第1話 目を奪われる

XANXUSは気晴らしにホテルで娼婦を抱いて、煙草を吸った。

女も煙草も、テレサに抱いた感情を忘れるためかもしれない。思い出すと、せっかく忘れかけた苛立ちがまた湧き上がってくるから、思考を打ち止めた。

それから酒を飲んで一眠りして、帰る頃には半日経っていた。またあの煩い鮫は文句を垂れるだろうが、殴って黙らせれば良い。

どうにも頭の隅から離れないテレサの存在に、まだ帰る気にならなくて珍しく街を歩いた。
すれ違う人間がうざいから人通りの多い道は好まない。しかし、気まぐれなXANXUSらしい理由で、ふらふらと歩いていた。

ふと、目に入った、ガラスの中に展示された白いワンピース。つい足を止めて眺めると、生地はよく見ると小花柄だった。鎖骨が出るデザインで、スカートは膝が隠れるくらいのフォーマルながら女性らしいラインの出るデザインだった。
テレサが着ていた黒いワンピースはなるべく肌を出さないようにしているのか、随分つまらない服だった。あれよりだいぶマシか、とXANXUSは思った。テレサの薄桃色の髪は、白い服の方がよほど映える。
本当にただの気まぐれで、XANXUSは店に入った。




自室に戻ると、寝足りない心地がして寝室へと向かった。
そういえば、テレサはあの後どうなった?まさか逃げ出すようなことを考える性分とは思えないが。

寝室に入ると、予想通り、着の身着のままのテレサがベッドに横たわっていた。顔は髪で隠れて見えないが、側に来ても一切気付かずに眠り続けるあたり、想像通り鈍感な性格らしい。

髪を退けると、悪い夢でも見ているような、どこか苦しそうな顔で眠っていた。
その顔をよく見ると、やはり化粧はしていないように思えた。頬を指で撫でてみても、やはり化粧の類のものは感じられない。

桃色の唇はふっくらとしていて、親指で軽く押しても口紅は付かず、やはり一切化粧はしていないようだ。その果実のように小ぶりな唇の弾力がクセになって、何度か指で押した。
これでも起きないとは、どれだけ深く眠っているのか、もはや羨ましいくらいだ。

どこまで起きないのか、XANXUSは少し面白くなった。テレサの肩を抱いて上を向かせると、合わせるだけのキスを落とした。
それでも目を覚さない。信じられないくらい周囲に鈍感なテレサに、XANXUSはもはや笑えてきて、隣に寝転んだ。

昨夜は遊び明かして、流石に少し眠い。
もうこのまま眠ってしまおう。どうせ何をしてもテレサは起きそうにない。

ふと、先ほどキスした時に香ったあの匂いを思い出した。
心地良い、微かな匂い。テレサを抱き寄せると、やはりその匂いが香った。

昨夜抱いた女の香水の匂いがまだ鼻に残っている。それを塗り替えるように、テレサの匂いを吸い込んだ。
体の中の空気をテレサに入れ換えると、不思議なことに腹の辺りがスッキリと軽くなって、心地良い眠気がやってきた。

もう少し近く。そう思ってテレサの頭に手を添えて抱き締めた。テレサの柔らかい髪の感触が気持ち良くて、つい髪を撫でる。
ここまで好き放題されてもなお、テレサは起きない。大人しい方が好都合だ。むしろ、今のところ泣きそうな顔しか見ていないし、眠っていた方がうざい要素が無くて良い。

コイツの性格は合わないが、体は使えそうだ。またいつかやる気が出たら、抱いてみるか––––そんな事を考えながら、XANXUSは眠りに落ちた。




次に目が覚めた時、XANXUSは肩に感じる重みに、咄嗟に横目で隣を見た。

「……」

そうだった。つい忘れていたが、妙な拾い物をしたんだった。
いや、そんなことよりも。テレサは仰向けに眠るXANXUSの腕を枕にするようにして、肩に頭を寄せ、XANXUSの胸元に手を置いていた。

「(……コイツ…どんだけ図太い神経してやがる)」

意識がある時はあれだけ怯えて震えていたというのに、寝る時は枕扱いか。とXANXUSは感心すらした。

「邪魔だ」

引き摺り離そうと、テレサの髪に指を通した。

「……」

ふと、その髪が想像以上に柔らかく艶々と光っているのに気づいて手を止めた。
よく見れば、睫毛も当然ながら桃色で、テレサの白い肌には馴染んでいた。唇は何も塗っていないはずなのに、赤子のようにふっくらとピンク色をしている。見れば見るほど、フランス人形が眠っているようだ。

「……チッ」

XANXUSは髪を離した。すると遊ばれた髪からか、ふわりと昨夜と同じ芳香が漂った。

「…?」

どこか懐かしいその匂いにXANXUSは少し不思議に思った。
香水か何か付けているのか、石鹸の匂いかと思っていたが、一晩経っても変わらないということは、テレサ自身の香りなのだろうか。

XANXUSは空いた手でテレサの背を引き寄せると、その肩に顔を埋めた。

…やはり、テレサの肌から香るらしい。桃のように微かに甘い、でももっと柔らかい雰囲気の匂い。

まるで誘われるように、テレサの肩に唇を付けた。どこを触っても吸い付くように湿潤な肌は、かろうじてテレサが人形ではなく生身の人間だと自覚させた。

「……ん…」

テレサの小さな声。さすがに鈍感そうなテレサも起きたかと、XANXUSは顔を上げてテレサを見た。

「………」

ところが、テレサはもぞもぞと動くとXANXUSの胸に額を寄せて、少しも目を覚ます気配は無かった。

「…!」

遠慮のカケラも見えないテレサの態度に、XANXUSは驚愕した。

途端に、無性にイライラしてきて、気持ち良さそうに眠る顔もなんだか憎たらしいと感じた。
テレサの二の腕を掴んで引き剥がすと、軽い体は想像以上に引きずられて、ベッドの向こうに落ちていった。

「…っ!?」

どすんと、いかにも鈍臭い音がして、さすがのテレサも一気に目が覚めたらしい。
まあ確かに、スクアーロや隊員にやるのと同じような力で投げてしまったのも事実だ。

「…??」

テレサは何が起きたのか分からないまま、立ち上がろうと半身を起こした。しかし、元々の体質もあって、強い眩暈に襲われてつい目を瞑った。低血圧なのか貧血なのか、寝起きにはとても弱かった。

「…ぅ……」

頭が回るような視界が捩れるような感覚に、つい小さな声が漏れる。
地面に座り込んで、ベッドに頭を預けると少し平衡感覚を取り戻したような気がする。

XANXUSは、いつまでも沈んで起きてこないテレサに、今度はなんだと思いながら下を覗き込んだ。

「…何してる」
「……すみませ…、…立ちくらみが…」
「チッ……いちいち鈍臭え奴だ」
「あっ……」

XANXUSは小声で毒を吐きつつ、知るかとでも言うように足早に部屋を出た。テレサは後を追おうとしたが、足が地についているのどうかも分からないような浮遊感に襲われて立てなかった。

寝室の扉が閉まる音がして、テレサは諦めてベッドに縋るように腕を乗せて突っ伏した。
目を瞑ると、瞼の裏はぐるぐると黒い絵の具を混ぜるように揺れていたが、少しの眠気を感じた。そして誘われるままに、眠りの世界へと落ちていった。



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