旅立ちの章


 ぞわり

「……っ……!?」
「月冴様!?」「月冴!?」

全身を嫌な予感が走った。

 ドゴンッ

「「「「!!」」」」

直後、外から衝撃音がする。

俺と椿桔は其々武器を出して外に飛び出る。

「月冴!」
「無事か」
「ああ」

翡翠達も駆け寄って来て、合流した。

そして、広場の方を見た時……

「ああ、其処に居たか」
「…………慎理……?」

最高魔術師の格好をした慎理だった。

「まさか……ギュネッシ様!?」

えりっく殿が慎理を違う名前を叫ぶ。

「エルフの一族……此処に隠れ住んでいたか。まぁ、お前達の事は今はどうでもいい。其れよりも、今は我が愛しい弟だ」
「っ」

一瞬、瞬きをした瞬間に彼が俺の目の前に来ていた。

「私の弟……愛しい月」
「!お離れ下さい!!ギュネッシ様は光の兄で、セイアッド様を……!」
「それ以上は余計な事言わない方が良い」
「ぐっ!!」
「お父さん!!」
「えりっく殿!!」

えりっく殿に向けて魔術が放たれ、彼の体が吹き飛ぶ。

「くっ、月冴様から…「悪いが、ジッとしててくれや」…!?」
「椿桔!!」

俺に駆け寄ろうとした椿桔が風の牢に閉じ込められた。

其れを使ったのは……

「お兄ちゃん?」
「流石“空”の一族。風の使い手」
「翡翠……何を……」
「……お前は、俺の友人だった月咲じゃない」
「月……咲……」

 ザザ……

 『月に咲くと書いて月咲つかささ』

 ガッ

首に衝撃が走ると同時に意識が遠退く。

「月冴!!!」






 椿桔side

「月冴!!!」
「くそぉ!!」

風の牢が破れない。

苦無を突き押し付けても、手で破ろうとしても壊れない。

「待って……お兄ちゃん!!」

声にハッとして視線を上げれば、気絶させられた月冴様を翡翠さんが担ぎ上げていた。

そのまま翡翠さんと慎理さんは月冴様と共に姿を消す。

「ぐっ」

彼等が完全に消えると、風の牢が消えた。

月冴様が……攫われた……

「月冴!!」

桔梗様の悲痛な声が辺りに響く。

「っ螢!!」
「!!」

螢に覆い被さった。

彼女は抵抗しない。

「貴様!!王族の差し金だろう!!どういう事だ!!」
「ぐっ……確かに僕は兄上の命で月冴と合流した!だが、僕は何も知らない……知らされていない……」
「く……そぉ!!」
「…………」
「鈴芽!!」
「!」ビクッ
「翡翠は貴様の兄だろう!!貴様もグルか!!」
「ち、ちが……」
「落ち着け。若いの」

肩に手を置かれ、飛び退く。

其処に居たのは……

「彰久さん……!?」
「!月の……」
「彰久だけではありませんよ」

その声に視線を向ければ、月の皆様が揃っていた。

「何故、月の皆様が?」
「君の手紙で此処に来た……手遅れだった様だが」

悔しそうに顔を歪める月の副隊長。

「最高魔術師が何らかしらの目的で狙っていたのは分かっていた。その為、我等が派遣されたのだが……」
「間に合わなかったか」
「「戻ろうぜ、副隊長」」
「ああ……此れより奪還作戦に移行する」
「!お待ち下さい!」

副隊長の恵哉さんに駆け寄る。

「月冴様が連れて行かれた場所が分かるのですか!?」
「予想は付いている。最高魔術師が定期的に訪れている遺跡がある」
「遺跡……!光の兄を祭った遺跡」
「そうだ。僕達も此れから其処に行く」
「……椿桔さんも来る?」
「勿論です」

月冴様の正体が何であろうと関係ない。

あの方の味方であり、一緒にいると約束したのだ。

「……此方へ」
「!」
「この村の奥には、セイアッド様を祭った祭壇があります」

娘さんのまりーさんの肩を借りて立ち上がるえりっくさんに振り返った。

「闇の弟を?」
「ええ。光と闇、兄と弟……その繋がりが、祭壇と遺跡を繋げています」
「「「「「!」」」」」
「つまり、その祭壇から件の遺跡まで一気に行ける訳か」
「それは正直助かる。騎士団がその遺跡に立ち入ろうとしているのだが、魔術師の妨害に遭っている」
「案内して頂けますか」
「……マリー」
「うん」

えりっくさんが他の方に預けられると、まりーさんが走り出す。

其れを私達は追い掛けた。

「この先……此処」

まりーさんを追い掛けた先にあったのは、洞窟の様なところに作られた祭壇。

「此処に、セオ様は寝ていたの。其れに、本当なら此処にセイアッド様が宿る誕生石が現れるんだって」
「そうなのですか」
「うん。だけど、数百年前にこの村に来た魔術師って名乗った人に持ち去られ、それからは此処に現れなくなったんだって」
「……誕生石……」

もしかして、其れは月冴様の……

いや、今は其れはどうでもいい。

「僕も行く」
「!」

振り返ると、其処には螢が居た。

すると、彼女はネックレスを外す。

「此れを通して兄上に情報が行く様になっている」
「つまり“目”という事か」
「ああ。とは言え、此れは有事の時以外は服の下に隠していいと言われていた……翡翠の“目”には僕が誰よりも早く気付くべきだった」

そう言いながら、螢はそのネックレスを地面に落とし、そのまま槍で破壊した。

「……お前の事は信用しない。螢」
「ああ、構わない」
「私……も行く」

螢の横に並んだのは鈴芽。

「お兄ちゃんの考えは……よく分からない。だから、聞きに行かなきゃ……其れに、月冴は私にとっても……」

その言葉に螢が一驚いた様な顔をする。

……本当に月冴様はオモてになられるな。

「僕も行く!」
「桔梗様……」

桔梗様が私の手を掴んだ。

正直、桔梗様には此処に残っていて欲しい。

えりっくさんは攻撃されたが、止めようとしたからだ。

それ以降は攻撃をする素振り等はなかったから、この村は恐らく襲われないだろう。

だから、安全な此処に残っていて欲しいんだが……

「僕が月冴の家族、だから!月冴の所に行く!」

……此れは……止められそうにないな。

真っ直ぐ過ぎる瞳が月冴様と同じだ。

「……私の側を離れないで下さい」
「うん!」

こうして、月冴様奪還に向かう事に。












 トプン……

『なぁ、君は誰なんだ?』

誰かの声がした。

微睡みの中、確かに俺に向けられた声に意識を浮上させる。

其処に居たのは、まだ幼い少年だった。

彼は制御石の中に宿る俺を見ている。

『俺は月咲。月に咲くと書いて月咲さ』
「……月……」
『あ、声がした。やっぱり此処にいたんだ』

鮮明になっていく視界の先で、少年がにっこりと笑う。

『月咲、何をしているの?』
『母上!やっと、彼の声か聞こえたんです』
『彼の?……本当に、此処に居るのね』

少年の後ろから現れた美しい女性。

彼女は何処か複雑そうに此方を見ている。

『月咲、少しだけ貸しておいてくれる?』
『分かりました』
『あ、絡珠君がいらしてたわ』
『はい』

少年が去り、女性だけが残った。

『月の方……どうか、あの子の……』

その言葉を聞き遂げた後、また眠りに就く。

『月!今日は君にいいものを見せるよ』
「あまり俺に心を開き過ぎるな」
『いいだろ?友人なんて絡珠くらいしか居ないんだから』

景色が動いた。

彼が制御石を外に向けて移動しているのだろう。

彼はすっかり俺に慣れてしまった。

俺の使命を考えると、あまり親しくならない方がいいんだがな。

『ほら、此処だ!』

映る景色には、一面の花畑が。

『綺麗だろ?』
「……ああ」
『何時かこの景色を隣で見たいな』
「……そうだな」
『月もそう思うか?なら、約束だ』

その約束は果たされる事は無かった。

『つ……き……』
「早く助けを……このままでは月咲が……!!」
『月……俺……』

俺がこの制御石に宿ってしまったばかりに……

『俺の……友人になって……くれて……』
「!!」

 ザーザー

そうだ、あの日は雨が降っていたんだ。

「月咲!!」

誰かが駆け寄って来る。

「月咲?どうした」
「つか……さ……」
「月咲……いや」
「つかさ。そうだ、俺は……」
「……月冴。家に戻るぞ」
「……はい」

差し伸べられた手を掴んだ。

「あなた、月咲……!まさか……」
「月冴だ」
「つかさ?」
「月に冴えで月冴」
「そう、月冴。私達の子供……」

そう、あの日から俺は月冴に。

「俺は──」

『セイ!』

声に意識がまた浮上する。

「セイ?」
『セイアッドだからセイ』
「奇怪な名前を付けるな」
『森の外の人から見たら、僕達の名前そのものが奇怪さ』

態々俺を捜しに来たという青年。

彼はセオと名乗り、エルフ達の村から来たと話した。

「……っ……」

ああ、もう駄目だ。

人はやり過ぎた。

だから、魔物と化した人と人が作り出した物を無にし、其れを糧に再生する。

その為に俺は居るんだ。

『どうしてもやるの?』

俺を気遣うような声。

『止めていいんだよ?』

その言葉に過るのはセオに連れられ、時折体という器を貸して貰い、愛する人々と関わらせてくれた日々。

『辛いなら、止めていいんだ』
「──駄目だ。其れだけは出来ない。止める事は許されない。此れが、俺が生まれて来た意味なんだ」

だから、止められない。

其れから巡る景色は……

俺が、セイアッドとして、繰り返してきた日々の記憶。

「俺は──セイアッド。闇から生まれた光の弟。制する者で……愛する人々を護る者」




end.
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