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第1話 目を奪われる



その次の日のことであった。
9代目の隠居先に訪れたある女の報告を聞いたのは。
報告によると、桃色の髪の女、名をテレサ。
普段から逐一客人を報告などされないが、ボンゴレと昔確執のあったファミリーとなれば特例だ。
だがXANXUSが反応したのはそこではなかった。

(……なぜあいつに用が?)

頭の中の疑問をよそに、報告係は続けた。
なにやら、9代目が中東の宗教戦争で孤児になった行き場の無い子供達を、落ち着ける場所ができるまでの間まとめて引き取ったらしい。
XANXUSは心底反吐が出る思いだった。時々こういう馬鹿なことをしでかすのだ、あのじじいは、と。いつかもあったのだ。どこぞの難民のために一時避難場所としてボンゴレの支部を丸々一つ解放したことが。
だが、戦争を見たり参加させられたりした子供達は想像以上に深刻な精神的な傷を負っていて、まるで野生動物のようで、特に大人の男性に対する警戒心は並でなく、医師や看護師は女性のみでの対応となり、手を焼いているらしい。その現状にテレサの手を借りたいとティモッテオが頼んだらしかった。
XANXUSは少し納得した。あの日、マフィア関係者の駆け引き合いの中に置かれ、神経の疲れた子供が、テレサの膝に身を委ねる光景を思い出したのだ。
報告係が下がると、少し思案して腹を決め、さっさと今日最低限やらなければならない仕事を片付けた。そして荒く椅子から立ち上がって隊服の上着を羽織り、城を出た。


ティモッテオの城に着いたXANXUSは、正面からは入らなかった。仕事の用がない限り自分からは来ないので、なんだか癪だったのだ。
正面入り口より狭い裏の入り口の門を潜る。石畳の両脇には整備された庭が広がり、真昼間の光を受けて緑が鮮やかに映えていた。
うるさいほどの緑の中を足早に通り過ぎようとした時、唐突に、けたたましい子供の泣き声が聞こえた。早速、XANXUSはうんざりした。情など馬鹿馬鹿しいではないか、と。
それにしてもカンに触る声だ、と庭を見渡した。声の大きさからして、少し離れた場所にいるらしい。声のした方を軽く振り返り、目をやった。80mほど先に、10歳にもならない子供が2人草に座り、膝を抱えて泣いていた。手を取り合っているところを見ると、兄弟か何かだろうか。

(………つまらねえことしやがって、あのクソジジイ)

さっさと目的を済ませるために子供から視線を外した時だった。
外した目線の先に、かの女が目に溜まる。また例の服を着ていたのに大いに幻滅した。長い髪は手入れはしてあるのか、足が地に着くたび波紋のようにそろってさらさらと揺れるが、顔にかかるとだらしない印象を残した。
テレサはこちらには気づかなかったようで、小走りで子供に駆け寄ると、少し離れたところに膝をついた。
子供たちはテレサの気配に気づくと、すぐに泣くのをやめ、目をぐりんと剥いて威嚇するように凝視した。そんな子供達に、テレサは至極優しげに微笑むと、中指のあの指輪を外し、膝の横に置いた。XANXUSは動作の意図がわからず、訝しげに見つめていた。
そしてテレサが、水を掬うように手のひらを広げる。すると、そこに淡い桃色の炎が灯った。XANXUSはわずかに目を見開いた。死ぬ気の炎の類に違いなかった。
子供たちはそれに目を奪われた。暖かい愛情を感じさせる炎だった。やがて警戒しながらもゆっくりテレサに近づき、その青い瞳を覗き込んだ。
テレサの微笑をしばらく見つめた後、そうっと炎に手を伸ばす。炎は子供たちの家を燃やし、親を殺し、街を消したはずなのに、なぜか恐れた様子はなかった。
そして炎に触れる。1人の子供は亡き母を思い出して眉をしかめ、もう1人は安堵を覚えてため息をついた。
テレサが手を軽く広げると、2人は我慢できない、と言った様子でその胸に飛び込んだ。そして堰を切ったように涙を流し、声を上げて泣いた。
やがて2人の子供は優しい炎に包まれ、テレサに身を委ねて眠りに落ちていった。
その光景はまるで天界をのぞいているかのような錯覚を起こさせた。もう炎のことなどどうでもよく、ただその光景に魅入っていた。

——ああ、あの光景だ。これを探していた。

XANXUSは驚きに眉をしかめた。その心に響いた声は、まるで自発的な思考ではない、例えば直感のようなものだった。
なぜそう思ったのか、なぜそう思うことを拒むのか——自分が何を考えているかわからないような心地になった。

やがて、XANXUSの思考を遮るように1人の執事が現れ、子供達を抱えると去っていった。テレサはその場に残ったが、なんとなく、執事と一緒に歩くのを避けたかったのではないかと思った。
何はともあれ、目的はテレサだ、と思い直し、そちらに歩き出す。
すると、テレサが指輪を置いた方を振り返った時、こちらに気づいたらしく、顔を強張らせ、すぐに指輪を拾おうとした。しかし、指が震えるのか、一度取りこぼしてしまう。その鈍臭さに呆れながらも、XANXUSはテレサの目の前にたどり着く。
遠目に見てもわかっていたが、テレサは背が小さい。しゃがんでいると、気づかず蹴り倒しそうだ。その桃色の髪をてきとうに掴んで引っ張った。
微かな悲鳴が聞こえたが、ようやく視界に入る高さになった。今度は、未だに指輪の付いていない左腕を掴み、XANXUSの目線に合わせるように引き上げた。想像以上に細い腕は、折れない程度の手加減はしたが、テレサは痛みにすこし涙が滲んだ。

––––コオオォ……

その瞬間、二人の手が炎に包まれた。
XANXUSの憤怒の炎と、#テレサ#の薄桃色の慈愛の炎はお互い混じり合い、すぐに、どちらともなく飲まれて消えた。いがみ合うのではなく、まるで出会いを祝福するかのように…
大方、余計なしがらみを起こさないように指輪で封じていたとか、そんなことだろうとすぐ予想できた。
テレサは驚きに放心したような顔で炎が消えた手を見ていた。XANXUSはそんなテレサには御構い無しに言う。

「そのための指輪か」
「っ…!」

#テレサ#は決して目線を上げることは無かった。
その態度が頭に来て、顎を掴んで上を向かせる。
それに驚いたテレサは、一瞬XANXUSの瞳を捉えるが、すぐに慌てて目線を外す。
どうやって吐かせようか、と考えたその時––––

「XANXUS!なにをしているんだね!」

ティモッテオの声が響いた。
嗅ぎつけられたか、と一つ舌打ちをするとテレサを一瞥して手を振り離した。テレサは大袈裟によろめいて後ろの木にとん、と背中がふつかった。

「客人になんてことを…!すまない、テレサさん。お怪我は?」
「あっ…いえ……私…、すみません………」

その様子を、XANXUSは苦い思いで眺めていた。まるで自分が親に叱られた子供のように一瞬思えたのだ。別に、これがXANXUSにとっての普通なだけで、特別手荒にしたわけではないのだから、"すまない"なんてのは見当違いだ。
ティモッテオはXANXUSに向き直ると、諌めるような口調で言う。

「…で、どういうつもりだね、XANXUS」
「こっちのセリフだ。なぜこいつがここにいやがる」
「個人的な頼みがあっただけだよ」
「そいつの炎にか」

ティモッテオは動揺することなく続ける。

「XANXUS……テレサさんについて何か知っているようだな」
「てめえの知ってることだ」

一触即発な雰囲気の2人に、テレサは青ざめて立ち尽くしていた。
しかし、一番驚いたのはXANXUSが炎のことを知っているということではなかった。

(XANXUS……様…?)

テレサはその名を知っていた。
独立暗殺部隊ヴァリアーのボスであり、ボンゴレ9代目の実子、ということも知っていた。到底、自分が近づいてはいけない人。目に映すことも、視界に入ることも、本来なら許されない人。
言葉を失ったように、手で口を覆い、XANXUSの足元を呆然と見るテレサに、XANXUSは何か別のものを感じ、声を投げる。

「………なんだ」

テレサはその一言に、肩を押されたかのように後ろに一歩下がると、テレサの手は微かに震え出した。震える膝を折ると、地に手を付け、顔を俯けて、震える声で喋り出した。

「………わ、…私のような下賤な者が…っ…XANXUS様とも知らず、申し訳ございませんでした………どんな罰も受ける所存で、」
「やめろ」

ハッキリした声に、肩が跳ねる。
ティモッテオも、聞いたことのない息子の言葉に、小さな驚きを隠せなかった。普通、気に食わないことがあれば殴るか蹴るかで解決する人なのだから。

「もう話すな。うぜえ」

XANXUSはテレサの腕を掴み、力づくで立ち上がらせる。そのまま引きずるように門の方に向かっていった。
ティモッテオは困ったような顔で、しかしどこか穏やかな胸中で小さくテレサに謝った。

引き止めなかったのは、XANXUSの心の内がわかったからだった。XANXUS自身も少しは自覚しているであろう、複雑な感情だった。
見透せたのはその血故か、それとも親心故か。その答えは、息子の初恋を応援する親のような気持ちに気づくことで後者だとわかったのだが。



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