覚醒の章
ザシュ
「「「「…………!!」」」」
誰も、動けなかった。
刃は……
「か……はっ……」
「お父さん!!!」
「…………」
セイアッド……いや、月冴様を庇った旦那様を貫く。
「……月冴……」
第一王子に背を向け、月冴様を抱き締める様に庇った旦那様。
旦那様は月冴様の頬を撫でた。
「私の……私達の……愛しい息子……」
「…………!!」
「何が……あっても……」
月冴side
ドプン……
「…………」
頬を撫でる感覚に、目を開ける。
其処に居たのは……愛しそうに微笑む両親。
「父さん……母さん……」
『まだ、そう呼んでくれるか』
『貴方には、辛い事実を押し付けてしまった……ごめんなさい……』
「俺は……貴方達の本当の息子じゃない」
『お前は大事な息子だ』『貴方は大事な息子よ』
そっと抱き締められた。
ああ……この人達の息子で良かった……
『私は、私達はお前の味方』
『これから先、どんな決断をしようと』
『『愛しい子供には変わらない』』
「ぁぁ……先に待っていて」
微笑んで二人が離れていく。
そんな二人の手を、月咲が握り……三人はゆっくり姿を消した。
パリィイン
同時に、俺を包んでいた結晶が消える。
「……セイ」
『……月冴……』
「俺の手を取れ……俺が、全部終わらせる」
『!……いいのか。それだと、お前が……』
「その上で決めた。月咲とも約束したからな」
『……ありがとう』
俺の手を取ったセイの体が泡になり……俺の中に入った。
そして、俺達は一つになった。
「…………」
最初に目に入ったのは、既に息絶えた父。
そんな父さんの体をそっと受け止める。
「……凛音」
『「!」』
「お前の本当の望みは何だ?」
結局伸ばしてやれなかった手。
其を、今度こそ彼
『……助けて……月冴』
「ああ……約束しただろ?」
『殿下の身は必ず護ります。だから、安心して助けを求めて下さい』
『ああ、必ずだぞ』
『ええ。必ず助けます』
『約束だ』
「今度こそ、約束を果たす」
俺の手に彼の手が重ねられると同時に、黒い光を放つ。
この光が、破壊し……再生をもたらす。
「……其処に居たんだな、慎理」
凛音が人の形を、自我を保てていたのは……支配された自分の体から、凛音の誕生石へと移り護っていたからだった。
「…………」
凛音の中のギュネッシの加護を破壊、そして……慎理の器として再生。
「「…………」」
光が収まれば、呆然と立つ友人達が。
「後は……」
今度は倒れている凛音と螢のきょうだいに光を向ける。
異形化した部位を破壊し、人の体として再生した。
そして……動かぬ父を寝かせる。
「月冴……だよね」
恐る恐る聞いてくる桔梗。
ああ、今は混ざっているから違和感があるのか。
「ああ、月冴だ」
「月冴!」
途端に桔梗は抱き付いてきた。
「月冴様……」
「……心配と手間を掛けたな」
今度は治癒魔法を展開させる。
《セイアッド……様……》
「……彼は俺と一つになった」
《!それ、は……貴方が……》
エリック殿の傷は癒せなかった。
其はもう彼の命が魔法でも回復出来ない程に……
《……貴方は……優しい……どう、か……》
閉じられた目は、二度と開く事は無かった。
「月冴……」
「……やる事がある。その為にも、一度帰らないと」
「「「「!」」」」
大規模な転移魔法を使い、この場の皆を騎士団本部へと運ぶ。
バタバタバタ…
「広範囲転移なんて……誰……が……」
真っ先に駆け付けた叔父さんが、俺達の姿に固まった。
「……お久し振りです、叔父さん」
「!月冴、なのか?」
「はい。父を……頼みます」
叔父さんは父さんの姿に悲痛の表情を浮かべ、その体を受け取る。
「……兄者……っ」
「其と、彼等の保護を」
「!」
ハッとして俺達の後ろに倒れたまま居る凛音と螢のきょうだい達を保護する様に指示を出した。
「凛音」
「え、ぁ……何だ?」
「お前の弟妹達はお前と違って、亜人となってしまった。後遺症は残ってしまうと思う」
「……仕方無い事だ……」
「……月冴、此れからどうするつもりなんだい?」
慎理が何か悟った様に俺を見詰める。
ああ、そうか。
彼は兄上様に体を奪われた身だから、その負担がどれ程なのか知ってるのか。
「やる事は……!?」
「月冴様!」「月冴!」
答えかけて、膝から崩れそうになるのを椿桔と翡翠に支えられた。
……流石に、目覚めて直ぐに使い過ぎか。
「……一先ず、隊室で休んでいなさい。麗奈、付き添いを」
「ええ。他の副隊長も来る様に伝えておいて」
「ああ」
「さ、君達。此方へ」
「王族と慎理殿は此方へ」
叔母さんが俺達に背を向けて歩き出す。
「椿桔、俺が背負う」
「……分かりました。お願いします」
「!」
翡翠が俺の前にしゃがんだと思ったら、椿桔が俺を背負わせた。
それに思わず驚くが、前後からの圧迫に大人しくする。
「月冴、僕は……!」
「慎理……凛音。もう大丈夫だから。後は任せてくれ」
「「!」」
翡翠が歩き出した事で、二人がどんな顔をしていたのか……俺には分からなかった。
「俺は……俺が……お前の父親を殺したんだぞ……?」
「!!」
「其を言えば……僕が彼等を殺したんだ」
翡翠によって嘗ての隊室に運ばれると、俺はソファに下ろされる。
俺の隣に桔梗が座り、向かいに鈴芽と螢が座った。
俺の後ろに椿桔、鈴芽の後ろに翡翠が立ち、入口に叔母さんが立っている。
「月冴、大丈夫?」
「ああ……大丈夫だ」
「セイアッドは……月冴と一つになったの?」
「ああ……其が約束で、願いだからな」
「約束」
「月咲との、な」
俺の言葉に翡翠が俺を凝視した。
「目覚める直前まで、月咲は俺の中に居たんだ」
「……そうだったのか……今は……?」
「父さんと母さんと一緒に逝ってしまった」
「……そうか」
伏せられた翡翠の表情は見えないが、一粒の雫が落ちたのを視認する。
そんな彼に、鈴芽や螢が心配そうに振り返っていた。
コンコンコン
部屋がノックされると、叔母さんが扉を開ける。
其所に居たのは……
「真優」
「……たいちょう……」
唯一残った、真優だった。
「……桔梗、少し離れててくれ」
「……うん」
「俺達、出るか?」
「そうして……くれるか?」
「行くぞ」
翡翠が鈴芽と螢の肩を叩いて退出する。
それに彼女達は続き、椿桔に背を押されて桔梗も共に退出した。
最後に叔母さんが出て、扉を閉める。
「真優」
「…………」
俺は立ち上がり……彼女に頭を下げた。
「!」
「恵哉を帰してあげられなくてすまなかった」
「……知ってたんですか」
「ああ。俺が騎士を辞める前に。誕生祭で襲撃が起きる前に告白した、と」
「……私、返事してなかったんです。隊長が……戻って……来たら、返事聞かせて、くれって……っ」
真優の言葉は詰まりながら、その瞳から涙が零れ落ちる。
「私……私……」
「生きてくれ。恵哉の分も。その為の未来は残していく」
必ず。
其が、俺が殺した彼等へ、最後に出来る事だから。
「……正直、私はもう……」
「構わない。真優は真優の幸せな人生を歩め」
「……はい……あの」
「ん?」
「お願いが……あります」
「何でも聞く」
「鏡隊長が、ずっと支えてくれたんです……あの人も、今辛いのに」
その言葉に顔を上げた。
セイアッドの記憶で、華絵さんが晴彦殿に気絶させられたのを知っている。
「どうか、環隊長を連れ戻してください」
「……必ず」
晴彦殿の行き先は……恐らく王の所だろう。
其所には俺も用がある。
「絶対……ですからね」
バタン
そして、真優は出て行った。
……もっと罵倒されると思っていた……いや、殴られて当然な筈だ。
其を、彼女は俺が元隊長だから抑えたんだろう。
「…………」
ソファに倒れ込む。
「……まだ、泣くな……」
片腕で目元を押さえ、出そうな涙を押さえ付けた。
泣くな。
俺にその資格は無い。
泣く時は……
コンコンコン
「入ってもいいかな」
「……はい」
数秒後、皆が入って来た。
「月冴……」
「大丈夫だ。俺にはまだやる事がある」
「…………」
これ以上、兄上様と王を近付けてはいけない。
凛音達の鎖を破壊した時に、僅かに感じた元凶の気配。
もし、アレが呪いと共に引き継がれているのなら……
「月冴。僕も一緒に行くから」
「!」
桔梗が俺の手を握る。
「……そうだな。手を貸してくれ」
「うん!」
「勿論、私も」
「ああ、頼りにしている。翡翠達も、力を貸してくれるか?」
「「「当然」」」
彼等の力強い笑みに、俺も微笑み返した。
「……月冴。君が何をするつもりは分からない。だが、騎士として君を放置する事は出来ない」
「ええ。分かっています」
叔母さんの言葉に、目を閉じて答える。
「見ていて下さい。此れから先は、騎士団にも知って貰わなければなりません」
「……え?」
それから一度叔母さんは退室し、代わりに副隊長達が俺達の監視に入った。
恐らく、今は隊長達と叔母さんで会議をしているのだろう。
俺は十分に回復したのを確認し、立ち上がる。
「つ……月冴君」
そんな俺の前に喜介殿が立ち塞がった。
「座っていてくれ。隊長達の指示が出るまで」
「それでは間に合わないかもしれない。兄上様ともう一度対峙する前に確認しないといけません」
「…………っ」
喜介殿の隣を抜けると、桔梗が俺の手を取って共に歩く。
「マジで勘弁して欲しいっす。唯でさえ、うちの隊長も第一王女の件で弱ってるんスから」
「!姉上が言っていたのは……」
「陽音、迷惑を掛けてしまってすまない。これ以上、誰かが何かを犠牲にする前に行かないといけない」
スッと椿桔が陽音を退けた。
「「月冴君……」」
「貴方の隊長を、あの人の想い人も連れて来ないと」
「「!」」
「どうか彼を責めないで欲しい。兄弟喧嘩に巻き込まれてしまっただけなんだ」
彼の事を言えば、練太郎と愛良がたじろぎ、その隙に鈴芽と螢が通り抜ける。
「…………」
最後に、前に立ったのは犀利殿。
彼は俺を見詰め、俺も見詰め返した。
「……止められなさそうだねぇ」
「はい」
「えっとぉ、ひぃ君だっけー?」
「え?あ、俺?」
「見といてあげてねぇ。何だか直ぐに消えちゃいそう」
翡翠にそう言うと、犀利殿が退く。
其に、俺は扉を抜けた。
……もう、此処に戻る事は無いだろう。
コツコツコツ
隠れもせず、堂々と本部の中を進む。
そんな俺達を、多くの騎士が戸惑った様に見て来た。
「月冴!!」
外に出た所で、上から凛音の声がして足を止める。
其所にはバルコニーから身を乗り出し、叔父さんに止められている彼が居た。
その直ぐ側に慎理の姿も見える。
「らしくないぞ。そんなに慌てて」
「待て、何処に行くんだ」
「……お前の父の元に」
その言葉に凛音だけでなく、叔父さん達も目を瞠った。
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