旅立ちの章


場所を移して、馴染みの酒屋。

あの後、定時になると双子に腕を掴まれて連れ出された。

俺を逃がす気はないらしい。

「「隊長ー」」
「何だ、寿兄弟」
「「今はオフでしょう」」
「お前達が隊長呼びしたんだろ」

もう酔っ払っているのか、この双子は。

この国では17歳に成人の儀式を済ませる事で、成人として飲酒が許可されており、成人の証の装飾品を身に付けていれば、何処でも成人扱いされる。

俺の部隊で、俺を含めて成人していないのは紫苑だけだ。

「月冴さーん」
「はいはい、どうした?恵哉」

直ぐに酔っ払ってしまう恵哉が俺に抱き付いてきた。

何時もの事なのでスルー。

恵哉の次に弱いのが双子、それから多分俺、そして……

「ありゃ、相変わらず酔うの早いねぇ」
「見ている方は楽しいから良いのでは?」
「そうですね」

彰久と真優は上戸所かザルだ。

この二人が酔った所なんて見た事が無い。

俺はセーブしながら飲んでいるつもりだ。

酔いが回ったら水を飲むの繰り返しをしている。

もし俺が泥酔して他所に迷惑なんて……笑えない。

騎士団長の息子と剣の隊長の甥という意味でも。

「たまには月冴殿の酔った姿も見てみたいもんですがな」
「勘弁してくれ。お前達に付き合ったら、泥酔所か潰されるわ」
「……月冴さん」
「どうした?匂いで酔ったか?」

寄って来た紫苑の頭を撫でた。

目を細めているから、喜んではいるみたいだ。

「失礼致します」
「お」
「「来た来た」」

ソッと俺の背後に現れた銀髪の青年……椿桔。

彼は湊家の使用人で、何故か俺に異様に忠誠心を持ってくれている。

そして、恵哉並みに過保護だ。

「月冴様、果実酒を店主より頂きました」
「ん、ああ……」
「月冴さん、此方のも甘いですよー」
「あ、ああ……」
「「始まった」」

確かに俺は甘いのが好きだが……左右から勧められても……

「椿桔も飲んだらどうだ?」
「いえ、私は結構です……月冴様、旦那様より伝令が。本日は騎士団本部にお泊まりになられるそうです」
「そうか……分かった、ありがとう」

父さん……忙しいのか?

誕生祭の事もあるし……幾ら明日は暫く振りの休みとはいえ、俺が飲んでてもいいものか……。

「恐らく月夜殿は月冴殿にゆっくり飲むようにと泊まられるのだろう。お気になさらず、ゆっくり飲みなされ」
「……前から思っていたが、彰久は読心術でも心得ているのか?」
「はっはっはっ」
「読心術っていうより……月冴さん大好きという感じよね?」
「うむ!」
「?読心術ではなく、俺が?」
「月冴様は素晴らしい方ですから」
「全くその通り」

……コイツ等は何を言っているんだ?

「素晴らしいのはお前達だろう。俺に力を貸してくれる。お前達が居るから、俺は刀を振るえるのだから。お前達は俺の誇りだ。俺の元に来てくれて、本当に感謝している」

……?

急に静かになった事を不思議に思い、視線を上げると全員が顔を押さえて違う方を向いていた。

「どうした?」
「本っ当……」
「そういう所ですぅ……」
「「月冴さんのタラシぃ」」
「はぁ?」









翌日。

今日は俺の部隊は非番な為、私服で騎士団本部にやって来る。

俺の背後には椿桔がついて来ていた。

「あれ、月冴隊長?」
「ああ、喜介殿」

玄関を通ると、手に書類の山を抱えた三番隊の副隊長、もり喜介きすけ殿と遭遇する。

「今日は非番だったよね?」
「はい。父さんが泊まり込んでいるみたいなので……」
「ああ、何時もの差し入れだね。うちの子に見習わせたい程の本当にいい子だね……うちの隊長と違って」
「また書類放棄ですか?」
「まただよ!……もし、あの熊を見掛けたら縛っておいて」
「保証はしませんが、承りました」

大和殿は体が大きいから、熊だと言ってるんだと思う。

彼に会釈し、執務室へ向かった。

 ♪~♪♪~

「「!」」

廊下を進んでいると、演奏が聴こえて思わず足を止める。

音の発信源は……一番広い会議室である第三会議室。

「そういえば、奏多殿が誕生祭の時に演奏するって言ってたな」
「では、その練習でしょうか」
「そーいう事っす」
「おっと」

会議室からひょっこり顔を出す第五部隊の副隊長、せき陽音はると

「ほんと、隊長とデュエットとか勘弁して欲しいっす」
「陽音、ピアノ得意じゃないか」

因みに陽音は紫苑と同期だ。

「あの人上手過ぎるんすよ。合わせるの大変なんすから」
「ほーれ、文句言っとらんで練習すんでー」
「はぁ……っす。じゃあ、また」
「ああ。練習中にすまなかったな」

彼と別れ、また廊下を進み……執務室に着いた。

「おや、こんにちは」
「こんにちは」
「何時もの、かな?」
「はい」

執務室の前で第一部隊の副隊長の梵麗奈れいなさんと出会い、挨拶する。

姓で分かると思うが……彼女は叔父さんの奥さんに当たり、俺の叔母に当たる人だ。

「父は……」
「中に、居るよ。君の叔父さんも、ね」
「分かりました。ありがとうございます」

 コンコンコン

麗奈さんに会釈し、扉をノックした。

「月冴です。入ってもよろしければでしょうか」
「ああ」

返答を貰い、執務室の扉を開ける。

中には座っている父さんと、机を挟んで立つ叔父さんが居た。

「すみません、忙しそう……」
「月冴、おいで」

扉を閉めようとしたら、叔父さんに手招きされる。

それに恐る恐る入った。

「小さい頃から出入りしているんだ。今更遠慮しなくていいんだぞ?」
「……月冴、何かあったのか?」
「あ、いえ……泊まり込みをしてると聞いたので、差し入れを……」
「ああ……すまんな。ありがとう」
「月冴の差し入れには本当に助かっている。ああ、この後暇か?」
「特に予定はありませんが……」
「じゃあ、家に寄ってくれないか?会いたがっていたからな」
「きぃ君ですか?分かりました」
「ありがとう」

それから少し雑談をして、執務室を出る。

椿桔を供に来た道を戻る途中……

「「?」」

曲がり角から何かを覗いている二人を発見した。

「何をされているんですか?」
「「しぃーっ」」

声を掛けたら同時に振り返られて、静かにする様に言われる。

「え……っと?」
「あ、ごめんね?」
「実は隊長達が……」

二人が指差した先には華絵さんと晴彦殿が居た。

華絵さんが晴彦殿に何か差し出し、それを晴彦殿が照れながら受け取っている。

「……彼も強情ですね。さっさと付き合えばいいのに」
「椿桔君もそう思いますよね?」
「我々としても、早よくっ付けって思ってるんです」

椿桔の言葉にうんうん頷くのは第四部隊の副隊長、かのう愛良あいらと第六部隊の副隊長、叶練太郎れんたろう

この二人は兄妹で、隊長達を結ばせようとしていた。

ふと、彼等から華絵さんに視線を向けると、薔薇の髪飾りを晴彦殿に付けられ、顔を真っ赤にしていた。

「「早よくっ付け……!!」」
「月冴様、ほっといて行きましょう」
「そうだな」

彼等の邪魔をする気はないので、彼等を避ける様に遠回りする。

「ありゃ、ツッキーだぁ」
「月冴様を変なあだ名で呼ばないで下さい!」
「椿桔、落ち着け」
「そうだよ、ツーキ」
「私はツ バ キ です!」

今にも噛み付きそうな椿桔を押さえつつ、ふにゃふにゃ笑っている第二部隊の副隊長、とどろき犀利さいりに苦笑した。

「今から帰るのー?」
「はい」
「そっか……あの件はちゃぁんと人が動いたからねぇ。気にしちゃダメだよぉ」

犀利殿はポンと俺の肩を叩いて、そのまま何処かに向かう。

「……村に行くつもりだったのバレたか」
「皆、月冴様の優しさはご存知ですから」
「…………?」

よく分からないが、取り敢えず用は済んだので本部を出る事にした。

そのまま叔父さんの家に向かう。

「こんにちは」
「あら、月冴様!」
「きぃ君は居ますか?」
「ええ、いらっしゃいます。中でお待ちください」

外で掃き掃除をしていた使用人に頷き、応接室に案内された。

「月冴兄様!」
「久しいな、きぃ君」

少しして入って来た、梵紀斗きいと

彼はまだ8歳で、騎士学校には入れないので騎士ではないが、将来は俺達の様な騎士になると言ってくれてる。

彼の様に目標にしてくれている人が居る限り、俺は騎士であるべきだ。

「月冴兄様、手合わせして下さい!」
「いや、叔父さん……君の父親から止められている」
「えー」

頬を膨らませるきぃ君の頬をつついた。

途端に変な音がして、揃って笑う。

それから暫く穏やかな時間を過ごし……俺はあの村へと訪れた。

「…………」
「月冴様……」

村人は既に全員移ったのだろう、誰も居ない。

放置された建物だけが遺されている。

「……月冴様がお気にする事では……」
「騎士とは、弱き者を護る剣となる事。俺はそれを果たせなかった。だから、目を逸らしてはいけないんだ……椿桔」
「はい」
「分からないんだ。俺はこの村の為に何が出来る?」
「……月冴様個人で出来る事は……」
「だよな……どうして、俺には魔術師の才が無いのだろうか」

幼い頃に亡くなった母は、魔術師だったらしい。

それも、治癒系統に特化した魔術師。

父さんだって、ちょっとしたサポートなら使えると言っていたのに……

「俺だけ、才が無いんだ」
「月冴様……」

俺の一族は皆、騎士になる騎士一家だ。

同時に、魔術師の才が多少なりともあるというのに……俺だけ空っ切りだ。

無い物ねだりしても仕方無いのは分かっているが……。

「もっと力が欲しいと思ってしまう」
「月冴様……焦りは禁物です」
「……ああ、分かっている」

分かってはいるんだ……焦った所でどうしようもない。

寧ろ、悪い結果を呼びかねないのは。

「……椿桔、今見聞きした事は忘れてくれ」
「……承知しました」
「さて、帰るか。あまり遅くなってしまうと、皆に余計な心配を掛けてしまう」

何人かには俺の行動が読まれていた。

早々に戻らないと、捜索隊が出かねない。

「ああ、そう言えばありましたね。なかなか戻らない月冴様を雲と春が捜しに出た事件。あの日は怪我した野良猫親子に付き添っていて遅くなったと……」
「……アレは遅くなる事を連絡しなかった俺も悪いが、二部隊に発見された時凄い複雑だった」
「心中お察しします」

因みにその野良猫親子は梵家の家族となっている。

それから暫くし……

 ワァアアア…

誕生祭当日になった。

飾り付けられた大通りを人々が楽しそうに行き来している。

屋台を出している人も居るし、隣人と談笑したり踊ったりしている人も居た。

此が……俺の見たかった景色だ。

俺も、例年通り其処に混ざって楽しんでいたが……

「ふん。此の程度で喜ぶとは。単純だな」
「…………」

此の目の前の魔術師さえ居なければ。

文句言うなら参加しなければいいものを……。



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