覚醒の章


「…………」
「目が覚めたかい?」

するりと俺の頬を撫でる手。

「……兄上様」
「ああ、やっと目覚めた」

目の前には嬉しそうに微笑む慎理基兄上様……つまり、ギュネッシ。

代々誕生石と呼ばれるモノに宿る俺とは違い、人から人へと宿る兄上様。

恐らく、慎理が記憶と魔力を封じられた俺の友人になったのも、兄上様の策略なのだろう。

眠っている間に兄上様が何かしたのか、俺はセイアッドとしての記憶を思い出した。

そして、魔力も少しずつ戻って来ている。

母上が自分の命と引き換えにしても、結局は封印は破れてしまったな。

俺の体には、赤い鎖が張り巡らされていた。

此れは……昔……人が俺を利用した時のもの。

俺の力を無理矢理引き出す物で……それで、自業自得の結果になったんだったな。

「……何が目的ですか」
「ん?」
「兄上様が私に執着する理由が分からないのです」
「其れはお前が愛しい弟だからに決まっているだろう?人間共に利用された哀れな弟。私の唯一……私にはお前以外要らない」

その言葉にゾッとする。

まさか、兄上様の目的は……

「私の破壊の力?」
「ふふふ」

眠っておられる天上の父上様に与えられた能力。

制する為に、行き過ぎたものを破壊する力。

そして、破壊したものを糧に再生する。

「まさか、この世界を破壊するおつもりですか?」
「ああ、そうさ!こんな人間に毒された世界そのものを破壊し、新たにお前と私だけの世界に再生し直す!」
「っ……!!」

いかに兄上様といえど、世界の破壊と再生は出来ない。

其れは私の能力……だから、この赤い鎖で捕えているんだろう。

「……何故、彼は兄上様に協力……ガァッ!?」

赤い鎖が輝き、激痛が走った。

「私の前で人間の話をするな」
「兄上……様……」

あの時……遥か昔に私が人間の為に身を犠牲にしたのが間違いだったか。

「失礼します」
「……どうしました?」

彼へと振り返る兄上様は、顔を晒した状態の最高魔術師の姿。

「魔術師達からの連絡です。騎士達が動き出したと」
「今行きます。絡珠、大丈夫だとは思いますが見張りを」
「はっ」

兄上様が出て行く。

……ああ、此処は兄上様を祭った遺跡か。

「……随分大人しいな」
「……抵抗するだけ無駄だ。遠い昔に経験している」

抵抗すればするほど、この力は周囲に牙をむく。

「空絡珠……其れが本来のお前なんだろう」
「……ああ。とはいえ、月咲が死んだ時に絡珠も死んだようなものだ」
「だから翡翠と?」
「継母に追い出されたのも丁度良かったからな」

静かに私の言葉に返す翡翠基絡珠。

彼は私を見詰めた。

「……俺は、たった一人の友人だった月咲を取り戻す為に、解放する為に今回の件を引き受けた。その為にお前を村に入れた……なぁ、何でお前……」
「……絡珠?」
「何でそんなにいい奴なんだよッ」

彼の表情が歪む。

「もっとお前が……他の貴族みたいな奴等だったら、俺はお前を本気で恨めたのに」
「お前は私を恨む権利がある。お前の友人の体を奪い……兄のいいなりとなって、この世界ごとお前やお前の妹に害をなそうとしているのだから」
「───え」





椿桔side

月の皆様を先頭に、私達は月冴様の元へと向かう。

「!おい、椿桔!こっちだ」
「!東隊長」

遺跡の前に転移すると、山の隊長殿が居た。

彼の誘導で、騎士達の間を抜ける。

「騎士さん沢山いる」
「おや、元気そうだね」
「あ、あの時の……」

連れて来られたのは、旦那様を初めに隊長の皆様が集まっている所だった。

「……椿桔、ご苦労だった」
「いえ、申し訳ありません。月冴様をお守りする事が出来ませんでした」
「いや、我々もまさか本人が出向くとは思っていなかった」
「……月冴様を取り戻しに行きます」
「……ああ」

例え、この身がどうなろうとも……あの方を取り戻す。

「……今、この遺跡を騎士団が取り囲んでいる。そして、五分後に抗議という名の攻撃を仕掛ける。お前達は月と共にその隙を突いてあの子の元へ行け」
「はっ」
「……必ず共に戻れ。お前の身に何かあれば、あの子が悲しむ」
「!……はい。必ずや共に」

お見通しだな、旦那様は。

私の言葉に頷いた後、旦那様は桔梗様を見た。

「……お前が、件の桔梗か」
「!」
「桔梗様、あの方は月冴様のお父上に当たる方です」
「お父さん?」

その言葉に旦那様がピクリと反応する。

ああ、そういえば月冴様は旦那様の事を尊敬して、桔梗様によくお話されていたからな……。

「……お前の兄を取り返すのを手伝ってくれるか。新たな息子よ」
「!は、はい!」

桔梗様が笑顔で頷くと、旦那様も優しい顔をされた。

月冴様にしか見せない笑顔。

此れで、桔梗様の将来も決まった……あとは、月冴様をそのお隣に戻すだけ。

「……そして、その娘が空の鈴芽という者か」
「……初めまして。私は……」
「元々、先代当主の燕とは親しくし、息子の事も知っていた」
「(燕……確かお兄ちゃんのお母様のお名前……)」
「其れを見抜けなかったのは、私の落ち度だ……お前が気にする事では無い」

……其れは私の落ち度でもある。

普段から鍛錬に騎士の仕事に追われ、友人と言えば殿下とあの男くらい。

だから、この旅で出来た友人である彼に気を許してしまった。

「螢」
「っ、はい」

その時、華の隊長である鏡隊長が彼女に声を掛ける。

「今の貴女は誰?」
「私は……騎士『華』の一人、皇螢です」
「そう……なら、隊長として命じます。貴女の恩人である彼を取り戻しなさい」
「御意!」

騎士団流の敬礼で返す螢。

「……そういえば、王族は?」
「沈黙している。冨の報告では、騎士団と魔術師両方が居ないこの状況でも傍観を決めているとの事だ」

その言葉に螢を見た。

其れに螢は首を横に振る。

「すまないが、僕にも父上や兄上達の様子は分からない。連絡手段も絶ってしまったし」
「……沈黙しているなら、今の内に」
「ああ。お前達のサポートは柊がする……解散」

その言葉に桔梗様を抱えて駆け出した。

私の前を月の方々が先行する。

そして、後に彼女たちが続いた。

「此処から」
「承知」

遺跡の裏側。

其処に井戸の様な物があり、月の指示に躊躇いなく飛び降りる。

「!井戸じゃない」
「どうやら井戸に見せ掛けた通路の様ですね」

私達が其処に着くと、上から衝撃音がした。

どうやら攻撃が始まったらしい。

「……月冴様、今参ります」







通路を駆け抜ける。

魔術師連中は騎士団の方に手一杯の様だ。

「!待て」
「!」

その時、先頭を走っていた橘副隊長が足を止めて警戒した。

「何者だ」
「…………」
「!お兄ちゃ……ん……」

物陰から出て来たのは……翡翠。

その姿に怒りに包まれる。

「翡翠……いや、絡珠!!」
「待て椿桔!」

制止を聞かず、絡珠の首目掛けて寸鉄を突き付けた。

彼は其れに対し、ナイフで弾いてくる。

「お兄ちゃん!」
「…………」
「翡翠……」
「…………」

鈴芽と螢の声に無言で返して来た。

「空の一族の絡珠、だな」
「……ああ」
「悪いが、此方は急いでいる……邪魔をするなら、容赦しない」

橘副隊長が睨みながら言うと、彼はナイフを下ろす。

「……どういうつもりだ」
「……何故、あの男を救おうとする」
「……我が部隊は、隊長に拾われた者ばかりだ。お前が隊長を憎んでいたとしても、我々にとってあの方は恩人だ」
「…………」
「……翡翠、あのね……月冴は凄く優しいよ。其れは、翡翠も知ってるよね」
「……ああ、知っているさ……月冴は凄くいい奴だ……だけど、俺にとっちゃ月咲もいい奴だったんだよッ」

絡珠が桔梗様を見詰め返しながら、搾り取る様な声で返した。

月咲様の方は私は知らない。

私が出会ったのは、あくまで月冴様だ。

「お前達に分かるかよ。親友が突然別の何かに変わっちまった俺の気持ちなんて」
「分かんない……僕が出会った時には、月冴だったから」
「俺にとっちゃ、彼奴は俺の親友の仇だ」
「其れだけじゃないよね」
「!!」
「月冴は、翡翠の友達だったでしょ?だから、迷ってるんだよね?だから、僕達の所に来たんだよね?」

思わず桔梗様を見る。

その目は、何時もの純粋なものでなく、透き通った……見通す様な瞳だった。

「月冴は凄くいい人だから」
「……煩い」
「絡珠の親友だった月咲の事も……本当はとっくに……」
「煩い!!」
「!」

絡珠が撃って来る。

其れを苦無で弾いた。

「俺は……俺は……」
「僕は月冴を取り戻すよ。月冴に、この世界を壊させちゃいけない」
「……俺に勝ってから言え」
「うん、分かった」

その言葉に、私達は其々構える。




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