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第4話 寛大な人





テレサを連れてきた日の夜の会話だ。テレサは普段夕食はとらないと言うので、いつものように幹部と食事をしていた時のこと。
スクアーロがちらちらと視線を送ってくるので、顔面を湯気を立てたスープに運んでやった。

「う"お"おおぉい"!!何しやがる!!あちーぞお"!!!」
「……何見てやがるカスが」
「てめーが隠し事してんだろおがあ"!!」

なんだ、テレサのことか。まあ、あれだけ堂々と連れ回せば誰かに見られていても不思議はない。
興味が失せ、食事を再開する。
しかし、スクアーロの方はそれでは収まらないようで、ナプキンで顔を拭きながら声を荒げた。

「今日部屋に女連れ込んでただろおが!そいつはどうなったぁ!?」
「殺したに決まってんだろ?」

しししっ、とベルが笑いながら代わりに答える。レヴィも、当然のことを聞いて一発食らうとは愚かな、とほくそ笑んだ。マーモンは無反応だが、ルッスーリアは何か楽しげな会話に感じ笑っていた。

「入ってくんじゃねえベル!それに、死体が出てねえぞぉ!」
「燃やしたんだろ?」

先輩バカだろ、と真顔で続けるベルに、スクアーロは反射的にフォークを投げ飛ばす。ベルは顔を横にずらしてすいっと避けた。もちろん最初から当たるとは思っていないが。

「つーかなんでそんなに気になんの?」
「………」

スクアーロは押し黙ってしまった。
不思議だったのだ。XANXUSは、今まで娼婦を抱くことはあっても、連れ込むことは一度としてなかった。
部屋に女の痕跡が残るのが嫌なのか、自分以外の人間を入れたくないのかは分からないが、とにかく自分から連れてくるなど考えられないことだった。それにまだ生きながらえているらしいときた。

「だんまりかよ。でもま、死んでないんだったら俺も気になるかも」

椅子の前足を浮かせるように重心を後ろに移しながらベルがXANXUSを向く。
XANXUSはその視線に面倒そうにあっさり答えた。

「………殺しはしねえ」

スクアーロが同じようにしたのなら鉄拳が飛んでくるような態度に、なぜベルなら許されるのかとスクアーロは少し引っかかったが、それより衝撃の方が勝った。殺さないということは、ずっと飼うつもりだろうか、と。
ベルも同じだったようで、薄く唇を開けてXANXUSをじっと見ていた。レヴィは動揺のあまりナイフとフォークを床に落とし、さすがのマーモンも手を止めた。ただ1人、特に柔軟性に優れるルッスーリアはすぐそれを受け入れ、XANXUSの気持ちを察したらしく、「まあ!」と楽しそうな声をあげた。次に、器用なベルも状況を飲み込み、ニッと笑った。

「ししっ♪見せてくんねーの?ボースっ」

軽い声を上げるベルを、その赤い瞳でぎろりと睨む。
さすがのベルも、おっと、と両手を挙げて降参の意を示す。

「ベルちゃん、この話は終わりにしましょ。正直とっても気になるけど♡」
「へーい」
「う"おぉ…ぃ"…」

スクアーロが"納得はいかないが一旦はわかった"の声を出す。
ルッスーリアの仲裁で話は終わったが、スクアーロとレヴィは若干放心したまま食事を終えた。






ここは暗殺部隊なので、彼らにとっての朝は世間一般には日暮れである。ここでは日が暮れるころに起きて、夜の間活動し、昼近くに眠りにつくというのが一般的だった。しかしそれはあくまで基本的には、という話であり、潜入や下調べで昼に活動することもあるし、遠方の国で時差が大きいこともザラにあるので、寝れるときに寝とけというのが隊員の共通認識だった。

初めてテレサと共に迎えた朝、夕日の差し込むXANXUSの自室で朝食をとろうという時のことだった。
いつまでも席につかないテレサに無言の圧をかけて見ていると、やがて戸惑いながら床に膝をついた。

「………床で食う気か?」
「……お、恐れ多く…」
「犬の前で食う気はねえ。さっさと席につけ」

睨みを効かせると、さすがに逆らえないと思ったのか、向かいの席に腰掛けた。
しかし、食事が始まってもうんざりする現実を見た。テレサは夜は普通食べないと言うので、昨日の夜はいつものように幹部と同じ席で食べたが、朝も朝とて、半分も食べなかった。申し訳なさそうにしてはいたが。
マナーや食べる姿はしっかりしていたが、噛むのが遅くトロトロ食べるので、恐ろしく時間がかかった。XANXUSが食べ終えると、少しも食べていないのにカトラリーを置こうとしたので、半分は食べろと命令し食べさせ、待たなければならなかった。それも、XANXUSにとっては初めての経験だった。
給仕が皿を下げた後、所在なさげに椅子に座るテレサを見ながら、昨晩の幹部との会話を思い出した。
XANXUSは、ヴァリアー幹部との接触は時に任せようと思っていた。テレサも彼らの存在は知っているし、一生XANXUSの自室から出ないわけでもあるまいし、いずれ顔を合わせることになるだろう。

––––それが今日になるとは思っていなかったが。

昨日先送りした仕事も溜まっていたので、朝食を終えると、XANXUSはすぐに部屋を出た。
残されたテレサは、やっと少し落ち着いた心地で、窓際に身を寄せた。一番広くて良い部屋なのだろう、最上階にあるし、風通しも日当たりも良好だった。
ベランダに出ると、風が髪を撫でるのが気持ち良くて目を閉じた。

「みーっけ♪」

突然、上から笑い声のようなものが聞こえた。
テレサが驚き、後ろを振り向きながら上を見上げるが、視界には何も映らない。上にいることが可能ならば、ベランダの入り口の屋根の上くらいではないかと思うのだが。
テレサが状況を掴めないでいると、すぐ右から声が降る。

「こっちこっち♪」

ちょいちょいと肩をつつかれ、そちらを向くと、目の前には金髪の青年がいた。その目は長い前髪に覆われ、一部しか見えない。

「オマエがボスのお気に入り?」
「…!そ、そんな…滅相もありません…」

ベルは、はあ?というような顔をして、首を横に振るテレサを見下ろした。

「ふーん…?」

目はどこを向いているかわからないが、全身を舐めるような視線は感じた。

「あ、俺ベルフェゴールね。会ったこと、ボスには内緒な。なんかオマエのことになるとボスこえーから」
「は、はい…」

幹部の名前は一通り知ってはいたが、まさか少年だとは。背こそテレサより高いが、雰囲気はどこか子供じみていて、しかし裏社会を生き抜いてきた確かな強かさを感じさせた。
その矛盾したオーラに、なんだか気の毒になってしまう。彼にとっては殺し自体が幸せだったわけだから、勝手な、勝手な同情だが。
しかしそう感じた時、もう手は動いていた。

「……こんな子供もいるのね…」

まっすぐ下りる金髪にそっと指を通し、ティアラの乗っていない側頭を撫でる。
撫でる動作を繰り返す手に、ベルは呆気にとられ、唇を薄く開いてただテレサを見下ろした。
そして、その顔の美しさに、何より穏やかな瞳に惹きつけられている自分に気づき、手当たり次第の言葉を投げる。

「………子供ってか、王子なんだけど。つーか、ヤメロ」

内心動揺して、よくわからないことを言いつつ、テレサの手を払う。
テレサはそれにハッとして、一歩身を引いた。

「も、申し訳ありません……私…」

目を伏せて頭を下げるテレサに、ベルは少し黙って思案する。そして、結論を出すと、ニッと笑ってテレサに近づいた。

「ん」

そして、頭を少し下げて差し出す。
テレサはそれに困惑して、はてなマークを浮かべていた。

「今の、もっかいやれよ。王子の命令だから」

つまり、頭を撫でろと言うことだろうか。
逆らうことなど毛頭考えないテレサは、言われるままに手を伸ばす。触れてしまうことに躊躇はあったが、命令と言われればしないわけにはいかなかった。
撫でながら、器用な人だ、と思った。自分のしたいこと、して欲しいと思ったことに嘘をつくことなく、余計な遠慮や恥は計算に入れないのだろう。なんだか少し羨ましくなった。
ベルは満足したのか、笑みを浮かべたその顔を上げる。

「オマエ、なんてーの?」
「…テレサ・カリタと申します」
「テレサね。ボスのこととか色々聞きてーけどもう行くわ。見つかったらマジでヤバいし。絶対言うなよ?」
「はい」

XANXUSに秘密を作るなど、とは思ったが、聞かれない限りは言わないでおこうと思った。
ベルは、軽やかに通路の屋根に飛び乗ると、城の屋根に移り、姿を消した。
それを見届けると、すぐにベランダから出て扉を閉めた。

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