旅立ちの章
「一つ、交渉でもしますか」
「相応しい対価があればいいがな」
「ふふ……貴方には表向き、我が屋敷の護衛として雇われた事にしたい」
「断る。折角自由の身なんだ。こんな屋敷に閉じ込められるのは御免だ」
「まだ途中ですぞ?ご心配しなくても、貴方に危険な事はさせませぬ……そういった事はその子供の役目」
鐙の視線を受け、桔梗がビクリとする。
そんな彼を俺の体で隠した。
「今も表向きはその子供の護衛として同じ部屋に入れておりますが、貴方の身に何かあれば身を呈して護るのが子供の役目」
「随分可愛がってくれるじゃないか」
「貴方がこの屋敷に居て下さるなら、どんな物でもお渡しする位には」
にこりと笑いながら言ってくる鐙。
その笑顔が正直、気味が悪い。
「何度も言うが……俺をそう簡単に飼い慣らせると思うな」
「時間はあります故……ゆっくりお話しするとしましょう」
……三日間耐えられるかな。
「さて、貴方の事はまた後程……時間だ」
「!」
冷たい瞳を桔梗に向けたかと思うと、鐙が出ていく。
桔梗は細かく震えていた。
「桔梗?大丈夫……じゃないよな?」
「……僕……」
桔梗を抱き締めようとすると、俺を捕まえようとした男達が入って来て、彼の腕を掴んで連れて行こうとする。
「やめ……ぐぅっ」
其れを止めようとしたら、首輪が締まって硬直してしまった。
そのまま桔梗は連れて行かれる。
「くそ……」
マジで三日耐えられないかもしれない。
それから三日後。
何とか色んな意味で耐え、遂に約束の日になった。
「……いい加減にしろ」
「ほう?」
連れて行かれそうな桔梗を今度こそ抱き締めて捕まえておく。
其れに首輪が絞められるが……
「あんまり俺を舐めるなよ」
「!」
首輪に隙間が作れる様に細工をしておいた為、少々息苦しくなる程度だ。
……悪い、椿結。
「よっと」
「え!?」
「!捕まえろ!!」
桔梗を担ぎ、俺は駆け出した。
そのまま鐙達の上を飛び越えて部屋を出る。
「つ、月冴……」
「口開くと下噛むぞ」
「で、でも……痛っ」
「言っただろ?舌噛むって」
口を押える桔梗に小さく笑いながら、屋敷の中を駆け抜けた。
さて、この首輪がある限り外には出れない。
「桔梗、お前ならこの首輪取れるんじゃないか?」
「え?」
「お前にも外を見せてやりたい。こんな屋敷から出る為に、この首輪を外してくれいか?」
「僕……やってみる」
完全に奴等を撒き、人気が無い所で彼を降ろす。
桔梗は鏡を持ち、俺の首輪を映した。
「…………」
「……“大丈夫。強く想像するんだ”……“優しいお前なら出来る。自分を信じて”」
「うん」
「……!」
俺の首輪から光が放たれる。
「見つけたぞ!!」
パキィン
奴等に見付かると同時に、俺の首輪が外れた。
「いい子だ、桔梗。次は自分のを外すんだ」
桔梗の頭を撫で、鐙達の前に出る。
刀は無いが……元騎士。
無くとも戦える。
その時だった。
パリィィイン
「「「!?」」」
「月冴様!!」
「!」
近くの窓が割れる。
そして、其処から突っ込んで来た椿桔が俺にあの黒刀を差し出してきた。
「……ありがとう、椿桔。桔梗を頼む」
「桔梗……この少年ですか」
「ああ」
俺は刀を構える。
「……好き勝手してくれた礼をしないとな」
「くっ……!!」
俺は鐙以外の男の武器を破壊し、そのまま昏倒させた。
「鐙、お前の所業は目に余る」
「くっ……」
「全くその通りです」
「「!」」
いつの間にか開かれている扉。
其処に居たのは……
「晴彦殿」
「久し振り、月冴君……さて、鐙殿。今回の、未成年の不当な労働、湊月冴君の監禁の件で貴方を拘束します」
「……証拠はあるのですかな」
「それは此方に」
晴彦殿は懐から写真を数枚取り出す。
……あの写真、窓から撮った盗撮?
まさか、椿桔が情報を集めて通報したのか。
「っ何をしている!!さっさと魔術で追い払わんか!!」
鐙の声に桔梗がビクリとした。
だが……其れでも彼はしっかりと前を見る。
「僕はもう、貴方の言う事を聞かない……!」
「……なに?」
「僕は、自由になる!」
よく言った桔梗。
「くぅ……」
そして、鐙は騎士団によって拘束される事になった。
「…………」
最後に俺を切なそうに見てきたが、それを無視する。
「さて、後はこの子ですね」
「ええ」
「…………」
俺は晴彦殿と共に桔梗と椿桔を連れて屋敷を出た。
「あ、お姉、お兄ちゃん!」
「何でお姉ちゃんが出た」
前に助けた子供が俺に駆け寄って来る。
子供は俺に抱き着き……そして、桔梗を見て硬直した。
「ひっ……」
「……ぁ……」
「桔梗!」
桔梗は俯き、屋敷の方へと駆け込んでしまう。
「お任せを」
桔梗の後を椿桔が追い掛けて行く。
俺は子供の前にしゃがんだ。
「あの子の事、何か知ってるのか?」
「あの子……あの怖い人の手下、なんでしょう?」
子供の言葉を聞き、少し離れた所で俺達を見ている大人達。
何処か怯えた瞳で桔梗が去った方を見ている。
「晴彦殿、聞いてもいいでしょうか」
「あの子の事かな」
晴彦殿の方でも鐙を捕らえる際にある程度は調べていたらしい。
あの子は鐙の命で魔術を使い、街の人々を従わせるのに利用していた。
つまり、あの子は鐙同様に街の人々にとっては恐怖の対象になっている様だ。
「……あの子は、鐙に利用されているだけだ」
街の人々にも聞こえる様に言う。
「利用?」
「そう。あの子は、桔梗はそういう生き方しかまだ知らないんだ」
「生き方……」
「……怖いのは分かる。鐙がそうやって彼を利用して、お前達を支配していた」
それでも、あの子は優しい子だ。
あの子自身が鐙の恐怖に支配されながらも、たった三日一緒に居た俺の為に其れを克服した。
「……誰か、あの子の事を知っている者はいないか?」
「え?」
「できる事ならあの子を家族の元に送り届けてやりたい」
俺の言葉に街の人々は顔を見合わせる。
それから俺は桔梗と椿結を捜して屋敷の中を歩いた。
「桔梗ー?椿桔ー?」
「此方です」
椿結の声を頼りに進むと、首輪から解放された所に二人を発見する。
「桔梗?」
「僕……あの人に言われて、嫌な目に遭わせた……僕、きっと居ちゃダメなんだ」
「桔梗」
俺は桔梗を抱き締めた。
「……居ちゃいけない訳ないだろう。俺はお前のお陰で助かったんだからな」
「僕……」
「……すまない、桔梗」
こんな事になるのは、分かっていた筈なのに。
それでも俺は……桔梗から居場所を取り上げてしまった。
この後、一週間程俺は屋敷に滞在したまま、桔梗と共に過ごす。
少しずつ桔梗と一緒に街を歩き、無害である事を街の人々に説明した。
それ以外にも街の人と会話し、交流して少しでも桔梗の情報を集めて行く。
そんな事をしている間に、騎士団によってこの街にも落ち着きが取り戻されていった。
街の統治も元騎士だった貴族が協力してくれる事になり、取り敢えず大丈夫そうだ。
「さて、俺もそろそろ移動しないとな」
いきなり長居してしまった。
あくまで晴彦殿の活躍、という事なので王都に居る魔術師にはまだ伝わっていない筈。
とはいえ、これ以上滞在する訳にはいかない。
俺は身支度を整え、街を離れる事にする。
「で、お前も来るのか」
「勿論です」
俺の後をぴったりと付いて来る椿桔。
「……お前は湊の使用人だろ」
「私は月冴様にお仕えしているのです」
……こうなったら、絶対について来るぞ。
「月夜様からの許可も頂いております」
「……はぁ。仕方ないか」
許可出したのか、父上……。
本当に、何で此処まで俺に仕えたがるんだか。
「分かった。一緒に来い、椿桔」
「はい、月冴様」
俺は彼を連れて晴彦殿の元へと訪れた。
「あ……」
「おや、月冴君。そろそろ行くのかな」
「はい」
晴彦殿の所には正式に騎士団に保護された桔梗が居る。
「桔梗の事、お願いします」
「……うん、任せて」
桔梗は此れから家族の元へ帰される……若しくは誰かの養子となるだろう。
「桔梗、元気でな」
「……月冴……」
「一緒に居てやりたいが、俺も事情があって各地を旅しないといけない。少なからず危険が伴う……すまない」
桔梗の頭を撫で、俺は彼に背を向けた。
「……本当にいいのかな?」
「僕、僕……」
「折角自由になれたんだ。少し我儘を言ってもいいと思うよ?」
そして、俺は椿桔と共に街を出る。
「…………待って!」
「「!」」
声に振り返ると、其処には駆け寄って来る桔梗の姿があった。
「桔梗……」
「僕も、僕も一緒に行く」
桔梗が俺に駆け寄り、抱き着いてくる。
「桔梗、だけどな」
「僕の魔術もきっと役に立つ……僕は月冴と一緒に居たいんだ」
だが、俺の旅は魔術師から逃げる旅。
その分危険も……
「連れて行ってもよろしいのでは?」
「椿桔?」
「恐らくこの子も私と同じ。貴方様の元に居たいのです」
……椿桔にまで言われてしまうとはな。
俺は桔梗を見詰めた。
見つめ返してくる瞳に迷いは無い。
「……仕方ない。一緒に行くか」
「!うん!」
「はい。共に参りましょう」
という事で、俺達は一緒に旅に出る事になる。
「月冴君が独りぼっちなのは、やっぱり嫌だからね」
そんな俺達の背を見て晴彦殿が呟いていたのは知らなかった。
「さて、と」
「紙を取り出してどうした?」
暫く談笑しながら徒歩で次の街に向かう途中、慣れていない桔梗の事を考えて休憩を取っていると、椿桔が紙を取り出す。
「月の皆様から約束させられました。合流後、貴方様の様子を手紙で知らせる様にと」
「……必要か?」
「皆様ご心配されておりましたから。月の皆様から月夜様や剱様に伝えて下さるそうですし」
「マジか……」
そんなに俺が変な事しないか心配なのか?
そんな事を考えていると、桔梗が俺の裾を引っ張った。
「つき?お空の?」
「ああ、其処は話した事なかったな。俺は元騎士で、月っていう部隊の隊長しててんだ」
「やっぱり月冴凄い」
「凄くない」
「その通りです」
「凄くない」
否定しても凄い凄い言って来る二人を置いて歩き出せば、慌ててついて来るのを見て思わず笑う。
そんな俺達の上空を、何時の間に懐かせたのか鳩が飛んで行った。
『月の皆様へ。月冴様は相変わらず誰かを助ける為に無茶をしてしまう様です。今回、桔梗という名前を月冴様から頂いた少年が旅に同行する事になりました。月冴様にとても懐いていて、まるでご兄弟の様です』
「桔梗君、ですか」
「「会ってみたい」」
「うむ」
「……どんな子だろ」
「兄弟じゃなくて、姉妹に見られそう」
「…………」
「……養子の申請書はまだ早いのではないか、兄者」
end.