旅立ちの章


気付くと、殿下の後ろから顔を隠している男……最高魔術師が現れた。

「おお、最高魔術師殿。祈祷は終わったのか」
「ええ」

顔や名前すら俺達には知る必要がないとされている最高魔術師。

彼は陛下の前に回り、深く頭を下げる。

そして、魔術師に視線を向けた。

「話は聞いておりました。そして、貴方の魔術も見せて頂きました」
「!」
「確かに凄まじい威力……しかし、時と場所を何故考慮しなかったのです。あの位置では村に影響があるのは分かっていたでしょう。それに、時間を稼いで下さった騎士に合図を出さなかったのですか?月の隊長殿が指示せねば、被害者が出ていましたよ」
「そ、それは……」
「言い訳すら出てこないと?……失礼致しました、陛下。ですが、私からも村の支援と彼等騎士への労りをお願い致します」
「うむ、承知した」
「ありがとうございます」

思わず安堵の息を吐く。

最高魔術師はもう一度頭を下げ、出て行った。

それを割り込み魔術師が追い掛ける。

「そなた等も下がって良い」
「御意」

そして、俺達も謁見の間を出た。

「……気味が悪いですね」
「こらこら」
「申し訳ありません。しかし……」
「確かに、あれほど庇われるのは些か疑問だな」
「ですよね」

あの最高魔術師は時々騎士を庇い、援護する時がある。

他の魔術師はただ偉そうなのにな……。

「……!すまない、先に行っててくれ」
「はい」

副隊長を先に行かせ、俺は近くの窓から外へと降り立った。

そのまま、中庭の大きな木の下まで行く。

「お前なぁ……一応、城なんだから窓から飛び降りるなよ」

そんな俺に声を掛けたのは殿下だった。

「此の様な些細な事をお咎めになられる方ですか?」
「今は幼馴染み」
「分かってるさ」

俺と殿下、そしてもう一人は所謂幼馴染みだ。

小さい頃から父さんにくっ付いて登城し、殿下……てい凛音りおんの暇潰しの相手をした仲だ。

先程、彼が中庭に向かうのを見て、俺は先回りの為に飛び降りた。

「任務ご苦労さん……てか、運悪かったな」
「全くだ……お陰で疲れる」
「だよな。本当にあの魔術師なんなんだよ」
「せっかちな割り込み魔術師だよ。ただのね」
「おっと」

ゆっくりとした歩調で歩み寄ってくるのは、もう一人の幼馴染みであるさざなみ慎理しんり

国のお抱え魔術師で、大体城に待機させられている。

で、彼も暇潰しに巻き込まれた奴。

「お前、将来最高魔術師になって、ああいうの追放しろよ」
「凛音だって、さっさと国王になって僕を最高魔術師に選出してよ。僕、あの最高魔術師苦手だし」
「師匠なんだろ?」
「魔方陣の書いた紙を置いていくだけのね」
「「うわ」」

ええ……それはどうなんだろ。

「てか、月冴も早く騎士団長になれよ」
「……俺には騎士団長の器はないさ」

俺はただ、刀を振るう事しか出来ない。

父の様に、沢山の騎士の上に立つなど無理だ。

それに、俺は……

「……月冴」
「ん?」
「月冴は自己評価低過ぎ」
「はぁ?」
「確かに」
「お前等は俺を過大評価し過ぎなんだよ。俺には剣術しかないし」
「「いやいやいや」」

二人揃って否定すんなよ。

「俺には凛音みたいなカリスマも器用さも無いし、慎理みたいに頭もよく無ければ辛抱強くも無いからな」
「……そこで、生まれ持った才じゃなくて」
「努力や苦労した部分が出るのが素敵」
「ありがとう?」
「月冴だって、鍛練を怠らないじゃないか」
「それに絶対に曲がらない」
「俺にはそれしか無いからな」
「ったく、お前は……げ」
「うわ……」

二人の嫌そうな顔に視線を向ければ、それぞれ家臣と魔術師が誰かを探している姿を見付けた。

「仕方ねぇ……行くか」
「やーっと時間取れたのにぃ」
「凛音も慎理もあまり無理するなよ」
「「月冴だけには言われたくない」」
「酷いな」

それから俺達は笑ってそれぞれの場所に戻る。

……凛音も慎理も、本来なら俺程度と関わっていい存在じゃないんだよな。

「……お帰りなさい、隊長」
「待っていたのか?ただいま」
「省略していないので先程着いたばかりです」

副隊長と合流し、俺の部隊の隊室に入った。

「あ、お帰りなさい。隊長」
「ああ、ただいま」

淡い水色の髪に緑の瞳の娘。

ひいらぎ真優まゆ

彼女は俺の部隊唯一女性で、サポート専門の立場だ。

彼女の様に騎士団に入りたいが、戦えないという人はサポートをして貰っている。

「柊、この後は?」
「特には」
「なら直ぐに報告書を上げるか」
「はーい、お願いします」

正直、書類仕事は億劫だが……まぁ、やらないとな。

こういうのはさっさと終わらせるに限るし。

「……隊長」
「ん?どうした」
「その……隊長は誕生祭、どうされるんですか?」

筧の言葉にその日の予定を頭の中で巡らせた。

誕生祭、というのはこの世界が生まれた日とされる日に開催される大々的な祭りの事だ。

その日は基本的に休みなので、毎年騎士もプライベートで参加する。

「……特に此れといった予定は無いな。一応参加するつもりはあるが」
「!じゃあ……一緒に巡れますか?」
「ああ……多分椿桔が付くが」
「椿桔さん……好きなんで大丈夫です」
「仲良しはいいが、頼むから路上で変な語りをするなよ」

前に『月冴語り』なるものをして、俺が呼び出された事があった。

変に恥ずかしかった覚えがある。

「…………」
「おい、返事」
「あ、隊長」
「ん?」
「緊急会議のお呼び出しです」
「緊急会議?場所は?」
「第一会議室です」
「なら隊長格のみか」
「分かった。お前達は待機。定時になったら帰ってよし」
「「「「「はーい」」」」」

第一会議室は騎士団長の執務室の側にあり、広さは会議室の中でも狭い方なので、そこは基本的に隊長格以上の者のみの参加が基本だ。

 コンコンコン

「失礼致します。第六部隊“月”、湊月冴参りました」
「よー月冴」
「どうも、東隊長」

真っ先に声を掛けてきたのは、第三部隊“山”の隊長、あずま大和やまと

月とか山とかは部隊のもう一つの名前だ。

緊急の時はそっちの方が早いという事で付けている。

大体は被らないように名前を捩ったものが大抵だ。

だから、俺は月、東隊長は大和からヤマト、ヤマ、山となっている。

「お疲れ様です、月冴君」
「ご無沙汰しています、柾隊長」

大テーブルの上に書類を置く、第二部隊“雲”の隊長、まさき雲雀ひばり

雲は主に情報収集、山は護りに特化した部隊だ。

「聞いたで、月冴。まーた、魔術師と衝突しおったらしいやん」
「もう、話が回っているんですか。辻隊長」

頬杖をついている第五部隊“奏”の隊長、つじ奏多かなた

陽動に特化した部隊で、独特の訛りで人すら翻弄してくる。

「唯でさえ目を付けられているのに……大丈夫かい?」
「問題ありませんよ、環隊長」

心配そうに尋ねてくるのは第七部隊“春”の隊長、たまき晴彦はるひこ

最も多くの騎士が所属していて、避難や防戦を主とした部隊だ。

「あら、皆さんお揃いね。遅かったかしら」
「私も来たばかりです、鏡隊長」

俺の後から入ってきたのは、第四部隊“華”の隊長、かがみ華絵はなえ

女性だけで形成された唯一の部隊の隊長だ。

そして……

「全員集まった様だな」
「……着席しろ。会議を始める」
「「「「「「「はっ」」」」」」」

第一部隊“剣”の隊長、そよぎつるぎと騎士団長、湊月夜げつや

剣は俺と同じで殲滅部隊だけど、少数精鋭系な俺達とは違って、数も多い部隊。

騎士団長は……プライベートだと、俺の父親だ。

部隊の特徴として、殆どの隊員が隊長と同じ武器を使う。

“剣”は長剣や両手剣を。

“雲”は短剣や小型の剣を。

“山”は大剣や大斧を。

“華”は槍やレイピアを。

“奏”は屈折剣や特殊武器を。

“月”は刀を。

“春”は片手剣を。

因みに騎士団長は全て扱えるらしい。

「さて、今回集まって貰ったのは……誕生祭の件だ」
「誕生祭?」
「なんや、まーた魔術師が我が儘でも言い放ったんです?誕生祭の間、自分らの警護でもせぇとか」

辻隊長の言葉に梵隊長と騎士団長が揃って頭を抱えた。

流石ご兄弟、そっくり……って、まさか。

「まさか……何ですか?」
「まさか、だ」
「「はぁああ!?」」
「それは……困っちゃうなぁ」
「困る所ではありませんわ。本来、私達はお休みなのよ?」
「まぁ、一番巻き込まれるとしたら華ですね」

鏡隊長が綺麗な顔を歪める。

「私の部隊は無理ですわね。殆どの子が当日の踊り子や家業を手伝うらしいですし……私も逢引きの予定ですし」
「逢引きやデートじゃないからね」
「…………」

環隊長が即座に否定した事で、鏡隊長は少しだけムッとした。

……当日一緒に出掛けるのか。

「ああ、確かに華の指名があったが……湊月冴」
「はい……?」
「お前が護衛する様に指名が入っている」
「「「「「はぁああ!?」」」」」

俺に指名が?

というか、さっきより煩いんだが。

「……承知しました」
「なっ、月冴君!」
「はい?」
「君にだって楽しみ、休む権利はあるんですよ?」
「しかし、それが命令として来ているのであれば、陛下が認めたという事では?」
「だがっ!」
「落ち着け。湊月冴の言う事も、柾の言う事も正しいだろ」
「……各部隊から当日手の空いている者を選出し、あくまで希望で交代役を作る」
「え」

指名されたのは俺なのに……それに、交代役なんて作ったら、その人が楽しめなくなってしまう。

「必要ありません、警備なら……」
「護るなら俺の部隊だなぁ。喜介は子供居るしな」
「私一人で……」
「途中で交代出来るなら、私は入れるよ」
「そうね。私も同じよ」
「いえ……」
「あー、俺はパレード前やったら入れんで。せやけど、パレード始まってからやと演奏頼まれとるし」
「僕は後半から代われますよ」
「あの、私が一人でこなせば良いだけの話では」
「くどい……既に此れは決定事項だ」
「…………」

思わず視線を落とす。

俺が……まだ若いからか。

まだ俺が……

「「「「「(やばい……騎士団長が……)」」」」」
「月冴、気を落とすな。誕生祭は若い者こそ楽しむべき祭典だ」
「……はい」
「兄者」
「……梵」
「すまない、騎士団長。それよりも、早く決めるべきでは?」
「……ああ」

それから話は決まり、俺は少しの時間警備する事になった。

一通り決め、足早に隊室へと戻る。

「「「「「「お帰りなさい、隊長」」」」」」
「すまない、待たせたか」
「まだ定時前ですから」

隊室にはまだ隊員が残っていた。

「誕生祭、隊長格が魔術師の警備をする事になった。後日、詳細が来る」
「!隊長は?」
「俺も少しだけ参加する」
「じゃあ、その時以外は……」
「回れる」
「……良かった」



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