様」

XANXUSを崇拝する幹部の気持ちなんて理解できたことが無かったけど、今なら分かる。

ーー初めて逢った、私の神様。

「(………こうやって人は生きていくのね)」

そんな事をぼんやり思いながら、テレサの青い瞳を見つめていた。
テレサは中指に指輪を付けると、リラに微笑んだ。
もうリラは十分、テレサがどう特別な人間なのか理解していた。きっとXANXUSがテレサを手に入れたくなった理由も同じことなのだろう。ーーそこで、ようやく主人のことを思い出した。

「あっ…!そろそろ、XANXUS様がお戻りなるころだわ!」

リラは慌ててテレサをリビングに連れ出し、浴室を片付けて、自分の部屋に戻った。
XANXUSとはなるべく対面しないこと。主が戻るまでに、全ての仕事を終わらせてさっさと撤退する。それが、長く生き延びるコツだ。



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