覚醒の章
???side
「…………」
目を開けると、其処に居たのは眠りに就いている幼い顔だった。
セオ……俺の為にお前も全て捨ててくれたのだな。
幼くなってしまった頭を撫でる。
「……ん……月冴?」
「…………」
「じゃ……ない?」
幼くなったとはいえ、同一人物。
やはり、見る目は変わらんな。
「セイアッド……?」
「……そうだ」
「月冴は?」
「眠っている。奥深くで」
コンコンコン
「桔梗様、失礼しま……月冴様!」
お茶らしき物を乗せたトレーを持って入って来る青年。
「……誰だ?」
「え」
問い掛ければ、入って来た青年が固まった。
「椿桔!この人、月冴じゃないよ」
「え、どういう……事ですか」
「月冴は今、奥深くで眠らせている。彼には酷過ぎる」
「……では、貴方はセイアッドである……と?」
「ああ」
ガシャン
「…………」
「椿桔!?」
トレーが落ち、青年が胸倉を掴んでくる。
「どういう事だ!?月冴様がセイアッドなのだろう!」
「音がしたけど、どうした……って、何してんだ椿桔!」
「椿桔!?」
音に反応したのか、入って来た青年に少女二人。
その内、青年が俺から白髪の青年を引き剥がした。
「月冴様はどうした!?」
「おい、落ち着けって……」
「月冴は元々俺と月咲が混ざって出来た人格だ」
「「「「!?」」」」
「そして、疲れ果てた俺の代わりに役目を果たそうとした……が、結果がアレだった。今は奥深くで眠りに就いている」
「……説明……しろ」
元々、月冴という人格は存在していなかった。
月咲を失った時、俺が彼の体を死なせまいと切り離した俺の一部。
其れが少しだけ残っていた月咲の心と交わり、月冴が出来た。
月冴は俺達という記憶が無くとも、愛される事で育っていった。
月咲と月冴の母は俺の事にも、月冴の事にも気付いていた。
だからこそ、不都合な記憶と俺、そして魔力を封じ込める事で月冴を確立させた。
命と引き換えにして。
まぁ、一人の命程度で封じ切れなかったが。
其れでも疲れていた俺は受け入れた。
……正直、記憶を受け継いだ月冴がセイアッドの役目すらも引き継ぐのは予想していなかったが。
「月冴様は……此処に居るのか」
「ああ。月冴はあくまで人の子として育った。故に悲劇にはまだ耐えられなかった」
「悲劇……彼等の……」
「今、月冴は不安定な状態にある。だからこそ、眠らせた」
「……不安定な状態っつー事は、放っておけば消えた可能性もあったのか」
「…………」
「何でだ?お前からしてみりゃ、自分に成り代わった奴を生かす理由はねぇだろ」
『俺には何もないが、せめて立派な騎士になる』
「……この子は俺が生み出した者。我が子も同然だ」
「「「「!」」」」
我が子を生かしたい、というのは可笑しな事ではない筈だ。
「月冴は私の息子だ」
「「「「!」」」」
俺をジロリと睨んでくる男。
「……月の継承者か」
「其れは先祖の役目。私には関係無い……息子もだ」
「……そうか」
「息子は消えていないだろうな」
「ああ、深い所で眠っている」
「セイアッド。貴様の目的は何だ」
「……俺の役目は生まれてから変わらん。破壊と再生で制するだけだ」
「私は騎士団長。其れを許す訳にはいかん」
「ではどうすると?既にこの世界には人よりも魔物の方が多い。既に規定値は越えた」
数多の命、其れよりも魔物の数が上回る。
其れが制する時。
「セイアッド。貴様の知っている事を言え」
「…………」
「貴様や奴は一体何なんだ」
「……兄上様も俺も天上の父上様に創られた存在。この世界を保ち続ける為の仕組み」
「仕組み……」
「俺は人の手で。兄上様は自分の意思で。仕組みが外れそうになった。其れでも我等兄弟は世界の仕組みの一部」
「…………」
思考する男を見詰めた。
やはり、月の名を持つだけあって優秀だな。
「そもそも世界を制するっつーのは何なんだよ」
ぼそりと呟いた青年。
「制するとか破壊と再生とか……一体どういう事なんだ」
「……俺には破壊をし、其れをエネルギーに再生させる力を与えられている」
「其れって……もし対象が世界だった場合、世界を破壊してそのエネルギーでまた世界を創れるって事?」
「俺は世界は創れない。創れるのは天上の父上様だけだ。だが、人や人だった魔物、人が作った物を破壊し、其れを以て改めて人、人に壊された生き物、そして人が最低限生きていける程度の物を再生させる」
「……人自身の再築、文化のリセットという事か」
男は更に厳しい表情をする。
そうだ……其れが俺の役目。
何度もやって来た事。
「……言いたい事は色々あるが、奴の役目は何だ?」
「兄上様の与えられた役目は育む事。世界を慈しみ、時には人に力や知恵を与え成長させる……そして、試す」
「試す、だと?」
「そうだ。力を与えられたモノがどの様に進むか試す。そして、間違えれば俺がリセットする」
「まるでお前達の遊び場だな」
「其れを果たすのが俺達の役目。其処に我らの意志は関係無い」
「まさしく、仕組みの一つという事か」
男は呟くと、部屋から出て行こうと背を向けた。
「……椿桔。其れを見張れ」
「!はっ!」
「他の者は自由にせよ」
「は……はい」
「騎士団長!雲より緊急伝達が!」
「ああ」
男はそのまま去る。
と、同時に白髪の青年が俺を睨んだ。
「セイアッド」
「何だ」
「その体は月冴様のもの。故に傷付ける事はしない……だが、貴様のやろうとしている事は到底許可できん。優しい月冴様は絶対にその様な事を望まんからな」
「…………」
「……あ、の」
幼いセオが裾を引っ張り、視線を向ける。
「月冴は……奥で眠ってるんだよ……ね?」
「……会うか?」
「え?」
「お前一人ならば、其処まで連れていける」
「その様な危険な事を……」
「やる!行かせて!」
強く手を握る幼いセオ。
俺はその手を取り、目を閉じて……意識を沈めた。
『此処、は……』
『意識の奥だ』
まるで水の中の様な空間。
『月冴、そっくりだね』
『……そうだな』
……確かにこの器は異常に俺に馴染んでいる。
髪色も瞳も俺自身の体と同じ。
俺の為に創られたといっても違和感ない程に。
……あの男か。
『月冴は何処?』
『……もっと深い所だ』
幼いセオの手を引き、更に深い所に沈んだ。
『!月冴!』
『…………』
あの子は、俺が創った結晶の中で眠りに就いている。
幼いセオはその結晶に触れた。
『この結晶は?』
『この子を護る為に創ったもの。この子自身の傷が癒え、目覚めたいと思ったその時に此れは壊れる』
『……今は起きたくないって事なんだね』
『ああ』
幼いセオは悲しそうな顔をする。
この顔には覚えがあるな。
俺が役目を選んだ時と同じ顔だ。
『……何故そんな顔をするんだ』
『え?』
『今の幼いセオも、俺の友だったセオもその様な悲しそうな顔をしていた』
『……きっと、心配で堪らなかったのかもね』
『……?一先ず戻るぞ』
『うん』
意識を浮上させた。
「!」
俺達が戻った事に気付くと、白髪の青年は幼いセオを抱き上げる。
「……椿桔。月冴、眠ってたよ」
「そうでしたか……表情はどうでした?」
「うぅんと……」
話を聞き、表情を思い出した。
確か……
「しかめっ面?だった様な気がする」
「あの方の癖です。あの方は時折眠っていると眉間に皺を寄せる事があるんです」
白髪の青年は困った様に微笑む。
「そうか……眠りながら、あの方は葛藤しているんですね」
「……椿桔……」
「……取り敢えず、此れからどうしたもんか」
「一先ず、月冴ではなくセイアッドである以上移動は危険だ」
そう言えば……此処は何処だろうか。
何となくこの地自体に魔力を感じるが……
「……此処はメモリアルの外れ。旦那様が密かに建てた屋敷」
「結晶石の街か」
結晶石には少なからず魔力が籠っている。
成程、考えたな。
結晶石のが放たれる魔力に俺の魔力を紛れ込ませているのか。
此処の結晶石はそもそも俺が遥か昔、魔法を使った影響で出来た物。
だからこそ、流石の兄上様も俺の追跡には時間が掛かるだろう。
「螢!」
「っ!隊長、どうされました?」
その時、女性が入って来た。
「隊長として改めて聞きます。貴女は騎士団、華の一員ですね」
「はい!」
「此処の事は王族に伝えていないわね?」
「え?はい、勿論。というより、今の僕には連絡手段もありません」
「……まさか、王族が現れたのですか?」
「……ええ。第一王子が弟妹を連れてやって来たわ」
「「「!?」」」
「「…………」」
王族……彼の一族か。
あの男の差し金かもしれんな。
「……忠告しよう」
「え?」
「王族……特に王には気を付けろ」
「王に?」
「……王族こそ、初めの悲劇を生みだした者達だ」
「王族が?」
「俺の名や兄上様、そしてエルフの同胞達。お前達と文化が違うと思った事は無いか?」
「「「…………」」」
俺の言葉に彼等は視線を交わす。
あの王……月咲と月冴の記憶で読み取った感じから、あの男と同じだ。
「初めの悲劇?」
「それって、昔……無理矢理、力を使われた時の……?」
「…………」
目を閉じて過る記憶。
其れは、俺にしか使えない力を無理矢理使おうとした時のもの。
奴自身が生きていなくとも、その思想は繰り返されて来た。
恐らく、今回のその位置にいるには……あの王だ。
「……騎士団とやらは、彼の一族に俺を差し出すか」
「……そのつもりは今の所無いわ。あくまで貴方の身柄は騎士団が預かるつもり」
「その方がいいだろう……彼の一族は、恐らく俺を……」
「「「「…………」」」」
end.