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第1話 目を奪われる



その女に出会ったのは、虹の代理戦争が終わった翌年のことだった。

第一印象は最悪だったのだ。
いかにも鈍臭そうで、目を合わせて喋る事もしない、人に合わせて一言二言同意の言葉を述べるだけ。長い髪は一応整えているらしいが、それが顔や目にかかり、邪魔そうで見ているだけでイライラする。その上、喪服のように黒いワンピースが重たい印象を与えていた。その年にもなって着るべき色もわからねえのかコイツはと、一目で非常識な人間に分類したのだ。

場は、マフィア関係者が集うボンゴレ主催のパーティーであった。もちろんただの親睦会であればXANXUSが出席するわけもない。
仕事だった。情報屋から受け取らなければならない情報があったのだ。紙や電子書類はNGの情報屋で、直接会って話さねばならず、ボンゴレの暗部の人間で、かつボンゴレの内情に詳しい者として、手が空いている人が偶然XANXUSしかいなかったのだ。スクアーロでもルッスーリアでも良かったが生憎不在だ。5、6年前ならば、例えそんな事情があったとしても行くわけもなかったが、月日が思考を整理させ、少しは丸くなったのだ。その情報屋も世渡りのうまい人なので、XANXUS自身にとって不快な相手では無かったというのも大きかった。

XANXUSと情報屋は、人の群れを下目に城内のベランダで話し込んでいた。目的の取引は終わったが、付き合いが長い相手なので、次の約束もしてしまおうと思い、一服がてら簡単に話をつけようと煙草を取り出した。久々の煙草を口に咥えると、それに情報屋が横からライターで火を付けた。
煙を吐き出すのと同時に、建物に囲まれた庭に目を落とす。
そこで、あの女が視界に入った。
薔薇の花の前に1人で突っ立ち、時折花びらを撫でた。顔はやはり髪に隠れて見えないが、口元に笑みが浮かんでいるのはわかった。

「……おい」
「へい、なんで?」
「あの女はなんだ」

苛立ちをあらわにして情報屋に尋ねる。パーティーからあぶれて手持ち無沙汰に庭を訪ねたのだろうか。そのなんとも言えぬ要領の悪そうな雰囲気に、無利益な苛立ちがこみ上げる。

「ああ、彼女?テレサ・カリタ、年は22。ボンゴレ9世がこれまでの歴史の中で確執が生まれたファミリーとの関係の修復に力を入れてるだろ、その一環で招待されたんじゃないかね。彼女の祖父はカリタファミリーの4世ボスで、ボンゴレ7世の時代に抗争を起こし、ボンゴレ側は人・物ともに結構な損害を被ったんだ。もちろん負けたのはカリタの方だがね。まあ、負けた側の歩む道なんて悲惨なものさね。9世のような方が現れでもしなければ、今でも日陰の道から出ることは許されなかっただろうさ…。彼女の父親は5世を継いだが、彼女が6世を継いだって話は無かったと思うね。でもまあ、ここに姿を現したということは、そういうことと見ていいんじゃないかな。とは言っても4世当時のファミリーは全員処刑され、今となっては構成員は誰もいないらしいし、ファミリーとは言えないが。あ、でも噂によると彼女はあまり素顔は見せないが、本当は目を見張るほどの——」
「もういい」

情報量は大したものだが、プライベートで喋り出すとキリがないのだ、この男は。もともと話好きな性分なのだろう。
さっさと話を片して帰るか、そう思ってタバコを携帯吸い柄入れに押し込んだ。

「仕事の話だ」
「へい」



話がつき、情報屋が去った後、1人でもう一本煙草を吸っていた。自室や仕事部屋では吸わないし、職業柄、普段の暗殺任務では他人の五感に訴えるようなものは一切断つので、こういう機会でしか吸えないのだ。特に好きではないが、暇潰しの、趣味のようなものだ。
この後の面倒を想像してうんざりしていたところ、中庭に#テレサ#と1人の男が会話をしながらやってきた。#テレサ#と同年代くらいの若い男だった。
少しの間、#テレサ#を観察していた。この煙草がなくなるまでの、時間潰しだった。
どうやら、顔の一部を隠すのは癖らしい。誰かと話していても、髪でなるべく顔を隠し、目を逸らしていたり、時には目を瞑って頷くだけであったり、笑う仕草に合わせて口元を覆っていたり。
どんなに愛想良くしていても、彼女の緊張が伝わり、それらは不自然で不快であった。どうりで誰も素顔に気づかないわけだ。
しばしの間、2人は談笑していた。会話の内容は聞こえないが、#テレサ#は時折短く口を動かすだけで、たいていは笑って話を聞いているだけのようだった。

しかし、次の瞬間、#テレサ#の表情が変わる。
頬を赤く染め、口元を隠して目を伏せる。まるで甘酸っぱい青春の1ページのようで、XANXUSは思わず半身を引いた。
男は#テレサ#に何か言い寄りながら口元を覆うその腕を掴む。#テレサ#は抵抗の色を示すが、それに構わず手を引き剥がした。#テレサ#は何も言わず俯くだけだが、それが拒絶を表すのは明らかであった。
何やら不穏な空気に、XANXUSは眉をしかめた。
男は#テレサ#の両手を片手でまとめ上げ、顎を掴んで顔を上げさせる。強引な男を、#テレサ#は恐怖を滲ませた顔で見上げた。
なるほど、たしかに器量は良いが——

(………その顔じゃねえだろう……)

苛立ちが湧き上がった。
#テレサ#は自分に似合わないものばかり身につけたがる。
腰の後ろから銃を取り出し構える。
そして、トリガーを引いた。
聞き慣れた乾いた音も、単発で聞くと案外子気味いいものだ。
そしてその弾は、男の鼻先を掠め、熱い傷を残した。




会場に戻り、真っ先に出口を目指す。もう用は済んだので帰るつもりだった。
つもりではあったのだが、流石ボンゴレというべきか、たった50mほどの距離でも次から次へと挨拶に来る人間が絶えない。
それらを無視して歩きながら、聴覚の届く限りの周囲の会話を拾い、同時処理するのはもはや癖のようなものであった。
そんな拾った会話の一つである。

「カリタファミリーの6代目があの女性だと…」
「はあ。遠目に見たが、薄幸そうな若い娘だったじゃないか。あれじゃあカリタも消えゆくな…9代目も、何もそんなファミリーにまで目をかけなくてもな」
「やはり女には向かんよ。特にああいう見た目も中身も弱そうなのはな。私は少し話したが、ありゃだめだ。何を言っても何を聞いてもニコニコ気のいい返事をするだけさ…心ん中は真っ黒なのかと思って声をかけたが、腹に一物抱えた様子もなくて、あれじゃ生き残れん」
「いささか可哀想だが、ボンゴレに楯突いたファミリーとあっちゃ、こっちも迂闊に仲良くはできんしな」

(なぜこんなにもあの女は俺の気に触る…?)

同調するだけの姿勢が、まるで女であることを良いことにやっているようで、それが甘えに見えるからだろうか。
それとも単純に非常識な感じが、努力を放棄しているように感じるからか。
思い当たる節はいくつもあった。

(なんだってんだ…)

会話に立ち止まってしまい、終わった後には何て無駄な時間だと頭にきた。
ようやく外に出ると、そういえば会場であの女の姿は見なかった、と思い周囲を見渡す。
すると、嫌に目立つパステルピンクの髪が目に入った。
#テレサ#は庭の隅に植えてある木の下に座り込み、口元に笑みを乗せて下を向いていた。
その膝には、2人の子供が頭を乗せて眠っていた。
このパーティーはボスや、その候補者が多く集められている。恐らく別室に子供のための会場があり、そこはそこで冷戦のようなマウントの取り合いが繰り広げられているのだろう。XANXUSも幼い頃はティモッテオと共にこういうパーティーに出席し、子供ながらに他のファミリーのボス候補と睨み合いをしたものだ。
まさか#テレサ#の子だろうか。いや、年は22と言っていたし、さすがに10歳ほどになる子供を2人も持つことはないだろう。

なぜかXANXUSはその光景に目を縫い付けられたように見ていた。抗いがたい力に吸い込まれるように、頭では拒絶しながらも、目が離せなかった。

穏やかな風が吹き、#テレサ#の髪をさらった。
細く白い腕がゆっくりと持ち上がり、指先は髪を掬い耳にかける。
その顔が露わになった時、XANXUSは柄にもなく魅入ってしまった。
その顔が人形のように端正だったからではない。その表情に魅せられたのだ。子供を見下ろす青い瞳は慈愛に満ち、母親というものをよく知らないXANXUSにさえ、まるで本当の母親のように感じさせた。
#テレサ#の手は静かに子供たちの髪を撫でている。まるで、その時間は永遠に続くかのように思われた。

しかし、後ろの出口から、数人の声が近づいてくるのがわかって、その時初めて時間が動いていたことを自覚する。
#テレサ#もその声に気づいたのか、ぴくりと肩を揺らして出口の方を見る。

——その瞬間、目が合った。

#テレサ#は少し顔を硬ばらせると、手で口元を覆い、さっと下を向いて、耳にかけた髪を下ろした。
さっきまでとは一変して、またあの妙に勘に触る女に逆戻りだ。
#テレサ#の不穏な気配を感じたのか、子供たちが目を覚ます。#テレサ#と何か一言二言交わすと、体を起こし、名残惜しいと言うように#テレサ#の腰元にぎゅっと抱きついた。やがて顔を上げると足早にかけていった。恐らく会場に戻ったのだろう。
残された#テレサ#はさっと立ち上がり、軽く服についた汚れを払う。
XANXUSの方を見ることなく踵を返すと、去っていった。わざわざ遠回りして反対側の出口を目指すつもりだろうか。
その行動に少し頭にきたが、ちょうどいいタイミングで迎えの車が来たので、舌打ちを一つ置いて会場を去った。




XANXUSは、数日間、あの光景を忘れられないでいた。
とうとう日常に支障をきたすそれが目障りになって、ヴァリアー内の資料室でカリタファミリーについての記録を読み漁った。知れば何か変わると思った。
XANXUSは自分でも意外なほど、素直だと思った。あの目に焼き付いた光景が忘れられないからと言って、半日注ぎ込んで調べ上げるとは。
あの女の正体が知りたい。なんでもいい。経歴、血統、地位…調べられる事は全て調べたが、情報屋の言っていた情報と同じようなことしか分からなかった。
ある一つを除いては。

(……"慈愛の炎"…)

愛だか慈愛だか知らないが、頭の中にさえ浮かばせるのは腹立たしい言葉だった。
それは、カリタファミリーに代々伝わる死ぬ気の炎だった。情報屋としては一番話が盛り上がる所なので最後の方に持って来るつもりだったのだろう。その前にXANXUSが話を切り上げたので、あの場で知ることはなかった。
記録によると、『慈愛の炎はいかなる属性の炎による攻撃も無効化する』らしい。それがボンゴレ7世とそこそこ善戦できた所以だろう。
過去にこの炎で謀反を起こした以上、炎が使えるとなるとテレサも生きていられる立場ではないが、7世と争ったカリタの4世以降、炎を使える者はいなくなったと記録にはあった。
となると、5世以降のボスは血縁関係のない者である可能性が高いと思った。テレサ——スペイン語の名前だからスペインにルーツを持つ養子かもしれない。

("その血の歴史故、マフィア界では立場を失った"、か)

どうにも疑問が消えない。
迫害され見下される者が、あんな穏やかな表情ができるものなのだろうか?
知ろうにも知りようがない。
幸いにも消息はつかめるが。

(……無意味か)

と、そこで思考を切り上げる。
なんだというのだ、女一人に。

(またアイツは俺を苛つかせる)

XANXUSは資料を雑に閉じると、片付けることもなく舌打ちだけを残してその場を後にした。
XANXUSは出口への廊下を歩きながら目を閉じた。あの時の光景が瞼の裏に現れる。

風が#テレサ#の髪と遊ぶ。
子供たちの体が呼吸に合わせて穏やかに上下している。
頭を撫でる手の先まで無償の愛に満ちている。
ああ、その海のように青い瞳が赤い瞳と出会って——








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