第1話 目を奪われる
その女に出会ったのは、虹の代理戦争が終わった翌年のことだった。
第一印象は最悪だった。
喪服のような黒い服。薄桃色の髪とは色合いが悪くて、悪目立ちしていた。
長い髪は顔や目にかかり、邪魔そうで見ているだけでイライラする。
場は、マフィア関係者が集うボンゴレ主催のパーティーであった。もちろんただの親睦会であればXANXUSが出席するわけもない。
仕事だった。情報屋から受け取らなければならない情報があったのだ。ボンゴレの暗部の人間で、かつボンゴレの内情に詳しい者として、手が空いている人が偶然XANXUSしかいなかったのだ。スクアーロでもルッスーリアでも良かったが生憎不在だ。数年前ならば、例えそんな事情があったとしても行くわけもなかったが、月日が思考を整理させ、少しは丸くなったせいか。その情報屋も世渡りのうまい人なので、XANXUS自身にとって不快な相手では無かったというのも大きかった。
XANXUSと情報屋は、人の群れを下目に城内の一室で話し込んでいた。目的の取引は終わったが、付き合いが長い相手なので、次の約束もしてしまおうと思い、一服がてら簡単に話をつけようと煙草を取り出した。久々の煙草を口に咥えると、それに情報屋が横からライターで火を付けた。煙を吐き出すのと同時に、建物に囲まれた庭に目を落とす。
そこで、あの女が視界に入った。
しかも、隣にいるのは9代目の守護者の一人。立ち止まって何かを話している。
顔は髪に隠れて見えないが、俯いていて少なくとも目を合わせて会話も出来ない女だということは分かった。
ティモッテオに関する事は、どんなに間接的な事であっても目に入れたくない。苛立ちが込み上げてきて、窓枠に煙草を押し付けて火を消した。
「……おい」
「へい、なんで?」
「あの女はなんだ」
苛立ちをあらわにして情報屋に尋ねる。
守護者と話しているということは、ティモッテオの関係者なのか。暗殺を企てた際に、ティモッテオの周りの人間は全て把握しているつもりだった。
それに、あの女に感じるこの妙な苛立ちは何だ?
「ああ、彼女はテレサ・カリタ、年は22。ボンゴレ9世がこれまでの歴史の中で確執が生まれたファミリーとの関係の修復に力を入れてるだろ、その一環で招待されたんじゃないかね。彼女の祖父はカリタファミリーのボスで、ボンゴレと派手な抗争を起こしたんだ。もちろん負けたのはカリタの方だがね。まあ、負けた側の歩む道なんて悲惨なものさね。9代目のような方が現れでもしなければ、今でも日陰の道から出ることは許されなかっただろうさ…。ここ10年は音沙汰無かったから、まだカリタの血が残っていたことすら驚きだよ。あ、あと噂によると彼女はあまり素顔は見せないが、本当は目を見張るほどの——」
「もういい」
情報量は大したものだが、プライベートで喋り出すとキリがないのだ、この男は。もともとは話好きな性分なのだろう。
「話は終わりだ」
「そうかい」
情報屋が去った後に、もう一本煙草を吸って部屋を出た。
普段は仕事柄、人の五感に干渉する物は遠ざけているから、時々煙草を吸うと美味い物だ。
外に待たせている車に直行する。城内は騒がしくて、少しでも早く静かなヴァリアーのアジトに戻りたい。
喧騒を抜けて、あえて静かな裏庭を通った。
もう明日の分までやる気を使い果たした気がする。明日は一日中気ままに寝て起きて食って、いつも通り過ごしているだろう。今日はもう気だるくて、腹も減ってきた。面倒くさいという気持ちで満ちていて、そろそろイライラしてきたーーぼんやりと頭の中でそんなことを考えながら、裏庭に抜ける廊下を曲がった、その時ーー
ーードンッ
「っ…きゃ……」
胸元に僅かな衝撃と、微かな女の声。
曲がり際、何かにぶつかったのか?それにしては衝撃が軽い。
足元に何か転がっていることだろう、と目線を下に移す。案の定、見つけたそれは…
「(コイツ………テレサとかいう…)」
薄桃色の髪を見間違えるはずがない。突き飛ばされたのか、地面に座り込んでいた。
やがてパッと顔を上げる。夕暮れの赤い日差しが差し込んで、やけに鮮明に顔が見えた。
その青い瞳と目が合った。
なぜかXANXUSはその青い瞳に、目を縫い付けられたように見ていた。抗いがたい力に吸い込まれるように、頭では拒絶しながらも、目が離せなかった。
穏やかな風が吹き、テレサの髪をさらった。細く白い腕が持ち上がり、指先は髪を掬い耳にかける。その顔が露わになった時、XANXUSは柄にもなく見入った。
「……あっ……ご、ごめんなさい……」
青ざめた顔で呟く。声は震えていたが、小さな鈴が鳴るような透き通った声だった。
「……チッ…」
邪魔をされたんだ、頭でも蹴り飛ばしてやろうと思っていたが、とんだ誤算が起きた。
もう少し近くで見てみるか。そんな気を起こすほど、確かに容姿は整っていた。
不躾に手を伸ばし、まるでどこかのカス鮫にするように、髪を掴んだ。
「…っ、」
髪を引きずって立たせると、テレサは頭に顔を歪ませた。
ふらり、と体が少し前に倒れて、XANXUSの胸板に手をついた。
「…!?……??」
テレサは驚いているのか怯えているのか分からないような顔でXANXUSを見上げた。
青い瞳は涙が溜まって、水の中のガラス玉のように光った。見れば見るほど吸い込まれるような色だ。殴ればもっと濡れて、もっと綺麗になるだろうか–––そんな物騒な発想が浮かんだ。
「触るな」
胸元に縋るテレサの腕を掴んで引き剥がす。
「…いたっ……、ごめんなさいっ…!」
ぽろっと溢れる言葉。また少し瞳が濡れた。
小さな鈴を乱暴に指で弾いて無理やり鳴らすような、そんなやり方だが、その声が耳に届くと少し満足した。
テレサの腕は震えていて、不安げな顔でXANXUSを見上げる。顔に傷のあるし、身長も高い男に睨まれて掴まれるのだから、怯えるのはもっともだ。他人のそんな態度は、XANXUSにとっては当たり前で気にも留めなかった。
ただ、その青い瞳が涙に濡れるのが、鈴のような声が不安げに響くのが、不思議とクセになって、もっと濡らして、もっと鳴らしてみたくなった。
…そうだ。せっかく珍しく仕事をしたんだ。拾い物の一つでもしていくか。
テレサの声で少し機嫌が良くなったXANXUSは、そんなことを思い付いた。別に、気が変わったら殺せば良い。
そう考えると、少し楽しくなってきた。
XANXUSはその珍しい拾い物の髪を放すと、腕を引き摺るようにして早足で歩き出した。
「…えっ………あ、っ……」
戸惑う声が後ろから聞こえるが、何も言わずに歩く。
テレサの体は軽くて、しかも一切の抵抗を感じない。雲を引き摺るような気持ちだ。
車に着くと、自動で開いた扉にテレサを放り込んだ。物のように軽々と投げられた体は、勢い余って向こうの窓に頭をぶつけた。小さな悲鳴が聞こえたが、XANXUSは「見た目通りの愚図」というレッテルを貼るだけだった。
XANXUSは久しぶりに少し楽しい気分になった。青い瞳に鈴のような声、長い髪の下には人形のように整った顔。
情報屋は、カリタの血統がどうのこうのと言っていたが、どうでもいい。むしろ、人扱いしなくて良いと言っているようなものだ。飽きるまで、もしくは死ぬまで、良い退屈凌ぎになるに違いない。
始終泣き出しそうな顔をするテレサを横に、XANXUSは満足げに窓の外を眺めた。
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