覚醒の章


???side

「…………」

月夜の前に立つのは、弟妹を連れた凛音だった。

「何の御用でしょうか」
「既に理解している筈だ。セイアッドを此方に引き渡して頂きたい」

月冴に見せていた笑みは無く、無表情で迫る凛音。

彼等は一様に武装している。

「何の事か」
「恍けられるとでも?」
「此処には騎士団と息子、その友人達しか居りませぬ」
「その息子を差し出せと言っているのです」
「何故、王族が息子を」
「……セイアッドだからです」

その言葉に月夜がスゥ…と目を細めた。

「その情報、何処から手にした」
「……王族は代々多くの血筋を残す様にしてきました。理由は二つ。我が一族は神の怒りを買い、寿命そのものを減らされたから……もう一つは各地に王族を仕込ませる為」
「…………」
「騎士の王族は妹だけではありません……隊長の名を持つ王族もいるのですよ」
「……!環か」
「見抜かれていましたか」
「!」

声と共に姿を見せたのは、困った様に微笑む環春彦。

彼は……凛音の元へと歩み寄る。

「お久しくしております、叔父上」
「おや、覚えてくれていたのかい?君と叔父として会ったのは、まだ幼い頃だと思ったのだけど」
「父上から話は聞いておりますから」
「……環。お前は王族としての道を選ぶか」
「……騎士団長には良くして貰ったと思いますよ。しかし、我々には自由等ありませぬ」

ソッと環は視線を落とした。

「……私ではその呪縛を解けなかったか」

其れに一度目を閉じると、月夜は強い視線を彼等へと向ける。

「息子も、セイアッドも、王族に渡すつもりはない」

 ザッ

月夜の側に華と月、春以外の隊長が並んだ。

「っ騎士が王族に逆らいますか!」
「我等騎士は民の為の剣。民を傷付けるならば王族とて容赦はせん。ましてや、迷いを持つ者の言う事等聞かん」
「!?……月冴の慧眼は父親譲りか」

そう呟き……凛音は剣を抜く。

「その剣、此処で折らせて貰う!」
「……胸を貸してやろう」

凛音と月夜の剣が交わされた。

其れと同時に、隊長と王族と衝突する。

「環!!お前は本当に其れでいいんだな!」
「……ああ」
「叔父上、お下がりを」
「「!」」

環に向かっていく東だが、其処に一人の青年が割り込んだ。

「おっと、第二王子様か!」
「どうも、山の隊長殿」

第二王子、理仁。

彼は自分に身体強化の魔法を掛け、東の斧と斬り結ぶ。

「お初目に御目に掛かります。私は第一王女、陽向と言います」
「ご丁寧にどーも。第五部隊の辻言います」

互いに微笑みながら挨拶を交わす二人。

その間には辻の屈折剣と魔法で生み出された曲がる剣が絶え間なく交わされていた。

「うーん、あまりこう言う正面でやり合うのは得意じゃないんだけど」
「どの口が言ってるんだ」

のんびりとした口調の柾に対し、半眼で返すのは第三王子の嘉音。

柾から放たれる複数の短剣を流しつつ、懐に入る瞬間を狙っている。

「「…………」」

梵と向き合っているのは、第四王子の璃鈴。

「まさか、教え子と此処で対峙する事になるなんてな」
「そうですね、先生」

軈て、二人は苦笑した。

「お前は此れが正しいと思えるのかい?」
「……我々は上の者に逆らえない様になっています。そう育って来ましたから」
「私も兄者も、其処から抜け出させてやりたかったんだがね……あの子だけだ。彼女を其処から抜け出させたのは」
「……あの子が、何故此処から抜け出せたのかは私達にも把握しかねております……さて、先生。そろそろ雑談は終わりにしましょう」
「ああ。お前の全力を見せなさい」








「…………私も思ってしまった。騎士の私なら好きになれそうだった。此処なら自由に居られると」

戦いの場から離れた環は、俯きながら屋敷に中を進む。

「だが、結局私は兄上に命じられて逆らえなかった……王族に等、生まれたくなかったな」
「環隊長!」
「!……鏡……隊長……」
「王族の方はどうなりました」

環の前に現れたのは、駆け寄って来る鏡。

「(私が……王族でなければ……君にこの想いを正面から伝えられたのに)」
「環隊長?」
「……ごめんね」
「え」

環が呟いた直後、鏡の意識が途切れた。

そのまま倒れる彼女を、環は苦しそうな表情で受け止める。

「環隊長!?」

そんな彼に、駆け付けた螢が驚いた様に声を掛けた。

「……螢、君は騎士である事を選べたんだね」
「!まさか、騎士団に居る叔父上が環隊長だったんですか」
「そうだよ」
「……やはり、あの男が残した“呪い”は健在しているか」
「「!」」

螢の背後から、月冴─セイアッドが現れる。



セイアッドside

「“呪い”?」
「お前は運が良かった……俺の一部だった月冴が介入した事で無意識に呪いを破壊し、己の意志を貫く力として再生した……本来なら親しい友人である第一王子と兄上様の器もその対象だったが、月冴が王都を離れた事で絡め捕られたか」
「……成程。螢が抜け出せたのは月冴君の側に居たからか」

一瞬羨ましい様な視線を少女に向け、男は俺に視線を戻した。

「私と来て頂けますか」

男の手には女性。

月冴なら、己を犠牲にするだろう。

だから……

「いいだろう。その代わり、その者を返せ」
「随分と人間らしいですね」
「俺が?其れは違う……愛し子、月冴ならばこうするだろう」
「月冴君は、本当に誰からも愛されていますね」
「その様に、この子の母が願ったからな」
「……!」
「っ勝手な事をするな!」

俺の背後から白髪の青年がやって来る。

「お前の体は月冴様の物だ!勝手な事をするな!」
「……ならば、見捨てると?それこそ望むまい」
「っ……」
「幼いセオ……いや、桔梗を頼む」
「!?」

白髪の青年を無視し、俺は男に歩み寄った。

「……!」

風が俺の項を撫でる。

……あの青年、空の一族か。

俺はそのまま男の元に行き、男は女性を少女へ託した。

「此方へ」
「ああ」

歩き出す彼に続く。

「呪い、というのは……」
「“帝”の一族の血に刻まれた呪い……王冠を持つ者の命に逆らえない」
「!!」
「お前は自分の兄の命に逆らえないのだろう。例え、お前が騎士でありたいと思っても」

俺の言葉に、男が振り返ると同時に俺の首に片手剣を突き付けて来た。

「……確かに。貴殿を殺そうと思っても、此れ以上は無理だ」
「俺を生け捕りにしろと?……お前は月冴を殺せるのか」
「其れがこの世界……いや、愛する人が生きてゆけるなら」
「やはり、お前は生まれる所を間違えたな」
「自分でもそう思いますよ」

そう告げ、彼は俺に背を向けて再び歩き出す。

そして、戦いの場へとやって来た。

流石、と言うべきか騎士の方が優勢らしい。

直ぐに俺達に気付いて相手を飛ばし、駆け寄って来る。

「何のつもりだ、セイアッド」
「この男が女を抱えていたからな。月冴ならそうすると思った」
「……っ……」

ギロリと俺を睨む騎士団長。

まぁ、そうだろうな。

「ふざけるなっ、その体は息子のものだ」
「月冴なら、騎士団と王族が衝突したとなれば、己の身を差し出すだろう」
「っ……」

其れは騎士団長も分かっている事らしい。

怖い顔をしながらも、口を閉ざした。

「では、共に来て頂けますか。セイアッド殿」

帝の呪いを最も感じる青年が俺の前にやって来る。

「ああ、お前が第一王子か」
「ええ。凛音と申します」
「憎々しいあの男と瓜二つだな」
「え?」
「お前は月冴を裏切り続けていた。父の命で……お前に月冴を渡す気にはなれんな」
「は?」

少し、無理をさせるぞ。

「「「「!?」」」」

俺の周りに風を発生させた。

「……月冴が眠る前、お前の事については何となく察していた」
「っ!?」
「お前が第一王子だから、この子は遠慮してしまった。お前が手を伸ばせば、この子はお前に応えていただろう」
「っそんなの……俺が一番分かってる……」
「『俺と騎士団は関係ない。だから、父さん達に手を出さないでくれ』」
「!!月……冴……」
「俺を欲する者よ。俺を止めようとする者よ……俺に望むなら、俺を捕らえて見せよ」
「!!待て!!!」

騎士団長の手が届く前に、俺は魔法でこの場から離脱する。

屋敷を抜け出し、目指すは永久の街。

「……すまない……お前は望まんだろうが……」

……今なら、俺に執着した兄上様の気持ちが分かるな。

如何に己が生んだ人格といえど、此処まで大事になるとは。

「世界を制する……お前が目覚める前に」





凛音side

「兄上!」

末妹の声にハッとなった。

向こうから駆け寄って来るのは、華の隊長と椿桔を連れた螢。

「椿桔」
「申し訳ありません、隙を突かれました。罰は幾らでも」
「……もう一人は?」
「空の二人に任せてあります」
「……椿桔」

声を掛ければ、今まで見た事な程恐ろしい顔で彼は此方を見る。

「月冴様に恩がありながら、よくやってくれましたね」
「…………」

『お初にお目にかかります。お、あ、私は騎士団長の息子の月冴と言います』
『──第一王子の凛音だ』
『よろしくお願い致します』

騎士団長に連れられ、やって来た月冴を最初は大丈夫か?と思った。

あの頃は本当に女の子にしか見えなかったから。

其れでも、第一王子ってだけで俺の命を狙って来る奴等から、彼奴は見事に俺を守り切ってくれた。

それだけじゃなくて、普通の子供の遊びを教えてくれて、一緒に遊んでくれて……

何時しか、親に言えなかった我儘を月冴に言っては仕方ないって感じで叶えてくれた。

其れが、俺の心さえも守ってくれる結果になった。

月冴は本当に、俺の……

 ジャラララララ!!

「……我が王の命には逆らえん」

鎖の音と共に硬直する思考。

ああ、俺は……月冴を……

「兄上!月冴は僕にとっても大切なんです!だから、傷付けるなら兄上と戦います!」

……こんなにも、妹が憎らしい程羨ましく思った事は無い。

俺が第一王子じゃなければ、月冴の側に居れたのは俺だったのか?

「お兄様」

俺の後ろに来たのは直ぐ下の妹。

……俺は……第一王子だ。

「……この場は退くぞ。セイアッドを追わねば」
「はいっ!」
「螢。お前がそちらに居るならば、王家に戻る事は許さない」
「っ」

弟妹を連れて、屋敷を出る。

「……月冴……慎理……」
「その、お兄様……お父様から連絡が……」
「何だ?」
「今度こそセイアッドを連れて来い、と」
「……分かった」

父上の命令には逆らない。

幼い頃から、父上の命令は絶対だ。

其れが弟妹を護る事にもなる。

あの人は魔術師の言いなりになっている様に見せかけて、俺が皆を率いていると国民に思わせ、自分は水面下で密かに動いていた。

そして、今回セイアッドの捕獲に動き出した。

『セイアッド?』
『伝説上で語られる弟の方だ』
『あの伝説が本当であると言うのですか?』
『伝説は本当だ。我が祖先が伝説だと思わせる為に、民の生活を変えた。だが、王となる者には代々伝えられている』
『民の生活を?』
『初代王はセイアッドの存在を隠す為に、名や文化を変えさせた。故に創造神と我等の名が異なるのだ』
『……何故、態々隠したのです?』
『其れはお前の知る事ではない。王族の力を使い、何としてもセイアッドを連れて来い』

祖先がその存在を隠した理由は何だ?

利用した事への罪悪感?

其れとも再度利用する為に?




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