覚醒の章
???side
深い、深い場所。
まるで、水の中に居る様な感覚。
『月冴は頑張り過ぎだ』
「……だ……れ」
まだ幼い少年。
その小さな手が俺の頭を撫でた。
『まぁ、仕方ないか。月冴は俺の理想の姿だったんだから』
「りそう……おれが……」
『そう。俺が成りたかった姿……なぁ、月冴』
「?」
『もし、目覚めたら俺の願いを叶えてくれる?』
「なに……?」
『俺の願いは……』
その願いを聞き、俺は頷く。
『本当にいいのか?其れは月冴だって……』
「いいんだ……おれも、それがいい」
『そっか。ありがとう……もうちょっとだけ寝てな?きっと、父さんが起こしに来てくれるから』
「わかった……月咲」
セイアッドside
「……来たか」
どうやら先に来たのは兄上様の駒らしい。
「其れでは失礼致します」
「……お前達には少しでも多く残って欲しい。次で月冴を支える存在に成って貰わねばならん」
「其れは我々の役目では御座いません。今こそ、ご恩をお返しする時」
そう告げ、エリックは去った。
娘を含めた子供は既に何処かに隠している様だ。
「恩、か……」
俺は恩義を感じられるような事はしていない。
彼等が自由に息をする世界ですら作れなかったのだから。
あの者達は俺を護る為に聖獣化するだろう。
聖獣は周囲の自然の魔力を描いた陣を経由して体内に入れ、大いなる力を手に入れた際に変わった姿。
魔獣は己の魔力を使いながらも、その代償によって負を貯め込んだ事で限界を迎えた際に変わった姿。
何方も二度と元の人の姿には戻れない。
だが、自我がある聖獣と暴走しか出来ない魔獣では大きく違う。
兄上様は態と人を魔獣化させて数を減らしているようだが。
「月冴……」
……俺は兎に角終わらせる準備に入らねば。
椿桔side
バシュッ
「「「「…………」」」」
道中、魔物の襲撃を受けたが、旦那様が私達が構える間もなく倒してしまわれる。
流石、歴代最強と言われた騎士団長。
「……空気が変わったな」
「!」
ガキンッ
旦那様の剣が、更に異なる剣と交わった。
「もう追い付かれてしまったか」
私達の前に並ぶ王族達。
其れに旦那様がスッと目を細める。
「王都に帰れ。あの子は私が連れ帰る」
「其れは出来ない相談、というものだ。騎士団長ともあろう人が王族にまた刃を向けるか」
「既に私は其れを辞退した。私は唯の父親としてこの地に来ている」
旦那様の言葉に第一王子は目を瞠った。
流石に予想外だったらしい。
「月冴の為に、騎士団長の立場を降りたのか……!」
「何が悪い。私はあの子を“生かして”連れ戻す。だからこそ、貴殿等は此処で食い止める」
「っ……気付いているのか」
第一王子が表情を歪ませる。
どういう事だ?
「椿桔、桔梗……お前達はあの子の元へ」
「「「「「!」」」」」
「其れを見逃すとでも」
「お前達の相手は私で十分……いや、私達の間違いか」
「え」
その時、王族の背後にエルフの皆様……私の叔父、らしい人が立っていた。
「此処はお通しする訳には参りません。彼の者の配下達よ」
「…………っ」
「マリア!」
キュゥウウウウ!
えりっく殿の声に応えるように以前森で見かけた鹿の様な大きな魔物が現れる。
「彼等をセイアッド様の元へ!」
その言葉を聞くと、魔物が足を畳んで屈んだ。
まるで、乗れと言っている様だった。
私達は視線を交わし、まりあ?に乗る。
「空の一族!逆らうのか!」
第二王子理仁が翡翠を見ながら叫ぶ様に言った。
「悪いが、俺は空を追放された身なんでな!」
「っ妹の身の保証は此れからは出来んぞ」
「平気……私も、強いから」
「お願い、お母さん」
桔梗様の言葉にまりあ殿は駆け出す。
その足は早く、あっという間に遺跡まで運んでくれた。
「……来たか、桔梗」
「セイアッド……」
遺跡の最奥。
其処に、此方側に背を向けて立つ月冴様の体を使うセイアッド。
「何をしているの?」
「最大秘奥魔法の準備だ。此れが完成すれば、世界は人が繁栄する前まで戻る」
此方を一瞥する事もなく、そう告げてくる。
彼は空中に魔方陣の様なものを描いていた。
「駄目、だよ。月冴はそんなの望まない」
桔梗様の言葉に、ピタリとその手が止まる。
「そうだろうな。この子はとても優しいからな。だからこそ、お前達だけは残しておく」
「どうしても、やらないと駄目なの?」
「そうだ……どの道、俺がやらなくとも兄上様がこの世界を滅ぼす。ならば、俺が壊した方が良い」
「……世界を壊した後、セイアッドはどうするの?」
「………………」
「セイだって、もう疲れてしまったんでしょ?」
その言葉にセイアッドが振り返った。
「ああ、俺はもう疲れた。だから、月冴を次の王にして俺は消える。俺が消えれば、兄上様も消滅を選ぶだろう」
「王?」
「本来の王は俺達が選んだ存在。彼等に俺達の代わりに世界を治めて貰う……兄上様は、その役目を呪いに変えてしまったが」
セイアッドの代わりに月冴様が王として世界を治める?
「貴方は月冴様の事を何も分かっていない!」
「!」
「その様な形をとれば、月冴様は罪悪感で王になるかもしれない!だが、其れでは月冴様に一生苦しんで生きろと言っている様なもの!」
「……そう、なのか」
ああ、そうか……忘れていた。
目の前に居るのは人じゃない。
だから、人の想いが今一分かっていないんだ。
「取り合えず、その魔法は止めさせて貰うぞ」
「……やれるものなら…」
ドゴン
思わず時が止まった。
突然遺跡の天井が破壊される。
「旦那様!?」
「っ……」
上から落ちてきたのは、旦那様と彼を包む様に翼で護っていた魔物だった。
「アレは……」
「……エリック、どうした」
駆け寄ろうとする前に、セイアッドが魔物の側に降り立つ。
えりっく……?
あの魔物が?
《どうか、お逃げを……あの者達は、最早人ではありません》
「どういう事だ」
《ギュネッシ様の力を受け、亜人と化した様です》
「……何だと」
ガァン
今度は壁が破壊された。
「チッ!」
其に直ぐに反応した旦那様が破壊された壁に向かっていく。
ガキィン
「「「「!?」」」」
旦那様の剣を防いだのは……
「…………」
明らかに様子のおかしい第一王子だった。
「……っ……」
実力は旦那様が上の筈。
だが、先程から旦那様が押されている。
それでも、自分を治癒しながら戦っているから流石だと思うが。
「呑まれたか……他はどうした、エリック」
《他は、亜人と化したあの者達に……殺られてしまいました》
……という事は……
『空!裏切リ者メ!』
「!翡翠!!」
「っ!……っぶね。悪い、助かった」
「今は警戒を!」
何かが翡翠に向けて放たれるのを、苦無で何とか受け流した。
「お前……理仁か!?」
『…………!!』
其処に居たのは、人型の魔物。
ゾンビの様な姿で……第一王子と違い、明らかに人以外の存在になっている。
「ぁ……理仁兄上……」
「螢ちゃ……危ない!」
「っ!」
螢の方に、蛇の様なモノが襲い掛かった。
其に鈴芽が突き飛ばした事で難を逃れる。
『何故……何故貴女ダケ……私ダッテ、アノ人ノ元ニ……』
「姉上……なのですか……?」
第一王女の髪は蛇の様になっており、本人は目を閉じている。
『グ……ゥウ……ッ』
『私……ハ……』
第三王子の腕は大きく変形し、第四王子の背中には竜の様な羽が。
魔物とも異なる存在。
此が……亜人……?
「エリック。桔梗達を護れ」
《セイアッド……様……》
「兄上様の手駒達を解放する」
そう言うと、セイアッドの手から黒い光が放たれた。
「駄目!」
「!」
そんなセイアッドの前に桔梗様が両手を広げて立ち塞がる。
「……桔梗」
「駄目だよ、セイ。月冴が泣いてる」
「!」
桔梗様の言葉にセイアッドがハッとした様な顔をした。
同時に、左目から涙が溢れる。
泣いて……おられるのか、月冴様……!
「……下がっていろ、セイアッド」
「!」
「お前の出る幕ではない……月冴様の為に、私が制圧する」
セイアッドの前に立ち、暗器を構えた。
そんな私を旦那様がチラリと見て、第一王子に向き直る。
「月冴様は渡しません」
「僕も一緒に戦うよ」
「!……はい、共に」
「勿論、俺も。つーか、理仁は俺狙ってるっぽいしな」
「お姉さんは私が」
「……僕だって、戦う。僕の兄達なんだ」
皆も戦う事を選んでくれた。
翡翠は自分に向かってくる第二王子を迎え撃ち、鈴芽は第一王女の特殊攻撃に魔法で対応し、桔梗様は螢と共に第三王子に立ち向かう。
そして、私は第四王子の前に立った。
『…………』
よく見なくてとも、螢と第四王子は似ている。
確か、第一王子と第一王女、第二王子と第三王子、第四王子と螢は同い年だった筈。
それぞれ母親が違い、第一王子と第二王子が王妃、第一王女と第三王子が各々違う側室。
そして、第四王子と螢は同じ元騎士の母親。
つまり……双子。
「その剣筋……師に似たのか」
異形の羽を持っていても、師である劔の隊長と同じ構えで同じ剣筋。
『竜転……裂牙……!』
竜転裂牙……!
其は、劔様の奥義……
『叔父さんの奥義、やっと見抜いたんだ』
『流石、月冴様』
『あの奥義は……』
ガキィ ガン ガキィ ガキィン
四回の目に止まらぬ剣撃に最後は、上からの強烈な一撃……!
『…………!』
「感謝します、月冴様!」
羽がある所為で上からの一撃が更に重い。
だが、想定していた分、準備が出来た。
何とか耐えれば……次は私の番だ。
「はぁあああっ!!」
誕生石から光が放たれる。
同時に、今だという思いが駆け抜けた。
其に逆らわず、苦無を投げる。
苦無が纏ったのは、赤い光。
『ぐぁああ!!』
着弾と同時に、第四王子の体が燃えた。
「喰らえぇええ!!」
「吹っ飛べ!!」
「螢ちゃん!!」
「いけぇえええ!!」
見れば、翡翠、鈴芽、螢も同様に誕生石が光、強烈な一撃を放つ。
「はぁ……はぁ……っ」
何とか退けたが、酷い脱力感に膝をついた。
今の私達に戦う余力は……
「「「「!?」」」」
と、倒れた王族達から白い光が放たれ、旦那様と戦闘中の第一王子に集まる。
『っ……ァア……アアアア!!』
「!避けろっ!!!」
旦那様の声と同時に、光の衝撃波に襲われた。
体が吹っ飛び、体が壁に叩き付けられる。
「月冴ぁああ!!」
桔梗様の声に、痛む体を何とか動かして視線を向けた。
其処には、桔梗様の前に立つセイアッド。
セイアッドが、桔梗様を庇った……?
セイアッドは、今にも倒れそうな状態で、桔梗様を自分の後ろに隠す。
そんな彼に第一王子が近付いた。
旦那様は……!
「っ!!」
間近で諸に喰らった旦那様は……倒れている。
「ぁ……っ……!!」
動け、動け……っ!!
「月冴様に……近付くな……っ!!」
『月冴……ソノ魂……解放スル!!』
「駄目ぇええ!!」
「「「止めろぉおお!!」」」
刃が、突き付けられた。
end.