スライムとの旅路
「一度しか言わないからよく聞け。このまま引き返すなら何もしない。さっさと立ち去るがいい」
リムル、私、ゴブリンの順で立ち向かう。
《オヤジ殿!》
《人間の村によくある柵か。スライム風情が生意気な。お前たち行けっ!》
和睦の道は無し、か。
私は予め召喚していた弓を構えた。
木の上で同じ様に構える音がする。
《ギャン》
《!?バカなっ。一体何が起こったと…っなんだこれは!?》
その間に狼達は仕掛けられていた糸に切り裂かれた。
「あの糸はさっきの!?てっきり柵を補強していたのかと…」
「補強に使ったのは『粘糸』だ。あれは『鋼糸』という」
ビュンッ
そして、矢を放つ。
ヒュン ヒュ ヒュン
直後、上の者達も一気に矢を放った。
「矢と『鋼糸』を避けながら柵に突撃は難しいだろう。仮に辿りついても…」
運良く辿り着いた狼の頭をゴブリンの1匹が叩き潰す。
そんな状況で、狼達が尻込み始めていた。
《《オヤジ殿!?》》
リーダーらしい傷の狼が駆け出す。
狼の血で染まった事で見える様になった糸の隙間を駆けて来た。
リムルと視線を交わし、弓を下ろす。
《調子に乗るな、スライム如きが!!ひねり潰してくれる!!》
「リムル様…っ」
狼が跳び、リムルが一歩下がった。
「甘いな」
《!?》
そして、狼の体が空中で留められる。
「『粘糸』だ。残念だったな」
スキル「水刃」
動けない狼の首を、水の刃でリムルが落とした。
「や、やった…!」
リーダーを落としたんだ……此れで勝利確定だな。
《オヤジ殿…》
「聞け、牙狼族よ!お前らのボスは死んだ!選ぶがいい、服従か死か!」
月模様の狼と目が合う。
……出来れば、治した相手を倒したくないな。
「……!」
と、リムルが死んだリーダーを覆った。
此れは……捕食しているのか?
「擬態」牙狼
リムルの体が黒い霧に覆われ、狼の姿になる。
《ククク、仕方がないな。今回だけは見逃してやろう。我に従えぬと言うならば、この場より立ち去る事を許そう!!さぁ行けっ!!》
ウオォオォォ
《我ら一同、貴方様に従います!》
狼達が一斉にリムルに平伏した。
……まぁ、そうなるだろうね。
《…………》
「え」
何か、月の模様のだけ私の前に来て平伏したんだけど。
取りあえず、私達の勝利で終わる。
「……君、私の元に来るつもりなのか」
《はい。貴方に掛けられたご恩がありますから》
借りた寝床、藁の上。
其処に転がっていると、月の狼が寄り添う様に寝転んでいた。
《……叶うなら、貴方様に…》
「?」
「あ、居た居た」
「リムル」
《と、兄者》
《ここにいたのか、弟よ》
モゾモゾと私の側に寄るリムル。
その側に寝転がる星模様の狼。
……リムルは冷たいが、暖かいな。
翌朝。
適当な切り株に座り、月模様の狼を撫でる。
其処にリムル達がやって来て、リムルは膝上に。
村長達は後ろに。
やがて、私達の前にゴブリンと狼が集まった。
「そう言えば村長、お前の名は?」
「いえ。魔物は普通、名を持ちません。名前がなくとも意思の疎通はできますからな」
ゴブリン、という種族名はあっても個別名は無いのか。
バンダナゴブリンの兄も誰かに付けられたと言っていたな。
「そうなのか…でも俺、いや俺達が呼ぶのに不便だな」
「言い直す必要あったかな」
「よし。お前たち全員に名前を付けようと思うが、いいか?」
リムルの言葉にゴブリンや狼達が明らかに歓喜する。
「よ、宜しいのですか?」
「お、おう、じゃあまあ一列に並ばせてくれ」
リムルの言葉に一列になるゴブリン達。
その後ろに狼達が並んだ。
先頭は村長と彼を支えるバンダナゴブリン。
「さてと。村長とその息子は、村一番の戦士だったリグルの身内だと言っていたな」
「は、はい」
「では父親の村長は“リグル・ド”だ」
「おお…っ」
「弟のお前は兄の名を継ぎ“リグル”と名乗れ」
「はい!」
「お前はー…“ゴブタ”!」
「…………?」
順調に名付けをしていくリムル。
だが、回を重ねる毎にリムルの中から何かが消耗していくのを感じる。
くいっ
「!」
袖を引かれて視線を向けると、月模様の狼が裾を噛んでいた。
「…………」
月……夜……
「レイル」
《!》
っ……此れは……生成した時以上に魔素が抜ける。
どうやら、名を与えるのは大変な事らしい。
「リムル様、大丈夫なのですか」
「ん?」
「リムル様の魔力が強大なのは存じてますが、そのように一度に名を与えるなど…」
「?まぁ、大丈夫だろ」
リムルが名付ける中、村長改めリグルドが心配そうに言った。
確かに魔素は抜けるが……まぁ本人が言うなら大丈夫か。
やがて、ゴブリンが終わり……牙狼族のボスの息子が前に出る。
「えーと、お前は牙狼族のボスの息子か。うーん」
考え込むリムル。
「嵐の牙で“ランガ”。お前の名前はランガだ」
「へぇ、いい名……∑ひゃっ!?」
突然リムルが溶けた。
それを膝で受けた所為で変な声が出る。
「リムル様!」
「リムル様!」
……大丈夫じゃないじゃん。
溶けてるから変に取れず動けずで、とても気持ち悪い。
「あ」
やがて、リムルがスライムの形に戻った。
とはいえ、意思は感じないから眠ってる状態らしい。
「……すまない、誰か寝床の準備をしてやってくれ。多分、名付けで疲れて寝てるって所だと思う」
「直ぐに!」
「あの、俺が受け取りましょうか?」
「…………頼むね」
申し出てくれたリグルに感謝し、リムルを渡す。
「どれくらい眠るかは分からないけど、其れまではお互い仲良くね」
「はい!」
「コホッ……」
《レオ様?》
「ああ、すまない。私も少し休ませて貰うね」
「は、はい!ごゆっくり…」
借りている寝床に入り、まだ朝だけど横にならせて貰った。
《レオ様……》
「……私は、元々体が強くなくてね。幼少期はよく熱を出していた」
《!》
「今は熱を出さなくなったけど……少しぶり返した様だ……レイル」
《はっ!》
「こんな私だが、支えてくれるか?」
《勿論です!》
「…………」
「!主!お目覚めになりましたか」
「………………レイル?」
「はい!」
顔を覗き込む銀髪イケメン。
「我が主、レオ様をお支え出来る様に、形を変えました」
「あ、そう」
「あ、狼の姿にもなれますよ」
と、牙狼族の時より一回り大きな狼の姿になる。
「いざと言う時はこの姿でお運びし、人の姿でお支え致します」
「……そう、ありがとう」
それから、レイルを連れて外に出た。
「あ、レオ様!」
「良かった、起きられたのですね」
「……………………誰?」
「リグルド殿とリグル殿です」
「え」
駆け寄ってきたのは、ムキムキマッチョと好青年。
レイルが変わった様に、彼等も名付けで変わったのか?
「えっと……」
「丸一日目覚めなかったので心配しておりました」
「目覚められてなによりです、レオ様」
「……私は君達の主じゃないから、そんな堅苦しくなくていいよ」
「しかし…」
「……だめ?」
「「うっ……」」
「主……!」
「?」
何か、見詰めながら言ったら顔背けられたんだけど。
苦しそうな声出してたし、変わった事による副作用か何かなのかな。
「リグルドは……頼もしくなったし、リグルは格好よくなったね」
「そ、そうでしょうか」
「…………」
「ぅ、勘弁してくださいぃ……」
「じゃあ、様は辞めて」
「さ、さんで……」
「…………まぁ、仕方ないか」
妥協も必要か。
「………///」
「主、是非我が兄にもお会いください」
「分かった。それと、リムルは?」
「まだ眠っておられます」
「じゃあ、ランガに会ったら色々見て回ろうかな」
「あ、し、紹介します!」
「よろしく、リグル」
「はい!」
それから進化と言うのを教えられ、ゴブリンはホブゴブリンとコブリナに、牙狼族は嵐牙狼族に、レイルは月光狼になったらしい。
リムルが目覚めたのは……更に二日後だった。
「レオさーん!リグルさーん!」
「あ、ハルナ」
「どうした?」
その日、私はリグルにせがまれて稽古の相手をしていた。
「リムル様がお目覚めになりました!」
「「おお」」
良かった、起きたのか……。
「よし、ならとっておきの肉を狩らないとね」
「え、あ、先にリムル様にご挨拶しないと!」
「あ、そっか。一緒に行こうか」
「はい!」
「レイルも行くよ」
「はい」
レイルとリグルを連れて、リムルの元へと向かう。
「リムル、おはよう」
「あ、レオ……って、どちら様!?」
「レイルとリグル」
「嘘!?」
まぁ、私も慣れるのに丸一日使ったから、リムルの気持ちは分かる。
それから、リムルの復活と進化を記念し、宴が開かれる事に。
狩った肉を焼くゴブリン達に混ざり、私はビーフシチューを作った。
「いい匂いがします」
「味見してみる?レイル」
「よろしいのですか?」
「ああ」
「(……いいなぁ)」
……うん、美味く出来た。
「えーでは、皆の進化と戦の終わりを祝って。かんぱーーーーい…」
リムルの動きをじっ…と見詰める彼等。
私は少し離れた所で見ている。
「見つめてないでしろよ乾杯!恥ずかしいじゃん!!」
「リムル様『かんぱい』とは一体…」
「え?ああ、なんだ知らなかったのか」
そうか、魔物には乾杯の文化は無いのか。
リムルがリグルドに乾杯を教え、無事に乾杯をして宴は始まった。
「あ、レオさん」
「リグル?」
「かんぱーい」
「ふ、乾杯」
態々やって来たリグルと乾杯をする。
と、リグルの視線が私とレイルが食べているビーフシチューに向けられた。
「……リグルも食べるか?」
「!いいんですか!」
「ああ、どうぞ」
「主、もっと食べてもいいですか」
「ああ」
「これ、美味しいです!」
「そう、良かった」
「へぇ、レオって料理出来るんだ」
其処にリムルがやって来る。
「作る、という作業は好きだからね」
「へぇ。確かにうまそー。俺に味覚あったらなー」
「何時か味覚がついたら、何か作るよ」
「やった!レオの得意料理ってなに?」
「強いて言うなら煮物料理かな」
「そっか。楽しみにしてるな」
「ああ、楽しみにしてくれ」
こうして、無事に戦いは勝利。
仲間を得て、この世界に馴染み始めた。
──「……彼が居なくなった、だと?」
「ええ。誰も見ていない、と」
「……すぐに捜索隊を」
「落ち着いてください。彼なら大丈夫です」
「……ああ」
end.