旅立ちの章
幾つか車を乗り継ぎ、大分遠くの町まで来た。
「さて、そろそろ自由に動いていいか」
此処まで王都から離れれば、最高魔術師に繋がる様な奴は居ないだろ。
車を乗り継ぎながら、此れからどうするか考えた。
小さい頃から騎士になるしかないと思っていたから、特に逃げる以外にやる事は……
「……あ」
「ん?」
ふと視界に入った書店。
その一角に置かれている……神話の本。
「懐かしいな……」
「ああ、その話かい。教育本にも乗ってるからねぇ」
「ええ……それに、よく読んでいました」
「そうだったのかい?」
何度も読み返した本だ。
どうしても、分からない事があった。
「……この本、幾らだ?」
「毎度あり」
つい懐かしくて購入してしまう。
俺は近くのベンチに座り、数年振りに読み始めた。
内容は昔読んだものと変わらない。
「……やっぱり分からないな」
呟いた直後、視界の端を何かが駆けて行く。
それに視線を上げれば、男の子が駆けて行く所だった。
その子供は何かを抱えている。
きぃ君よりも幼いな……可愛……
「!!」
男の子が向かう先と同じ方向に向かう猛スピードの車が向かっていた。
咄嗟に駆け出し……
「ぁ」
「危ない!!」
「……っと!」
男の子を抱えて飛び退く。
俺達のギリギリを車が通って行った。
「大丈夫か?」
「う、うん!ありがとう、お姉「お兄ちゃんな」あ、お兄ちゃん!」
男の子の頭を撫でる。
……俺はそんなに女顔か?
「あ……」
「どうした?」
「お母さんにあげるお花が……」
男の子の手の中の花は、潰れて何枚か花弁が散っていた。
この子は母親に花を……
『月冴、よく聞いてね』
『?』
『私は……』
ゾワリ…
嫌なものを感じて振り返る。
「失礼」
「!」
振り返った先に居たのは男。
少し離れた所に車が止まっていて扉も開いていた。
車の主人か?
男の子がビクリと震えたのが分かる。
「落とされた様だ」
差し出されたのは俺が購入した本だった。
さっき駆け出した時に放り置いた覚えがある。
「どうやら迷惑を掛けた様だ。もし良ければ我が屋敷に泊まられるといい。我が屋敷ならもっと良い本もありますし」
「…………」
……多分、コイツ俺が誰か分かってて言ってるな。
男の子の手に花代を握らせて立ち上がった。
「さぁ、此方へ」
「お、お兄ちゃん……」
男の案内される通りに車へと乗り込む。
「出せ」
「はっ」
隣に座った男の指示で車が動いた。
「お噂はよく聞いている。騎士は辞められたそうだが?」
「……ええ。今は気儘に旅でもと」
……何か、コイツ嫌だな。
気持ち悪い。
「それはお疲れだろう。屋敷で休まれるといい」
「……どうも」
愛想笑いだけ向け、視線を窓の外へと向ける。
……下手に騒ぎにしたくないから乗ったけど……暫く拘束されるヤツだな。
軈て、男の屋敷に着いた。
「ああ、自己紹介がまだでしたな。私は
車から降りると名乗られる。
鐙……?
確か、辺境へと追われた貴族だった筈。
「此方へどうぞ?湊月冴殿」
「……どうも」
やっぱり知ってたか。
「…………?」
視線を感じて上を見た。
直後、微かにカーテンが揺れる。
誰かが俺を見ていたのか……?
「さぁ、どうぞ」
屋敷に案内され、彼の後に続いた。
幾つもの扉の前を通り過ぎ……奥へと案内される。
「さて、良ければお話でも」
「……大したお話は出来ませんが」
応接室の様な部屋のソファへと座らせられた。
直ぐに出される紅茶。
目の前に座った鐙殿に視線を向ければ、彼はニコニコと微笑むだけ。
それに紅茶を一口だけ飲む。
「……それで、俺にどんな用が?」
「貴方は騎士の中でも随分慕われている様だ」
「お世辞を……それに既に辞めた身です」
「例え、辞めた身でも多くの者が貴方の言葉に耳を傾ける……それに、どうやら魔術師からもおモテになるようだ」
成程、それが目的か。
騎士団とも関りがあり、王都の魔術師が狙っている存在。
鐙の家には抱えの魔術師が居ると聞くし、俺も抱えようとしているのか?
「……やはりよく似ておられる」
「…………は?」
「貴方のお母様とは生前会った事があってね」
母さんと……?
「貴方はお母様によく似ている」
「…………」
「特に、何を言っても表情が変わらない所等」
……正直、母さんは俺が小さい頃に亡くなったから、殆んど覚えていない。
だから、重ねられても複雑だ。
「貴方のお母様はとても美しい方でね。魔術師ではあったが、貴族の中でも彼女に焦がれる者も多かった。まぁ、彼女は幼馴染みである貴方の父を選んだ様だが……」
聞いてないのに母さんの話になった。
惚気なら父さんに聞けば教えてくれるから知ってるんだが……。
「……いい加減、本題へ移っては如何ですか」
「おお、此れは失礼……貴方には是非我が屋敷にて休んで頂こうと思いましてね」
「はっきり言って頂いて構いませんが」
「では、はっきり申し上げましょう……貴方には此の屋敷に住んで頂こうと思っている。ずっとね」
「……申し訳無いが、俺もそう易々と抱き抱えられるつもりはありません。今日は折角の誘いを受けたので、好意に甘えさせて頂きますが、明日にでも発つつもりです」
「それは残念」
鐙が手を挙げると、武装した男達が出てくる。
「……紅茶には何か?」
「ええ、ちょっと眠くなるものを」
「……備えていて正解だった様だ」
一口目。
それだけなら薬の効果を打ち消すものを口に含んでおいて正解だった。
「……そちらが手を出すなら、俺も容赦出来ませんよ」
「おや、それは物騒だ」
鐙の手が降ろされる。
それに武装した男達が向かってきた。
「元とは言え……隊長格を舐めるな」
「!」
男達の武器を靴に仕込んでいる重しで折り、そのまま首に手刀を落として気絶させる。
そして、武器の一つを持って鐙の首に当てた。
「……流石は“瞬神”」
瞬神というのは、周りが勝手に付けた名。
確かに俺は騎士の中でも速い方だとは思う。
「だからこそ、本当に惜しい……貴方に魔術師の才がない事が」
ゾワッ…
嫌な感じがして、咄嗟に飛び退いた。
「ほう、避けられたか」
「…………」
視線を入り口へと向ける。
其所には大きめな鏡を抱えた少年が立っていた。
まさか……件の抱えの魔術師か?
「さて……大人しくして頂こうか」
「……本当に出来ると思っているのか」
「ええ……貴方は優しい事でも有名なのだから」
ジャキン
「!?」
少年の後ろから現れた男が、少年の頭に銃口を向ける。
「次は当てなさい。外せば撃つ」
その言葉に少年がビクリと体を震わせた。
コイツ……日常的に少年を傷付けているのか……!!
「優しい貴方なら……どうするべきか分かりますな?」
「…………チッ」
「やれ」
また嫌な感じがする。
だが、今回は動かなかった。
バチバチバチッ
「ぐ…ぁあ…!」
直後、体を雷が走り……痛みと痺れに倒れる。
「お運びしろ」
「はっ」
「あの野郎……」
目覚めると、何処かの部屋のベッドに寝かされていた。
首に違和感を感じて触れると、何か……首輪か?が付けられているらしい。
「悪趣味め」
「ぁ……だ……大丈夫ですか……?」
「君……」
「起きたら……飲ませる様にって……」
先程の魔術師の少年がそっと水の入ったコップを差し出してくる。
よく見れば、少年の首にも首輪が付けられていた。
「ありがとう……君はどうして此の家に?」
「ぁ……僕、此処で雇われてるって……」
「雇われてるにしては扱いが雑だな。ああ、俺は月冴。湊月冴と言うんだ。君は?」
「え……ご、ごめんなさい……僕、名前無いです」
「名前が……無い?」
「は、はい……母親も気味悪がって付けなかったって……言われました」
名前が無く、親に捨てられた……か。
同情してる暇は無いし、生まれてきた環境が違うからあまり偉い事は言えないが……
「そうか。頑張ってるんだな」
「…………」
少年の頭を撫でながら呟く。
さて、此れからどうするか……
「悪いが、此れが……どうした?」
目を丸く見開いている少年に問い掛ければ、彼はブンブンと首を横に振った。
「?……あー、此れが何か分かるか?」
「えと……敷地の外に出たら、爆発するって」
「……本当に悪趣味だな」
逃がさない為の処置、か。
どうせ無理に外したら爆発するんだろうな……。
「さて、どうしたもんか……」
「…………」
試しに窓を確認すれば、開かない様になっている。
それから部屋の隅々を確認し、側の本棚を確認すると、天井と本棚に監視カメラを見付けた。
下手な行動を取れば、直ぐに向こうにバレる。
因みに少年は不思議そうに俺の後をついて回っていた。
「少年……ん、呼びづらいな。桔梗と呼んでいいか?」
「桔梗……?僕は……うん、いいよ」
「ああ、桔梗」
「うん?」
「君は何時から此処に居る?」
「えっと……ずっと?」
「外に出た事は?」
「お庭になら……体を動かさないと、駄目だからって」
「敷地の外には?」
「無いよ」
「雇われてったって、何か給料は貰ってるのか?」
「きゅうりょう?えと、住まわせているから働けって」
「最後に、あの男やその部下に痛い事をされたか?」
最後の質問に、桔梗はビクリと体を震わせる。
此れは、されていたと見ていいか。
「…………」
此れだけでも騎士への通報は可能だ。
外にさえ連絡を取れれば、様子のおかしかった町の子からも情報を得て通報出来るんだがな……。
まぁ、一先ず大人しくしておくか。
「…………」
ベッドに座れば、桔梗が隣に座ってきた。
「……あ、あの」
「ん?」
「大丈夫……?」
「ああ、大丈夫」
心配してくれる桔梗の頭を撫でる。
焦って脱出するのは得策じゃない。
冷静に対処しないと……
桔梗の頭を撫でながら考え込んだ。
コンコンコン
「「?」」
開かない窓からノックが聞こえた。
それに視線を向けると……監視カメラから死角になる位置に見覚えのある銀色が居る。
「……何で居るんだ」
呟くと向こうに伝わったらしく……椿桔がにこりと微笑んだ。
彼は何か話すが、声までは届かない。
すると、彼は指を3本立て、太陽を指差す。
3……太陽……日……3日、か?
頷けば、彼はさっと身を翻して立ち去った。
「……気にしなくていい。俺の味方だ」
「うん……」
コンコンコン
今度は扉からノックされる。
「お目覚めになられたか」
「……お陰様で、あまり良くない目覚めだけどな」
「……ほう、貴方は不思議だ」
「?」
「普通の……それも才がない者なら、目覚めた後も暫くは動けない筈だが……」
鐙は俺の前へとやって来た。