旅立ちの章


それから魔術師が何か言うが、殆んどスルーして賑やかな風景を見る。

他の隊長達から無視していいと言われているし。

「此処に居たか」
「……?」
「私は最高魔術師補佐、梨杏りなという者だ」

最高魔術師補佐……魔術師界のNo.2が何の用だ?

梨杏という女性はジーっと俺を見てきた。

「何故最高魔術師は……」

 きゃああぁぁああ!!

「!!」

悲鳴に急いで下を見る。

まだ此処から遠いが……魔物の軍勢が居た。

「なっ……何故魔物が……っ」

王都には結界が張られている筈……誕生祭は特に厳重に……

「魔術師殿、此は一体どういう事か!」
「……その様な事よりも、制圧に行かれたらどうか」
「……失礼する」

様子を見ていたバルコニーから近くの屋根に飛び降りる。

早く制圧しなければ……今日は殆んどの騎士が帯刀していない。

それに、家族や友人達と楽しむ筈の日だ。

それを……悲劇に変えたくない。

「月冴様!」
「!」

屋根伝いに駆ける俺の元に椿桔がやって来た。

「避難誘導は!」
「既に春が動いております!ですが、帯刀しているのは……」
「隊長格のみか」
「はい!」
《ガガ……緊急伝達!!》

念の為という事で、騎士全員が着けている通信機から叔父の声がする。

《魔物の襲撃あり!帯刀している騎士は現場に急行せよ!帯刀していない者は避難誘導に当たれ!避難場所は……》

 ゾワッ……

「!月冴様……!?」

足を止め、現場とは逆を向いた。

「……此方湊月冴!応答願う!」
《どうした?確かお前は魔術師の……》
「魔術師には『制圧に行かれたらどうか』と言われ、現場に急行中……ですが、反対方向より何か感じました」
《反対方向?》
《北エリア……それは本当か?》

父さんの声が混ざる。

「確証はありません……が、北エリアの下から何かを感じます」
《……此方既に隊長格が集結している》
《おう、此方は十分足りてるぜ》
《既に応戦しています》
《避難も間に合っていますわ》
《湊月冴……お前はその方に向かえ》
《承知》
《隊長!》

恵哉の声が割り込んできた。

《“月”帯刀しています!》
《《俺等も行けますよー!》》
《直ぐに向かえますぞ》
《……行けます》
「……月部隊、北エリアに急行せよ!」
《《《《《承知!!》》》》》
「椿桔はどうする?」
「お供します」
「じゃあ、付いて来い」
「御意」

椿桔と共に嫌な気配のする方向へと向かう。

 タンッ

北エリアの中にある公園の一つに降り立った。

噴水の側……その下から何かを感じる。

「隊長!」
「…………」
「この下から……?」

 ボコッ…

「!構えろ!」

俺の言葉に全員が抜刀した時……

 ボコボコ…ボンッ

「「蟻かー!?」」
「殲滅する!」
「「「「「承知!」」」」」
「参加します」

地中から蟻の様な魔物が出現した。

それに俺達は散開して迎撃する。

強さは其処まででは無いな……強靭な顎にさえ気を付ければ、普通に叩き斬れ……

「うわっ……」
「!此処は任せる!」
「月冴様!?」「隊長!?」

確かに声が聞こえた。

聞こえた方向に駆け出すと……フードを被った子供が座り込んでいる。

その前には魔物。

「……“止めろ”!」

子供に襲い掛かろうとする魔物に叫んだ。

すると、魔物がビクリと動きを止める。

それにより間に合い、子供に届く前に魔物を斬った。

「大丈夫か?」

子供に振り返ると、コクコクと頷く。

フードの下から覗く色違いの瞳。

そうか、この子……

子供はハッとした様にフードを更に深く被った。

「大丈夫だ。任せておけ」

そんな子供の頭を撫でる。

左右で異なる瞳……それは人型の魔物、魔族と呼ばれる者達の共通点だと言われている。

その為、生まれ付き……椿桔の様に左右で色違いの瞳を持つ者は迫害対象となる事が多い。

この子もその内の一人なのかもしれない。

「!」
「……!」

背後の気配に振り返った。

其処には新たな魔物。

それも結構な数……子供を庇いながらではキツいか。

どうする……か……




「……“退け。彼の者の配下よ”」




 クイッ

「!は……?」

袖が引かれた事でハッとなる。

目の前に居た魔物はいつの間にか居なくなっていた。

何だ……今、一瞬意識が……

「だ……い、じょうぶ?」
「……優しい子だな。大丈夫だ」

裾を引いてくれた子供の頭をもう一度撫でる。

「此処は危ない。移動するぞ」
「……うん」

一度しゃがんで子供を抱き上げた。

そして、皆の元へと戻る。

「あ、月冴様!」
「隊長!ご無事でしたか」
「「その子は?」」
「保護した一般人だ。此方の状況は?」
「下から何体かずつ出て来たのですが」
「……何か、逃げた」
「逃げた?」
「それで、隊長と合流しようと……」
「そうか……ちょっと変わってくれ」
「はい」

子供を橘に預け、地面に手を着いた。

何の気配も感じない……何故……

《此方“剣”。“月”応答せよ》
「此方“月”」
《そちらの様子は?》
「魔物の襲撃あり、直ぐに対応しました……が、殲滅前に逃走した模様です」
《そっちもか?》
「もしかして、そちらも?」
《うん》
《もうちょいで殲滅や言うとこで逃げおったわ》
《既に“雲”が動いている……隊長格は警戒を続けろ。湊月冴も警護はもういい》
「え、もう……」
「マリー!」
「あ、おとうさん!」

その時、フードを被った……恐らく青年が駆け寄ってくる。

橘に目で合図すれば、子供は青年の手に渡された。

《……何かあったか?》
「いえ、一般の子供を保護しており、その身内が迎えに来たので」
《そうか……警護には私と梵が出る。お前はもういい》
「承知しました」

通信を切り、兄妹?親子?に向き直る。

「お兄さん……いや、お父さんか?」
「あ、はい。娘が世話になりました」
「いや、怪我がなくて良かったです。今日は人も多いので、目を離さない様にして下さい」
「ありがとうございます」
「お嬢も。もうお父さんの手を放すんじゃないぞ?」
「……うん、ありがと」
「どう致しまして……表までお送りしますか?」
「いえ、仲間も居るので。失礼します」

青年は会釈し、子供の手を引いて去って行った。

見えなくなるまで手を振る子供に振り返し、皆に振り返る。

「悪いな、折角の誕生祭なのに」
「悪いのは魔物ですから」
「「そうそう」」
「それよりも、結界はどうしたのだろうか」
「結界は魔術師の管轄……手、抜いたとか」
「なら、魔術師の責任だな。俺も解放されたし、今から行くか」
「「「「はーい!」」」」

幸いにも被害は公園の下から出て来た際の穴ボコ位で、直ぐに誕生祭は再開された。








そんな事件が起きて数日後……。

「俺に……騎士を辞めろと」
「……そうなるな」

騎士団長の執務室に呼び出され、そう宣告される。

「……魔術師の警護放棄の件ですか」
「表向きはな」
「表向き……?」
「魔術師がお前の身柄を……欲しがっている」
「俺の?」
「とは言え、我々としては月冴を渡す必要は無い」

警護放棄は魔物の襲撃というハプニングに因るもので、そもそも魔術師の結界に不備があった上に、No.2から行く様に言われたからだ。

それを父さんと叔父、叔母で正論で論破し、凛音も加勢した事で咎めとして引き渡す必要は無いと判断された。

だが、魔術師がしつこかった上、最高魔術師でさえも詫びとしての誘いがあったらしい。

「……つまり、異様に俺を魔術師側に置こうとしていると?」
「奴等の考えは分からん……故に、お前を騎士から解雇し」
「この王都から逃がそう、という事にしたんだ」

騎士、しかも隊長である以上、王都に居なければならない。

例え左遷という形で僻地に飛ばしても、その地に留まっている以上いつ魔術師の魔の手が迫るとも限らない。

とは言え、隊長格ならば実力がある為騎士団が護り続けるには限度がある。

「王都以外の魔術師ならば……お前の自由にしても構うまい」
「少し不味そうな空気でね。月冴には悪いと思っている」
「……いえ、仕方ない判断だと思います」

どの道、魔術師から目を付けられていたからな。

イチャモンを付けられても可笑しくない。

「必ず……この件の真相が掴め次第、迎えに行く」
「それまで、逃げ延びてくれ」
「……はい」
「それと、此を殿下と友人より預かっている」

置かれた箱を受け取った。

俺の動きが制約される前に出なければいけない。

そうなると、二人に会っている暇はない。

「…………」

俺は騎士として預かっている刀を置く。

「お世話になりました。今日にでも出ます」
「……ああ」
「気を付けるんだぞ」
「はい」
「……月冴、屋敷に寄れ。既に手配させてある」
「はい……椿桔は?」
「椿桔なら、丁度使いで出ていると言っていた。戻り次第……」
「椿桔には言わないで下さい」
「「?」」
「彼奴の事だから、俺に同行すると言い兼ねません。これ以上、俺の事情に振り回す気もありませんし、彼奴が仕えるのはあくまで湊家です」
「……分かった」
「ありがとうございます」

二人に深く会釈し、執務室を出て隊室に向かった。

隊員に説明し、取り敢えず俺が戻るまでは“春”が面倒を見る事も説明する。

「絶対に戻って来て下さい」
「「俺達の隊長は月冴さんだけですからね!」」
「いつまでも待ってますからな」
「……必ず」
「むしろ、私達が迎えに行っちゃいますよ!」
「ありがとう……頼んだぞ」
「「「「「「承知しました」」」」」」

そのまま騎士団本部を出た。

外に出れば執事長のひさ友成ともなりが居て、屋敷では無く叔父の家に案内される。

椿桔の事を配慮してくれたらしい。

叔父の家の者も伝わっているらしく、支度を手伝ってくれた。

「この後、隣町へ向かう車を予約しております。冨の名をお使い下さい」
「何から何まですまない」
「いえ……お体にお気をつけて。それと、此方をお持ちください」
「?」

渡されたのは……真っ黒な刀。

「旦那様が昔お使いになっていた物です」
「父さんが……ありがとう。行って来る」
「「「「「行ってらっしゃいませ」」」」」

急ぎ足で車へと向かう。

車は所謂乗り合いバスで、冨の名前を使えば直ぐに乗せてくれた。

間も無く、車が動き出す。

「……さて」

勢いで来てしまった為、録に荷物を確認する暇すら無かったな。

落ち着いた所で中身を確認した。

「……何だ此?」

箱の中身はウエストポーチ。

鞄ならあるのに、何故態々……

「手紙?……〝此は、俺と慎理の合作だ。使ってみろ〟……?」

いや、使い方書けよ。

暫く四苦八苦して、何でも入る鞄だと判明する。

……帰ったら覚えておけよ。

こうして、俺は騎士で無くなった。




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