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第4話 寛大な人



それから何日かあと、XANXUSのオフの日に、ヴァリアー邸内を簡単に案内してもらった。
案内といってもなんの説明も会話もないが、XANXUSとしては、隊員にテレサの存在を知らせる意が大きかった。

そして、中庭を挟んだ向こうの廊下にスクアーロを見つける。任務帰りのようだった。
XANXUSは眉を顰めると、後ろからついてくるテレサに近づくなと言うように、腕で制止した。慌てて立ち止まったテレサはつんのめり、XANXUSの腕に指先で縋ってしまった。すぐに離れ頭を下げたが、XANXUSにとっては蚊が止まった程度に近かったので気にしなかった。
スクアーロは一目でわかるほど、気が立っていた。上機嫌だと言った方が正しいかもしれない。
ベルやスクアーロなんかには任務帰りに時々あることだった。殺しや闘いに快感を覚える人種には。下手に近づいた隊員なんかも犠牲になるのだ。
XANXUSに牙を剥くことはもちろん無いが、もっと良いタイミングがあるだろうと判断した。
と、その時。

——ズザァーッ

カラフルな頭の男が足元に滑り込んでくる。

「あ、あらあ、ボス!奇遇ね〜!私もお散歩してたの!!あ、あ、あの、そちらのお嬢様は?」
「………」

辺りに視線を漂わせると、中庭の噴水の影からわかりやすく顔を覗かせるベルの姿が見える。
大方、盗み見していたが、ベルがルッスーリアをぶん投げて接触を試みたというところだろう。

「………前に言っただろう、」
「わ、わかってるわ!わかってるわよ!てめえらには関係ねえっ!ですよね〜♪」
「……話を聞け」

かっ消す様子は無いと判断したベルがのらりくらりと現れる。
テレサがハッと驚いたのを見て、XANXUSはベルがすでにテレサと何らかの形で接触済みなのを悟った。今まで知らなかったわけだが、ベルに限って、あり得ることだ。

「んで、結局ボスのなんなの?」

恋人?と首をかしげるベルに、XANXUSはその質問は予想していたので、手短に答える。

「関係に名前が必要か?」

ある光景に焦がれてここまで来たなど言えるわけもない。
特異ではあるが特別ではない。愛などではあるはずがないし、気持ちがどこに向かっているのかも分からなく、結論名前の無い関係なのだと思った。
2人は呆気にとられた顔をしたが、すぐに納得した。ボスがそうだというのなら、"名前の無い関係の2人"なのだ。

「なんだかロマンチック♡それにしても綺麗な人だこと!サングラスが無かったら目が潰れていたわ〜♡私はルッスーリアよん♪何と呼べば?」
「そんなことはありません…!あの、私はテレサ・カリタと申します…何とでもお呼びください」
「あら…」

ずいぶん控えめな人だこと、とルッスーリアは少し驚いた。

「じゃあテレサって呼ばさせてもらうわね♪こっちの子は、」
「もー知ってっし」

悪びれもなく白状するベルに、XANXUSはやっぱりか、という目でじろっと睨んだ。

「なーんかボス気づいてんのにあんまり怒ってないみたいだし、もーいっかって」

しししっ、と笑うベルに、怒る気力も無くなり、ため息を一つついて視線を外す。
もうこの2人はもう良いだろうと歩き出すと、後から躊躇いがちなテレサの足音が続いた。XANXUSは、犬か何かを飼っている気分になった。
ルッスーリアの「後でお茶でもしましょう〜」という声が聞こえ、恐れ多くて到底はいとは言えないが、深く礼だけを返した。




最後のエリアに差し掛かったところで、1人の隊員がXANXUSの元にやってきた。
なにやら仕事の方で問題発生らしく、仕方なく仕事部屋に向かうことにした。
テレサに動くなとだけ告げて、XANXUSは去っていった。
残ったテレサは、誰かが通っても邪魔にならないように廊下の端に寄った。
するとすぐに、1人の男が暗い廊下の奥から現れる。XANXUSより背丈が大きいその男——レヴィが通り過ぎるのを、緊張に身を硬くして待っていた。
が、レヴィはテレサの前に立ち止まり、無言で見下ろす。
余りの迫力に、限界まで壁に背を押し付ける。

「貴様か…」

地を這うような声に、心底怖くなる。
レヴィにとって、たとえどんなに妖艶でも、自分がボスの1番になるのを邪魔する者は敵である。あくまで絶対的優先事項はXANXUSへの忠誠だった。

「う…美しいだけの人間が…なぜボスの隣にいれる!」
「っ、申し訳ありません」
「!!」

レヴィは衝撃を受けた。あの気高いXANXUSの選んだ人が、こんなにも簡単に他人に謝罪の言葉を吐くなど、許されるわけがない。

「な…なぜだ!貴様のような誇りも何も無いような奴が…俺より…!」
「は、はい。おっしゃる通りです…」

テレサは恐怖のあまり、相手の言葉を遮ってまで肯定の意を示した。まさに指摘された内容を逆撫でするような言葉を。
憤慨のあまり言葉を失った時、廊下の向こうから声が投げられる。

「やめとけえ、レヴィ。XANXUSにかっ消されても知らねえぞお」
「ス、スクアーロ!」

レヴィに、スクアーロ。それはテレサの知っている名前だった。
暗闇から現れたのは、シャワーを浴びて私服に着替えたスクアーロだった。

「おまえ、頭冷やしてこい」
「なっ!俺が冷静でないと言いたいのか!?」
「いいから行けえ''ぇ"え!!」

スクアーロは、レヴィの腹を思い切り蹴って廊下の奥に飛ばす。「うぐう!!」という悲鳴と地を転がる音の後、何の音もしなくなった。気を失ったらしい。
テレサは去った脅威に安心して、足の力が抜けてしまい、その場にしゃがみ込んだ。

「わりーなぁ、うちの幹部が。あいつは時々XANXUSへの忠誠心が高じて周りが見えなくなるんでなぁ」

レヴィを庇うような口調に、テレサも少し緊張が解けた。
スクアーロがテレサの元に歩み寄り、その顔を覗き込んだ時、その薄暗闇にも負けない美しさに少し目を見開いたが、すぐに調子を戻した。

「お前、XANXUSはどうしたぁ。迷子か?」
「いえ…お仕事がお急ぎのようでしたので」
「そうかぁ。名前は?」
「テレサ・カリタと申します」

テレサは、なんだかようやく波長の合う人に会えた気がした。

「立てるかぁ?」

差し出された手に、思わず身を引く。
ん"?とスクアーロがそれを疑問に思った、その時。
耳元で風が空間を裂くような音が近づいてきたと思ったら、側頭部に強い衝撃。床に倒れこんだ。そして、一緒に床に落ちてきた絵画に、刹那もしないうちに犯人がわかった。長い付き合いで、もうそれ専用の思考回路が作られたらしい。

「なにしやがる!!XANXUS!」
「てめえがな」

XANXUSは間髪入れずに、体勢の整わないスクアーロの眉間を思い切り蹴り上げ、廊下の向こうに吹っ飛ばす。そして、そのまま音がしなくなったのを確認した。まさか暗い廊下の先にレヴィまでのしているとは思わなかったが。

「XANXUS様…!」

一瞬の出来事に、ついていけなかったテレサがようやく声を上げる。
壁に手をついて腕力だけで体を浮かせようとしているところを見ると、体に力が入らないらしい。めんどくせえ、と思いながらその身体を抱き上げた。
テレサはやはり自分からは触らないようにしていた。

「あの…スクアーロ様は、なにも……」
「……誰だ」
「…………レヴィ様…です」

スクアーロが"消されるぞ"と言っていた手前、言っていいものか、最後まで戸惑いながらも、嘘まではつけなくて白状した。
XANXUSはため息をついた。レヴィがどういう人間かは分かっている。経緯も大方予想できた。というか、下手にサシで接触させれば衝突するのは最初から目に見えていた。

「レヴィ様は何も悪くありません。私が、」
「どうでもいい」

テレサは、こういうことばかりやけに饒舌だ。

「自分の非を証明することにばかり必死になってんじゃねえ」
「……はい」

XANXUSは、素直なテレサに少し笑う。
まるで何事もなかったかのようなその笑みに、テレサは驚いた。レヴィやスクアーロのことも、ベルのことも、気にしている様子が全くないことに。

(……このお方は、本当に寛大なんだわ)

その腕の中は、ひどく広く感じた。
心は勝手に安堵を覚える。
しかし、それを感じてはいけない、と頭では思った。
自分には、それは許されない。


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