スライムとの旅路
「あれ、レオ!?」
「ん?」
「目と髪の色が……」
私の左目が金色になり、毛先が薄くなってる。
変わってる、ね。
……魔物は名付けによって進化する。
私にもそれが当てはまった、かな。
それから数日後。
「レオさーん」
「ああ、今行くよ」
私の最近の日課は、レイルを連れてのリグル達と巡視だ。
それまでは趣味のアクセサリー作りをして、時間になればリグルが迎えに来てくれる。
今日もその予定だった。
「よう、レオにリグル!」
「ああ、リムル兄様」
「リムル様!」
「周辺警備兼食料到達ご苦労さん」
今から出発、というタイミングでランガに乗った人型のリムル兄様がやって来る。
「今夜は宴会の予定だ。美味しそうな獲物を頼むよ」
「……?随分楽しそうだね、リムル兄様」
やけに機嫌よく笑っているリムル兄様。
「今日はリムル様も食べるっすか?」
「おうよ!なんせこの身体には味覚があるからな!」
「ほほ~。いっぱい食べたらおっぱいも育つっすかね?」
ドボォ
「げふぅ」
余計な事を言うゴブタにリムル兄様の回し蹴りが入った。
「今のはゴブタが悪い」
「ですね」
「では特上の牛鹿をご用意いたしましょう」
「おう、頼むな」
ゴブタに苦笑しながらも、スルーしたリグル。
「お任せください。最近は森の奥から移動してくる魔獣が多いので獲物は豊富なんです」
「…なにかあったのか?」
「いえ、たまにですが環境の変化などで魔獣の移動がありますからね。大したことはないと思うのですが、レオさんも気になるという事ですし、警備態勢は強化しております」
確かに魔獣の移動は意味がなく、そういう習性のものもある。
彼にそう教えられた。
だけど、何かが私の中で引っ掛かっている。
「ランガ、警備隊に同行してくれ。もしもその時は彼らを頼む」
「は!」
リムル兄様も何か引っ掛かったらしい。
「しかしリムル様、お出掛けなのでは…」
「いいよ。もうすぐそこだ」
「遠慮はいらぬ。我を連れて行け、リグル殿」
……尻尾ブンブンが無ければ、格好いいんだけどな。
「じゃあ、俺は洞窟にいるから。何かあったら「あ!すみません、忘れてました。森の巡回中に拾ったのですが」」
行き掛けたリムル兄様だが、リグルの言葉に足を止めた。
「リムル様がお持ちの方がよろしいかと…」
リグルが懐から取り出したのは……シズさんの仮面。
「…探してたんだ、ありがとな」
「……じゃあ、また後で」
「おう」
「お気をつけてー」
そして、リムル兄様と別れる。
「よっと……レイ、これは?」
「ええ、食べれますよ」
皆が狩りをしてる中、私はレイと共に木の上の果実を取っていた。
「「!」」
その時、下から強い気配を感知する。
リグル達も警戒しているのが分かるが、恐らく相手が上だろう。
レイと視線を交わし、私達は下に飛び降りた。
「光の加護よ 彼の者の憂いを払わん……アンチマジック!」
「!!」
ゴブリンに掛けられそうになっていた魔法を先に星霊術で防ぐ。
「レオさん!」
「「「「「「!!」」」」」」
「大丈夫かな?リグル」
「はい!」
「…ゴブリンの仲間か」
「?」
リグル達の前に居るのは鬼を生やした六人と、少し離れた所に居るフードを深く被った…青年。
「レイ、リグル、アレは……何?」
「
「そうです」
「オーガ……」
オーガ、という彼等は私を見て警戒していた。
私はランガに振り返る。
「ランガ、念の為リムル兄様を呼んでくれるかな?どうするか聞きたい」
「承知……レオ殿!」「主!!」
「……大丈夫」
背後から迫る剣を同じく剣で受け止めた。
「……人が話してる間に攻撃しないでくれるかな」
「…隙があるからだ」
「……君には私が隙がある様に見えるてるのかな」
「……っ…!?」ゾクゾク
殺気を込めて睨めば、襲撃者が下がる。
敵かもしれない存在を目の前にして、隙なんて作る訳がない。
ゴォオオ…!
「!」
「主!!」
「私ならば、問題ない。君はリグル達を護れ……イラプション!」
リムル兄様程じゃないが、私にも炎の耐性がある。
お返しに私も炎の星霊術を使った。
「俺の炎を耐えるとは…」
「炎は私にとって、身近な存在だからね……やる気なら、此方も容赦しない」
一触即発の空気の中……
「レオ!」
「!リムル兄様」
呼びに行っていたらしいランガに乗ったリムル兄様が現れる。
「よくリグル達を守ってくれた。偉いぞ」
「ああ」
リムル兄様は私の頭を軽く撫でて、前に出た。
「おい、お前ら!事情は知らんが、ウチのヤツ等や弟が失礼したな。話し合いに応じる気はあるか!?」
「お兄様、あの者の仮面…」
仮面?
女の子のオーガが赤髪のオーガに言うと、彼は此方を睨んできた。
「正体を現せ、邪悪な魔人め」
「「は?」」
リムル兄様、そして私達に向けて言われた言葉。
「お、おいおい、ちょっと待て!俺達が何だって!?」
「魔物を使役するなど、普通の人間ができる芸当ではあるまい。見た目を偽り、妖気を抑えているようだが甘いな。オーガの巫女姫の目は誤魔化せん。それにそこの二人も人間ではなかろう」
「そんな…」
……確かにリムル兄様はスライムで、レイは月光狼だけど……私まで人外扱いしなくても……異世界人だけど。
「ふん、答えを聞くまでもない。貴様等の正体は全てその仮面が物語っている」
仮面ってシズさんの……?
「待ってくれ、何か勘違いしてないか?これはある
聞く耳なし、かな。
「……リムル兄様、その巫女姫とやらは魔法を使うと思う。取りあえず、無効化はしたけど」
「そうか。じゃあレオ、彼女の牽制を頼む。残りは俺がやる」
「分かった」
「しかし、それではリムル様が6人を相手取ることに…」
「問題ない。負ける気がしない」
だろうね。
力の差は歴然だから。
「…真勇か蛮勇か。その度胸に敬意を払い、挑発に乗ってやろう。ルイス、お前は念の為妹を」
「…………」
私は剣から弓の状態にし、女の子のオーガ……巫女姫の前に立つ。
「後悔するなよ」
向こうの戦闘が始まると、巫女姫は警戒した様に私を見詰めた。
巫女姫の隣にやって来た青年は此方に視線を向けるだけで構えようとしない。
とはいえ、その腰には二本の刀が下がっている為、油断はできない。
「……其方から仕掛けなければ、此方からは何もしない。その代わり、手を出すなら妨害させて貰う」
「……貴方は……」
「……其奴の言う通りだ。手を出さない方がいい」
「「!」」
と、青年がフードを脱ぐ。
綺麗な顔立ちに空を写した様な青い髪。
緑色の瞳が私を観察する様に、スゥ…と細められた。
「……不思議な感じがする。俺とはまた違う」
「……?」
「何かが混ざっている気配だ」
「主に無礼を働くなら…!」
「待て、レイ」
俺とは違う……確かに、この青年からは何かが混ざっている不思議な感じがする。
青年が次の言葉を繋げようとした時…
「黙れ!全ては貴様ら魔人の仕業なのだろうが!!」
声に思わず振り返った。
それと同時に、リムル兄様に近付く刃に気付く。
「待てよ、それは誤解──」
「後ろ」
ガキッ
「あぶっ…ね。悪い、レオ」
「むむ…」
老人が放つ一撃を、割り込んだ私が防いだ。
「けど、俺は…」
「分かってるけど、体が動いた。邪魔してすまない」
「いや、ありがとな。巫女姫は?」
「レイ置いてきた」
「了解。なら、そのままその爺さんの相手出来るか?」
「分かった」
私は老人を静かに見詰める。
「……私がするのは応戦だけ。君が手を出さなければ、此方からは斬りかかるつもりはないよ」
「それは有り難いが…此方も引くわけにはいかんのでな」
ピリッ…
……懐かしい緊張感。
此方の世界では強者とは戦っていないし、私の前にリムル兄様が居たから。
ゴオォオォ
「「!」」
と、背後で火柱が上がった。
私の時よりも強いので、リムル兄様を包んだらしい。
「やった…のか?」
「悪いな。俺に炎は効かないんだ。本当の炎を見せてやろう」
リムル兄様には何のダメージもないけど。
ギィン
「…………」
「む、駄目か」
私が火柱を見てる隙を狙っただろう一撃を防ぐ。
「……ああ、そうだな」
「………!」
「またとない機会だ。久々に本来の俺で、本気で戦わせて貰おうか」
俺が出来る最大の殺気と圧力を老人に向けた。
「……駄目かな」
「…………」
老人は片足をついて固まっており、そんな老人を庇うように青年が彼の前に立っている。
其れに何時もの私に戻った。
感情を忘れていた俺から、彼等が素敵だと言った何時も微笑んでいる私に。
「……大人しくしてて欲しい。有望株が此処で消えるのは残念だから」
「優しいな。まぁ、俺としてもその方が有り難いが」
青年の手には、いつの間に抜いたのか刀が握られている。
逆手持ち……相当な実力者なんだろうな。
その時、リムル兄様が炎を巨大な黒炎で破った。
「ああ…あれは…あの炎は、周囲の魔素を利用した妖術ではありませぬ!あの炎を形作っているのは純粋にあの者の力のみ。炎の大きさがそのまま、あの者力───!!」
レイに睨まれている巫女姫が動揺した様に言ったのが聞こえる。
「どうする?まだやるか?」
「クッ…」
……リムル兄様は此処で降参してくくればって考えてそうだな。
リムル兄様は優しくて、戦いは控えたいと思ってるから。
其処で私が剣を下げると、老人が赤髪のオーガに駆け寄った。
「若、姫を連れてお逃げ下さい。ここはワシが「黙れ爺」」
囮を引き受けようとした老人の言葉を赤髪のオーガが遮る。
「無残に散った同胞の無念を背負ったこの俺が…ようやく見つけた仇を前に逃げろだと?」
「…………」
「冗談ではない。俺には次期頭領として育てられた誇りがある!生き恥をさらすくらいなら、命果てようとも一矢報いてくれるわ」
「若…それではワシもお供致しましょうぞ」
……やっぱりそっちを選ぶのか。
本当に……
「死にたがり共が」
「!」
「レオ?」
あ、思わず声に出てた。
咄嗟に口を覆う。
「アホ」
バシンッ
「「!」」
その時、青年が赤髪のオーガの頭を叩いた。
「な、何をするルイス!」
「喧しい。何の為に長がお前達を命懸けで逃がしたと思っている。此処で死んだら、長はさぞや無念だろうな」
「だが…っ」
「……死んだ所で何も残らないよ……むしろ、生き延びる事を優先すべきだ。叶えたい事があるならね」
そう、死んだら意味がない。
父上も、あの男も、彼等も……死んだら、記憶しか残らない。
その想いが、他人に受け継がれるなんて、理想なんだ。
中には、踏みにじる者だって居る。
「……彼の言う通りだ。死んだら何の意味もない。どんなに嘆こうとも、その想いは届かないのだから」
あの青年も……誰かを失ったのか?
今まで感情を写さなかった瞳に、悲しみが見えた気がした。
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